IS<インフィニット・ストラトス>‐虚構と闇の交差する空‐   作:Ghost SAF

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第3話 回り始めた歯車①

 授業が始まって早々、俺は千冬姉からISを展開するよう命令された。

 

「では、これよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑・オルコット、お前達からISを展開させろ」

 

 俺は言われた通りにISを展開させようとしたが、なかなかイメージが出来ずに苦心する。そもそも、今までISとは無縁だったのだから仕方がない。

 

「早くしろ。熟練したIS操縦者は展開まで1秒と掛からないぞ」

 

 そうやって急かされた時、視界にセシリアの姿が入った。すると、彼女の左耳のイヤーカフスが光を放ち、一瞬にして待機形態からIS本来の姿へと変わる。

 

「集中しろ」

 

 俺の余所見に気付いたのか、千冬姉が再び急かしてきた。流石に、これ以上遅れるような事があると次は確実に叩かれると直感した俺は、慌てて右腕を前に突き出して手首のガントレットを左手で掴んだ。色々と試した結果、このポーズが1番集中し易いと分かったからだ。

 

『来い、白式』

 

 仕上げとばかりに心の中で呟き、ようやくISの展開に成功する。

 

「お前達は、そのまま待て。キャンベル、ISを展開しろ」

 

 俺がクリスの方を向くと、千冬姉に促された彼女が前に進み出る。そして、周囲に人が居ない事を確認するような動きを見せた後、首の所から発せられた光に包まれて1秒もしない内にISの展開が完了する。

 

「あれもISなのか?」

 

 ところが、そうやって展開された彼女のISを見た俺は思わず、そんな言葉を声に出して呟いてしまった。

 

「なに、あれ……?」

「えーと、あえて表現するなら個性的?」

「いろんな意味で、おっきい……」

 

 すると、クラスの女子達が口々に感想を漏らす。どうやら、誰もが彼女のISの異様な雰囲気に唖然としているみたいだ。もっとも、それ程までに強烈なインパクトを持ってるんだから、こういった反応をされるのも仕方が無いと思う。

 

「まさか、クリスさんが『アーセナル』の操縦者だとは思いませんでしたわ」

「あれ? 言ってなかった?」

「まったく……、水臭いですわよ」

 

 ところが、セシリアだけは様子が違い、ごく普通に会話を交わしてる。しかも、このISについて何か知っているような感じだったので、俺は思い切って尋ねてみた。

 

「もしかして、前から知ってたのか?」

「わたくしも実物を見るのは初めてですが、基本データは公開されていますので、存在くらいは知っていましたわ」

「へー、そうなんだ」

 

 どういう心境の変化があったのかは分からないが、あの試合以降、セシリアは何かと理由を付けては俺のコーチを買ってでてくれている。その関係から今では彼女とも普通に話せるようになったし、クリスとも友達になる事が出来た。

 しかも、クリスはセシリアと特訓をする時には大抵サポートとして参加してくれているので、もう1人のコーチみたいな存在でもあった。だが、その時、俺の頭の中に1つの疑問が浮かんだので、ここは直接本人に聞いてみる事にした。

 

「そういや、なんで特訓の時はISを使ってなかったんだ?」

「実は、ちょっと調整に手間取ってたんだよね。見ての通り、かなり特殊で他のISとは雰囲気が全く違うでしょう。しかも、ようやく展開できるようになっただけで、もう暫くは試合とかは出来ないんだ」

 

 いつもと変わらない笑みを浮かべたクリスは、そう言って俺の疑問にも快く答えてくれた。そして、俺は改めて彼女のISを隅々まで観察する。

 

「やっぱり、『白式』より2回り近くは大きいな。だけど、なんか妙に見覚えがあると言うか、馴染みがあると言うか……」

 

 170cm近くある彼女の身長に合わせてあるのか、この『アーセナル』と呼ばれるISは今まで見た事のあるISと比較しても明らかに大きかった。そして、目元を覆うようにバイザー状のハイパーセンサーが実体化して顔が隠れた為、普段より表情が分かり難くなっている。

 しかも、直線を多用したデザインの機体各部にある大きな推進翼は酷く無機質で、ステルス戦闘機やファースト・シフトをする前の工業的なデザインの『白式』を連想させた。

 さらに、スラスター関連や武装は金属的な鈍い光沢を放つ黒色に塗られていたものの、後は機体各部のセンサー類などを除いて艶の無いグレーの濃淡だけでIS全体が彩られている所為か、ますます機械的な印象が強くなる。

 ただ俺自身、そんなに多くのISを見てきた訳ではないので、あくまでこれは俺の抱いた勝手なイメージである。

 

「それも、よく言われるんだよねー。ま、実際に大きいから仕方ないんだけど」

「あ、そうなんだ」

「ついでに教えとくと、結構、他のISのパーツを流用してるんだよ。だから、みんな『見覚えがある』って思うの。具体的には……」

 

 ありがたい事に、彼女は俺の些細な呟きにも1つ1つ丁寧に答えてくれた。それによると、腕の部分は『ラファール・リヴァイヴ』で、脚は『打鉄』を基本フレームとしているので俺にも見覚えがあるように感じたらしい。なにせ、どちらも訓練機としてIS学園に配備されているからだ。

 だが、それ以外にも『アーセナル』には一般的なISとは違う部分(例えば、一般的なISより装甲に覆われている箇所が多い)が幾つもあり、見る者に独特な印象を与えていた。

 そして、その中でも真っ先に目に付くのは、おそらく両腕の装甲パーツの外側(手の甲がある面)部分に直に取り付けられた6銃身のガトリングガン・ユニットだろう。しかも、それが2連装になっているので、結果的には両腕だけで4基ものガトリングガンを備えている事になる。

 

「もしかして、両手を空けてるのって……」

「そりゃあ勿論、武器を持つ為に決まってるじゃん」

「はは、やっぱり」

 

 さも当然のように言ってのけられ、俺は最早、笑うしかなかった。つまり、それは他にも量子化された状態の武器がある事を意味しており、既に実体化している両肩・両腰・背中の3箇所の武装も合わせれば結構な数になるからだ。

 ちなみに、肩と腰の武装はレーザー系の武器になっているようで、特に肩のアンロック・ユニットに装着されている武装の方は見るからに大型でかなりの威圧感があった。そして、背中にあるのは、どうもミサイル関連の武装らしい。

 

「でも、なんで最初から武器を実体化させたままなんだ?」

 

 ごく一部を除いて基本的に武装の大半を量子化させているISにおいて、このように普段から多数の武装を実体化させている方が珍しかったので、俺は深く考えもせずに質問してしまった。すると、何故か今度はクリスに代わってセシリアが説明を引き継いだ。

 

「それは、この『アーセナル』がIS専用武装のデータ収集を目的とした特殊実験機だからですわ」

「ごめん。もうちょっと分かるように説明してくれ」

 

 何が言いたいのかを全く理解できなかった俺が改めて説明を求めると、どういう訳か彼女は、その言葉を待っていたかのような表情で嬉しそうに話し始めた。

 

「一夏さん。標準的なISでは5つ、多くても8つぐらいしか装備を持っていない理由は、ご存知?」

「いや、知らん」

 

 見栄を張っても仕方が無いので、俺は堂々と答えた。当然、そんな答えを聞いた彼女はこめかみに手を当て、呆れたような表情で溜息をついている。だが、直ぐに気を取り直したらしく、より具体的な内容を話し始めた。

 

「どれだけ多くの装備を持っていたとしても、それを扱う人間には2本しか腕はありませんの。ですから、必然的に1度に使える装備の数は限られてきますわ」

「なる程。言われてみれば、もっともな理由だな」

「それに、射撃武器を使いこなすには非常に多くの要素を並行して処理しなければなりませんの。さらに、装備を呼び出す時のウエイトも考慮に入れれば、たとえ多くの装備をインストールしていたとしても意味はありませんわ。分かり易く例えるなら、10種類以上の物事を同時に考えて実行するような状態とでも言いましょうか。ですが、最初から呼び出す必要が無ければ、その負担を少しだけ減らす事ができますわ」

「なら、何で他のISもそうしないんだ?」

「高速機動時の空気抵抗が大きくなる上に、攻撃を受けた際に破壊され易いからですわ。それ以外の理由としましては、見た目で何を装備しているかが分かってしまうので、相手に余計な情報を与えたくないというのもありますわね」

「あ、そっか」

 

 あまりにシンプルな理由を聞かされ、即座に納得する。だが、ここで俺は、未だに当初の質問の答えに至っていない事に気付いた。

 

「でも、それと『アーセナル』の武装が常に実体化してる事とどう繋がるんだ?」

「あら、まだ気付きませんの? わたくし、最初に特殊実験機だと言ったでしょう。つまり、あの『アーセナル』は予め定められた条件の下で射撃を行うだけで、基本的に他のISなどと戦う状況は想定していませんの」

「戦わないIS、戦わない……。あ、戦わないなら攻撃も受けない! そういう事か!」

 

 ようやく合点がいった俺は、思わず手をポンと叩いて大声で叫んでいた。当然、そんな事をすれば一斉に皆の注目を浴び、微妙に恥ずかしい思いをする羽目になる。

 

「ま、データ収集が最大の目的だからね。だから、こっちの方が余計な手間が省けて便利なの。それに、どのISも実際に射撃する時は実体化させるんだから、大して違いは無いでしょう?」

「あ、ああ、そうだよな」

 

 好機の視線に晒されていた俺は、クリスが助け舟を出してくれたと勝手に解釈し、彼女の意見に同意した。ところが、予想外の人物からも助け舟が出される。

 

「さて、お前たち。今が何の時間か分かっているのか?」

「え? そりゃあ、千冬姉の……」

 

 恥ずかしさもあり、すっかり動揺していた俺は無意識に言葉を発していた。そして、冷静になるに従い、ようやく事態の深刻さを理解する。

 俺とセシリアとクリスは、まるで油の切れたロボットのようなぎこちない動きで声のした方を振り向く。すると、そこには鬼のような形相、もとい鬼そのものの千冬姉が立っていた。

 

「千冬姉の、なんだ? 言ってみろ、織斑」

「えーと、その……、IS実習です」

 

 どんな答えを返そうとも最悪の結果しか出てこないのは分かっていたが、千冬姉の圧力には逆らえず、覚悟を決めて正直に答える。例えるなら、その時の俺は『終身刑か懲役150年か好きな方を選べ』と言われた受刑者のような心境だっただろう。

 勿論、そんな有罪判決を受けた事はおろか、本物の裁判すら見た事は無いので想像にすぎない。しかし、今の千冬姉には、そう思わせるだけの威圧感があった。

 

「ほう。つまり、知った上での行動だった訳だ」

 

 明らかに怒っているのが分かる千冬姉の声に俺は、さらに緊張の度合いを高める。このパターンだと、間違いなく特大のペナルティを課せられるからだ。そして、その思いはセシリアとクリスも同じらしく、見るからに表情が引きつっている。

 

「だが、今回は『アーセナル』の展開もあったからな。大目に見てやろう」

 

 その言葉に1度は安堵した俺だったが、そんな甘い希望は一瞬にして打ち砕かれる。

 

「お前達は放課後、グラウンド5周だ」

「あの……、大目に見てくれるんじゃないんですか?」

 

 驚いた事に、ここでクリスが疑問をぶつけた。しかし、それは単なる自殺行為だ。そんな事を言えば、確実に倍返しでペナルティが増える。

 

「だから、5周にしてやったんだ。本来なら10周と言いたいところだが、今回は初犯だからな。だが、そんなに走りたいなら今からでも追加してやるぞ?」

「いえ、5周でお願いします」

 

 流石に、今度は彼女も大人しく引き下がった。

 

「それと、織斑。お前は10周だ」

「はい!?」

 

 どういう理由なのか分からないが、俺だけがグラウンド10周にされ、反射的に素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

「どうやら貴様は私の話を理解していないようだからな。この際、体で覚えてもらう事にした。喜べ」

 

 流石に、そんな事を言われても喜べる訳がない。なので、俺は千冬姉に恐る恐る理由を聞いてみる。

 

「えーと、なんで俺だけが倍なのか、その理由を聞いてもいいでしょうか?」

「ここでは『織斑先生と呼べ』と何度も言ってるだろうが」

 

 そう指摘され、ようやく自分の犯した重大なミスに気付いた。ついさっき、俺は質問された時にいつもの癖で『千冬姉』と呼んでしまったのだ。勿論、教師と生徒という立場の時は、そう呼ぶ事を禁止されている。

 

「以後、気を付けます」

 

 下手に逆らうと後が怖いので、俺は素直にペナルティを受け入れる。

 

「お前は何回、同じ事を言わせる気だ。直ぐに頭を切り替えろ。馬鹿者」

 

 すると、また『馬鹿者』と言われ、お叱りを受けた。俺としては、むしろ千冬姉の切り替えの早さの方が異常だと思うのだが、それを指摘したところで『それぐらい、1時間で身に付けろ』と言い返されるのが関の山だろう。

 

「さてと、随分と時間を無駄にしたな。さっさと授業に戻るぞ。飛べ」

 

 その声を合図に、俺達は一斉に空へ向かって上昇する。そんな中、真っ先に飛び出したのはセシリアだった。そして、彼女に続くようにクリスも大型機体の割りには高速で上昇し、2人とも遥か頭上で静止する。それに引き換え、俺の上昇速度は明らかに遅く、あっという間に大きく差を開けられていた。

 

「何をやっている。スペック上の推力重量比なら『白式』の方が上だぞ」

 

 その為、早速、千冬姉から叱責の声が飛ぶ。どこか言い訳みたいに聞こえるかもしれないが、急上昇と急降下は昨日習ったばかりだし、そもそも『自身の前方に角錐を展開させるイメージ』という説明自体が分かりにくいのだ。そんな状態の俺に、いきなり国家代表と同じ動きを要求する方が無茶だ。

 

「一夏さん。イメージは所詮、イメージ。自分がやり易い方法を模索した方が建設的でしてよ」

「そうそう。イメージなんて人それぞれなんだから」

「そう言われてもなぁ……」

 

 ようやくセシリア達のいる所へと辿り着いた俺に、2人が飛行方法についてのアドバイスをしてくれたのだが、はっきり言って未だに理解に苦しむ。

 

「説明しても構いませんが、長いですわよ? 反重力力翼と流動波干渉の話になりますもの」

「分かった。説明はしてくれなくていい」

「そう、残念ですわ。ふふっ」

 

 そんな俺の思考を見透かしたかのようにセシリアが解説を申し出てくれたのだが、直ぐに断った。とりあえず、今の俺の頭では全く理解できない内容になる事だけは理解できたからだ。

 すると、何故かセシリアは楽しそうに微笑んだ。しかも、その表情は嫌味や皮肉などでは無く、ただ単純に楽しい時などに見せる笑顔であった。

 

「一夏さん。よろしければ、また放課後に指導してさしあげますわ。その時は、ぜひ2人きりで……」

「一夏! いつまでそんな所にいる! 早く降りて来い!」

 

 セシリアの話を遮るように箒の怒鳴り声が通信機から響いてきた。俺が反射的に地上へ視線を向けると、そこには山田先生のインカムを奪って何やら叫んでいる箒の姿があった。ちなみに、地上まではかなりの距離があるのだが、ISのハイパーセンサーによる補正のおかげで目の前にいるように見える。

 セシリア曰く、本来は宇宙空間での使用を前提とした機能らしく、これでも機能制限が掛けられているそうだ。なお、こういった知識の豊富さでは優等生のセシリアに軍配が上がり、擬音と感覚だけの説明しかしない箒とは雲泥の差がある。

 

『そう言えば、セシリア。俺に対して態度が柔らかくなった分、箒に対しては硬くなったな。何でだ?』

 

 俺のコーチをしている時、箒の感覚的な説明にその都度ツッコミを入れては言い争いをしている2人の様子が頭に浮かび、同時に湧き上がった疑問に首を傾げる。ただ、ありがたい事に、クリスが頃合を見計らって2人の気を逸らしてくれるおかげで、思いのほか特訓は順調に進んでいた。

 

「織斑、オルコット、キャンベル。急降下と完全停止をやって見せろ。目標は地表から10cmだ」

 

 考えようとした矢先、千冬姉からの指示が聞こえ、俺の意識は現実へと引き戻される。

 

「了解です。では、一夏さん、クリスさん。お先に」

 

 そう言って今度もセシリアが先陣を切って急降下していく。そして、完全停止も難なくクリアした。その一連の流れるような動きを感心して眺めていると、クリスも急降下体勢に入り、地上へと高速で向かって行こうとする。

 

「次、いっきま~す!」

 

 ちなみに、大型機に分類できる彼女のISが急降下する様は迫力があり、思わず見入ってしまいそうになった。勿論、彼女もセシリアと同様に完全停止を見事に成功させたのは言うまでも無く、いよいよ俺の番となる。

 

『行くか』

 

 心の中で呟いた俺は、背中の翼状の突起からロケットファイアが噴出しているイメージを思い描き、それを傾けて一気に地上へと向かう。

 すると、猛烈な速度で地面が眼前へと迫り、あっという間に地上へ到達した。ただし、直前で停止するような器用な真似は出来ず、墜落という形で地上へ降り立つ事となってしまった。

 

「馬鹿者。誰が地上に激突しろと言った。グラウンドに穴を開けてどうする」

「すみません」

 

 ISには搭乗者を保護する機能が備わっている為、俺は掠り傷1つ負っていない。それに、『白式』にも汚れ1つ付いておらず、綺麗なままだ。

 ただし、俺の心だけは千冬姉の一言とクラスメイトの失笑で瀕死である。その上、さらに追い討ちを掛けるように腕を組んで目尻を吊り上げた箒までもが小言を言ってきた。

 

「大丈夫ですか、一夏さん? お怪我はなくて?」

 

 すると、セシリアが俺の前に駆け寄ってきて尋ねる。

 

「あ、ああ。大丈夫だけど……」

「そう。それは何よりですわ」

 

 こんな状況だというのに、どこか楽しそうに彼女は笑っていた。やはり、女子の考えている事は分からない。とりあえず、それが今の俺の心境だ。

 

「ISを装備していて怪我などする訳がないだろう」

「あら、篠ノ之さん。他人を気遣うのは当然のこと。それがISを装備していても、ですわ。常識でしてよ?」

「お前が言うか。この猫かぶりめ」

「鬼の皮をかぶっているよりマシですわ」

 

 ところが、また理解に苦しむ状況になってきた。確か、最初は俺の墜落に関する話だったのに、いつの間にか箒とセシリアの言い合いに変わっている。しかも、お互いに顔は笑っているのに目が笑っていない。

 それにしても、この2人は日増しに仲が悪くなっているような気がするんだが、これ以上は悪くならないで欲しい。なぜなら、俺の受ける被害が大きくなるからだ。

 

「ハイハイ、2人とも。その辺にしとかないと、そろそろ危険だよ」

 

 そう言ってクリスが2人の間に割って入る。こうやってタイミング良く場を収めてくれる彼女の姿は、俺にとっては救いの女神のようにも映る。当然、2人は反射的に彼女の方を振り向き、その背後に千冬姉の姿を見つけて慌てて引き下がった。

 

「織斑。武装を展開しろ。それくらいは自在に出来るようになっただろう」

 

 つかつかと歩いて目の前へとやって来た千冬姉に言われるがまま、俺は武装を展開する為の動作に入る。まずは、最初に『白式』を展開した時と同じように右腕を左手で握り、物体を斬る刃のイメージを強く意識する。

 そうして集中力が極限に達した時、手の平から光が放出され、それが次第にイメージした物を形作っていく。そして、光が完全に収まった頃には、俺の手には唯一の武装である『雪片弐型』が握られていた。

 

「遅い。0.5秒で出せるようになれ」

 

 1週間訓練し、ようやく武装を確実に出せるようになった俺に対して千冬姉からは容赦のない叱責が飛ぶ。大体、日常生活で手の中に剣が現れるイメージをする事自体、どう考えてもあり得ない。

 

「オルコット、キャンベル。武装を展開しろ」

「はい」

 

 2人の声が重なると同時に手元が爆発的に光った。そして、光が収まった直後には既に武装が現れていた。そのスピードは俺よりも圧倒的に速く、1秒と掛からずに射撃可能な状態になっている。

 

『気のせいか、武装まで似てるような……』

 

 その時、クリスの右手に握られている大型のライフルがセシリアの持つスナイパーライフル『スターライトmkⅢ』に似ていると思った俺は、改めて2つを見比べてみる。すると、やはり2つは似ていたが、クリスの持つライフルの方が無骨なデザインで銃火器としての雰囲気が強かった。

 なにより、銃身が2つ上下に並んでいる事が迫力を増大させている。しかも彼女は、左手にも銃身が2つ上下に並んだ無骨なデザインの大型の銃火器を構えており、こちらは右手に握る物よりも全体的に太短いのが特徴だった。

 

「流石だな、代表候補生。だが、そのポーズはやめろ。横に向かって銃身を展開させて誰を撃つ気だ。正面に展開できるようにしろ」

「で、ですが、これはわたくしのイメージを纏める為に必要な……」

「直せ。いいな」

「……、はい」

 

 そんな風に2人を見ていると、セシリアが千冬姉に癖を直すよう指導されていた。相変わらず、有無を言わせぬ迫力で不満そうな表情をしていたセシリアを一睨みで黙らせる。こうなると、本当に映画か何かに登場する鬼軍曹にしか見えない。

 

「では、今度は近接戦闘用の武装を展開しろ」

「はい」

「えっ? あ、は、はいっ」

 

 先程の事を引きずっていたのか、珍しくセシリアの反応が遅れた。それでも実体化していたライフルを光の粒子に変換して“収納”し、新たに近接戦闘用の武装を“展開”する。ところが、どういう訳か今度はいつまで経っても手の中の光は像を結ばず、空中を彷徨うばかりだった。

 そして、そんな彼女の様子をクリスが心配そうに見つめている。ちなみに、クリスの方は既にバヨネット(銃剣)付きのショットガンを両手に握っていた。

 

「まだか?」

「す、すぐです。――ああ、もうっ! インターセプター!」

 

 千冬姉に急かされたセシリアは半ばヤケになって武器の名前を叫び、ようやく実体化に成功する。しかし、これは教科書の最初の方に載っている初心者用の方法だ。

 

「何秒かかっている。お前は実戦でも相手に待ってもらうのか?」

「じ、実戦では近接の間合いに入らせません! ですから、問題ありませんわ!」

「ほう。織斑との対戦で、初心者が簡単に懐に入るのを許していたように見えたが?」

「あ、あれは……。その……」

 

 やはり、千冬姉には勝てず、セシリアは歯切れの悪い返事しかできない。

 

「あなたの所為ですわよ! あ、あなたが、わたくしに飛び込んでくるから……。こうなったら、責任を取っていただきますわ!」

 

 そんなやり取りを眺めていると、セシリアがプライベート・チャネルを通じて文句を言ってきた。しかも、鋭い視線で睨まれる。俺は『何の責任だよ。大体、近接用の武装しかないんだから仕方ないだろう』と言い返そうと思ったが、プライベート・チャネルのやり方が分からなかったので止めた。

 

「さて、時間だな。今日の授業はここまでだ。織斑。グラウンドを片付けておけよ」

 

 そう言い残し、千冬姉はさっさと立ち去ってしまった。多分、俺が地面に激突して作った穴を埋めておけって事なんだろう。自業自得とはいえ、かなりの重労働になりそうだ。しかし、肉体労働は男の仕事だと考えている俺は、クラスの誰かに手伝いを頼むつもりは無い。そんな事をすれば、男が廃る。

 ちなみに、箒は顔を逸らして手伝う気が無い事を態度で示し、セシリアは既にグラウンドから出て行こうとしていた。唯一、クリスだけが謝る仕草をしていたものの、彼女もセシリアの後を追うように姿を消す。こうして1人残された俺は、深く溜息を吐きつつ土を探す為に歩き出した。

 

   ◆

 

 まだクラス代表が決まっただけだというのに、早くも試合に優勝したような騒ぎが目の前に広がっている。

 

「織斑君。クラス代表決定、おめでとう!」

「おめでと~!」

 

 盛大なクラッカーの破裂音と共に、彼への祝福の言葉を合図にパーティーの開幕が高らかに告げられる。この寮の食堂には、夕食後の自由時間を利用して1組の全員だけでなく、直接は関係の無い他のクラスの生徒までもが集まっていた。

 そして、彼女達は飲み物片手に、『織斑一夏クラス代表就任パーティー』と書かれた手書きの横断幕の下で早々に盛り上がっていた。

 

<答えは分かってるんだが、なんで俺達まで参加なんだ?>

<だったら聞かないでよ。そもそも、こんな状況で断れると思う?>

<ま、断ったら間違いなく浮くだろうな。それどころか、今まで作ってきた偽装とのギャップが大き過ぎて人格を疑われるかもよ>

 

 私はクラスメイトとクリストファーの両方を相手にしつつ、この場にいる監視対象3名の様子を観察していた。幸い、彼らは1箇所に固まっていたので、ある程度は楽に監視をする事ができた。もっとも、その所為でクリストファーの愚痴が多くなったのには少々、頭を痛めている次第だ。

 

「はい、はーい。新聞部でーす。話題の新入生、織斑一夏君に特別インタビューをしに来ました~!」

 

 その時、よく通る元気な声が聞こえ、一気に場が盛り上がる。その話の内容から察するに、2年生の黛という新聞部の副部長が早速、この“クラス代表・織斑一夏”という学園大注目の話題を嗅ぎ付けてインタビューに来たらしい。

 

「ずばり、織斑君! クラス代表になった感想をどうぞ!」

 

 そう言ってボイスレコーダーを彼に向けた瞬間、それまでの騒ぎが嘘のように静まり返った。皆一様に、彼の言葉を期待しているようだ。

 

「まあ、なんというか、頑張ります」

 

 予想通りというべきか、自己紹介の時と同じように実に味気ない一言だった。勿論、大いに期待していた女子達は不満爆発である。すると、そんな雰囲気を察した黛さんが皆の意見を代表して他のコメントを引き出そうとする。

 

「えー、もっと良いコメント頂戴よ~。『俺に触ると火傷するぜ』とか!」

「自分、不器用ですから」

「うわ、前時代的! でもまあ、適当に捏造しておくからいいや」

 

 これ以上は聞くだけ時間の無駄だと思ったのか、彼女はあっさりと織斑君へのインタビューを終えてしまった。そして、直ぐ近くに居たセシリアさんに顔を向ける。

 

「ああ、セシリアちゃんもコメント頂戴」

「わたくし、こういったコメントはあまり好きではありませんが、仕方ないですわね。ではまず、どうしてわたくしがクラス代表を辞退したかと言うと……」

「ああ、長そうだからいいや。写真だけ頂戴。後は適当に捏造しておくから……。あ、こっちは『織斑君に惚れたから』って事にしよう」

 

 こちらも最後まで聞かず、自分一人の独断で勝手に終わらせようとする。

 

<まるで、ゴシップ誌の記者だな>

<同感。とりあえず、彼女に質問された時は変な事を書かれないよう注意しましょう。根も葉もない噂で注目を集めて任務に支障を来たす訳にはいかないわ>

<了解>

 

 私がクリストファーと対策を話し合っていると、ふいに黛さんが私達の方を振り向いて声を掛けてきた。私は反射的に身構えたが、それは杞憂に終わる。

 

「写真撮るから、クリスちゃんも入って入って~。折角、専用機持ちが3人もいるんだから3人並んでるところ、撮らないとねー。あ、いっそ腕とか組んでみる?」

 

 そう言って彼女は、私の返事も聞かずに強引に織斑君の隣へと引っ張っていった。そして、勝手にポーズまで決めようとする。いまさら写真の1枚や2枚で警戒する必要は無いのだが、やはり、本能的なもので少しだけ心拍数が上昇するのを感じた。

 

「はい、さっさと並ぶ」

 

 そんな訳で出来ればポーズぐらいは自分の意思で決めたかったのだが、結局、私達は黛さんの強引さに勝てず、私とセシリアさんが織斑君に両側から寄り掛かるようなポーズでカメラのフレームに納まる事となった。

 

「なんだよ?」

「べ、別に何でもありませんわ」

 

 織斑君とセシリアさんの間で微妙な視線が交わされる。

 

「なんだよ、箒?」

「何でもない」

 

 すると、織斑君と篠ノ之さんの間でも同じ事が起きる。それを見ていた私は、こんな特殊な学園に在籍していても彼女達は年頃の恋する乙女なんだと改めて実感し、そっと心の中で微笑んだ。

 

<あいつら、何やってんだ?>

 

 どうやら、ここにも乙女心を理解できない人物が居るらしく、私は小さく溜息を吐く事で返事を返してやった。そして、そんなクリストファーの囁きが聞こえた直後、黛さんが写真を撮る事を宣言する。

 

「それじゃあ、撮るよー。35×51÷24は~?」

「え? えっと……、2?」

 

 なんとも理解しがたい合図を出されて軽く困惑する中、代表して織斑君が答えた。

 

「ぶー。74.375でしたー」

<まったくもって意味が分からん>

 

 クリストファーの呟きと共にデジカメのシャッターが切られ、まるで申し合わせたかのように一瞬で私達の傍へと集結したクラスメイト全員の納まった集合写真が完成する。

 

「あ、あなた達ねえっ!」

「まーまーまー」

「セシリアとクリスだけ抜け駆けは無いでしょー」

「クラスの思い出になっていいじゃん」

「う、ぐ……」

 

 ツーショット同然になる筈だった写真を見事に邪魔されたセシリアさんが乱入してきたクラスメイト達に詰め寄るが、逆に口々に言い返されて劣勢になっている。私は一瞬、彼女を擁護しようかとも考えたが、織斑君の隣で写っていては説得力が無いと思い、この場は黙って見守る事に決めた。

 

<なあ、俺は男に寄り添う趣味は無いんだが?>

 

 すると、ただ見ている事に飽きたのか、クリストファーが下らない事を言ってきた。なので、それを私は軽くあしらう。

 

<それについては、早々に諦める事ね。この学園に居る男子生徒は織斑君1人だけで、私達は1人の女生徒として潜入してるんだから>

<なら、次は美少女の隣で写真に納まりたいものだな>

<残念だけど、私の偽装身分にも本来の性格にも百合要素は欠片も入ってないの。だから、そういった特別な期待はしない方が良いわ>

<そんな事、言われなくても知ってるよ>

 

 最後に吐き捨てるように言うと、それっきりクリストファーは沈黙してしまった。確かに、彼の性格を考えれば美少女と並んで写真に写りたいという気持ちは理解できる。しかし、今は任務遂行が最優先で、それは彼も承知している筈だ。それだけに、どうしてあんな事を言ったのかが私には理解できない。

 そして、彼の発言については最後まで結論が出ないまま時間だけが過ぎていった。なお、この『織斑一夏クラス代表就任パーティー』は夜の10時過ぎまで続き、私は一応、織斑君達が引き上げるまで会場に残ってから部屋へと戻った。

 




一応、今回はオリジナルのIS(専用機)も登場させましたが、この機体が本格的に活躍するのは先になります。それ以外では、これといって目新しい展開もないですね。
次回は予想通り、あのキャラが登場します。
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