IS<インフィニット・ストラトス>‐虚構と闇の交差する空‐ 作:Ghost SAF
件のパーティーが開かれた翌日、学園内には新たな噂が流れていた。
「ねえねえ、クリスちゃん。なんか、転校生が来るらしいよー」
「転校生? こんな時期に?」
朝、私は教室へ着くなり、隣の席の女子から挨拶もそこそこに話し掛けられた。ちなみに、その噂とは、まだ4月だというのに転校生が来るというものだった。そして、このIS学園は転入条件が非常に厳しく、これが単なる転入とは訳が違うという事を皆がよく知っている。
しかも、その条件とは、転入試験で基準点以上の点数を獲るだけでなく、国家による推薦が無いと入れないという厄介な代物だ。そういう訳で、こうして“奇妙な転校生”に早くも皆の注目が集まっているのだ。
「なんでも、中国の代表候補生らしいよ」
「へー、そうなんだ」
とりあえず私は、追加情報を教えてくれたクラスメイトに適当に相槌を打ちつつ頭の中でクリストファーに語り掛ける。
<念の為に聞くけど、中国の代表候補生についての情報は?>
<無い。俺達が潜入した時点では学園に在籍してなかったからな>
<なら、今日にでも連絡して取り寄せないとね>
そうやって彼との会話が一段落したところで今度は周囲にも意識を向ける。やはり、今日は転校生の話題で持ちきりらしく、至る所から『転校生』や『代表候補生』といった単語が聞こえてきた。
そんな中でも私は、監視対象である3人が集まっている織斑君の席に注目し、当たり障りの無い範囲で彼らにも探りを入れてみる事を決断する。そして、彼らの周囲に集まっていたクラスメイト達の間を縫うようにして近付いていくと、どうやら来月に行われるクラス対抗戦に絡んだ話になっていた。
「一夏さんには勝っていただきませんと!」
「そうだぞ。男たる者、そのような弱気でどうする」
「織斑君が勝つと、クラスみんなが幸せだよー」
そんな声を聞きながら、私はクラス対抗戦の概要を思い浮かべる。この対抗戦は現時点での実力指標を作る為のものだが、それ以外にクラス単位での交流や団結を促す側面もあった。そして、やる気を出させる為に優勝商品も用意されているので、早くも盛り上がっているみたいだ。
<それにしても、ここまで熱くなれるなんて理解できんな>
クリストファーが呆れたように呟いた。
<ま、考えようによっては一種のお祭りみたいなものだからよ。それに、女の子にとっては優勝商品も魅力的だしね>
<あんなの、どっちでも良いと思うが……>
<何が嬉しいかは人それぞれよ。あんただって、優勝商品がゲームとかだったら間違いなくやる気になってたでしょう?>
<当然だ>
すっかり話が横道に逸れてしまい、そろそろ本題に入ろうとした時、傍にいた女子の何気ない一言が聞こえてきた。
「今のところ、専用機を持ってるクラス代表って1組と4組だけだから余裕だよ」
「その情報、古いよ」
ところが、全く予想していなかった方向から否定する声が聞こえ、思わず私を含めた皆が振り向く。すると、そこには腕を組んで片膝を立てて教室入口のドアにもたれている小柄な少女の姿があった。態度もそうだが、やや鋭角的な瞳とサイドアップテールにした髪型が印象的だ。
「2組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから」
<まさか、あいつが……?>
そう呟いたクリストファーに対して私が答えようとした瞬間、織斑君が驚いたような口調で少女に呼び掛けた。
「鈴……? お前、鈴か?」
「そうよ。中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」
自ら中国代表候補生である事を認めた少女が勝気そうな笑みを浮かべて名乗る。しかも、この雰囲気から察するに、どうやら2人には多少なりとも面識があるようで、これも想定外の出来事だった。
だが、今は詳しい詮索をしている余裕は無く、私は被害が自分の身に降りかかる前に席へと戻る事にした。なぜなら、教室の入口の所に織斑先生が姿を現したからだ。
「もうSHRの時間だ。教室に戻れ」
「ち、千冬さん……」
「織斑先生と呼べ。さっさと戻れ。そして、入口を塞ぐな。邪魔だ」
すっかり恒例となった出席簿による脳天への一撃をお見舞いされた凰さんは、明らかに怯えて身を小さくしていた。しかし、まだ何か言いたい事があったらしく、大声で織斑君に向かって叫ぶ。
「また後で来るからね! 逃げないでよ、一夏!」
「さっさと戻れ」
「は、はいっ!」
改めて一喝された彼女は、まさに脱兎のごとく逃げ出し、この朝の騒動は終了となった。付け加えるなら、まだ織斑君の席の周辺に残って彼を質問責めにしていたクラスメイト達は、1人残らず見事に織斑先生の出席簿による一撃を貰ったのだった。
<あの2人、知り合いだったのか?>
<さっきの様子を見る限り、かなり気心の知れた仲だったみたいね>
そんな周囲の騒ぎを他所に、早速、クリストファーが尋ねてきた。短いやり取りではあったものの、ある程度は親しい間柄で行われる話し方だったので、私の予想は大きく外れてはいないだろう。それに、彼女が織斑先生の事を思わず『千冬さん』と呼んでいた点も予想の裏付けとなっている。
<だが、一夏から国家代表候補生の知り合いがいるなんて話、1度も聞いた事が無いぞ。まあ、あいつの事だから相手の近況なんて訊かなかっただけかもしれんが……。と言うか、それ以前に何でこんな中途半端なタイミングで姿を現したんだ?>
<多分、さっきの反応から察すると、ここ最近は連絡を取り合っていなかったんでしょうね。おそらく、彼女が代表候補生になったのも交流が無くなった後なのよ。だから、織斑君がIS学園に入ったと知ってから慌てて彼女自身も入学してきたんだと思うわ>
<ふむ。確かに、そう仮定すれば辻褄が合うか。だが、それなら動機は何だ?>
<流石に、そこまでは分からないわね。彼女自身が望んだ事なのか、それとも国からの命令なのか、あるいは誰かの差し金か……。でも、1つだけ分かっているのは、否が応でも私達と関わるって事よ>
結局、現時点では推測でしか状況を把握する事が出来ず、私達の話し合いも直ぐに途切れてしまう。
<そういや、さっき『また来る』って言ってたよな。なら、その時にでも探りを入れてみるか? あの様子じゃあ案外、色々と喋ってくれるかもしれないぜ。それに、もしかすると俺達の“本命”とも面識があるかもしれないし>
<悪くない考えだけど、それは時期尚早よ>
<何か根拠があるのか?>
私がクリストファーの意見に異論を唱えると、彼は明らかに不満げな口調で理由を尋ねてきた。
<まずは、彼女が織斑君と一緒に居た期間と2人の間柄を把握しておくべきだわ。探りを入れるにしても最低限、その程度の事前情報は必要よ。後、彼女の今現在の立場もね>
<なる程。言われてみれば、その通りかもな>
私が指摘した点は、こういった潜入活動を行う際の基本事項だった為、普段は面倒な事を嫌う彼も素直に納得する。ただ、彼が素直に引き下がったのには別の理由もあり、その事を皮肉めいた口調でわざわざ指摘してくれた。
<どっちにしろ、最初から俺に拒否権なんて無いんだろう? だったら、好きにしろよ>
<勿論、初めからそのつもりよ>
最後に必ず何か言ってくると予想していた私は彼を軽くあしらうと、午前中は特に大きな行動は起こさずに過ごす事を決めた。
◆
その日の昼休み、開口一番で篠ノ之さんとセシリアさんが織斑君に文句を言っていた。彼女達は午前中だけで山田先生から注意を5回受け、織斑先生からは3回叩かれているのだが、どうやら彼の事ばかり考えていたらしい。
<それにしても、あそこまで同じミスを繰り返すかねぇ。あの2人は……>
<ま、それだけ凰さんと織斑君の関係が気になるんでしょう>
<代表候補性で転校生だから気になるのは分かるが、あそこまで上の空になるものか?>
今日の午前中に起きた出来事を思い浮かべながら、私はクリストファーの疑問に答える。だが、その辺の心理というものが彼には理解できないらしく、間の抜けた声で聞き返してきた。
直感で説明を始めると時間を無駄に浪費すると感じた私は、彼を無視して意識を周囲へと向ける。すると、織斑君達の声が聞こえてきた。
「話ならメシ食いながらでも聞くから。とりあえず、学食行こうぜ」
「ま、まあ、お前がそう言うのなら良いだろう」
「そ、そうですわね。行って差し上げない事もなくってよ」
どうやら、詳しい話は学食で昼食をとりながら行う事で纏まったらしい。そこで私達は、いつものメンバーに数名のクラスメイトを含めた顔ぶれで学食へと向かった。
「待ってたわよ、一夏!」
すると、そこでは凰さんがラーメンの載ったトレーを持ったまま待ち構えていた。
「まあ、とりあえず、そこどいてくれ。食券出せないし、普通に通行の邪魔だぞ」
「う、うるさいわね。分かってるわよ」
気心の知れた間柄という私の当初の予想は間違っておらず、こんな状況でも実に自然な流れで会話を交わしていた。
「それにしても、久し振りだな。ちょうど丸1年になるか。元気にしてたか?」
「げ、元気にしてたわよ。アンタこそ、たまには怪我とか病気しなさいよ」
「どういう希望だよ。そりゃ……」
そのまま放置しておけば、いつまでだって話していそうな雰囲気だったが、わざとらしく咳き込んだ篠ノ之さんとセシリアさんが2人の間に割って入った。
「むこうのテーブルが空いてるな。行こうぜ」
それを受けた織斑君が促し、私達は彼に先導される形で移動する。普通、10人近くが一斉に移動するとなると、それなりに大変なのだが、思いの外すんなりとテーブルに着く事ができた。
「鈴。いつ日本に帰ってきたんだ? おばさん、元気か? いつ代表候補生になったんだ?」
「質問ばっかしないでよ。アンタこそ、なにIS使ってるのよ。ニュースで見た時、びっくりしたじゃない」
テーブルに着くなり、織斑君は矢継ぎ早に質問を浴びせる。なので、凰さんは若干うっとうしそうな仕草をしたものの、それでも普通に会話を続けている。
その所為か、こうして見ている分には、まさに“偶然再会した幼馴染み”だが、あまりにも2人だけの世界に入り込んでいるようにも感じられた。すると、ついに痺れを切らした者が現れた。
「一夏。そろそろどういう関係か説明して欲しいのだが?」
「そうですわ、一夏さん! まさか、こちらの方と付き合ってらっしゃるの!?」
案の定、真っ先に口を出したのは篠ノ之さんとセシリアさんで、あからさまに口調に棘がある。そして、彼女達の発した質問は他のクラスメイト達も聞きたかった事らしく、無言のプレッシャーを織斑君に与えていた。
「そういう訳だから納得のいく説明、よろしくね」
タイミングを見計らい、逃げ場を塞ぐ形で私が回答を促した。すると、流石に観念したのか、2人が一応の答えを出す。
「べ、べべ、別にあたしは付き合ってる訳じゃ……」
「そうだぞ、何でそんな話になるんだ。ただの幼馴染みだよ」
ところが、2人の回答には微妙な温度差があった。その為、織斑君が凰さんに怒られる。勿論、このやり取りで私には2人の関係について1つの結論に達した。そして、早くも私達の任務遂行に利用できないかと模索していると、篠ノ之さんが怪訝そうな表情を浮かべて尋ねた。
「幼馴染み?」
「えっとだな……。箒が引っ越していったのが小4の終わりだっただろ? 鈴が転校してきたのは小5の頭だよ。で、中2の終わりに国に帰ったから、会うのは1年ちょっとぶりだな」
ありがたい事に、私達が早い段階で調べようと思っていた内容の1つを織斑君が自分から喋ってくれた。もっとも、念の為に裏を取っておく必要があるので、現段階では完全に信用する訳にはいかない。そして、そんな事を考えている間に彼は篠ノ之さんとの関係を凰さんに話していた。
「で、こっちが箒。ほら、前に話したろ? 小学校からの幼馴染みで、俺の通ってた剣術道場の娘」
「ふうん。そうなんだ。初めまして。これから、よろしくね」
「ああ、こちらこそ」
一応、形だけの挨拶は交わしたが、当然のように2人は互いを牽制していた。
<気のせいか、最近、こんなパターンが多くないか?>
<気のせいって事にしときなさい>
思い出したようにクリストファーが呟いたが、私は彼が余計な事を言い出さないよう先手を打って話を終わらせた。すると、またしてもわざとらしい咳払いをしながら今度はセシリアさんが会話に割り込んだ。
「わたくしの存在を忘れてもらっては困りますわ。中国代表候補生、凰鈴音さん?」
「誰?」
「なっ!? わ、わたくしはイギリス代表候補生、セシリア・オルコットでしてよ!? まさか、ご存知ないの?」
「うん。あたし、他の国とか興味無いし」
セシリアさんと凰さんの会話を聞いた私には、この後の展開が手に取るように分かった。これは前にセシリアさんが織斑君に絡んだ時と全く同じパターンだ。
<くそっ! 冗談じゃないぜ!>
その瞬間、クリストファーも私と同じ事を思い出したらしく、怒りを隠そうともせずに叫んだ。私は声にこそ出さなかったが、この時ばかりは彼の気持ちが充分に理解できた。
「い、い、言っておきますけど、わたくし、あなたのような方には負けませんわ!」
「そ。でも、戦ったらあたしが勝つよ。悪いけど、強いもん」
そこには怒りで顔を真っ赤にしているセシリアさんと、自信満々で彼女を見据える凰さんの非常に対照的な姿があった。そして、周囲には張り詰めた空気が漂う。
<なあ、このまま放っておいていいのかよ?>
<感情論で言い争いを繰り広げた結果がどうなったかぐらい、あんたも知ってるでしょう。でも、いま下手に口を挟んだら、それこそやぶ蛇よ>
<チッ……! 胸くそ悪い話だぜ>
半分キレかかっているクリストファーを宥めつつ、私は事態を穏便に済ます方法を必死で考えるが、これといった妙案は浮かばなかった。そんな中、当事者の1人である凰さんが周囲を無視して堂々と織斑君に話し掛ける。
「一夏。アンタ、クラス代表なんだって?」
「お、おう。成り行きでな」
すると、彼女は自らの決意を示すかのように豪快にラーメンのスープを飲むと、どこか歯切れの悪い言い方で尋ねた。
「あ、あのさぁ。ISの操縦、見てあげてもいいけど?」
その途端、例の2人がキレた。完璧なタイミングで2人揃ってテーブルを叩き、その勢いのまま立ち上がる。
「一夏に教えるのは私の役目だ。頼まれたのは私だ」
「あなたは2組でしょう!? 敵の施しは受けませんわ」
ところが、そんな2人の鬼気迫る様子にもまるで動じず、凰さんは平然とした口調でさらに彼女達の神経を逆撫でする。
「あたしは一夏に言ってんの。関係ない人は引っ込んでてよ」
「か、関係ならあるぞ。私が一夏に“どうしても”と頼まれているのだ」
「1組の代表ですから1組の人間が教えるのは当然ですわ。あなたこそ、後から出てきて何を図々しい事を……」
そんな彼女に対して2人が直ぐに言い返し、結局、私達からすれば酷く不毛な言い争いが始まってしまった。
<それで、いつまで外野を決め込む気だ?>
<そうね……。おそらく、どこかで状況が変わる筈よ。そこで仕掛けましょう>
<だと良いけどな……>
最後に発せられたクリストファーの呟きに一抹の不安を憶えつつも私は彼らの会話に耳を傾け、表面上は成り行きを見守るクラスメイトの振りをして時が来るのを静かに待った。すると、そのチャンスは意外にも早く訪れた。
織斑君が彼女の家族についての話題を切り出したところ、僅かに凰さんの表情が変化したのだ。それを見た私は、いつでも仕掛けられるよう心の準備を整える。
「そ、それよりさ、今日の放課後って時間ある? あるよね。久し振りだし、どっか行こうよ。ほら、駅前のファミレスとかさ」
「あー、あそこ去年、潰れたぞ」
「そ、そう……なんだ。じゃ、じゃあさ、学食でもいいから。積もる話もあるでしょ?」
会話の流れが途切れかけたのを感じ、私が話し掛けようと口を開きかけた途端、思わぬ人物から横槍が入った。
「あいにくだが、一夏は私とISの特訓をするのだ。放課後は埋まっている」
それは篠ノ之さんだった。しかも、セシリアさんまでもが彼女に同調する。
「そうですわ。クラス対抗戦に向けて特訓が必要ですもの。特に、わたくしは専用機持ちですから? ええ、一夏さんの訓練には欠かせない存在なのです。クリスさんも、そう思うでしょう?」
その上、新たな状況に対応しようとした矢先の私にまで賛同を求めてきた。完全に虚を突かれた形だったが、それでも私は必死に脳ミソをフル回転させ、最善と思われる言葉を導き出す。
「だったら、ここは全員で特訓した後、寮の食堂にでも集まって反省会&親睦会って流れでどう? ちょうど代表候補生が2人に増えた事だし、これを利用しない手はないでしょう。それに、もっと色々と話も聞きたいし……」
そう言って皆の様子を窺うが、あまり反応は芳しくない。一応、今後の事もあったので最も穏便に済みそうな提案をしたのだが、あまり良い案とは思われなかったようだ。
「あれ? もしかして、ダメだった?」
内心の僅かな動揺を隠して尋ねると、凰さんから当然のような質問を返された。そこで、私は警戒されないように自然な雰囲気を作って彼女の質問に答える。
「てゆーか、アンタ、誰?」
「あ、そういえば自己紹介がまだだったよね。私はクリスティーナ・キャンベル、みんなはクリスって呼んでるわ。よろしくね」
「ふーん。ま、よろしくね」
この反応を見る限り、現時点では彼女は私に対する興味を持っていないらしい。それは考えようによっては好都合だが、任務を遂行するにあたって関わる必要が出てきた場合、この状態が続いていたら少し面倒な事になる。
なので、どうするべきかを思案していると、織斑君の言葉が偶然にも私達にとって都合の良い方向に働いてくれた。
「実は、クリスも俺の特訓に付き合ってくれてるんだ。しかも、たまに的確なアドバイスをくれるから結構助かってるんだぜ」
「そうなんだ。でも、あたしの方が的確なアドバイスが出来るよ。なんたって、代表候補生でクラス代表だもん」
ただし、彼女から見た私の立ち位置までは掴み切れず、それが任務に影響を及ぼすかどうかまでは未知数だった。
「じゃあ、それが終わったら行くから空けといてね。じゃあね、一夏!」
結局、そう言って一方的に物事を決めてしまった凰さんは、食器を返却した勢いで食堂からも出て行ってしまった。どうやら、私の提案は断られたらしい。
「一夏。当然、特訓が優先だぞ」
「一夏さん。わたくし達の有意義な時間も使っているという事実をお忘れなく」
ちなみに、こちらの2人の方も譲る気は毛頭なく、同じように一方的に決めてしまった。そして、私は心の中で『扱い難いのが増えた』と思いつつも表面上は織斑君に同情するような態度を取り、そっと彼に向かって呟いた。
「ご愁傷さま」
すると、彼は乾いた笑みを浮かべた後、盛大な溜息をついていた。
◆
放課後の第3アリーナ。すっかり常連となってきた私達だったが、今日は少し様子が違っていた。その原因は篠ノ之さんが『打鉄』を身に纏って立っているからだ。
「篠ノ之さん!? ど、どうして、ここに居ますの!?」
「どうしても何も、一夏に頼まれたからだ。それに、近接格闘戦の訓練が足りていないだろう。なら、私の出番だな」
驚きを隠せない織斑君やセシリアさんを尻目に、彼女は平然とISを持ち出した理由を述べた。もっとも、それが単なる建前に過ぎない事は直ぐに分かった。間違いなく、あの凰さんに触発された事が原因だ。
「くっ……。まさか、こんなにあっさりと訓練機の使用許可が下りるだなんて……」
私の横ではセシリアさんが悔しそうにブツブツと呟いているが、それを無視して篠ノ之さんは勝手に特訓を始めようとする。
「では、一夏。始めるとしよう。刀を抜け」
「お、おうっ」
「では、参るっ!」
まるで剣術の試合でも始めそうな勢いで2人が剣を交えようとした瞬間、セシリアさんが耳をつんざくような高い声と共に2人の間へ割り込み、自分が織斑君の特訓相手である事を大慌てで主張する。
「お待ちなさい! 一夏さんのお相手をするのは、このわたくし、セシリア・オルコットでしてよ!?」
「ええい、邪魔な! ならば、斬る!」
「訓練機ごときに遅れを取る程、優しくはなくってよ!」
案の定、お互いに1歩も引かず、そのままの流れで戦闘に突入した。そして、剣同士のぶつかり合う金属音や銃撃音が辺りに木霊する。
<また、今日は随分と熱くなってるな>
<ある種の同族嫌悪みたいなものだから仕方ないわよ>
目の前で戦闘を繰り広げる彼女達から少し距離を取り、半ば呆れたような口調で私達は呟いた。すると、織斑君も身を小さくして私の方へ近付いて来て傍観者を決め込もうとしたみたいだが、それを見逃すほど彼女達は甘く無かった。
「一夏!」
「何を黙って見ていますの!?」
「ええっ! 何を黙ってって……。どっちかに味方したらお前ら、怒るだろ?」
「当然だ!」
「当然ですわ!」
こういう場合には、篠ノ之さんとセシリアさんの息は見事なまでに合う。勿論、そんな彼女達の意気込みを邪魔するつもりは微塵も無いので、私は余計な事を言われる前に自分の役割を宣言しておく。
「じゃあ、いつものように私は記録係をするね」
なお、このような役割に徹しているのは適度な距離を保ちつつ彼らに関わって一部の任務を遂行する為だが、こちらの映像記録の一部を彼女達に手渡すのを条件に今のポジションを早い段階で手に入れ、その中立的な立場を確固たるものにして警戒されないようにする意味合いもあった。
もっとも、今の立場では詳細な戦闘記録までは入手できないが、簡易版の戦闘記録なら操縦者の自己判断で見せて貰えるので、私が記録した映像と併せればそれなりに使える。
そんな私の思惑はさておき、上空では彼女達が勢いのままに2人掛かりで織斑君にIS戦を挑み、事実上の2対1の模擬戦へと突入していた。
おかげで、私の眼前では縦横無尽にレーザーが飛び交い、その合間に近接格闘戦が行われるという光景が広がる事となる。そして、この戦いは彼が疲労困憊で動けなくなるまで続けられたのだった。
ちなみに、私は巻き添えによる被害を受けないよう彼らの様子を遠巻きに眺め、この機会を最大限に利用してデータを収集させてもらったのは言うまでもない。
<どう? 何か新しい情報はある?>
<いや、特に無いな>
私は織斑君達がピットへ戻ったのを見届けると、クリストファーに先程の戦闘の様子を録画した映像の感想を尋ねる。しかし、返ってきた答えは随分と素っ気ないものだった。
<結論から言うと、これ以上のデータを求めるなら今までに戦った事が無い相手と戦わせるのがベストだ。そうなると、必然的に彼女になるんだが……>
<今回は見事に断られたもんね。だけど、まだ可能性はありそうだったから、もう1度誘ってみる?>
<ああ、そうしてくれ。それに、箒と入れ違いで一夏の幼馴染みになったらしいが、俺達の追ってる本命と面識があるのかどうかも確認したいからな。もう少し関わってみるのも悪くないだろう>
<分かったわ。とりあえず、上からの情報と併せて今夜にでも検討しましょう>
こうして今後の方針を固めた私達は、織斑君と篠ノ之さんが入ったのと同じピットに向かった。なお、そこのピットを選んだのには2人を監視するという目的もあったのだが、こちらのピットを使った方が次の目的地に近いという理由もあった。ところが、そこには意外な人物が居た。
「一夏さぁ、やっぱアタシがいないと寂しかった?」
「まあ、遊び相手が減るのは大なり小なり寂しいだろ」
「そうじゃなくってさぁ」
どういう訳か、ピット内に凰さんが居たのだ。しかも、織斑君と仲良さそうに話している。勿論、すぐ近くでは篠ノ之さんが面白くなさそうな表情で2人の様子を見つめていた。
<確かに、『特訓が終わったら来る』とは言っていたが……>
<ええ。でも、まさかここへ直に来てるとは思ってなかったわ>
私達の想像を超えた彼女の行動力に驚かされ、咄嗟に良い考えが思い付かず、次の反応が遅れる。その為、今度は篠ノ之さんに話す機会を与えてしまった。
「あー、一夏。私は先に帰る。シャワーの件だが、先に使っていいぞ」
「おお、そりゃありがたい」
「では、また後でな。一夏」
わざとらしい咳払いをした彼女は、それだけ伝えるとピットから出て行ってしまった。ただし、『また後で』という部分をやたらと強調していたのが印象に残っている。そして、それは見事に凰さんの機嫌を悪くさせる事となり、彼女は引きつった笑みを浮かべながら織斑君に聞いていた。
「一夏。今の、どういう事?」
「いや、いつもはシャワーは箒が先なんだが、今日は汗だくだから順番を変わってくれって頼んで……」
「しゃ、しゃ、シャワー!? 『いつも』!? い、一夏。アンタ、あの子とどういう関係なのよ!?」
こうなると次の展開なんて容易に想像できた。
<なんか、すさまじく嫌な予感がするんだが……?>
<奇遇ね。私もよ>
私とクリストファーが呟いた直後、またしても予想通りの展開となった。
「俺、いま箒と同じ部屋なんだよ」
「は?」
「いや、俺の入学ってかなり特殊な事だったから、別の部屋を用意できなかったんだと。だから、今は普通に2人部屋で……」
「そ、それって、あの子と寝食を共にしてるって事!?」
そう叫んだ凰さんは、今までに見せた事もないような鋭い目付きで私の事を睨んできた。おそらく、あまりに衝撃的な事実ゆえに第3者に確認したかったのだろう。もっとも、2人が同室なのは紛れもない事実なので、私は大きく頷いて肯定の意を示す。
ところが、そんな状況であるにも関わらず、当の織斑君は『ルームメイトが知り合いで良かった』などと気楽な事を言っている。そして、受けた衝撃の大きさに俯いてブツブツと何事かを呟いていた凰さんだったが、彼の一言を聞いて何かが吹っ切れたらしい。突然、顔を上げると大声で叫んだ。
「幼馴染みなら良いわけね!?」
「うおっ!」
そんな彼女の突然のリアクションに織斑君が驚いて体を仰け反らせる。それを見た私は、そっと心の中で盛大な溜息を吐く。勿論、それは次に起こる展開が容易に想像できたからに他ならない。
「一夏! 幼馴染みは2人いるって事、覚えておきなさいよ」
「別に言われなくても忘れてないが……」
「じゃあ、後でね!」
またしても一方的に宣言すると、彼女はあっという間にピットから走り去ってしまった。そして、後には私と織斑君だけが残される。
「なあ、アイツ。何が言いたかったんだ?」
凰さんが走り去った後、最初に口を開いて沈黙を破ったのは織斑君の方だった。
「多分、今夜にでも分かるわよ」
「だったら、いま教えてくれたっていいだろう?」
「いい機会だから自分で考えてみれば? その方が一夏君のためにもなると思うよ」
「え? それって、どういう……」
私は彼の言葉を途中で遮るように無言で歩き出すと、そのままピットを後にしようとする。しかし、ピットを出る直前に足を止め、彼の方を振り向いて一言だけ告げる。
「彼女の事、しっかり考えてあげなさい」
当然だが、彼は私の言葉の意味を全く理解できずに鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして立ち尽くしていたが、私も今度は立ち止まる事なくピットを後にした。
<なあ、あんなこと言って大丈夫なのか?>
すると、通路に出て人の目を気にする必要の無くなった所でクリストファーが尋ねてきた。もっとも、ここで何かを言ってくるのは予想の範疇だったので、私は特に驚きもせず彼の疑問に答える。
<ちょっとした保険みたいなものよ。だって、またセシリアさんの時みたいに事態がややこしくなったら面倒でしょう>
<それはそうだが、どうも落ち着かないというか……>
そう説明したものの、まだ彼は少し不安そうだった。なので、彼の意識を別の方向へ向けさせるような一言を放つ。
<多分、その辺については彼も疎そうだから、あれぐらいでちょうど良いと思うわ。なにせ、あんたと同じタイプだもの>
当然の事だが、私は『あんたと同じ』という部分を強調する。すると彼は、面白いぐらいに予想通りの反応を示してくれた。
<おい! 俺と同じって、どういう意味だよ!?>
<言葉通りの意味よ>
目論み通りに彼の意識を誘導する事に成功した私は、なおも食い下がってくる彼の言葉を軽く聞き流しながら目的の場所へと向かうのだった。
ちなみに、これは余談であるが、この日の夜の8時頃、凰さんが織斑君達の部屋を訪れて騒動を起こしたらしい。どうやら、篠ノ之さんに部屋を変わって欲しいと言った事から騒動に発展したそうだ。
結果的に部屋の変更こそ無かったものの、『織斑君が凰さんに叩かれた』とか『凰さんが泣きながら織斑君の部屋から飛び出してきた』とかいう噂も一部では流れている。つまり、私の告げた一言は意味を成さなかった事になるが、その程度は想定の範囲内なので特に問題は無い。
なお、このような不確定な情報しか無いのは織斑君達の部屋に盗聴器や監視カメラの類を仕掛けていないからだが、それには明確な理由がある。
それは、どちらも得られたデータを外部に転送する機能を備えている以上、その電波を逆に辿られて発見されるリスクを犯したく無かったからだ。なので、これからも寮の部屋に何かを仕掛ける可能性は極めて低いだろう。
そして、そんな出来事があった次の日の朝、廊下にはクラス対抗戦の日程表が張り出されていた。それによると、1組の初戦の相手は2組となっており、いきなり織斑君と凰さんの因縁の対決だった。
◆
凰さんが来てから数日後、私は人気の無くなった夜の第2アリーナへ1人で来ていた。ちなみに、こうして単独行動をしているのは、クラス対抗戦に備えての下調べをしておきたかったからである。
<会場全体をカバーするには、ここと……、さっきの所だけでいける?>
<いや、もう1箇所。今いる場所から見て2時の方向、そこにも設置する必要がある>
<分かったわ。で、高さは?>
<他の2箇所と同じで高い方が良いな>
私とクリストファーは、頭の中でデータ収集用の小型カメラを設置する場所について相談しながら歩いていた。ただし、誰が見ているか分からないので、表向きは散歩でもしているような歩き方に見えるよう常に意識している。
<観客席の方はどうするの? そんなに大きなイベントじゃないけど、外部からも関係者が観に来るらしいわよ>
<とりあえず、そっちは招待客のリストを確認してから対処する事にしてるんだが、まだ上から送られてきてないのか?>
<一応、早急に送るよう言っておいたんだけど……>
私が組織から送られてくる筈の来場者リストの到着が遅れている事を告げると、クリストファーは大きな溜息をついてから話を続ける。
<仕方ない。最悪の場合、学園の門かアリーナの出入り口にでもカメラを設置して通過した全員を記録するか。どうせ、俺達が映像を解析する訳じゃないんだ。上の奴らに遅れた責任を取ってもらおう>
<ホント、いい性格してるわ>
そんな風な話をしていると、目的の場所へと到着した。そして、私はアリーナ全体を見下ろせそうな場所を探し、そこに立って自分の目で周囲の様子を確認し、視覚情報を共有しているクリストファーにも私の見ているものが見えるようにする。
<後、1.5mほど右に移動してくれ>
<こんな感じ?>
<行き過ぎだ。半歩だけ戻れ>
私は周囲の様子を気にしながらも、彼の指示に従って立つ場所を細かく調整する。すると、ようやく納得のいく場所が見付かり、彼が声を発した。
<よし。ここだ>
彼が指定した場所で立ち止った私は辺りを見回し、カメラを設置するのに好都合な所を探し始める。
<あの柱の陰は?>
<駄目だ。左側が死角になってアリーナを捉え切れない>
<なら、あの梁の部分は?>
<あそこなら大丈夫だ。だが、万が一に備えて予備の設置場所も確保しておきたい>
<了解。なら、今度は少し後方を探してみるわ>
そんな感じで設置場所探しは暫く続き、納得のいく結果を得るのに5分ほど掛かった。
<ふと思ったんだが、実際に作業する暇なんてあるのか?>
<どういう意味?>
アリーナから寮の自室へ戻ろうとして歩き始めた時、クリストファーが何かを思い出したかのように尋ねてきた。しかし、私は彼の言葉の意味を完璧には把握しきれず、逆に聞き返した。
<予定では、クラス対抗戦の準備や片付けのどさくさに紛れて設置と回収を行う手筈になってたよな?>
<ええ、そうよ。そういった作業に生徒も駆り出されるから、その役割分担に細工して私達のクラスがアリーナに入れるようにしておくみたいだけど……>
定期報告の際に、私が監視装置の発送を組織に要請するついでに設置時の問題についても尋ねたところ、各方面への根回しや書類の改竄といった後方支援については『こちらで手筈は全て整えておくから心配するな』と言われた事を思い出し、それを改めて彼に伝える。だが、彼の心配は別のところにあった。
<忘れたのか? 俺達の担任は、あの“織斑千冬”だぜ。もし彼女がずっと見張ってたら、どうやって設置や回収をするんだ?>
そこまで説明してもらい、ようやく私もクリストファーの抱いていた懸念に合点がいき、思考を整理する為に黙り込む。そして、数十秒の沈黙の後、静かに口を開く。
<確かに、そうね。だけど、ずっと私達を監視しているとは到底、思えないわ>
<ほう、その根拠は?>
<その程度の障害、ここまでの支援が出来る組織が気付かないと思う? それに、学園の教師にしか出来ない作業だって幾つもあるわ>
<だが、確証は無いんだろ?>
<ええ、そうよ。だけど、何かを得る為にはリスクが伴う。前にも言った事よ>
私がきっぱりと断言すると、彼は返す言葉が無いのか、そのまま黙り込んでしまった。多分、彼にも私の言ってる事が正論だと分かっているからだろう。機密情報に接するにはリスクが伴う事ぐらい、彼も今までに嫌というほど見てきているのだ。
だからこそ、たとえ発見されて回収されても私達に辿り着けない監視用カメラを用意した。しかし、設置や回収をしている現場を直に押さえられては、流石に言い逃れは出来ない。
<確かに、私達の任務には専用機とかの情報収集も含まれているわ。けど、それは“絶対に遂行しなければならない任務”じゃないでしょう。つまり、いつでも私達の判断1つで中止できるものよ>
そこで私は、ここぞというタイミングを見計らった上で出来るだけ穏やかな口調になるよう意識し、彼を諭すような感じで話す。すると、それは思惑通りの効果を発揮したらしく、彼の雰囲気が変わった事が声のトーンにも表れる。
<言われてみれば、それもそうだな。どうやら俺は、また肝心な事を見落としていたらしい>
<本当、あんたらしくないミスよね>
<ああ、まったくだ>
彼が普段の調子を取り戻した事に満足した私は、再びクラス対抗戦に向けた監視態勢の追加や変更などについて遅くまで話し合いを続けた。そして、時計の針が午前1時を大きく回った頃、ようやく深い眠りへと落ちていくのだった。
ようやく、3人目の原作ヒロインを登場させる事ができました。だからと言って、何かが変わる訳でもありませんが……。
とりあえず、次回からはクラス対抗戦に絡んだエピソードになります。