IS<インフィニット・ストラトス>‐虚構と闇の交差する空‐ 作:Ghost SAF
本日は臨海学校の2日目なのだが、完全に自由だった昨日とは打って変わって朝から晩までISのテストとデータ収集に忙殺される事が出発前より確定している。しかも、専用機持ちは実働テストとデータ取りを義務づけられた大量の装備が本国から送られてきているので特に大変な目に遭うのは明白であった。
もっとも、この強行スケジュールもIS学園に期待されている表向きの目的(操縦者の育成やISの開発促進)を考えれば、これから行われる各種テストの方が自由に遊んでいた昨日よりも学園らしい姿と言えるのかもしれない。
そして、このように私が様々な物事に関する思考を巡らせながら講義の一環としての作業が始まるまでの時間を潰していると、今日に限って珍しく遅刻をしたラウラさんが慌ててやって来る。
ただし、彼女の遅刻は5分程度だった上に織斑先生の質問にも淀みなく答えられたので特別にペナルティは免除されていた。その後、織斑先生の指示を受けて皆が一斉に行動を開始する。
<それにしても、わざわざ海中トンネルなんて代物の中を通らないと海上に設定された演習空域にすら出られないとは……。まあ、こいつも侵入者対策だと考えれば分からなくも無いが……>
すると、作業を開始してから1分もしない内に四方を切り立った高い崖に囲まれたISのテスト用ビーチを見たクリストファーが微かに呆れを含んだ声で呟く。
だが、今は1年生の全員が勢揃いして準備の為に忙しなく動き回っているので、私の目には立地条件を売りにしたリゾート地にあるビーチのように見えなくもない。ところが、そんなリゾート地のような雰囲気にさえ似つかわしくない素っ頓狂な声が遠くから響いてきた。
「ちーちゃ~~~ん!」
そんな事があった所為で私は自分の耳を軽く疑いながらも反射的に声が聞こえてきた方を振り向き、何が起きているのかを自分の目で確認しようとする。
すると、そこには人間離れした動きで急な崖を駆け下りてくる1人の女性の姿があった。しかし、次の瞬間には私の視覚を通じて女性の姿を捉えたクリストファーが興奮した様子で騒ぎ出す。
<おいおい、マジかよ! あの珍妙な格好をした奴って昨日、俺達が宿泊施設の廊下を歩いてる時に目撃した不審者だよな!? それが実は俺達の捜し求めていた最重要ターゲットで、しかも自分から姿を現してくれるなんて思ってなかったから驚きだぜ!>
<はいはい、こうして本命が直に現れてくれて嬉しいのは分かるけど、素人じゃないんだから少しは落ち着きなさい。だって、私達の目的は彼女と接触する事じゃないのよ>
<そうは言っても、このタイミングで実際に姿を確認できるとは考えてもいなかったんだからテンションが上がるのは仕方ないだろう。なんたって、今までは苦労させられるばっかりでロクな手掛りが掴めなかったんだからな。それにしても、あんな奇天烈なのを世界中の諜報機関や国際組織、果ては裏組織の連中までもが血眼になって追ってるのかと思うと、なんだか自分のしてる事までアホらしく感じて逆に泣けてくるぜ……>
なんと、いきなりISのテスト用ビーチに現れて周囲の注目を一身に集めている派手な女性は、私達にとっての最重要ターゲットである篠ノ之束博士だった。しかも、今の彼女の姿は私達が昨日の昼間に宿泊施設の廊下で目撃した奇妙な格好をした不審者と全く同じである。
つまり、あの時の不審者が私達の狙うターゲットだったのだ。ところが、そんな重要人物である博士本人は周囲の呆気に取られた視線などものともせず、やたらとハイテンションで突撃して織斑先生や箒さんとコントみたいなやり取りをして子供のようにはしゃいでいる。
すると、勝手に乱入した挙句に大声で騒いでいる事に苛立ったのか、明らかに鬱陶しそうな表情で織斑先生が博士に自己紹介をするよう言った。
「おい、束。自己紹介くらいしろ。うちの生徒達が困っている」
「えー、めんどくさいなぁ……。私が天才の束さんだよ、はろー。終わり」
ところが、彼女に自己紹介を促された博士は物凄く適当で投げやりな自己紹介を本当に面倒臭そうにしただけで直ぐに箒さん達の方へと向き直り、どこまでも自分勝手な振る舞いを続けて色々と騒いでいる。
だが、それによって目の前の奇人(あるいは変人)としか思えない人物が世界の常識や価値観を根底から変えたISの開発者だと理解した途端、それまで呆然と見守るだけだった他の多くの生徒達までもが一斉に騒ぎ始めて更にうるさくなった。
なので、それらの出来事が原因かは分からないが、織斑先生は溜息を吐きながら愚痴を零すと改めて生徒達に最初に指示した作業に戻るよう告げ、その勢いで博士とのコントのような会話も再開する。
「ハァ……。お前といいアイツといい、せめて基本の挨拶ぐらい、もう少しまともにできんのか……。そら、そこで固まってる1年ども。さっきから作業の手が完全に止まっているぞ。とりあえず、こいつの事は無視してテストを続けろ」
一応、この指示は織斑先生から直々に出されたものなので興味津々だった多くの生徒達も顔色を変えて慌てて作業に戻るが、それでも時折り聞こえてくる会話や視線などで彼女達のやり取りに皆の意識が向いているのは手に取るように分かった。勿論、それは私達も同じだったのでクリストファーと言葉を交わす。
<でも、これは流石に想定外だったわね。まさか、こんなにも早く本人の方から私達の前に堂々と姿を現すとは思ってなかったもの>
<ああ、まったくだ……。なのに、それで任務が遂行し易くなるかと思えば、こっちの常識や理屈が一切通用しないから次の行動がまるで読めやしねえ……。ああやってふざけているように見えて実は何処にも油断や隙が無いから、一向に仕掛けるタイミングが掴めないんだよな。そう考えると、本当に忌々しい女だぜ>
そんなに深い意味のある発言でも無かったのだが、私の言葉を耳にしたクリストファーが小さく舌打ちをしながら長々と悪態を吐く。しかも、その声には妙に強い敵意が篭っており、それが少し気になった私は軽い気持ちで彼に理由を尋ねてみた。
<今ので少し気になったんだけど、あんたは篠ノ之博士に個人的な恨みでもあるの? なんだか、やたらと敵意を剥き出しにして話してるようだけど……>
<おいおい、こんな簡単な事にも気が付かないなんて、ここの連中との馴れ合いですっかり頭がボケちまったのか? 前にも言った通り、俺達が果たすべき任務はあいつの潜伏場所に関する有益な情報を組織に送る事だが、あんな調子でへらへらしてるくせに隙が無いから困ってるって言いたいんだよ。大体、こんな絶好のチャンスが目の前に転がってるんだぜ。だったら、それをみすみす見逃すようなバカな真似は、お前だってしたくないよな?>
<まあ、大筋では間違って無いけど、だからってアンタが熱くなっても――>
<どうせ、お前の事だから『仕方がない』って言いたいんだろう。だが、今の状況をよく考えてみろ。こんなチャンスは滅多に無いんだ。なのに、それを1つも活かせないまま成果ゼロで終わりを迎えたら、これまでに積み上げてきた俺の評価が一気に下がっちまうだろうが>
<つまり、あんたの小さなプライドを満たしたいが為に熱くなってた訳ね……>
<なんだよ。なんか文句でもあんのか?>
どこまでも自分勝手なクリストファーの意見に私は心の中で大きく肩を落とし、ほんの些細な好奇心から思わず訊いてしまった事を今になって酷く後悔した。はっきり言って、私の精神的な疲労感が増しただけで完全に時間の無駄だったからである。
すると、彼と同様にマイペースを貫いている篠ノ之博士が右手を大きく掲げて空を指差し、またしても場の雰囲気にそぐわない声色で高らかに宣言した。
「さあ、大空をご覧あれ!」
ここからは当然の反応なのだが、この宣言を耳にした多くの生徒が一様に彼女の指差した方向の空を見上げる。勿論、私も彼女の指差す先に視線を向けた。
そうやって私達が空を見上げた直後、激しい衝撃と共に銀色をした巨大な金属製のコンテナが目の前に落下してきたかと思うと、その扉が開いて中から鮮やかな真紅のISが姿を現す。
そして、立て続けに起きた予測不能の事態を呆然とした表情で見つめる私達に対し、彼女は全く気にする様子もなく恐るべき言葉を平然と口にした。
「これぞ、箒ちゃん専用機こと『紅椿』! 全スペックが現行ISを上回る束さんお手製のISだよ!」
<おいおい、全スペックが現行ISを上回るってのがハッタリや冗談で無いなら、また世界のミリタリーバランスを根底から崩すつもりかよ。しかも、そんな高性能機をあっさりと情緒不安定な妹にやりやがるとは、あの女は本当にどうかしてるぜ……>
<それ以前に、箒さんだって少なくともアンタにだけは情緒不安定だなんて言われたくないと思うけど……。まあ、これが異常な事態だっていう部分に関しては私も同感ね。だけど、そこが『天災』なんて称される篠ノ之博士の所以なんじゃないかしら?>
相変わらず苛立ちを隠そうともしないで呟くクリストファーに対し、私は軽くツッコミを入れつつも『彼女に私達の常識は通用しない』という意味を込めた言葉で応じる。ところが、続いて発せられた彼の言葉も正気とは思えない代物だった。
<こうなったら、あの『紅椿』とかいうISを強奪してやるか。なにせ、あの女が作った高性能ISならリスクを冒してでも手に入れる価値は充分にあるからな>
<ちょっと、それ本気で言ってるんじゃないでしょうね?>
<もし、本気だと言ったら、お前はどうするんだ?>
<幾らなんでも危険すぎるから、今回ばかりは全力で阻止させてもらうわ>
あまりにも無謀な考えを口走った彼の真意を図りかねた私が真面目な口調で告げると、直ぐに普段の軽い調子に戻って先程の発言を簡単に翻す。
<ははっ、そうマジに捉えるなよ。ちょとした冗談なんだからさ>
<ハァ……、どう考えても冗談になってないわよ……>
その所為で私は呆れたように盛大な溜息を吐き、ほとんど効果は無いと頭では分かっていても一応は彼に釘を刺しておく。すると、今度は彼の方が真面目な口調で話し始めた。
<そもそも、あの女が何の対策も講じないで俺達の目の前に最新鋭機を晒すと思ってるのか? それに、運良く此処での強奪に成功したと仮定しても速攻で包囲網を敷かれて捕まるのがオチだろうさ。なにせ、あの化け物じみた織斑千冬まで背後に控えてるんだからな>
<だったら、わざわざ回りくどい言い方をしないでよ……>
無駄なやり取りを挟んだものの、内容に関しては間違っていなかったので私は文句を言いはしたが、彼の意見を否定するような事はしなかった。
なお、こうして私達が頭の中で現状についての会話を交わしている間も離れた場所では博士自身の手による『紅椿』のフィッティング作業が猛烈なスピードで進んでおり、ほとんど終了に近付いていると言っても良い状態だった。
ちなみに、私が現状の外見から得られる情報だけでISの特性を推測するなら、この『紅椿』も『アーセナル』とは違って近接戦闘をメインに設計されていると判断できる。
なぜなら、基本的にISは武装を量子化して格納する事が可能なのにも関わらず、腰の左右に1本ずつ日本刀のような形状をした近接戦闘用のブレードを装備していたからだ。
それに加えて箒さんが剣道経験者だという情報も考慮すれば、必然的に接近戦がメインになると考えても大きく外れてはいないだろう。そして、そんな調子で私が独自に『紅椿』の分析を行っていると、同じように作業を見つめていた女子生徒の誰かが独り言みたいに呟いた。
「あの専用機って篠ノ之さんが貰えるの? なんか、ずるいよねぇ」
「おやおや、歴史の勉強をした事が無いのかな? 有史以来、世界が平等であった事など1度も無いよ」
ところが、意外な事にも彼女の呟きに真っ先に反応したのは、私よりも呟きを発した生徒から離れた場所にいた篠ノ之博士だった。
彼女は相変わらず人間離れした早業で複雑な作業を続けていたのだが、そんな状態で周囲の些細な出来事にも気付くとは思っていなかったので、表情や態度にこそ出さなかったものの私も少し驚かされた。だが、ここでクリストファーが珍しく彼女の意見に賛同を示す。
<へぇ~、あの女もたまには真っ当な事を言うんだな>
そんな事があった為、私も思わず彼に聞き返してしまう。
<あんたにしては珍しい反応ね。一体、どういう風の吹き回し?>
<別に。ただ、事実を述べていただけだから同意したまでさ。まあ、不満を言う大多数の平凡な連中は自分達が不利益を被る側だから、それを享受できる立場にないと直ぐに『平等にしろ』とか『不公平だ』などと自分勝手な正義感を振りかざして声高に叫ぶんだろうぜ。そのくせ、実際に平等になったらなったで他人を蹴落としてでも優越感に浸ろうとするしで、人間とは本当に救いようが無いくらいに愚かな存在なんだよ>
<流石に、あんたの個人的な見解については口を挟むつもりは無いけど、おそらく世界中の人々が周囲との比較で自分のアイデンティティーを保ってる限りは永遠に無くならないでしょうね。ただ、現状では多くの分野で格差が顕著になっている上に中間層の占める割合まで減ってるから、こうした軋轢も目立つようになったんじゃないかしら?>
<そんな大それたものじゃなく、どいつもこいつも嫉妬の塊で他人が羨ましいだけだと思うぜ。実際、俺だって自分さえ良ければ他の奴らがどうなろうと気にしないし>
<ハァ……、それをアンタが言ったら今までの流れが台無しじゃない……。人が折角、ここまでの話から『不平等を認めた上で納得できる社会にしよう』って方向で纏めようとしてたのに……>
どこまでも自己中心的な彼に私は呆れ果てて大きく溜息を吐くと軽く文句を言ってやったのだが、当の本人は完全に開き直っているのか悪びれる様子など微塵も無い。
<なんたって俺は自分の欲望に忠実な正直者だからな。それに、こっちの方が綺麗事ばかりぬかす偽善者なんかよりも遥かにマシだろう?>
<そういうのを世間一般では、単なる開き直りって言うのよ>
これ以上は時間の無駄にしかならないと考えた私は、それだけ言うとクリストファーの相手をするのは止めて篠ノ之博士の様子を窺う事に専念する。すると、意外にも彼女は一夏君の専用機である『白式』を楽しそうに調べていた。
しかも、それと同時に2人は何らかの会話まで交わしているようなのだが、いま居る場所からでは微妙に距離が離れている所為で断片的な内容の話しか聞こえてこない。なので、私は作業を続けている振りをしながらも会話がはっきりと聞こえる位置にまで静かに近付く。
「――のを貰って動くようにいじっただけだけどねー。でも、そのお陰で第1形態から自由にワンオフ・アビリティーが使えるでしょ? 超便利、やったぜブイ! でねー、なんかねー、元々そういう機体らしいよ? 日本が開発してたのは」
「馬鹿たれ。機密事項をべらべらバラすな」
もっとも、そうやって僅かばかりのリスクを犯した甲斐もあったようで多少は使えそうな情報を入手する事が出来た。ただし、それも織斑先生が生徒にするような破壊力抜群の一撃を篠ノ之博士の頭に浴びせて強引に中断させた為、肝心なところで重大な話が終わってしまう。
<それにしても、こいつは少し意外な展開になっちまったな。まさか、あの『白式』の開発にも彼女が関わっていたとは……>
<そう? むしろ、そっちの方が逆に納得できるんじゃない? だって、本来なら最後まで発現しないのが当たり前のワンオフ・アビリティーが既に使えるんだもの>
<お前、何か勘違いしてないか? 俺が言いたいのは、そういう事じゃねえんだよ。あの女が実の妹である箒の為に行動したんなら理解できるが、知り合いとは言っても一夏は赤の他人なんだぜ。なのに、どうして彼女は手を貸してるんだ?>
<確かに、それについては不可解ね>
こうしてクリストファーからの指摘を受け、私は組織が入手した篠ノ之博士に関する事前情報の内容を思い出して直ぐに彼の意見に同意した。
そして、それを示すかのように彼女に話しかけたセシリアさんが一夏君たちと話している時とは全く違う冷淡な反応を真顔で返され、あまりのインパクトに力なく引き下がっていく光景が視界に入る。すると、その一部始終を私の視覚を通して眺めていたクリストファーが不機嫌そうに呟いた。
<おそらく、あの女にとっては俺達の存在なんて道端の石ころと同じか、それ以下で取るに足らない小さなものなんだろうぜ。そんなんだからISの出現で世界が混乱しようとも一向に構わないというか、せいぜい実験場ぐらいにしか考えてないんだよ。そう考えると、つくづくムカつく話だぜ>
<だから、何であんたがキレてんのよ。今までの流れを見る限り、私達が不利益を被ったり混乱に巻き込まれたりした訳じゃないでしょう?>
<いいや、思い切り不利益を被ったね。なんたって俺の手間が大幅に増えたんだから>
この瞬間に私の中では、彼の思考の根底にあるものは何処までいっても気分屋で自分勝手な子供という事で確定した。もっとも、ここまで酷くなると何か言おうとする気持ちさえ失せるようだ。ところが、またしても彼は急に真面目な雰囲気に切り替えると淡々とした口調で話し始めた。
<それはそうと、ここで最初の『白式』の話に戻すと本命の目的を達成するのに必要だったから開発に手を貸したと考えるのが妥当だな>
<まったく、いつも勝手に話題を変えるんだから……。でも、それなら手を貸した理由の説明としては充分な説得力があるわね>
<まあ、ここで俺達が動機を推測したところで何の解決にもならないけどな>
<だから、そういう言い方は良くないと、いつも――>
相変わらずなクリストファーの態度に私は文句を言おうとしたのだが、視線の先で繰り広げられていた状況に変化があったのを受けて彼にも注意を促すと、それを観察する為に五感を研ぎ澄ませて情報収集の為に意識を集中させる。
<悪いけど無駄話は終わりよ。どうやら、今から『紅椿』を動かすみたいね>
<なら早速、その高性能機とやらの実力を直に拝ませてもらいますか>
そうやって彼が偉そうな口調で呟いた直後、今まで連結されていた様々なケーブル類が外れて『紅椿』が物凄い加速性能で大空高くへと飛翔していく。
当然、その驚異的な加速性能を実現させたスラスターが生み出した衝撃波は周囲の砂を大きく巻き上げ、それが私の立っている場所にまで飛んできたので反射的に左腕で顔を庇いつつ上空に舞い上がったISを目で追いかけた。
<チッ……、イグニッション・ブーストも無しであの加速と上昇速度かよ。まったく、冗談じゃないぜ>
予想できたものとはいえ、そんな動きを見せられた彼の反応は分かり易いくらいに不機嫌になっており、舌打ちと共に忌々しげに吐き捨てる。だが、この高性能ISの実力は速度だけでは無かった。
「じゃあ、刀使ってみてよー。右のが『雨月』で、左のが『空裂』ね。武器特性のデータ送るよん」
すると、篠ノ之博士の言葉に合わせて箒さんが腰に装備していた2本のブレードを同時に抜いて構える。勿論、その辺りの動作にも無駄なものは一切無く、いかにも剣術に慣れている彼女らしい動きであった。
まあ、あの篠ノ之博士のする事だから箒さんにとっての自然な動作をISでも行えるように調整してあっても一向に不思議では無いが、それを今の段階で私が証明するのは不可能だろう。そして、私達が見上げる中で彼女は博士の解説を直ぐに実践してみせた。
つまり、右手に持ったブレードで鋭い突きを放ったのだ。その直後、彼女の行った突きの動作に合わせて赤い球体が剣先の空中に幾つも出現し、それがエネルギー弾のように立て続けに放たれて雲を穴だらけにして吹き飛ばした。
<どうやら、ただの近接戦闘特化型という訳でも無さそうね>
<ああ、そうだな>
しかし、この私からの問い掛けに対してクリストファーはぶっきらぼうに短く呟いただけで直ぐに黙り込んだ。やはり、次々と明らかになる『紅椿』の高性能ぶりが気に入らないらしい。
だが、その間にも搭載武装のテストは続いていく。次に博士は何の前触れも無く量子化していた16連装ミサイルポッドを呼び出すと、ミサイルの照準を『紅椿』に定めて全弾を発射した。
「箒!」
当然、その光景を目にした一夏君が半ば反射的に叫ぶ。しかし、当の箒さんは微塵も動じる事なく左手のブレードを構えると、体の回転も利用して横薙ぎに振り払うように斬撃を繰り出した。
すると、赤いエネルギー状の物質がブレードの軌道に沿って再び生成され、それが今度は帯状の刃となって先程のエネルギー弾と同じように高速で飛び出し、彼女に迫っていた16発ものミサイルを一瞬にして全弾撃墜した。そして、何事も無かったかのように真紅のISが無傷で爆煙の中から姿を現す。
<くそっ、くそっ、くそっ! ここまで高性能な機体だと分かってたらマジであの時、箒と一緒に強引にでも奪っとくんだったぜ!>
この場に居る全員が想像を超える『紅椿』の高性能ぶりに圧倒されて言葉を失う中、全く感情を隠そうともしない荒い口調でクリストファーが叫んだ。だが、ここで彼が口走った内容は非現実的だとして本人が最初に否定した行動である。
それなのに、今になって意見を翻して勝手にキレているのだから、本当に理解に苦しむ思考回路をしているとしか言いようが無い。なので最初は、そんな風に判断して無視しようとした私だったが、どこか理屈では説明できない引っ掛かる部分を感じて彼に尋ねてみた。
<確か、その話は終わった筈だけど?>
<今ので状況が変わったんだよ。考えてもみろ。もし、何らかの理由で箒を拉致る必要になった時、あんなISを持ってたら面倒で仕方ないだろうが>
こうして訊いた私が言うのも何だが、いかにもクリストファーらしい“あらゆる状況を想定しておく”という考えに基づいての発言だった。
一応、あらゆる状況を想定する事の重要性については多少なりとも理解できるが、これでは彼が普段から口にしている『任務遂行が最優先』というモットーからは外れてしまう。なぜなら、私達に与えられた任務は監視活動と情報収集であってISの強奪では無いからだ。
<ちょっと、いくらなんでも今度は飛躍し過ぎじゃない? だって、あんたは任務遂行が最優先――>
それに気付いた私が話の論点がズレ始めている事を指摘しようとしたが、最後まで話す前に彼の発した言葉によって遮られてしまう。
<確かに、それだと任務としては完全に失敗だよな。だが、あの女を釣る餌として最適なのが箒だって事は過去の事例で既に証明済みだ。それに加えて拉致るのに成功すれば最新鋭ISの実機まで手に入るんだぜ。これなら例え当初の任務が失敗に終わったとしても、それを補って余りある充分な成果を上げたとして帳消しになると思わないか?>
<まあ、そういう考えもあるけど……>
確かに、彼の意見も大きくは間違っていなかったので同意を示したのだが、何処か狂気じみた物言いに感じた所為で私は素直に頷く事が出来なかった。ところが、そんな私の微かな懸念など全く意に介さず、彼は調子に乗ってベラベラと自分勝手な意見を訊いてもいないのに話し始める。
<折角だから、もしそうなったら俺の報酬は箒の身柄という事にしてもらうか。多分、それぐらいの我が儘なら組織も聞いてくれるだろうからな。後は、最初に捕まえた箒を餌にセシリアや鈴、シャルロットやラウラといった感じで次々に身柄を押さえて俺専用のハーレムを作ってやるぜ。勿論、その暁には一夏なんかよりも俺の方がよっぽど良いって事を身体と心の両方に刻み込んでやらないとなぁ。待てよ……、なら今の内に調教方法を考えておかないと――>
どうやら彼は既にハーレムを作れる気でいるようだが、これは誰が見ても“取らぬ狸の皮算用”である。もっとも、それ以前に性格の歪みきった彼の思い描くハーレムそのものが理解の範疇を超えている私としては、次のように冷たく言い放つだけだった。
<あんたって本当に最低な男ね>
だが、そんな私の皮肉さえも自分の世界に浸っていたクリストファーには全く聞こえなかったらしく、何らかの反応が返ってくるような事も無かった。
なので、私は速攻でバカな事しか考えていない彼は無視するに限ると決め、周囲の様子を探ろうと注意を向け始めたのだが、そこで他と違う反応を示す人物がもう1人いるのに気付いた。ちなみに、もう1人の人物というのは織斑先生である。
その為、最初に彼女の姿を見た時には私の事を疑っているのかとも考えて警戒したが、どうやら単なる思い過ごしだったらしく、まるで仇敵を睨みつけるような鋭い目付きで篠ノ之博士の姿を見ていた。
当然、それは全く予想していなかった珍しい反応だったので、未だに妄想の世界に居るであろう彼にも意見を求めようとしたのだが、今度は尋常じゃない慌てぶりで織斑先生に駆け寄って小型端末を見せる山田先生によって遮られてしまう。
「こ、こっ、これをっ!」
「特命任務レベルA。現時刻より対策を始められたし……」
<いきなり特命任務レベルAとは、また随分と物騒な話だな>
<まったく……、こういう時だけ反応が早いんだから……>
ところが、私がわざわざ声を掛けて下らない妄想を止めるよう促すまでもなくクリストファーは織斑先生の囁いた『特命任務レベルA』という単語に反応して態度を改める。どうやら彼の耳は、自分が興味のある話題の時だけ直ぐに聞こえる都合の良い構造になっているようだ。
なお、この特命任務とは読んで字のごとく“特別な命令の下(要は学園上層部からの命令)で遂行する極秘任務”を意味しており、その中でもレベルAは極めて機密度と重要度が高い任務に該当していた。
なので、私は即座に今日のテスト稼動や実習は全て中止になって生徒達は宿泊施設内で待機になる考えたのだが、それに対する彼の意見は少し違っていた。
<おそらく当初の予定は全てキャンセルになるだろうが、こいつは下手をしたら俺達まで厄介事の処理に駆り出される羽目になるぞ>
<流石に、それは考え過ぎだと思うわ。いくら彼女が専用機持ちを頻繁に利用するとしても、今回のケースだと代表候補生以外のメンバーは参加させないんじゃない?>
<だと良いがな……>
最初に聞いた時点では私も半信半疑だったのだが、こういう時のクリストファーの予感は高確率で当たるらしく、彼の懸念は直ぐに現実のものとなった。
「全員、注目! 現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動へと移る。よって、今日のテスト稼動は全て中止とする。各班は直ちにISを片付け、そのまま旅館に戻れ。なお、戻った後は連絡があるまで各自、室内待機とすること。以上だ!」
連絡を伝え終えた山田先生が走り去った途端、この場に残った織斑先生がパンパンと手を叩いて全員の注意を集めると、話せる範囲で現在の状況を手短に説明してから皆に指示を与える。
だが、当然のように生徒達の間には動揺や困惑といったものが急速に広がってゆき、それに比例して私の周囲も一段と騒々しくなった。しかし、そんな騒ぎも彼女は瞬時に封じ込めてしまう。
「お前達! そうやって無駄口を叩く暇があるなら、とっとと戻れ! 以後、許可無く室外に出た者は我々で身柄を拘束する! いいな!?」
「はっ、はいっ!」
流石に、こんな風に怒気を滲ませた強い口調で命令されては元気が取り柄の生徒達も大人しく指示に従うしか無い。すっかり萎縮してしまった彼女達が一斉に返事をすると、今までに見た事も無いような手際の良さで片付けが進む。だが、専用機持ちである私達には別の指示が下された。
「専用機持ちは全員集合しろ! 織斑・オルコット・デュノア・ボーデヴィッヒ・凰・キャンベル! それから篠ノ之もだ! こっちへ来い!」
「はい」
「了解です」
「分かりました」
織斑先生から名前を呼ばれた私を含む専用機持ちが揃って僅かに緊張した面持ちで口々に引き締まった返事を返す中、最後に名前を呼ばれた箒さんだけは逆に嬉しそうな様子で口元に微かな笑みさえ浮かべていた。すると、その事を指摘した私に対してクリストファーが静かに呟く。
<箒さん。こんな状況だってのに何だか嬉しそうね>
<ああ、そうだな。まるで、新しい玩具を与えられた子供みたいだ。一体、何を考えているんだか……>
<それだったら、あんたも似たようなものでしょう。だって、新しい武装を追加したら後先考えずに直ぐに使いたがるんだから>
<失敬な。あれは実戦を想定した調整とデータ収集っていう立派な任務なんだよ>
<はいはい。じゃあ、そういう事にしておいてあげるわ>
すっかりお馴染みになったパターンだが、いちいち彼の相手をしていたらきりが無いので私は適当に返事をして不毛な言い合いになりそうだったのを強引に打ち切り、織斑先生や一夏君を始めとする専用機持ちの面々と一緒に宿泊施設の方へと向かって足早に歩き出すのだった。
◆
現在、宿泊施設の1番奥にある大部屋には様々な電子機器やケーブルが設置され、即席ではあるものの一種の作戦司令室に近い様相を呈していた。そして、その部屋に私を含む専用機持ち全員と引率兼サポート要員として来ていた教師陣が集まり、今からブリーフィングを開始するところだった。
「では、現状を説明する」
開口一番、指揮官に相当する織斑先生の鋭い声が室内に響き渡ると、まずは私達の置かれている状況の大まかな説明から始まった。当然、その一言で緊張感は一気に高まる。
「今から2時間前、ハワイ沖で試験稼動中だったアメリカ・イスラエル共同開発の第3世代型の軍用IS『シルバリオ・ゴスペル』が制御下を離れて暴走。さらに、監視空域からも離脱したとの連絡があった」
<なる程。確かに、それなら特命任務レベルAが発令されたってのも納得できるな>
<ええ、まさに国家を揺るがす非常事態だわ>
こうして彼女からISが暴走して行方をくらましたという話を聞き、私とクリストファーも事態の深刻さを直ぐに理解する。そして、そう感じたのは他の代表候補生達も同じだったらしく、この説明だけで全員が一様に厳しい表情を浮かべていた。
ただし、そんな中にあっても唯一、一夏君だけは状況を完全には把握しきれていないのか、どこか落ち着きの無い様子で視線を左右に彷徨わせながら何か言いたそうにしている。多分、深刻な事態に陥っているのは雰囲気で察していても、それに思考が追い付いていない所為で混乱しているのだろう。
なお、正確には箒さんも代表候補生とは違うのだが、ある程度のISを巡る予備知識は持っているようで彼ほどは慌てていない。
「その後、最後に確認された際の針路やグアムから緊急発進したAWACSと電子偵察機による索敵情報、さらには監視衛星に断片的に捕捉される痕跡などから総合的に判断した結果、件のISは此処から2km先の空域を通過する可能性が極めて高い事が分かった。これまでの移動速度から推測すると、今からおよそ50分後だ。よって、学園上層部からの通達により我々が今回の事態に対処する事となった」
<ふと気になったんだが、この短時間でよくアメリカ政府や軍の連中に情報提供と指揮権の移譲を承諾させたよな。もしかして、学園は何か弱みでも握ってるのか?>
いつものように冷静な口調で事務的に説明を続ける織斑先生に対し、クリストファーが何処か楽しそうに自分の意見を述べる。もっとも、本音を言わせてもらえば彼の下らない話など無視したいところだが、私の中にある別人格の彼と会話できるのも私だけなので渋々ながら話に付き合う事にした。
<やっぱり、両者の間で何らかの裏取引をしたって考えるのが自然なんじゃない? だって、あの国は自国の国益が最優先なんだから必要であれば何でもするわよ>
<だとしたら、いい迷惑だよな。俺達とは全く関係の無いところの見栄の張り合いで、こんな面倒事に付き合わされてるんだから……>
すると、今度は急に辟易とした口調で彼が呟くが、それも続いて聞こえてきた織斑先生の言葉によって見事に吹き飛ばされてしまう。
「以上の事から教員は学園の訓練機を使用して周辺の空域、ならびに同海域の封鎖を実施する。従って、本作戦の要はお前たち専用機持ちに担当してもらう」
<おいおい、教員が迎撃で生徒が後方支援を担当するのが普通なんじゃねえの?>
<まあ、それが一般的な配置よね。でも、ここはIS学園なんだから、そういった例外も全くあり得ない話って訳でもないんでしょう?>
<そりゃそうだ。なんたって、この情報を聞きつけた何処かの国が戦闘データ欲しさに学園上層部に圧力を掛けていても一向に不思議じゃないからな。そもそも、今の時代に外部からの影響を完全に遮断した組織運営をする事自体、どう考えたって無理な話なんだが……>
<確かに、完全中立が机上の空論なのは最初から分かってたけど、こうして現実を目の当たりにすると『いかなる国や組織・団体からも中立を保つ』っていうIS学園の理念が無意味なものだと痛感させられるわ>
彼女の説明を聞いた瞬間こそ多少は驚いたものの、裏の事情にも精通している私達は現状にも直ぐに順応してしまった。そして、それに呼応するかのように本格的なブリーフィングも始まる。
「全員、これで状況は理解できたな? それでは、これよりブリーフィングを始める。意見のある者は挙手するように」
「はい」
すると早速、セシリアさんが右手を真っ直ぐ上にあげ、それを見た織斑先生が小さく頷いて彼女の発言を許可した。ちなみに、若干1名、未だに困惑した表情を浮かべたままの人物も居るようだが、そんな彼を無視する格好で話は次の段階へと着実に進んでいく。
「目標ISの詳細なスペックデータを要求します」
「分かった。ただし、これらは2カ国の最重要軍事機密に該当する。だから、決して口外するな。それでも万が一、情報が漏洩するような事があれば、諸君には査問委員会による裁判と最低でも2年間の監視が付けられるから注意しろ」
「了解しましたわ」
<こいつは俺の勘なんだが、どさくさに紛れれば両国の最重要軍事機密に属してるISのデータを盗んでもバレないような気もするんだけど、お前はどう思う?>
<そうだとしても、実行するのは止めておきなさい。それに、このISのデータだったら既に組織の方で入手済みかもしれないわよ。だって、機体そのものはアメリカ国内で開発してるんだもの>
<おお、俺とした事がすっかり忘れてたぜ>
こうして私がクリストファーと頭の中で会話をしている間にも暴走したIS『シルバリオ・ゴスペル』の詳細なデータが部屋の中央に設置されたメインの空中投影ディスプレイに表示され、それを基にした評価・分析が知識や経験の豊富な代表候補生の面々によって直ちに実施される。
「ここに示されたデータによると広域殲滅を目的とした特殊射撃型……。しかも、わたくしのISと同じでオールレンジ攻撃を行える機体のようですわね」
「むしろ攻撃と機動の両方を特化した機体だから、ますます厄介だわ。その上、これを見る限りだと、あたしの『甲龍』を上回ってるから向こうの方が有利……」
「後は、この特殊武装がいかにも曲者って感じがするよね。ちょうど本国からは『リヴァイヴ』用の新型防御パッケージが送られてきてるけど、連続しての攻撃を受けたら流石に厳しいかも」
「これが事実なら防御面に関しても隙は無さそうね」
「それも気になるが、このデータだけでは格闘を含めた接近戦の能力が未知数だ。おまけに操縦者の持っているスキルもさっぱり分からん。教官、我々の方で継続的な偵察は行えないのですか?」
立場上、私は参加している演技をするだけで深くは関わらないようにしていたが、ここで何も言わないと怪しまれそうだったので彼女達に混じって専用機持ちとしての意見を述べると、最後に仕上げみたいな感じでラウラさんが新たな疑問を織斑先生に投げ掛けた。
ところが、彼女から返ってきた答えは半ば予想できた内容のものとは言え、あまり芳しいものでは無かったのが場の空気を重くさせる。
「無理だな。この機体は現在も超音速飛行を続けている。しかも、最高速度は2450km/hを超えるとある。おそらく、攻撃の為のアプローチは1回が限界だろう」
「1回きりのチャンス……。そうなると、ここは一撃必殺の攻撃力を持った機体で当たるしかありませんね」
移動速度の関係から攻撃を仕掛けられるチャンスが限りなく少ないと聞き、誰もが真っ先に考えつきそうな対処法を山田先生が代表して口にする。すると、当然のように私を含めた全員が一夏君の方を一斉に振り向いて無言の圧力を掛ける。
「え……?」
ところが、肝心の彼の方は全く予想していなかったのか、いきなり全員から見つめられて戸惑いの表情を浮かべるだけだった。だが、彼を除いた他の面々の中では既に攻撃役は一夏君で決定したらしく、あっという間に彼女達の抱える課題は彼をターゲットまで運ぶ方法をどうするかになっていた。
そして、少しの間を置いて我に返った彼が状況を把握した事で慌てたように抗議の声を上げたものの、それも一瞬にして打ち砕かれてしまう。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ! お、俺が行くのか!?」
「当然!」
流石の彼もセシリアさん・鈴さん・シャルロットさん・ラウラさんの4人から同時に即答されては何も言い返せないらしく、ただ無言で俯いて状況に流されるだけであった。しかし、それまで黙って様子を見守っていた織斑先生が何故か急に口を開いた。
「織斑、これは訓練では無い。紛れも無い実戦だ。だから、もし覚悟が無いようなら無理強いはしない。はっきり言って、そんな奴は足手まといだ」
<相変わらず、織斑千冬は気持ちが良いぐらいにストレートな物言いだな>
<まあ、そこが彼女らしいところなんじゃない? それで、こういう場合だとアンタだったらどういう判断を下すの?>
この織斑先生の言葉を聞いた直後、私は戦術が絡んでくると思ってブリーフィングへの参加には消極的だったクリストファーにも意見を求めておく。
<正直なところ、俺も作戦の要である攻撃役を一夏に任せるのには不安がある。いま指摘されたように実戦経験の不足は明らかだし、いくら攻撃力が高くても相手に命中しなければ何の意味も無いからな>
<確かに、接近戦しか出来ない上に彼の動きは単純で読まれ易いものね>
<だが、他に適任者が居ないのも事実だぜ>
こうして話は簡単に振り出しに戻ってしまう。今回の場合、どう考えてもギャンブル性の高い作戦しか存在しないのだ。
そして、私達が違う事に意識を向けている間にも作戦に参加する人選は着々と進み、攻撃役は織斑先生の一言で覚悟を決めた一夏君で確定し、その彼を現場空域まで運ぶ役には最高速に秀でた『ブルー・ティアーズ』を操るセシリアさんが自薦という形で選出された。
ところが、上手く話が纏まりかけたタイミングでラウラさんから思いもよらない言葉が飛び出し、出来るだけ関わらないようにしていた私達の努力が無駄になる可能性が浮上する。
「もう1人、その選択肢にクリスを入れても良いんじゃないか? 確かに、大型の『アーセナル』は最高速では『ブルー・ティアーズ』に劣るが、あのISにはスーパークルーズ能力があった筈だ。それに、火力支援には最適な武装も搭載している」
<チッ……、余計な事を言いやがって……>
そんな彼女の発言によって全員の視線が自然に私へと集まり、それと共にクリストファーが舌打ちをしながら悪態をつく。すると、聞き慣れない単語がラウラさんの口から出てきたからなのか、その単語の意味を一夏君が彼女に尋ねる。
「なあ、そのスーパークルーズ能力ってなんだ?」
「それはね、一夏。超音速巡航能力とも言って、燃費を極端に悪化させる程スラスターの推力を上げなくても音速を超えて飛行できる能力の事だよ。まあ、流石に音速を僅かに超える程度だから、長距離飛行でないと真価は発揮できないんだけどね」
しかし、この彼の疑問に対しては説明の上手なシャルロットさんがラウラさんに代わって分かり易く丁寧に答えた。さらに、今度は織斑先生が私に尋ねてくる。
「キャンベル。超音速下での戦闘訓練時間は?」
「多分、25時間くらいだったと思います」
「では、他のISを背負った状態でスーパークルーズは可能なのか?」
「おそらく、無理だと思います。空力や重量を考慮した装備の追加ならともかく、全く異なる設計思想で開発されたISとなると、単純に載せても飛行の邪魔になるだけでしょう。一応、余計な武装などを外せば可能になるかもしれませんが、それでは現場空域における戦闘支援に支障を来たします」
「そうか……。なら、適任は――」
私の答えを聞いて彼女が結論を述べようとした時、あまりにも場違いな底抜けに明るい声が室内に響いてきて話を唐突に遮られた。
「待った、待ーった! その作戦はちょっと待ったなんだよ~!」
はっきり言って声を聞いた瞬間から嫌な予感はしていたが、案の定、こんな非常識な事をしたのは篠ノ之博士だった。なんと彼女は部屋の中央にある天井の板を外し、そこから頭だけを突き出してブリーフィングに乱入してきたのだ。
そして、そのまま軽業師のような身のこなしで床に降り立つと、織斑先生から捕獲の指示を受けた山田先生を簡単に振り切ってしまう。それどころか、織斑先生の周囲に数枚の空中投影ディスプレイまで瞬時に出現させて様々なデータや画像を表示させると、いきなり『紅椿』を軸にした作戦計画まで話し始めた。
<篠ノ之博士の想定外の乱入には驚かされたけど、これなら少なくとも私達が作戦に駆り出される心配は無くなりそうね>
得意満面の表情で嬉々として博士が『紅椿』に採用されている最新テクノロジーの解説をする中、この新たな展開によって面倒事を嫌うクリストファーが喜んでいると思って私は声を掛けたのだが、どういう訳か彼は全くの無反応だった。
ただし、いま彼が無反応なのは余計な事に意識を向けていて気付いていないからだと思い、私は僅かな苛立ちを滲ませた声で尋ねる。
<ねえ、これで私達が参加させられる可能性が減ったと――>
<そんなに大声で叫ばなくても、お前らの声なら聞こえてるよ。ただ、ちょっと今の話で気になる事があったから、それについて自分なりに考えを纏めていたんだ>
<だったら、返事ぐらいしなさいよね。それで、気になる事って?>
自己中心的で一貫性の無い言動が多い彼に今さら何を言っても無駄なので、私は必要最低限の注意だけしてから彼の言う“気になる事”が何なのかを訊いてみた。すると、彼にしては珍しく慎重に言葉を選ぶような感じで話し出す。
<ここまでの一連の流れなんだが、あまりにも都合が良すぎるとは考えられないか? 俺達が臨海学校に来ているタイミングでISの暴走事件が発生したかと思えば暴走したISが向こうから近付いて来た上に、そいつへの対処を専用機持ちとはいえ一介の生徒に委ねる決定が下る。そして、極めつけが第4世代型ISの登場と出来すぎな作戦参加プランだ>
<まさか、最初から全て仕組まれていたとでも言いたいの? 確かに、私も偶然にしては少し出来すぎているような気もしてたけど……>
<ああ、俺だって最初は単なる偶然かと思ったよ。けど、ここまで色々な出来事が綺麗に重なると、むしろ故意に仕組まれたと考える方が自然だろう。まあ、第3者の関与を示す証拠は何も無いけどな>
一応、いま話した彼の意見には筋が通っており、私も『気にしすぎ』だと言って頭ごなしに否定する事が出来なかった。しかも、このように手の込んだ計画を証拠も残さずに遂行可能な人物としては篠ノ之博士しか心当たりが無く、少しでも疑い始めると彼女の言動の全てが疑わしく思えてくるから不思議だ。
そして、そんな風に私が彼女に疑惑の目を向けつつも身分を隠す為に目立たないように警戒していると、その彼女の口から今度は『白騎士』という単語が飛び出した。
「海で暴走って言うと、10年前の『白騎士事件』を思い出すねー」
そう言った博士本人は一見すると無害とも取れる笑顔を浮かべているが、それとは対照的に織斑先生は僅かに焦ったような表情を浮かべていた。それは織斑先生にしては珍しい反応だったので、手元に決定的な証拠は無くても私は2人が『白騎士事件』に何らかの形で深く関わっていると確信する。
実際、この2人の付き合いが事件発生前から続いている事は組織が目を通すよう指示してきた情報の中に記載してあったので、私達は資料に目を通した段階から2人の事件への関与を疑っていた節がある。
すると、彼女の口から飛び出した『白騎士事件』という単語に反応したのか、クリストファーの嫌悪するような静かな呟きが私の頭の中に響いてきた。
<あの事件、確かに直接の死者は公式発表の通りゼロなんだが、間接的には世界中で結構な数の人間が死んだりケガしたりしてるよな。なのに、そういった事柄に関しては世間ではロクに報道すらされてないんだぜ。だから、今の世界の在り様を手放しで歓迎してる無知な連中も大勢いやがるが、これって実際のところはどうなんだろうねえ……。もしかすると、ほんのちょっと誰かが憎悪を煽ってやるだけで案外、簡単に戦争状態になるんじゃねえの?>
今の彼の言い方には少し語弊があるかもしれないが、あまり表沙汰になっていない事件についての部分も含めて概ね合っている。いわゆる、全ての物事には光と闇が存在するという事例の典型だ。
事実、2000発を超える大量のミサイルの標的となった日本では避難時の混乱に伴う死亡事故が各地で発生したし、他国では根拠の無いデマや噂、果ては混乱に便乗した暴動と略奪で多くの死傷者が発生した。
それに加え、既存の軍事兵器がたった1機のISに敗退を喫した事で大幅な軍縮と軍需産業の衰退が急速に進んだ結果、経済の衰退へと繋がって失業率・犯罪発生率・自殺者数といったものの数値が急上昇して減少傾向にあった年間の死亡者数が大きく増加した国や地域もある。
さらには反ISを前面に掲げる多種多様な過激派テロ組織まで出現し、連続爆破テロ・自爆テロ・時間差頻発テロ・無差別銃撃テロ・サイバーテロ・誘拐テロなどといったテロ活動を世界各地で行い、この10年間で相当数の人々が犠牲になっている。
もっとも、ここで最後に挙げたテロ攻撃に関しては実行したテロ組織やテロリスト連中が全面的に悪いという事で片付く側面もあるが、前述の出来事などで何らかの不利益を被った人達がテロ行為に関わっている場合も少なからずあるので、やはり『白騎士事件』とは全くの無関係だと断言するには少々無理があった。
しかし、私にとって何よりも不可解だったのは、そんな真面目な事を突然言い出したクリストファーの真意の方であり、それを確かめたくて訝るように尋ねた。
<それで結局のところ、あんたは何が言いたいの?>
<気に入らないんだ>
<は……、どういう事?>
ところが、あまりにも予想外な彼の答えに最初は思考が追い付かず、私は少し間抜けな声を出した後で聞き返してしまった。
<考えれば考える程、どうにも誰かの手の平の上で踊らされてるような感じがして気に入らないんだよ。じゃあ、いっその事、世界大戦でも起こして困らせてやろう。そう思っただけさ>
<なっ……!>
いつもの感情を伴ったハイテンションな喋り方とは全く違う無機質で冷淡な声で衝撃の内容を告げられ、ここ最近は彼の狂気をあまり意識する事の無かった私は思わず絶句してしまう。なぜなら、こういう雰囲気で話している時のクリストファーは冗談抜きで危険な状態だからだ。
おそらく、表面的な彼の姿しか見た事が無ければ大多数の人間は世間知らずなバカの妄言ぐらいにしか捉えないだろうが、彼が心の内に秘めている桁違いの狂気を誰よりもよく知っている私には分かる。
こういった感じで宣言したからには、彼は自分の目的を果たす為なら世界を滅ぼすような行為でさえ微塵も躊躇わずに実行に移すだろう。それどころか、その過程で自分が無残な死を迎える事が判明していても機械みたいに平然とした態度で最後まで遂行する可能性が高い。
普段の子供じみた言動を見ている所為で付き合いの長い私でも稀に忘れそうになるが、そういった危険性を常に内包している事こそが彼の本質なのだ。
そして、暴走事件とは関係の無いところで問題となった発言を耳にしてから数分が経過し、久々に感じた彼の狂気による衝撃からも何とか回復した頃、ようやく一夏君を載せて『シルバリオ・ゴスペル』の迎撃へと向かうメンバーが話し合いの末に決定する。
「束。『紅椿』の調整には、どれくらいの時間が掛かる?」
「お、織斑先生!?」
この一言から判断する限り、どうやら現場空域までの運搬役は新たに専用機持ちとなった箒さんで決定のようだ。しかし、てっきり自分が担当するものだと信じて疑っていなかったセシリアさんは驚いたように声を上げて何かを言いたそうにしている。
だが、そんな涙ぐましい抗議の声も織斑先生に準備に必要な時間を訊かれた瞬間、急に勢いを失って自然消滅してしまった。勿論、そうなった原因は作戦遂行に必須となる高機動パッケージを彼女はインストールしておらず、ターゲットとの接敵予測時刻までに出撃準備が完了しないからである。
ところが、そんな彼女のISとは対照的に僅か7分で『紅椿』の準備が完了すると篠ノ之博士は満面の笑みを浮かべながら皆の前で宣言した。
「では、本作戦は織斑・篠ノ之の両名による目標の捕捉と撃墜による進行の阻止、ならびに操縦者の救出を主目的とする。なお、これより目標ISを暫定的に『福音』と呼称する。そして、作戦開始は現時刻より30分後だ。それを踏まえ、各員は直ちに準備に取り掛かれ」
「はい!」
最終的には織斑先生の発した言葉が決定打となり、今回の作戦への参加要員と現場における方針が明確になる。当然、指揮権を有する彼女が決断を下した時点で議論の段階は終わりを迎え、私達は気合の入った返事をすると同時に準備へ向けて動き出すのだった。
◆
現場で実際に『福音』の迎撃に当たる一夏君と箒さんは自身の専用機の最終調整、それ以外のメンバーは支援態勢を万全なものにする為に忙しなく動き回っているが、そんな状況下であっても私達は組織から与えられた任務を遂行するチャンスを秘かに窺っていた。
しかし、それは口で言うほど簡単な事では無く、むしろ時間の経過と共にクリストファーのストレスが溜まる一方で私にとっても普段以上に我慢を強いられる過酷な状態となっていた。そして、そうなった原因には時間に比例して増加する彼が零す愚痴の量も大きく関わっていたのだ。
<なあ、俺達が最優先で遂行しなければならないのは組織から与えられた任務なのに、こんな所で関係の無い雑用をしてて良いのかねぇ……。大体、こっちには『シルバリオ・ゴスペル』の迎撃に協力してやる義理だって無いんだし、この隙に各専用機の新型装備か『紅椿』のデータでも集めてた方が遥かに効率的だと思うんだけどなぁ……>
その所為で先程より私のストレスも急速に増加し続けているのだが、ここで何か言葉を発して彼の相手をしてしまったら、それこそ余計に面倒な事態になるのは火を見るより明らかだった。
なので、私は頭の中に延々と響いてくる彼の声は完全に聞き流し、ひたすら眼前の作業に集中して極力意識しないようにする。そうやって暫く経った頃、突然、一夏君から声を掛けられた。
「クリス。いま、ちょっと良いか?」
「別に大丈夫だけど、どうかしたの?」
いきなり背後から彼に声を掛けられた瞬間、私は咄嗟に本来の自分から潜入用に作り上げた偽者の私を演じる事を条件反射で強く意識し、まるで何事も無かったかのように学園における私のイメージに合うよう笑顔まで浮かべて答える。
すると、そこには普段と変わらない雰囲気を纏った一夏君と、やや拗ねたような表情で彼を見つめるセシリアさんの姿があった。
「どうして、そこでクリスさんにまで声を掛けるんですの……」
しかも、そんな彼女の心の声みたいなものが呟きとなって聞こえてくる。どうやら、彼女が拗ねたような表情をしていたのには、一夏君が私に声を掛けた事にも何らかの原因があるらしい。だが、彼は横に並ぶ彼女の不満そうな様子には全く気付かず、学園内で一緒にいる時と同じ態度で用件を述べてくる。
「千冬ね――じゃなくて、織斑先生に『高速戦闘のレクチャーをしてもらえ』って言われてさ。それで、高速戦闘に慣れてる2人を捜してたんだ」
<一夏君は、ああ言ってるけどアンタはどうするの?>
一応、ISでの戦闘に関してはクリストファーの方が私よりも上手く、身体の主導権も明け渡す事が多いので頭の中で素早く尋ねる。すると、ほぼ即答に近い形で彼は拒否する事を伝えてきた。
<面倒だからパス>
もっとも、彼の性格を考えると高確率で拒否反応を示すだろうと予測していたので、この場は素直にセシリアさんを応援してあげる事に決めた。実際、私達の本来の立場を考えれば作戦に協力するメリットも義理も無いのは明白であり、それゆえ彼女に華を持たせるのにも何ら抵抗は無かった。
「そういう事だったら、正規の代表候補生であるセシリアちゃん1人でも充分に役目を果たせると思うよ。それに、私の場合はISが特殊だから単純に高速戦闘の訓練時間が長くなっただけだし……」
「まさに、その通りですわ! さあ、一夏さん! クリスさんの邪魔にならないよう、わたくし達は向こうに行きましょう!」
「え、でも……」
ある思惑があって発した私の言葉だったにも関わらず、あっさりと普段の調子を取り戻した彼女は先程までの暗く沈んだ雰囲気から瞬時に立ち直り、今では満面の笑みを浮かべて彼の腕を引っ張って半ば強引に何処かへ連れて行こうとしている。
もっとも、肝心の一夏君の方は態度を急変させた彼女の行動に付いていけないのか、どう反応したら良いか迷っているのが仕草からもはっきりと伝わってくる。だが、今度はクリストファーが怪訝な様子を隠そうともせずに尋ねてきた。
<なあ、1つ訊いていいか? なんで“アレ”でセシリアの機嫌が良くなるんだ?>
<そんなの、一夏君と2人きりになる口実が出来たからに決まってるでしょう>
<ふ~ん……>
こういう疑問が彼から発せられる事を何となく予想していた私は、まるで事務処理でもするみたいに淡々とした口調で事実のみを端的に述べる。それが原因かどうかは分からないが、彼は直ぐに興味を失ったようで気の抜けた返事をしただけで黙り込んでしまう。
そんな訳で、彼の相手を長々とせずに済んだ私も自分の作業に戻ろうとしたのだが、思った以上に互いの距離が離れていなかった所為で普通にセシリアさんの声が聞こえてきた。
「高速戦闘用に調整された超高感度ハイパーセンサーと言うのは――」
「使うと世界がスローモーションに感じるのよ。ま、最初だけだけどね」
「ちょっと、鈴さん! これは、わたくしが――」
しかし、そこへ鈴さんが割り込んだみたいだ。当然、せっかく一夏君と2人きりになれたところを邪魔されたセシリアさんが怒って抗議の声を上げる。
そこで彼女の方にアドバンテージのある高速戦闘の訓練時間を盾にして鈴さんを追い払おうとしたらしいのだが、その思惑は見事に裏目に出てしまい、鈴さんもある程度は高速戦闘の訓練を積んでいる事が判明して分が悪くなっただけだった。
「て言うか、それだったらクリスが一番の適任じゃない」
「う……。で、ですが、わたくしは彼女から『ぜひに』と推薦されて――」
<ちょっと待て。そこまで必死には頼んでないだろう。大体、こっちには関わっても何のメリットも無いんだから、わざわざ面倒事を増やしてんじゃねえよ……>
鈴さんの口から私の名前が出た事で更にセシリアさんは劣勢になり、私との間であったやり取りを自分に都合の良い形で脚色して持ち出したのだが、それを聞いたクリストファーが心底嫌そうな口調で呟く。
だが、そうやって互いに違った意味で鈴さんの提案に激しい拒否反応を示す2人の想いとは裏腹に事態は面倒な方向へと進んでしまう。
「このままじゃラチがあかないわね。クリス、あんたもこっちへ来なさい」
具体的に何があったのかと言うと、私に対する鈴さんからの召集命令である。一応、ほんの少し前にセシリアさんの味方をすると決めた以上は此処で鈴さんの指示に従って行動するのは微妙に気まずいのだが、それを許してくれるような穏やかな雰囲気で無かったのも事実だった。
「えっと……、それじゃあ、よろしくね?」
「む~……」
その為、私は大人しく彼女の指示に従って3人の集まってる方へと近付く。勿論、セシリアさんからは拗ねたような表情で睨まれるが、どうする事も出来ないので気付かなかった振りをして誤魔化した。
「じゃあ、さっきの続きからね。世界がスローモーションに感じるのは――」
「ハイパーセンサーが操縦者に対して詳細な情報を送る為に感覚を鋭敏化させるからなんだよ。だから、逆に世界が遅く――」
こうして会話の主導権を握る事に成功した鈴さんが嬉々として話し始めた直後、いつの間にか私達の近くにまで来ていたシャルロットさんが鈴さんと同じように割り込み、彼女が話そうとしていた内容を全て喋ってしまう。
勿論、そんな風に苦労の末に勝ち取った筈の手柄を横取りされて大人しく黙っている鈴さんでは無かったのだが、それすらも続いて話し始めた人物によって一言も発する事なく遮られた。
「それよりも注意するべきはブーストの残り使用回数だな。特に嫁のISは燃費が極端に悪い上に――」
「他に注意が必要なのは、通常時よりも相対的な速度が上がっているので射撃武器によるダメージが大きくなる事ですね。ですから、当たり所が悪いと――」
どうなったのかと言うと、新たにやって来たラウラさんと山田先生が立て続けに説明を行ってセシリアさんや鈴さんが話そうとしていた内容を片っ端から喋ってしまったのだ。
もっとも、こうも次から次へとやって来て横槍を入れられたのでは流石に我慢の限界に達したらしく、いまにもキレそうになった2人が傍目にも分かるくらいに怖い顔で表情を引きつらせている。
しかし、ここで乙女心から来る好意には全く気付けないほど鈍感な性格のくせに、変なところで細かい事にまで気の回る一夏君が絶妙のフォローを入れた。
「セシリアも鈴もありがとうな。他にも注意するところがあれば教えてくれ」
「え、ええ、まあ、このくらいはお安いご用ですわ」
「ほ、ホントはあたし1人でも充分なんだけど、たまには華を持たせてやらないとね」
それを見ていた私は彼女達の変わりようが速過ぎて軽く呆れそうになったが、彼のお陰で2人の機嫌が直ったのも事実なので深くは考えない事にした。ただし、彼女達は未だに素直に感謝の言葉を口にするとなると抵抗があるようだが、余計な諍いを回避できたと思えば安いものだろう。
すると、事態が沈静化したのを敏感に感じ取ったシャルロットさんが本格的に彼女達の話に加わり、ごく自然な流れで学園に居る時と同じような雰囲気になってくる。
「今回の作戦だと出来れば突撃用のシールドを装備した方がいいんだけど、一夏って武器を両手持ちにして使うから無理だよね。他に何か良い案はある?」
「防御の強化が期待できない以上、回避に重点を置くしか無いだろう。だが、イグニッション・ブーストは禁止だ。あれはエネルギーの消耗が激しいからな」
さらにラウラさんも本格的に話に加わってきたので、ここは私も何らかの提案をした方が皆から怪しまれないと思い、そこそこ無難な感じの意見をタイミングを見計らって述べる事にした。
だが、こういった戦術的な話については本来、クリストファーの得意分野なので彼の意見を参考にした方が上手くいくのだが、残念ながら自分にメリットの無い物事に関わるのを極端に嫌う性格の所為で現状では全く当てに出来なかった。
「せっかく『紅椿』が展開装甲を採用してるんだし、そのまま防御も担当しながら強引に接近して学年別トーナメントの時みたいに直近で2人のポジションを瞬時に入れ替えるのはどう?」
「ふむ。それも案としては悪くないが、ぶっつけ本番でやるにはリスクが大きいな」
「それに、あの時とは違って今回は相手が音速を超える速度で動いているので練習量とかに関わらず、こちらの戦術を悟られないように接近する事そのものが難しいですね」
ところが、私の提案した戦術はラウラさんと山田先生によって即座に問題点が浮き彫りにされ、あっさりと採用が見送られてしまった。もっとも、そうやって採用されなかった事に関しては大した問題でも無く、私も話し合いに参加していたというイメージを彼女達が持ってくれれば充分に目的を果たしたと言えるだろう。
そして、その程度の意味合いしか無いのはクリストファーも初めから承知していた筈なのに、どういう訳か黙って状況を見守っているだけの彼が急に話し始めた。
<いっその事、箒が得意のカミカゼで突っ込んで『福音』を捕まえて動きを封じたら2人纏めて一夏が斬ればいいんじゃねえの? これなら確実だし、なにより手っ取り早いと思うぜ>
<あのねぇ……。そんな危険な方法を誰が許可するのよ。大体、あの一夏君が大切な幼馴染みを危険に晒すような真似をすると本気で思ってるの?>
<まあ、一夏の性格なら命令されても絶対にしないだろうな。だが、もしアイツがミスって箒にケガでもさせてくれれば負い目から身を引くかもしれないし、特に理由も無く上がりまくってる株だって少しは下がるかもしれないだろう? そうなったら、今度こそ俺がモテるチャンスも広がるかと――>
やはり、いつもの自己中心的な発想しかしないクリストファーだった。相変わらず、こんな状況であっても自分の欲望を満たす事しか考えていないようだ。なので、私は直ぐに彼の相手をするのを止めて聞こえてくる声も意識から締め出し、一夏君たちの動向を注意深く探る事を何よりも重視する。
ちなみに、この後も私は話し合いについては積極的に関わろうとはせず、あくまでも参加しているという印象を皆に残す事を優先目標に定めて行動し続けた。勿論、そんな私とは対照的に彼らは時間の許す限り己の意見を激しくぶつけ合い、作戦の成功率を少しでも上げようと必死に頑張っていた。
いよいよ『福音』との戦いに突入した訳ですが、今回は前半という事で『紅椿』の紹介と出撃準備だけです。なので、本格的な戦闘シーンを期待していた方には申し訳ありません。
それどころか、ストーリー的にも原作と大差が無いので目新しさも感じませんね……。
ですが、今後も温かい目で見守っていただけると幸いです。
こういう流れなので当然、次回が本格的な戦闘シーンで構成されたエピソードになります。