IS<インフィニット・ストラトス>‐虚構と闇の交差する空‐   作:Ghost SAF

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第2話 灰色の監視網①

 入学式翌日の朝8時、1年生寮の食堂に私は居た。ちなみに、起床後は軽いランニングを行っているのだが、勿論、これは監視活動を兼ねている。しかも、この学園では自主トレに励む生徒が多い為、こうして早朝から活動していても怪しまれなかった。

 そして、ランニングから帰るとシャワーを浴び、それから制服に着替えて食堂へと向かい、今は食後のコーヒーをゆっくりと味わっているところだ。ただし、私の視線と意識は先程から周囲を警戒しながらも、ある一点に注がれている。

 

<それにしても、あいつは朝から人気者だな>

 

 私の視覚を通して見た光景に対し、半分からかうような口調でクリストファーが感想を漏らす。その光景とは勿論、女生徒の注目を一身に浴びている所為か、どこか気まずそうな雰囲気で朝食を食べている織斑君の事だ。

 ちなみに、最初は織斑君と篠ノ之さんの2人だけだったのだが、途中から3人のクラスメイトが合流して今は5人になっている。

 

<おっと、状況に変化ありだ>

<どうやら、篠ノ之さんは先に行くみたいね>

 

 5人に増えたと思ったのも束の間、篠ノ之さんが一足先に席を立って食堂から出て行ってしまった。気のせいか、居心地が悪くなったのを誤魔化すような形で逃げ出したようにも見える。

 しかし、私は直ぐに意識を未だに座ったままの織斑君の方に戻して監視を続ける。すると突然、パンパンと手を叩く音が食堂に響き、よく通る声が聞こえてきた。

 

「いつまで食べている! 食事は迅速に効率よく取れ! 遅刻したらグラウンド10周させるぞ!」

 

 それは、この1年生寮の寮長も務める織斑先生の声だった。その途端、食堂にいた全員が慌てたように食事に集中する。最早、先程までの和やかな雰囲気は完全に消え去り、一気に緊張感が増大した。

 

<相変わらず、あっちは朝から容赦が無いな。ここのグラウンド、確か1周で5kmはあった筈だぜ?>

<この様子だと今朝の監視は終了ね。私達も教室に移動するわよ>

 

 クリストファーのツッコミを聞き流した私は、まだカップに1/3ほど残っていたコーヒーを一気に飲み干すと立ち上がり、空になった食器の載ったトレーと一緒にカウンター脇の返却口へと持って行く。

 その時、またしても誰かに監視されているような感覚に襲われた。しかし、前回と同じで、その違和感は一瞬で消える。

 

<なあ……>

<分かってるわよ。昨日と同じ>

 

 とりあえずは何事も無かったかのように教室に向かって歩き出し、念の為に周囲を警戒しながら先程の監視されているような感覚ついてクリストファーと会話を交わす。

 

<だが、これで2度目だぜ。いくらなんでも、偶然で片付けるには無理があるだろう>

<ええ、そうね。だけど、まだ2度目よ>

<そうは言うが、2度とも彼女が居たタイミングで起きてるんだ。それを踏まえれば、あまり楽観視できる状況とは思えないな>

<ただ単に潜入者を特定できていないから、ああやって炙り出そうとしてるだけかもしれないわよ?>

<まあ、その可能性も否定は出来ないが……>

 

 結局、ここで私達の思考は行き詰る。

 

<どちらにしろ、今は確証が無いわ。だから、警戒はしつつも任務続行よ>

<了解>

 

 ちょうど教室に着いた事もあり、この“謎の気配”に関する詮索は終了した。そして、この日も当然、クラスに微妙な雰囲気を漂わせた山田先生の墓穴を掘るような発言と、休み時間ごとに行われる“織斑君へのアプローチ合戦”で暫くは平穏な時が流れていった。

 しかし、それも束の間だった。事態が変化したきっかけは、織斑先生が織斑君の頭を出席簿で叩いた後、予想外な発言をした事に始まる。

 

「ところで、織斑。お前のISだが、準備まで時間が掛かる。予備機が無い。だから、少し待て。学園で専用機を用意するそうだ」

「せ、専用機!? 1年の、しかもこの時期に!?」

「つまり、それって政府からの支援が出てるって事で……」

 

 当然のごとく、クラス中が羨望の渦に包まれる。ところが、当の織斑君は事態の重大性が全く理解できていないらしく、きょとんとした表情をしている。

 

「教科書6ページ。音読しろ」

 

 その為、織斑先生が溜息まじりに教科書を読むよう彼に言った。すると、彼は言われた通りに教科書を音読する。

 

「え、えーと……『現在、幅広く国家・企業に―――アラスカ条約第7項に抵触し、全ての状況下で禁止されています』……」

「つまり、そういう事だ。本来なら、IS専用機は国家あるいは企業に所属する人間にしか与えられない。が、お前の場合は状況が状況なので、データ収集を目的として専用機が用意される事になった。理解できたか?」

「な、なんとなく……」

 

 最後に織斑先生が結論を述べたが、彼が想像していたよりもスケールの大きな話だったらしく、若干、状況の把握に時間を要しているようだった。

 

<ホント、特別待遇だよな。半ば実験体扱いとは言え、世界中に467機しかないISの中でも専用機が与えられるんだから>

<確かに、あんたが言った通り、これは思った以上に早く事態が動くかもね。上手くいけば、近い内に“彼女”に関する有益な情報が得られる可能性だってあるわ>

<完全なブラックボックスであるISのコアを世界で唯一作る事ができ、何故か新たに製造する事を拒否して姿を消した篠ノ之束博士か。こちらとしても、そうあって欲しいものだ。なにせ、俺達の最優先目標は彼女の現在の居場所を探る事だが、長居して関係者に深く関わり過ぎると色々と勘繰られて動き難くなるからな>

<それについては心配いらないわ。有益な情報が手に入らない限り、状況が落ち着くまでは一定の距離を保って接触を続けるから>

 

 いつものように脳内で私とクリストファーが与えられた任務についての話をしていると、クラスメイトの1人がおずおずと織斑先生に質問をした。

 

「あの、先生。篠ノ之さんって、もしかして篠ノ之博士の関係者なんでしょうか?」

「そうだ。篠ノ之はあいつの妹だ」

 

 ある種の重要事項を織斑先生は、あっさりと認めた。一応、当の篠ノ之博士本人は超国家法に基づいて世界から手配されている身なのだが、そんな事は関係ないらしい。

 

「ええええーっ! す、すごい! このクラス、有名人の身内が2人もいる!」

「ねえねえっ、篠ノ之博士ってどんな人!? やっぱり天才なの!?」

「篠ノ之さんも天才だったりする!? 今度、ISの操縦教えてよっ!」

 

 この衝撃的な事実に授業中にも関わらず、一瞬にして篠ノ之さんの周囲にクラスメイトが集まる。ところが、注目の的となった彼女は予想外の事を口走った。

 

「あの人は関係ない!」

 

 彼女の突然の大声に、それまでの華やいだ雰囲気が一気に無くなり、妙な重苦しさが教室内を支配する。

 

「大声を出してすまない。だが、私はあの人じゃない。教えられるような事は何も無い」

 

 そう言って篠ノ之さんは窓の外に顔を向けてしまい、とても話が出来る状況ではなくなってしまった。その為、周囲に群がっていたクラスメイト達も困惑や不快な表情を浮かべつつも席へと戻っていく。そして、一連の様子を見届けた織斑先生がいつものように指示を出した。

 

「さて、授業を始めるぞ。山田先生、号令」

「は、はいっ!」

 

 山田先生の方は、まだ何か言いたい事があるようにも見えたのだが、この場は織斑先生に促されるままに授業を始めた。

 

   ◆

 

 織斑君に専用機が与えられる事を聞かされた次の休み時間。私はセシリアさんと一緒に彼の席へとやって来ていた。

 

「安心しましたわ。まさか、訓練機で対戦しようとは思っていなかったでしょうけど」

 

 開口一番、彼女はお決まりの腰に手を当てたポーズで椅子に座っている彼を見下ろしながら語り始めた。ただし、今回は前と違って私が居る為、彼は少し意外そうな表情をして私と彼女に視線を交互に送り、なにやら見比べるような仕草をしていた。

 

<なあ、俺達まで“コレ”と同格扱いなのか?>

<文句を言わない。大体、そう見られるのは私なんだから、あんたは黙って従ってれば良いのよ>

<そう言われると、返す言葉も無いんだが……>

 

 織斑君の仕草が気に入らなかったのか、クリストファーは心底うんざりしたような口調で文句を言ってきたが、私は軽くあしらって意識を2人の会話へと向ける。

 

「このわたくし、セシリア・オルコットはイギリスの代表候補生。つまり、現時点で専用機を持っていますの」

「へー」

 

 これまでと同じように、彼はセシリアさんの言葉に対して軽く聞き流しているとしか思えないような返事をする。当然、それは彼女の神経を逆撫でするだけである。

 

「……、馬鹿にしていますの?」

 

 こうして傍から見ていると、だんだんと彼女の目が据わってきているのが分かる。つまり、そう遠くない内に怒りが頂点に達して爆発するという事だ。

 

「いや、すげーなと思っただけだけど。どうすげーのかは分からないが」

<おいおい。また、このパターンかよ……>

 

 溜息と共にクリストファーが呟く。正直なところ、私も頭を抱えたい心境だった。そして、案の定、予想通りの展開となる。

 

「それを一般的に『馬鹿にしている』と言うのでしょう!?」

 

 ついに彼女が両手で織斑君の机を叩き、声を荒げて言い返した。余談だが、机を勢いよく叩いた弾みでノートが落ちた。

 

「コホン……。さっき授業でも言っていたでしょう。世界でISは467機」

 

 ところが、今回は感情的になってしまった事を直ぐに自覚したのか、彼女は軽く咳払いをして間を置き、少し落ち着いた口調で話し始める。

 

「当然、その中でも専用機は僅かしかありませんの。つまり、それを持つという事は、全人類60億超の中でもエリート中のエリートの証なのですわ。そうですわよね、クリスさん?」

<なんで、このタイミングで同意を求めるかねえ? そんな事をしたら、ますます面倒になるだろうが……>

 

 微妙なところで話題を振られた事に対し、クリストファーが頭の中で私達の正直な気持ちを代弁してくれた。しかし、立場上、その本音を口に出す事は出来ない。

 

「ま、確かに限られた少数の人しか専用機を持ってないのは事実よね。もっとも、そんな貴重な専用機をわざわざ与えている“国や企業の本当の目的”までは知らないけど」

 

 あまり長く黙っていると不審に思われるので、咄嗟の判断で無難な答えを何とか引っ張り出し、この場を出来るだけ穏便に切り抜けようとした。勿論、より正確に表現するなら、後々の事を考えて『こちらの計画に支障が出ないようにした』と言うべきである。

 すると何故か、ほんの一瞬だけセシリアさんの表情が僅かに暗くなった。もしかすると、彼女にも専用機を与えられた裏の理由に多少なりとも心当たりがあるのかもしれない。

 だが、それを私達が知る術など無いし、そういった事情を探る事は任務に含まれていないので、あまり深くは考えなかった。そして、私達が様々な憶測を巡らせていると、織斑君が今までと同じような調子で余計な一言を呟く。

 

「人類って今、60億超えてたのか……」

「そこは重要ではないでしょう!?」

 

 せっかく落ち着きを取り戻していた彼女だったが、再び叫びながら勢いよく机を叩いて今度は教科書を床に落下させた。

 

「あなた! 本当に馬鹿にしていますの!?」

「いや、そんな事はない」

「だったら、なぜ棒読みなのかしら……?」

 

 そういって彼女が織斑君を白い目で見る。実際、彼の言い方は誰が聞いても棒読みだと断言できる代物だった。なので、この場面ではセシリアさんの方が正しい。

 

「なんでだろうな、箒」

 

 それにも関わらず、どういう訳か彼は篠ノ之さんに話の矛先を向けた。その途端、僅か0,8秒の早業で無言の鋭い視線に載せた『話を振るな!』というメッセージが彼に向けて飛んでくる。

 

「そう言えば、あなた。篠ノ之博士の妹なんですってね」

 

 ところが今度は、あれだけ『巻き込むな』といった感じの怒気を放っているにも関わらずセシリアさんが話し掛けた。当然、鋭い視線と一緒に無愛想な答えが返ってくる。

 

「妹というだけだ」

「う……」

 

 流石に自分自身に怒気を向けられて怯んだのか、セシリアさんが身を強張らせる。それに釣られるように若干、上半身も引き気味である。

 

「ま、まあ、どちらにしてもこのクラスで代表に相応しいのはわたくし。セシリア・オルコットである、という事をお忘れなく。さ、行きましょう。クリスさん」

「あ、うん。それじゃ、またね」

 

 一応、私は織斑君と篠ノ之さんの2人に軽く挨拶をし、ファッションショーに出演しているモデルのような仕草で立ち去るセシリアさんの後を追いかけた。そして、そのまま教室を出て学食へと向かう。

 

<ふと気になったんだが、さっきの彼女の反応。あの姉妹、仲が悪いのか?>

<流石に、今のやり取りだけだと断定は出来ないけど、その可能性も出てきたわね>

 

 廊下に出た所で先程のやり取りの中で私も気になっていた点をクリストファーに尋ねられ、とりあえずは彼の意見を肯定した。すると、これまでと同様に彼は悪態をつく。

 

<くそっ、また見直しかよ……。いい加減、鬱陶しくなってきたぜ>

<私達に拒否権は無いし、あんたの言葉を借りるなら任務遂行が最優先よ。だから、諦めなさい。それに、まだ本当に仲が悪いかどうかは断定できないわ>

<どうせ、どちらのパターンでも対応できるようにするんだろう? だったら、手間は一緒じゃねえか>

 

 一応、彼には任務だから諦めるよう言ったものの、彼の気持ちも少しは理解できた。こうも最初から想定外の事態が続いては、こちらも計画の修正で手一杯となり、肝心な事が一向に進まないからだ。

 

「ところで、クリスさん」

 

 その時、セシリアさんから声を掛けられ、私の意識は瞬時に偽装モードへと切り替わる。

 

「ん、どうしたの? セシリアちゃん」

「今日の放課後は何か予定はありますの?」

「特に無いけど」

「でしたら、わたくしの部屋に来てくださいな。お友達になれた記念にお茶をご馳走したいんですの」

 

 一瞬、何か探りを入れてくるのではないかと勘ぐったのだが、どうやら単にお喋りを楽しみたいだけらしい。

 もしかすると、昨日の段階で誘うつもりだったのだが、私が『疲れている』なんて言ったから遠慮していたのだろうか。仮にそうだとすれば、2日連続で断る事態になるのは避けた方が賢明だ。

 

「え、ホント? じゃあ、お言葉に甘えてご馳走になろうかな」

「では準備ができしだい連絡を入れますので、わたくしの部屋に来てくださいな。ちなみに、わたくしの部屋は……」

 

 そんな風に他愛のない話をしている内に学食に着いた。そして、食券を購入してカウンターへと持って行き、洋食セットBを受け取った。なお、この学園は世界中から生徒を受け入れている関係から実にバラエティーに富んだ学食メニューになっている。

 

<お前の事だから大丈夫だとは思うが、あんな安請け合いをして本当に大丈夫なのか?>

<さっきの事?>

 

 一足先に料理を受け取った私がトレーを持って空いている席を探しながら歩いていると、先程の件についてクリストファーが訊いてきた。

 確かに、私達の微妙な立場を考えれば必要以上に親密になるのはリスクが大きい。しかし、偽装身分を維持し続ける為には、ある程度の親密さも必要である。まさに、ジレンマだ。

 

<ちゃんと一線は超えないように行動するから安心しなさい。そもそも、この程度のリスクは最初から承知の上なんだから。それに、こういった時の為にあんたが居るんでしょう?>

<つまり、また俺に面倒なサポートをやらせる算段かよ。まったく、随分と人使いの荒い女だぜ>

<否定はしないけど、あんたが逆らえないのも事実だって事を忘れないようにね。それと、今後はこういった状況も増えるだろうから、早めに慣れておいた方が楽よ>

 

 そう告げたところで2人分の空いている席を見付け、私は腰を下した。すると直ぐに、同じようにトレーを持って席を探しながら歩いているセシリアさんが視界に入ったので、彼女をこちらに誘導する。

 

「こっち、こっち~」

「そちらに居ましたの」

「あれ、もしかして私を探してた?」

「まあ、そんなところですわ」

 

 そう言って彼女は、テーブルを挟んで私の向かいの席に腰を下した。その後は、多少セシリアさんのお嬢様ぶりに驚かされはしたものの、ごく普通の昼食となった。

 ただ、暫くして学食の雰囲気が変わったのだが、その原因は織斑君が姿を現した事によるものらしい。しかも、今日は篠ノ之さんまで連れてきているようだった。

 

<なんだ。結局、あの2人も来たのか>

<ま、この時間なら当然でしょ。だいいち、学食はここだけなんだから>

<それもそうか。なら俺としては、これ以上、厄介な事にならないよう祈るか>

<そうね>

 

 このクリストファーの意見に賛成だった私は、静かに一言だけ呟くと意識を再び現実に集中させた。いまさら騒いだところで過去を変える事は出来ないが、こうなったら現状維持でクラス代表決定戦を迎えるのがベストだと分かっていたからだ。

 そして、そう判断した瞬間から私達は、クラス代表決定戦が終わるまでは現状維持を最優先目標に定めて行動する事にした。

 

   ◆

 

 織斑君に専用機が与えられる事が発表された翌日の放課後、私は学園内の偵察活動も兼ねる形で色々と歩き回っていた。

 

<くそっ! この学園は何でこんなにも広いんだ!>

<IS関連の施設を一通り揃えてるんだから当然でしょう>

 

 あまりの広さに到底、今日の放課後だけでは全てを回り切れず、適当なところで偵察活動を切り上げて寮の近くにまで戻って来た途端、今まで静かにしていたクリストファーが急に文句を言ってきた。おそらく、明日以降も偵察活動で歩き回る事になるのが気に入らなかったからだろう。

 もっとも、地味な事が嫌いな彼が文句を言ってくるのは想定の範囲内だったので、私は事実を端的に述べて無意味な言い争いになるのを避けようとした。ところが、今回に限り、彼は妙に食い下がってくる。

 

<こうなったら、いっその事、ISでも使うか?>

<冗談もその辺にしときなさい。あの電話帳数冊分にも匹敵する量の重要規約を忘れたの? もし破ったのがバレたら何かと面倒でしょう。大体、そんな下らない事で時間を浪費したり、余計な監視が付いたりしたら元も子もないわ>

<そんな事は分かってるよ。だが、歩いて回るとなると、かなり時間が掛かる事になる。はっきり言って、退屈だし面倒なんだよ>

<相変わらず、せっかちで気が短いわね。けど、そんな調子だと、いつか足元をすくわれて痛い目に遭うわよ? 言っとくけど、そんな事になったら自動的に私まで巻き込まれるんだから少しは自重しなさい>

<ほっとけ。どうせ、もう直らん。それはそうと、ふと気になった事があるんだ>

 

 それまでの愚痴っぽい口調から一転、急に彼が真面目な雰囲気になって『気になる事がある』と言ってきた。その所為で、私も思わず普通に聞き返してしまう。

 

<もしかして、任務遂行に影響するようなこと?>

<いや、そういう類じゃないんだ。こいつは俺の勘だが、この学園には秘密があまりにも多過ぎるように思えてならない。まだ、はっきりと断定は出来ないが……>

<ハァ……。急に深刻な話し方をするから何かと思えば、その程度の事なの? この学園では、最高機密の塊みたいなISを扱ってるんだから秘密の1つや2つあるのが当然でしょう>

 

 真面目に聞いてしまった自分が馬鹿らしくなり、反射的に溜息をついてクリストファーの下らない考えを否定する。確かに、今日見て回ったエリアにも生徒の立ち入りが制限されている区画は幾つかあった。しかし、それはこの学園の特殊性を考えれば充分に想定の範囲内だと言える。

 

<そうじゃない。もっと大きな秘密だ>

<どういう事?>

 

 ところが、彼は私の想像とは全く違う言葉を発した。そして、その言い方に妙なプレッシャーを感じた私は思わず立ち止まり、より詳しい説明を求める。

 

<ここへの潜入が決まった時、参考として監視対象の基本情報と併せて学園の施設についての様々な情報も一緒に渡されただろう?>

<ええ、かなりの量があったわ>

<俺が気になったのは、その中の建築計画書と建築資材の調達量だ。結論から言うと、両者の間に妙なズレがある>

 

 彼は『妙なズレ』の部分を強調して言ったが、その意味が私には理解できなかった。なので、それが先程の『大きな秘密』とどう繋がるのかも分からない。

 

<作業が計画通りに運ばない事なんて、よくある話だわ。それのどこが秘密なの?>

<構造だよ。やたらと無駄の多い構造をしてたんだ。まるで、何か“記録に残せない”部分が数多く存在しているかのように>

<情報の秘匿はテロ対策の基本よね。こういう施設なら当然……>

<ああ、俺も最初はそう思って半信半疑だったんだが、こうして実際に自分の目で見て確信に変わったよ。地上施設にはカムフラージュの役割もあり、本命の“何か”を地下深くに隠してる。しかも、そう仮定すると、この構造の無駄と調達された資材の量との因果関係にまで説明がつくんだ。そして、この事と異常に高いセキュリティ・クリアランスを合わせると……>

 

 そこまで説明されて、ようやく私も事の重大さに気付く。

 

<つまり、学園を管理する側であっても真相を知る人間は限られている>

<その通り。そして、そこまでして守らなければならない“秘密”があるという事だ。なら、こいつは特大の秘密だろう?>

<ええ、それが本当ならね>

 

 私の最後の言葉を聞いた彼は、いつもの軽い雰囲気に戻して付け加えた。

 

<残念ながら、今のところ証拠は1つも無い。あくまで俺の推測だ>

「おい、キャンベル」

 

 その時、突然、背後から名前を呼ばれて私は心臓が飛び出すかと思うほど驚いたが、なんとか平静さを装って声の主の方を振り向く。すると、そこには織斑先生が立っていた。

 クリストファーとの会話に気を取られていたとは言え、全く気配を感じさせずに背後に接近していた彼女に改めて軽い畏怖を憶える。

 

「あれ、織斑先生。どうかしたんですか?」

 

 それでも私は瞬時に偽装モードへと意識を切り替え、まるで何事も無かったかのような調子で返事をした。すると彼女は、ほんの一瞬だけ何かを探るような表情をした後、いつもと変わらない低めのトーンで淡々と語り始めた。

 

「随分と遅いな。寄り道か?」

「まあ、そんなところです。どんな部活があるのか見学していたので」

 

 ちなみに、かなり省略した内容になっているが、嘘はついていない。実際、私は部活棟に立ち寄っているし、その中の幾つかの部活動では見学した際に部員とも話をしている。なので、後で確認を取られても大丈夫だ。

 

「そうか。で、どの部活に入るか決めたのか?」

「それが、どの部活も面白そうで、まだ決まらないんですよ」

「ふむ。まあ、じっくり悩め。それも青春だ」

 

 それだけを言い残し、彼女はスタスタと寮に向かって早足で歩いて行ってしまった。彼女は1年生寮の寮長も兼任しているので、このまま一緒に寮まで行く事になるのではないかと警戒したのだが、それは杞憂に終わったようだ。

 そして、彼女の姿が寮の中に消えたのを確認してから私もゆっくりと歩き始め、クリストファーとの会話を再開する。

 

<どの辺りから見られていたと思う?>

<さあな。俺にも分からん>

 

 なにせ、あの織斑千冬だ。もしも立ち止まっているところを見られていたとしたら、傍目にはボーッと景色を眺めているように見えても、間違いなく“要注意人物”としてマークされていた事だろう。

 だが、先程の彼女の言動には、こちらを疑っているような雰囲気は微塵も感じられなかった。もっとも、それを簡単に悟られるほど容易い相手でないのも事実なだけに判断が難しい。

 

<とりあえず、こちらを警戒してる様子は無かったけど……>

<付け加えるなら、彼女以外は誰も居なかったぞ。勿論、いつもの『俺が把握できた範囲で』という条件付きだが>

<でも、機械による監視までは分からないでしょう?>

<当たり前だ。俺は超能力者でもスーパーヒーローでもないんだぞ。専用の装備が無ければ、そこまで分かる筈がないだろう>

 

 彼が吐き捨てるように言ったところで、お互いに黙り込んでしまった。最早、完全に疑心暗鬼に囚われてしまっている。

 確かに、こういった長期化が予想される潜入任務は初めてだし、これまでに私達が身分を偽って何処かに潜入した回数は数える程しかないので、経験不足だと言われても仕方が無い部分はある。それに、この日本では私の目立ち過ぎる容姿は決して有利には働かない。

 だが、今回に限り、そういった諸々の事情を差し引いても辻褄が合わないような気がしてならなかった。

 

<それにしても、本当に今回の任務の難しさを実感させられるわ>

<ああ、そうだな。だが、俺達を大物を釣る餌かスケープゴートとして使うのなら、この程度の実力の方が良いのかもな>

<また、そうやって不安を煽る……>

 

 クリストファーの言葉に対し、私は溜息と共に軽く文句を言ってやった。こうして常にあらゆる可能性を考慮している彼の言動に助けられた事も多いが、それは同時に余計な不安を煽る諸刃の剣でもあるのだ。

 

<一応、今回は『IS操縦者の若者でないと潜入不可能』っていう話だったけど?>

 

 無駄とは思いつつ、私は反論を試みる。

 

<組織の中で、その条件を満たすのが本当に俺達だけならな>

<そう返されると思ったわ>

 

 あまりに予想通りの展開に、それだけ言うのが精一杯だった。ところが、そんな私の気持ちとは裏腹に、彼は急に明るい声で何かを思い出したかのように言葉を発した。

 

<おっと、そういや1つだけ良い話があるぞ>

<<現状では黙って命令に従うしかない!>>

 

 私達2人の声が完璧に重なった。お互いに自分達の置かれている立場は嫌というほど理解しているし、過去を変える事は絶対に出来ないのも分かっているので、この結論には直ぐに到達したのだ。

 

<ま、目的が明確なだけマシなんでしょうね……>

 

 私が半ば自嘲気味に呟いたところで寮の自室の前に着き、この話題は自然と終わりになった。そして、これ以降は特に何事も無く時は流れ、クラス代表決定戦を迎えた。

 




まだ始まったばかりで目新しい要素はありませんが、少しでも楽しんでいただけたのなら嬉しい限りです。
なお、次回は初の戦闘シーンがあります。
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