IS<インフィニット・ストラトス>‐虚構と闇の交差する空‐ 作:Ghost SAF
こうして週が明けた月曜日。今日はクラス代表を決める為の戦いが行われる日だ。そして、時刻は既に放課後となっており、私は2人の対戦が行われる第3アリーナのBピットへと来ていた。
「では、行ってまいりますわ」
「グッド・ラックだよ。セシリアちゃん」
私はウインクと共に彼女にエールを送る。すると、既に専用ISを展開していた彼女はピット・ゲートへと向かい、いつも通りの優雅な仕草でアリーナへと飛翔していった。そして、そんな彼女の後ろ姿を見送った私がピット内に誰もいない事を確認した途端、クリストファーが話しかけてきた。
<こうして実物を間近に見たのは初めてだな>
<ええ、そうね。一応、事前情報で公表済みのデータと大体の動きは把握してたけど、こんなにも早く実戦を見る機会に恵まれるとは思わなかったわ>
<ああ、まったくだ。しかも、もう1機の専用機のデータまで得られるんだからな。これで、今までの苦労も少しは報われるってもんだ>
そんなやり取りを交わしつつ、私達はピット内に設置されている大型のモニター越しにセシリアさんの専用ISを上から下まで一通り観察した。そして、それに合わせて私自身もISを部分展開させ、モニターに映し出された映像を録画する準備を整える。
その為、私の格好は室内で目元を全て覆うようなバイザー状のハイパーセンサーを展開させた姿となり、普通であれば怪しまれていたところだろう。だが、幸いにも今いる場所はアリーナのピットである。
なので、誰かに見られても『各部の調整作業中』とでも言えば疑われる可能性は一気に低くなるので、あまり警戒する必要は無かった。
<それにしても、機体の姿形というのは操縦者の雰囲気に似るのかねぇ>
唐突に、そんな感想をクリストファーが呟いた。確かに、モニターの先には機体名の『ブルー・ティアーズ』と同じく鮮やかな青色のカラーリングを施された機体がアップで捉えられている。
そして、菱形に近い形状をした4枚の特徴的なフィン・アーマーを背部に備え、全長が2mを超す長大なライフルを構えた姿は彼女自身の持つ雰囲気と相まってヨーロッパ風の騎士を連想させた。
<確か、ISのコアは稼動時間に比例して操縦者のクセや特徴を学習して最適化するって話だったから、稼働時間の長い国家代表候補生のような存在なら雰囲気が似ててもおかしくはないわね>
<さしずめ、『女王陛下の青騎士』ってところか>
<あんたの事だから映画のタイトルに引っ掛けたつもりだろうけど、いくらなんでも元ネタが古いわよ。それはそうと、向こうも出てきたみたいだし、そろそろ意識を切り替えなさい>
未だに理解できないクリストファーのセンスにツッコミを入れていると、対戦相手である織斑君が居るピットに動きがあった。
そして、僅かな間をおき、中から白色を基調としたカラーリングの機体が飛び出してくる。当然の事ながら、彼の専用機について分かったのは『白式』という名前だけで、その他のデータは一切不明だ。
<なあ、あれがアイツの専用機なのか?>
<実際、彼が身に纏っているんだからそうでしょう>
勿論、私達が初見でこんな感想しか出てこなかったのには理由がある。なぜなら、織斑君の機体『白式』は一般的なISと違い、単なる工業製品に近いシンプルなデザインをしていたからだ。そして、そんな雰囲気を端的に表す言葉があるとすれば、まさに『無機質』という表現がぴったりである。
「よし、始めろ」
両者がアリーナ中央の所定の位置に着いたところで織斑先生が試合開始の合図を送る。ところが、何故か2人は一向に動こうとしない。それどころか、セシリアさんに至っては余裕の表れか、いつもの腰に手を当てたポーズで堂々と佇んでいる有様だ。
「あら、逃げずに来ましたのね」
その時、明らかに彼の事を見下した口調で彼女が話し始めた。しかも、その言葉はオープン・チャネルを通して発せられているらしく、ISを部分展開させた状態でピットに居る私達の所にも自然に届いた。
<既に始まってるのに何を考えてるんだ?>
クリストファーが頭の中で呟くが、私は無視して2人の言動に意識を集中させる。
「その勇気に免じて最後のチャンスをあげますわ」
宣言すると同時に腰に当てていた手を彼の方へ向け、ビシッと指差した。しかも、未だにライフルの銃口は下げたままだ。そして、当然のように彼が聞き返す。
「チャンスって?」
「わたくしが一方的な勝利を得るのは自明の理。ですから、ボロボロの惨めな姿を晒したくなければ、今ここで謝るというのなら、許してあげない事もなくってよ」
そこまで宣言したところで、ようやく彼女は戦闘態勢に移行する。
<おいおい、最後通牒のつもりかよ>
<でしょうね。だけど、あんまり油断してると足元をすくわれるわよ>
<その通りだが、俺達からすれば少しぐらい戦闘が長引いた方が好都合だ。違うか?>
<まあね>
少しでも多くのデータを収集したい私達は、2人の意志や思惑を無視して勝手な意見を述べる。
「そういうのは、チャンスとは言わないな」
「そう? 残念ですわ。それなら、お別れですわね!」
当然のように最終警告は無視され、ようやく両者が戦闘へと突入する。勿論、先制したのはセシリアさんで、素早い射撃で『白式』の左肩の装甲を一撃で吹き飛ばした。そして、その衝撃で織斑君が体勢を大きく崩す。
「さあ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でるワルツで!」
初弾を命中させた事で気分が高揚したのか、彼女が高らかに叫ぶ。
<大仰な言動はともかく、あの一撃は上手いな。最小限の動きで見事に戦いの流れを引き寄せやがった>
<ええ、そうね。与えたダメージとしては小さいけど、手っ取り早く自分の得意とする交戦距離に持ち込むには最適だわ>
こうして私達が最初の射撃について意見を述べている間も戦闘は継続されているが、状況は明らかにセシリアさんのワンサイドになっていた。
<それにしても、あまりにも一方的すぎやしねえか? これじゃあ、データ収集にもなりゃしねえ>
<経験が違いすぎるんだから仕方ないでしょう>
クリストファーがつまらなさそうに呟いた。一応、私はフォローを入れといたものの、この有様では彼の言う通り、見るだけ時間の無駄である。
なにせ、織斑君は弾雨のように降り注ぐセシリアさんからの射撃を回避するのに精一杯で、反撃に転じる余裕など微塵も無いように思えたからだ。それどころか、先程から何度も被弾し続け、早くも危険な状況へと追い詰められていた。
「ええい、ままよっ!」
その時、オープン・チャネルから織斑君の叫ぶ声が聞こえてきた。すると、彼の右腕から光の粒子が放出され、刃渡りが1.6mを超えてそうなブレードが出現する。なお、それの見た目を言葉で表現するなら、IS本体と同じ素材で作られた『刀』と呼ぶのが相応しいのだろう。
「中距離射撃型のわたくしに、近距離格闘装備で挑もうだなんて……。笑止ですわ!」
まさに、その言葉通り、セシリアさんは織斑君が呼び出した武器を一笑に付すと、すぐさま得意の連続射撃を浴びせる。
<でも、どうして射撃武器を呼び出さなかったのかしら?>
<だよな。どう考えても、今の織斑に相手の懐に飛び込んで切り掛かるだけの操縦技術があるとは思えないし……>
ライフルと自立機動兵器を持つ相手に対し、何故かブレードを1本だけ呼び出した彼の真意が掴めず、私達は2人揃って首をかしげる。
そして、その間にも両者の攻防は続いていたのだが、4機の自立機動兵器(ブルー・ティアーズ)を駆使してあらゆる角度から射撃を行うセシリアさんが圧倒的に優勢だった。
<それにしても彼女、自分が優勢だと口が軽くなる癖でもあるのか? 聞かれてもいないのに、機体名の由来やら何やらを延々と喋っていたが……>
<さあ? 今度、本人に直接、聞いてみれば?>
<冗談だろ? どう考えたって怒りを買うだけじゃねえか>
最早、戦いの趨勢が決したと判断していた私達は戦闘の様子を見てはいたものの、こうして軽口を叩き合う程度には気を抜いていた。
「このブルー・ティアーズを前にして、初見でこうまで耐えたのは、あなたが初めてですわね」
戦闘開始から約27分後、既に自身の勝利を確信しているセシリアさんが勝ち誇った笑みと共に宣言する。そして、自分の周囲に浮いている自立機動兵器を優しく撫でた。
「では、フィナーレと参りましょう」
ついに戦いの終了を彼女が宣言した。そして、今までと同じように自立機動兵器に命令を与え、織斑君への攻撃を行う。しかも、この多方向からの攻撃を凌いだところへライフルで直に射撃を撃ち込むのだ。
はっきり言ってしまえば、今回の戦闘で幾度となく使用されたワンパターンな戦術だが、経験の浅い相手には充分に効果がある。
「左足、いただきますわ」
<まあ、この状況なら無防備なそこを狙うよな>
余裕の現れか、わざわざ撃つ前に標的を教えてくれた彼女にクリストファーが同意する。確かに、既に装甲を失っている左足に直撃させれば絶対防御が発動し、織斑君のISはエネルギー残量が0になって戦闘不能に陥るだろう。
「くっそおおおっ!」
ところが、ここで織斑君が思わぬ行動に出た。なんと、自分から加速して彼女の機体、正確には構えていたライフルそのものに体当たりを行ったのだ。その為、ライフルの銃口が逸れ、結果的には止めの一撃を紙一重で回避する事に成功する。
<おっと、最後の悪あがきか?>
一方的な展開に半ば興味を失っていたクリストファーだったが、ここに来て少しは興味を取り戻したらしく、微かに興奮した様子で戦いを見るようになった。
「なっ……!? 無茶苦茶しますわね。けれど、無駄な足掻きっ!」
当然のようにセシリアさんは後退して『白式』のブレードの間合いから離れ、自立機動兵器による攻撃に切り替えた。そして、今度こそ勝負が決するかと思われた瞬間、私達は信じられない光景を目の当たりにする。なんと、織斑君が右手のブレードで自立機動兵器の1つを破壊したのだ。
「なんですって!?」
流石に、これにはセシリアさんも驚いたようだ。一瞬にして表情から先程までの余裕が消え、明らかに動揺しているのが分かる。すると、この状況を利用しようと彼が斬り込んだ。もっとも、そう易々と追撃を許すほど彼女は甘くなく、後方へと回避しながらも残りの自立機動兵器で反撃を試みる。
「この兵器は毎回、お前が命令を送らないと動かない! しかも、その時、お前はそれ以外の攻撃を出来ない。制御に意識を集中させているからだ。そうだろ?」
そう言いながら、彼は2機目の自立機動兵器を破壊した。
<ハッタリ……、じゃないな>
<2機続けて撃墜したんだから、事実なんでしょうね。それに、彼女、先程よりも動揺が大きくなってるわよ。だから多分、図星ね>
<だとしても、何処から攻撃されるかよく分かったな。あの反応の速さから察すると、攻撃される方向が事前に分かっていたようだからな>
私の指摘に対し、クリストファーは感心するような口調で呟く。
<そう言えば、彼女の戦い方には何か癖みたいなものがあったわよ。毎回、似たような角度から攻撃してたから。気付かなかった?>
<そんな事、とっくに気付いてたさ。だが、どういった理屈でその角度からの攻撃を多用してるのかが分からなかったんだ。もっとも、織斑の方は何か法則みたいなものに気付いたようだが……>
そうやって逆に言い返された私は、今までの戦闘を振り返って特徴がないか探ろうとしたが、やはり駄目だった。元々、こういった特定のパターンを探る事に関してはクリストファーの方が優れているのだ。
その彼が『分からない』と言ったところから考えると、どうやら戦っている当人にしか分からないレベルの事らしい。
<だが、これで少しは退屈から解放されるな>
すると、いつもの調子に戻ったクリストファーが楽しそうに呟く。
<あんたの退屈凌ぎはどうでも良いけど、おかげで録画が無駄にならなくて済みそうだわ。もっとも、織斑君がピンチなのに変わりは無いけどね……>
そこで私は言葉を切り、モニターに映し出される映像に意識を集中した。
◆
同時刻、このクラス代表決定戦を提案した張本人、織斑千冬は第3アリーナのAピットに設置してあるモニターで戦いの行方を見守っていた。しかし、その顔に浮かぶ表情は硬いままである。
「あの馬鹿者。浮かれているな」
「えっ? どうして分かるんですか?」
忌々しげに呟いた千冬の言葉に、同じようにモニター越しに戦いを見ていた山田真耶が尋ねる。
「さっきから左手を閉じたり開いたりしているだろう。あれは、あいつの昔からの癖だ。あれが出る時は大抵、簡単なミスをする」
そうやって何気なく説明した途端、真耶が感心したように感想を漏らす。
「流石、ご姉弟ですねー。そんな細かい事まで分かるなんて」
「ま、まあ、なんだ。あれでも一応、私の弟だからな……」
そこで、ようやく千冬は自分のしでかしたミスに気付いた。そして、何とか取り繕うとするが、既に手遅れだった。
「あー、照れてるんですかー? 照れてるんですねー?」
案の定、その事を真耶に指摘される。こうして珍しく追い詰められた千冬は、自分の失言を誤魔化すように実力行使に出た。
「私はからかわれるのが嫌いだ」
そう言って容赦なく真耶にヘッドロックを掛ける。普段は生徒達に『騒ぐな!』と言って鉄拳制裁も辞さない千冬だが、この時ばかりは完全に生徒と同じレベルに成り下がって騒いでいた。
ただ、ここのピットには篠ノ之箒を除けば生徒は1人もおらず、彼女自身もアリーナで行われている戦闘の方に意識を集中しており、教師2人の騒ぎに関心を示す事は無かった。
『さて、おそらくアイツも何処かでこの試合を見ている筈だ。お前の目には、この2人の戦いがどう映っている?』
暫くして真耶を解放した千冬は、そう心の中で問い掛けながら自分のクラスに居るもう1人の専用機持ち、クリスティーナ・キャンベルの顔を思い浮かべた。
◆
土壇場になり、ついに織斑君が反撃に移った。私が見つめるモニターの先には、一気に加速して間合いを詰める『白式』の姿があった。当然、『ブルー・ティアーズ』は残った自立機動兵器を差し向けるが、1機は撃墜され、最後まで残っていた1機も回し蹴りで遠くへと吹き飛ばされる。
<さあ、どうする?>
接近戦では、その長さが完全に仇となったライフルを構えたまま、未だに反応を見せないセシリアさんに向かってクリストファーが問い掛ける。勿論、彼の声が彼女に届く事は無いのだが、まるでそれに答えるかのように彼女が笑みを浮かべて囁いた。
「かかりましたわ」
その瞬間、セシリアさんの腰部に付いていたスカート状のアーマーが稼動し、突撃してきた織斑君に狙いを定める。
「おあいにく様。ブルー・ティアーズは6機あってよ!」
彼女の余裕は、ここにあったのだ。どうやら、万が一の場合に備えての保険として隠し持っていたらしい。そして、すっかり『いける』と判断して突っ込んで来た『白式』に対し、回避不可能な状況からの見事なカウンター攻撃を決める。
しかも、この2機は先程までのレーザー射撃を行うタイプでは無く、実弾のミサイルを射撃するタイプだった。
<終わったか>
<ええ、今度こそ本当に……>
ミサイルの直撃で生じた爆発により彼の機体が黒煙に包まれて見えなくなった。もっとも、IS学園での管理された戦いだった上に、ISには操縦者を保護する絶対防御があるおかげで彼自身は無傷だろう。ただし、勝負は負けである。ところが、そんな私達の予想を覆す信じられない事態が起きた。
<ちょっと、冗談でしょ?>
<ははっ、まいったね。まさか、あんな状態で戦ってたとは>
驚きを通り越し、半ば呆れたように私達は呟く。そして、モニター越しに見つめる私達の視線の先には、淡い光に包まれた織斑君の機体があった。なんと、ミサイルの直撃を受けた筈の『白式』が姿を変え、戦闘態勢を保ったまま空中に浮いていたのだ。
「ま、まさか……、ファースト・シフト!? あ、あなた、今まで初期設定だけの機体で戦っていたって言うの!?」
もっとも、そんな私達よりも遥かに大きな衝撃を受けたのは実際に戦っていたセシリアさんだったようで、その動揺ぶりからも完全に冷静さを失っているのが分かる。なぜなら、織斑君は戦闘が始まってからずっと真の専用機になる前の『白式』で戦っていた事になるからだから。
<だけど、これで本当に分からなくなったわね>
<確かに、そうだな。ようやく本来の力を発揮できるようになった『白式』に対し、自立機動兵器の動きを見切られた上に明らかに動揺しているセシリアの操る『ブルー・ティアーズ』。ああ、本当にいい勝負になりそうだ>
先程までとは打って変わり、モニターを見つめる私達にも気合が入る。ちなみに、織斑君の専用機として生まれ変わった『白式』からは、それまでの無機質で工業製品のような印象は無くなり、滑らかな曲線とシャープなラインが特徴的な中世の鎧を彷彿とさせるデザインになっていた。
しかも、右手に構えた武器はより日本刀に近い形状になったものの、光り輝くエネルギー体で構成された刃や機械的な柄は明らかにISの装備である事を主張している。
「俺は世界で最高の姉さんを持ったよ。だから俺も、俺の家族を守る」
「は? あなた、何を言って……」
「とりあえずは、千冬姉の名前を守るさ!」
<どういう意味?>
<俺に振るなよ>
どこか吹っ切れたような清々しい表情で織斑君が語り出したが、その言葉の意味を全く理解できない私達やセシリアさんは困惑した表情を浮かべるしかなかった。
「だから、さっきから何の話を……。ああ、もう、面倒ですわ!」
ついに痺れを切らしたセシリアさんがミサイルを再装填した自立機動兵器を腰部のアーマーから切り離し、織斑君への攻撃を再開する。
しかも、この2機の自立機動兵器は先程のレーザーを射撃するタイプよりも飛行速度が速い。しかし、彼は全く動じる様子も無く、向かって来た2機をブレードで易々と両断する。
そして、真っ二つにされた自立機動兵器が彼の横を慣性で通り過ぎ、背後で爆発するが、その衝撃が彼自身に到達する前に再度加速して彼女めがけて突撃する。今までの動きと比較すると、格段に良い動きである。
「おおおおっ!」
気合を込めるように叫び声を上げた織斑君はセシリアさんの懐へと飛び込むと、下段の構えから振り上げるような動きで薙ぎ払おうとした。
<直撃だ>
クリストファーの呟きと共に私も彼の一撃が決まるのを確信する。ところが、またしても予想外の事態が起きた。
「試合終了。勝者、セシリア・オルコット」
織斑君の斬撃が当たる直前、戦いの決着を告げるブザーが高らかに鳴り響き、まともな対応を取れなかった筈のセシリアさんの勝利が宣言された。
「あれ……?」
<どうして、急に……>
<ちょっと待て。なんで、あいつが負けたんだ?>
織斑君・私・クリストファーの順番で矢継ぎ早に疑問を口にするが、その疑問に答えてくれる者は1人も居ない。それどころか、実際に戦っていた当人達でさえも訳が分からず、お互いに顔を見合わせて呆けた表情をしている。
そして、この試合をアリーナの観客席から見ていた生徒達も含め、全員が『どうして織斑君が負けたのか?』という大きな疑問を抱いたまま戦いは終了した。
「えっと……。おめでとう、と言うべきなのかな?」
「……、ありがとうございます」
試合終了後、ピットへと戻って来たセシリアさんに一応、お祝いの言葉を投げ掛けるが、彼女の反応は芳しくなかった。やはり、あんな訳の分からない勝利の仕方では納得できないようだ。
「申し訳ありませんが、わたくし、今日はこれで失礼させていただきますわ」
そう言ってISを待機状態に戻すと、彼女はピットを出て更衣室に行ってしまった。そして、再び誰も居なくなったピットで私達は簡単な分析を行う。
<それにしても、最後のアレ。一体、なんだったの?>
<俺にもサッパリ分からん。後で録画した映像を詳しく解析すれば何か掴めるかもしれんが、今のところは判断のしようがない。とりあえず、彼女の様子を見る限りでは織斑が勝手に自滅したようだが……>
<そんな兆候、何処にも無かったわよ>
<だから、悩んでるんだよ>
クリストファーがイラついたように言い、お互いに黙り込んでしまった。そして、数分ほどが経過した頃、私が先に沈黙を破る。
<ここで理由を考えてても意味は無いわ。一旦、戻りましょう>
<そうだな>
寮に戻る事にした私がピットから出ると、そこで織斑先生と山田先生の2人と鉢合わせになってしまった。
「なんだ、ここに居たのか。ちょうど良い。お前に聞きたい事がある」
このタイミングで織斑先生から質問されるとは思ってなかったので、私は反射的に身構えた。勿論、表面上は一般的な生徒を演じているつもりである。
「それは、どういった用件ですか?」
「さっきの試合だ。同じ専用機持ちとして、どう感じた?」
随分と単刀直入な質問である。しかし、ここで迂闊な事を言えば、何かと面倒な事になるのは必至である。だからといって、あまり長く考えてもいられない。なので、私は意を決して話し始める。
「そうですね……。はっきり言って、織斑君は圧倒的に経験が不足しています。確かに、この短期間であそこまでISを動かせるようになった事は評価できますが、まだまだ動きが単調で読まれ易いです」
「なる程」
「それから、流石に代表候補生だけあってオルコットさんの方はISの扱いにも慣れていますが、思考に柔軟性が足りないように感じました。後、どういう訳か特定の戦闘スタイルに固執する傾向があるようです」
できるだけ平静さを装って何とか織斑先生からの質問に答え、さり気なく彼女の反応を窺う。しかし、彼女は相変わらず普段と同じ冷静な表情のままで、その真意を測る事は出来なかった。
「ほう。なかなか、よく見ているじゃないか」
「それも勉強ですから」
幸いにも織斑先生からは特に警戒するような言動は出なかったが、それでも私は用心の為に警戒レベルを維持したまま答える。すると、彼女は更に答え難い質問をしてきた。
「もう1つ質問だ。お前は何故、クラス代表にオルコットを推薦した?」
その途端、私の心拍数は確実に上昇した。当然、学園に潜入して様々な秘密を探っているという立場上、本当の事など言える筈がないからだ。かといって、動揺を悟られるのも非常に不味い。
なので、私は必死に適当な理由を考えようとしたが、どう贔屓目に見ても相当に苦しいような代物しか浮かんでこない。しかし、このまま考え込んでいる訳にもいかず、一か八かの賭けに出る。
「やはり、クラス代表には実力とカリスマ性の両方を兼ね備えた人物がなるべきだと判断したからです」
「ほう。つまり、オルコットには両方があると考えた訳だな?」
「はい」
念を押すように織斑先生が尋ねてきたが、私は心の動揺を必死に押し隠し、堂々とした態度を取り繕って断言した。こうなってしまっては、苦しくても強気で押し切るしかないと思ったからだ。
そして、数秒間、彼女の鋭い視線と強烈な威圧感に晒される。ちなみに、その数秒間は永遠にも感じられる程の長さだった。
「あの、織斑先生。そろそろ……」
この異様な緊張感に包まれた沈黙を破ったのは、なんと山田先生だった。腕時計で時間を確認しながら話し掛けたところから推測すると、どうやら私との会話に時間を使い過ぎたようだ。
「もうそんな時間か。なら、これは質問に答えた褒美だ。あの『白式』のブレードは私が使っていたものと同じで、攻撃特化の極みだ」
「え、それって……」
「後は自分で考えろ」
あっさりと私が聞き返そうとした事を制すると、彼女は山田先生と共にさっさと歩き去ってしまった。そして、残された私は彼女の姿が視界から消えるのを待ってから警戒を緩める。
すると、案の定、クリストファーが話し掛けてきた。なので、寮へ向かって歩きながら先程の会話の真意について議論を交わす。
<やっぱり、俺達は疑われてるのか? でないと、こうも絶妙なタイミングで彼女と遭遇する理由の説明がつかん>
<だから、それは深読みのし過ぎよ。そもそも、ここから職員室へ戻るなら、私達の居たBピットの前を通るルートが1番早いんだから>
<なら、あの質問はなんだ? どう考えたって、俺達を試してたじゃないか!>
<確かに、かなり際どい質問だったけど、こちらも情報は得られたでしょう>
<どうだか! まるで、俺達の情報収集能力を測ろうとしてるみたいだったぞ!?>
どうやら2人共、自分で感じている以上にストレスが溜まっていたらしく、次第に感情論の応酬になりつつある事に私は気付いた。
<ちょっと待って。少し冷静になりましょう>
そう言って私は直ぐ近くにあった自販機に向かい、缶コーラを買った。そして、傍の壁に背中を預けるようにしてもたれかかって一口飲み、コーラの冷たさと炭酸の刺激で頭を冷やしながら話し合いを再開する。
<改めて確認するけど、私達の最優先任務は対象者を監視して篠ノ之博士の居所に関する情報を掴む事よね?>
<ああ、そうだ。目標が接触してくる可能性があるのは、あの3人だけらしいからな。そして、可能なら目標が表舞台に出ざるを得ないよう手筈を整える。それこそが俺達に課せられた最優先任務だ>
<だったら今は、距離を保ちながら少しずつ手掛かりを探っていくべき時じゃない?>
<そんな事は分かってるよ。だが、どうも一方的に俺達が疑われて――>
私はクリストファーの言葉を遮り、再び感情論の応酬になりかけたのを止める。
<そう、問題はそこよ。正体を隠すのを最優先に行動すれば、どうしても慎重にならざるを得なくて情報収集が進まない。だけど、少し考え方を変えてみて。対象に接近して情報を集めるって事は、相手にも興味を持たれて探られるって事にならない?>
そこまで言うと、私は彼に考える時間を与える為にコーラを飲みながら静かに待った。すると、1分ほど経ってから彼が私の言いたかった事に気付く。
<つまり、お前は『情報収集と情報漏洩が表裏一体の関係にある』と言いたいんだな?>
<その通りよ。相手の真意がどうであれ、こちらが近付けば向こうも私達に関する情報を集めようとするのは当然だわ。それも、こういった特殊な環境でなら尚更よ。だからって急に距離を縮めるような行動はしないけど、もう少しポジティブに物事を考えましょう。どうせ、いつかは目立つ事になるんだしね>
<だが、あまり良い気分はしないな。特に、あの『ブリュンヒルデ』に対しては……>
<そうね。だけど、確証が無い以上、警戒し過ぎて目的を見失ったら本末転倒だわ。どうせ、この学園に在籍している何人かは情報収集も兼ねてるみたいだし、そういった中の1人を演じるのはどう? 案外、うまく誤魔化せるかも>
私からの新たな提案を聞き、またしても彼は考えを纏める為に黙り込んだ。そして、先程よりも幾分か長い沈黙が続き、私がコーラをほとんど飲み終えたところで、ようやく口を開いた。
<ま、任務遂行にリスクは付き物だしな。だから今回は、お前の提案を採用してやるよ。ただし、脱出ルートをより万全なものにする事が条件だ>
<決まりね>
多少の諍いはあったものの、とりあえずは無事に話を纏める事はできた。その証拠に彼の口調は、すっかり普段と同じものに戻っている。
そして、条件付きであっても自分の提案が受け入れられた事に満足した私は、まだ缶の中に残っていたコーラを一気に飲み干すと、空になった缶をゴミ箱へと入れる。
<なら早速、今後の行動について考えましょう>
<了解>
私は思考を素早く切り替えると、寮の自室に向けて歩き出した。しかし、翌日、そんな私達の努力を嘲笑うかのような出来事が発生した。
◆
クラス代表決定戦が行われた翌日の朝のSHR、山田先生が衝撃的な内容を嬉々とした表情で告げた。
「では、1年1組代表は織斑一夏君に決定です」
<は!? どういう事だよ!?>
<朝から大声で叫ばないでよ! それに、理由を知りたいのは私だって同じ!>
当然のごとく、山田先生の爆弾発言に私達が声にならない声で説明を求める。そして、それは訳が分からないままクラス代表にされた織斑君も同様らしい。
「俺は昨日の試合に負けたんですが、なんでクラス代表になってるんでしょうか?」
すると、その疑問には、もう1人の当事者であるセシリアさんが何故か椅子から立ち上がって答えた。勿論、お決まりの腰に手を当てるポーズも忘れない。
「それは、わたくしが辞退したからですわ」
次々に訪れる予想外の発言に、私達は反射的に彼女の顔を見つめていた。しかも、どういう訳か彼女は妙にテンションが高く、どこか上機嫌である。
<一体、何があったんだ? あれほど騒いでたのに……>
<だから、私に聞かないでよ>
<くそっ! なんだって、こうも想定外の事態が頻発するんだ。昨日、あれだけ苦労して考えた方法が全部、水の泡じゃないか>
その時、そんな私達の心中を察した訳ではないが、セシリアさんがクラス代表を辞退した理由を説明してくれた。
「まあ、勝負はあなたの負けでしたが、それは考えてみれば当然のこと。なにせ、わたくしセシリア・オルコットが相手だったのですから。それで、まあ、わたくしも大人げなく怒った事を反省しまして、ここは“一夏さん”にクラス代表を譲る事にしましたわ。やはり、IS操縦に慣れるには実戦経験を積むのが最適ですし、それにはクラス代表は最高のポジションですもの」
<なあ、彼女、あんなに物分りが良かったか?>
<多分、今のは建前ね。本音は別にある気がするわ>
<どういう事だよ?>
<確証が得られたら説明してあげるわ。だから、それまでは黙ってなさい>
私はセシリアさんの心境の変化に大方の心当たりがあったものの、今は黙って様子を窺う事にした。もっとも、こんな言い方ではクリストファーが納得しないのは分かっていたが、はっきり言って相手にするのが面倒になったので暫くは無視する事にした。
「そういう訳ですので、推薦してくださったクリスさんには申し訳ないんですが……」
「あ、そんなこと全然気にしてないから」
そう言ってセシリアさんが申し訳なさそうに謝ってくれたが、私は笑顔で手を振りながら『気にしてないから大丈夫』と表向きの返事をしておく。
勿論、本心では大問題であるが、そんな事は間違っても言える訳がないからだ。そして、クラス代表が学園唯一の男子生徒である織斑君に決まった事で、クラスメイト達は一気に活気づく。
「そ、それで、1つ提案があるのですが……」
クラスメイト達の反応を他所に、セシリアさんが顎に手を当て、軽く咳払いしてから話し始める。
「わたくしのように優秀かつエレガント、華麗にしてパーフェクトな人間がISの操縦を教えて差し上げれば、それはもう、みるみるうちに成長を遂げ……」
「生憎だが、一夏の教官は足りている。私が直接、頼まれたからな」
その時、机を叩いて立ち上がった篠ノ之さんが会話に割って入ってきた。しかも、『私』という部分をやたらと強調してセシリアさんを鋭い視線で睨んでいる。
そして、その視線は、まるで親の仇でも見ているかのような殺気にも似たものを孕んでいた。ところが、今のセシリアさんは微塵も臆する事なく正面から視線を受け止め、逆に言い返す。
「あら、あなたはISランクCの篠ノ之さん。Aのわたくしに、何かご用かしら?」
「ら、ランクは関係ない! 頼まれたのは私だ。い、一夏が『どうしても』と懇願するからだ」
<また変な方向に話が進んでるが、あれは大丈夫なのか?>
<残念だけど、今は介入できないわ。でも、これで確証は得られたから、計画を練り直したら今度は直ぐに行動に移すわよ。たまには私達から動かないと、完全に蚊帳の外にされそうだから>
2人の言い争いに心底うんざりした口調でクリストファーが尋ねてきたが、私は堂々と自分達の方から関わる事を宣言する。その途端、彼は態度を180度変える。
<ほう、そいつは朗報だな。これで、今まで散々振り回されてきた苦労も少しは報われるってもんだ。だとすると、これまで以上に情報漏洩には気を付けないとな>
<とりあえず、そっちの方面はあんたに任せるけど、いきなり積極的になる訳じゃないから程々にね>
<そういや、さっきの確証って……>
ふと何かを思い出したかのようにクリストファーが口を開いた時、すっかり聞き慣れた音と声が教室内に響いた。
「座れ、馬鹿ども」
私が音のした方向に意識を向けると、出席簿を持った織斑先生が仁王立ちで佇んでいた。そして、彼女の傍ではセシリアさんと篠ノ之さんが涙目で頭を押さえている。どうやら、2人とも彼女に叩かれたらしい。しかも、何かが彼女の癇に障ったらしく、今は織斑君までもが叩かれている。
「代表候補生でも1から勉強してもらうと前に言っただろう。下らん揉め事は10代の特権だが、あいにく今は私の管轄時間だ。自重しろ」
未だに何かを言いたそうにしていたセシリアさんと篠ノ之さんだったが、有無を言わせぬ迫力がある織斑先生の言葉には逆らえず、納得していない表情のままで引き下がった。その後、姉弟ならではの感覚でもあるのか、織斑君の考えを見抜いた彼女が彼の頭を連続で叩いていた。
「クラス代表は織斑一夏。異存は無いな?」
「はーい!」
そう言って織斑先生が教室内を見回すと、当然のように織斑君だけは肩を落としていたものの、クラスメイトの女子達の明るい声が木霊する。勿論、私も表面上だけは彼女達と同じように明るい声で賛成の返事をしておいた。
内容的には目新しさはありませんが、初の戦闘シーンです。やはり、個人的には戦闘シーンの方が書きやすい印象がありますね。
なお、次回より“セカンド幼馴染み”登場のエピソードになります。