IS<インフィニット・ストラトス>‐虚構と闇の交差する空‐   作:Ghost SAF

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第4話 自我なき襲撃者①

 季節は5月。すっかりお馴染みとなったメンバーと共に、私は第3アリーナへと向かっていた。ただし、来週からはクラス対抗戦が始まる為、こうして放課後の特訓にアリーナを自由に使えるのは今日が最後となる。

 ちなみに、あれから織斑君と凰さんとの仲は最悪で、明らかに彼女は織斑君の事を避けていた。なにせ、廊下とかで擦れ違っただけでも露骨に顔を背け、全方位に対して怒りのオーラを全力で放っていたぐらいだ。なので、生半可な事では修復は不可能だろう。

 

<結局、彼女を利用したデータ収集は出来なかったな>

<仕方ないわ。あれだけ不機嫌なオーラを全開で出されたら、織斑君もいる特訓になんて誘えないわよ。どう考えたって、即答で断られるのが目に見えてるもの。でも、彼女は私達の追ってる篠ノ之博士との直接の面識は無かったんだから、それだけは救いね>

<まあ、そうだな>

 

 そんな感じで私達が自分達に与えられた任務についての話をしていると、いつものように織斑君を挟んで言い争いを繰り広げる篠ノ之さんとセシリアさんの声が耳に入ってきた。まだアリーナのピットにすら着いていないのに、早くも熱くなり始めている。

 

「ふん。中距離射撃型の戦闘法が役に立つものか。だいいち、一夏のISには射撃装備が無い」

「それを言うなら、篠ノ之さんの剣術訓練だって同じでしょう。ISを使用しない訓練なんて時間の無駄ですわ」

 

 そうやって飽きもせずに言い合いを続けながら第3アリーナのAピットのドアを開けると、全く予想もしていなかった人物が腕を組んだ仁王立ち姿で待ち構えていた。

 

「待ってたわよ。一夏!」

 

 そこに居たのは、凰さんである。どういう心境の変化があったのかは知らないが、彼女の方から接触してきたのだ。ただし、彼女の出現で篠ノ之さんとセシリアさんの機嫌がさらに悪くなる。

 

「貴様。どうやってここに――」

「ここは関係者以外、立ち入り禁止ですわよ!」

「はんっ! あたしは関係者よ。一夏関係者。だから、問題なしね」

 

 ところが凰さんは挑発的に笑うと、意味不明な理由を自信満々の表情で言い切った。その瞬間、ついに2人がキレる。

 

「ほほう。どういう関係か、じっくり聞きたいものだな」

「盗人猛々しいとは、まさにこの事ですわね!」

 

 その迫力は下手な殺し屋よりも凄いぐらいだった。なぜなら、声のトーンが普段よりも2オクターブは下がり、身に纏う殺気を少しも隠そうとしていないからだ。そんな状況にも関わらず、織斑君が命知らずな発言をし、当然のように篠ノ之さんに怒られる。

 

「人斬り包丁に対する警報を発令しただけです」

「お、お前という奴はっ!」

<アホの子がいる……>

 

 その様子を見ていたクリストファーがぼそっと呟いた。おそらく、それは考えている事が直ぐに読まれてしまっている自覚が全く無い織斑君に対してだろう。

 そして、いつもの流れなら、このまま2人の掛け合いになるところだが、今回は凰さんが強引に割って入り、話の流れを自分の方へと引き戻す。

 

「今はあたしの出番。あたしが主役なの。脇役はすっこんでてよ」

「わ、脇役っ!?」

「はいはい。話が進まないから後でね。で、一夏。反省した?」

 

 脇役扱いされて怒る篠ノ之さんを軽くあしらい、織斑君に強気の姿勢で問い掛ける凰さん。どうやら彼女は、それをさせたくてわざわざピットまで足を運んだらしい。しかし、彼女の希望は一瞬にして打ち砕かれる。

 

「へ? 何が?」

「だ、か、らっ! 『あたしを怒らせて申し訳なかったなー』とか、『仲直りしたいなー』とかあるでしょうが!」

「いや、そう言われても……。鈴が避けてたんじゃねえか」

「あんたねえ……。じゃあ、なに? 女の子が『放っておいて』って言ったら放っておく訳!?」

「おう。なんか変か?」

 

 しかし、そこは見事なまでに人の言った事を額面通りに受け取る織斑君だった。そして、そんな態度を取り続ける彼に焦れたのか、凰さんは頭をわしゃわしゃと掻きながら声を荒げて叫んだ。

 

「変かって……。ああ、もうっ! 謝りなさいよ!」

「だから、何でだよ!? 約束、覚えてただろうが!」

 

 こうなると互いに1歩も譲らずに自己主張ばかりを繰り返し、ますます話がこじれていく一方だ。最早、平和的な解決は不可能だろう。

 

<また、このパターンで決闘かよ……>

<おそらくは、そうなるでしょうね。でも、考えようによっては、2人を戦わせるという私達の目的は達成できるわよ>

 

 そうやって私達が複雑な想いを抱いて感想を呟くのと同時に、彼らも同じ結論に達して声高に宣言する。

 

「じゃあ、こうしましょう! 来週のクラス対抗戦、そこで勝った方が負けた方に何でも1つ、言う事を聞かせられるって事でいいわね!?」

「おう、いいぜ! 俺が勝ったら説明してもらうからな!」

「せ、説明は、その……」

 

 不思議な事に凰さんは自分から賭けを提案しておきながら、『説明』という単語を聞いた途端に弱気になった。しかも、織斑君を指差したまま頬を赤くしている。だが、ここで気の利いた事を言えないのも彼であった。

 

「なんだ? 止めるなら止めてもいいぞ?」

 

 本人に自覚は無いだろうが、誰が聞いても挑発しているようにしか思えない。勿論、それは彼女にも当て嵌まる。

 

「誰が止めるのよ! あんたこそ、あたしに謝る練習しておきなさいよ!」

「なんでだよ。バカ」

 

 その上、さらに余計な一言を付け加えて事態を悪化させた。

 

「バカとは何よ、バカとは! この朴念仁! 間抜け! アホ! バカはあんたよ!」

「うるさい。貧乳」

 

 冷静に考えれば非常に低レベルな悪口だったのだが、立て続けに言われた事に腹を立てたのか、織斑君が身体的特徴を指摘して貶した。次の瞬間、派手な激突音と共に部屋全体が微かに振動する。

 

<どうやら、完全に怒らせてしまったみたいね>

<あいつ、“貧乳”がタブーだったのか? ま、確かに、お子様体型だがな>

 

 私が紫電を走らせながら右腕の指先から肩にかけてISを部分展開した凰さんを見つめて呟くと、クリストファーは全く違う部分に反応を示していた。しかも、デリカシーの無い事を平然と言っている。

 

<あんたねぇ……。間違ってもそういう事、女の子に対して言うんじゃないわよ。私の外見だと、どんな恨みを買うか分からないんだから>

<はあ? なんで? だって、事実だろ?>

 

 私は平然と問題発言をしたクリストファーに忠告するが、彼は自分に非がある事にすら全く気付いていない。一応、織斑君の方は自らの失言については自覚があるらしく、必死に謝ろうとしていた。

 

「い、いや、悪い。今のは俺が悪かった。すまん」

「今の“は”!? 今の“も”よ! いつだってアンタが悪いのよ!」

 

 しかし、すっかり頭に血が昇っている今の彼女には何を言っても無駄だった。多分、彼が何を言ったとしても噛み付いていただろう。

 

「ちょっとは手加減してあげようかと思ったけど、どうやら死にたいらしいわね。いいわよ、希望通りにしてあげる。全力で叩きのめしてあげる」

 

 最後に鋭い視線と共に冷たく言い放つと、凰さんはピットから足早に出て行ってしまった。そして、彼女の後ろ姿を見送った私達は壁にできた傷に視線を移す。

 すると、そこには直径30cm程のクレーターが出現していた。どうやら彼女のISが発揮するパワーには、最低でも特殊合金製の壁をへこますぐらいの威力はあると見て良いだろう。

 

「パワータイプですわね。それも一夏さんと同じ、近接格闘型……」

「そうみたい……」

 

 壁の傷痕を眺めていたセシリアさんの呟きに合わせ、私も同じ判断を下した事を短く告げる。ちなみに、こんな事があった為か、この日の特訓にはあまり身が入らず、大した成果も無く終了した。

 

<さて、これでクラス対抗戦は私闘になっちまったな>

<そうね。だけど今は、それよりも優先すべき事柄があるわよ>

<ああ、分かってるさ>

 

 織斑君と凰さんとの決闘が決まった日の夜、私達は寮の自室で監視カメラの最終チェックを行いながら今日起きた出来事を振り返っていたのだ。

 

<とりあえず、当面はクラス対抗戦での情報収集に集中しましょう。不本意かもしれないけど、彼女への対応を考えるのは、その後ね>

<それは良いんだが、実際、どうする? あの様子じゃあ、どっちが勝っても揉めそうなんだが……>

<そもそも、何でああなったのかが分かれば対策も浮かびそうなんだけど、今さら私が探るのも不審に思われそうなのよね。それに、今は当事者が感情的になってるから、大人しく訳を話してくれるかどうかも怪しいわ>

<またしても前途多難だな>

 

 その割には、クリストファーは他人事のように呟いた。それが少し気に入らなかった私は、僅かに語調を強めて命じる。

 

<とにかく、こんな状況なんだから今は目の前の事に集中しなさい。何が起きても良いようにね>

<了解。ついでだし、今度こそ俺達の苦労が無駄にならないよう神様にでも祈っといてやるよ>

<あ、そう。好きにしなさい>

 

 しかし、彼の態度は相変わらずのままだった。もっとも、この程度の事でいちいち反応していてもキリが無いので、私の方も感情を押し殺して聞き流すか無視するのが最善だと知っていた。

 

   ◆

 

 クラス対抗戦を翌日に控えた日の昼過ぎ、私は学園にあるIS専用のセッティング・ルームで自身の専用機『アーセナル』に多数の新装備を追加していた。勿論、この機体を組織が認めた人物以外に触らせる訳にはいかないので、装備の追加作業そのものは1人で行っている。

 もっとも、ただ装備を追加するだけなら1人でも可能なように初めから設計されており、この行為自体は大して珍しい事でもない。なお、これは余談だが、今はアリーナが使えない為にセッティング・ルームには私しか居なかった。

 

<この作業だけならギリギリ我慢できるんだが、なんで上の連中は、こんなクソ忙しいタイミングで追加の装備を送ってくるかねぇ……>

<こんなタイミングだからよ>

<どうせ、『今なら此処の使用頻度が低いから』って言いたいんだろう。だからって、こっちも暇じゃないんだぞ。大体、その辺りの事情は上の方が――>

 

 私は今日、何度目になるか分からないクリストファーのぼやきに半ば強制的に付き合わされていた。最初は無視を貫いていたのだが、あまりにも彼がしつこい上にうるさいので結局、こうして相手をしている次第だ。

 

<そんな事より、明日は大事な日なんだから少しは真面目にしなさいよね>

<あ!? そう何度も言われなくたって分かってるよ>

<だったら、少しは静かにしてくれる? あんたの相手をしてる程、私は暇じゃないの>

<そいつは悪かったな>

 

 言葉とは裏腹に、全く悪びれた様子のないクリストファーに対して私は大きく溜息をついた。勿論、皮肉の意味も込めてわざと聞こえるように溜息を吐いてやったのだが、それに何の意味も無い事は初めから分かっていた。

 なにせ、この程度の事で彼が行動を改めるのなら、とっくの昔に静かになっているからだ。だが、急に彼は真面目な雰囲気になって言葉を続ける。

 

<でも、マジで細かい調整とかはどうするんだ? 追加装備の試射をするのに最適なアリーナは対抗戦が終わるまで使えないし……>

<それに関しては、大人しく使える状態になるのを待つしかないわね。実際、アリーナでの試射が絶対に必要なのは2つだけで後はデータも揃ってるから、それを基にして調整すれば撃たなくても大丈夫なんでしょう?>

<まあ、そうなんだが、こっそり撃つってのは……>

<論外よ。こんな装備、どう考えても目立つでしょう>

 

 戦闘関連の事柄についてはクリストファーの意見を優先するのが私達の間では暗黙の了解になっているのだが、流石に派手な爆発を伴う武装を使えば否が応でも誰かに気付かれてしまう。

 当然、そんな事で学園側から目を付けられては本末転倒だし、それは子供にでも分かる簡単な理屈だった。だから私は、問答無用で彼の提案を切り捨てる。

 

<チッ! つまらん>

 

 その所為か、彼は舌打ちをして吐き捨てるように呟いた。しかし、彼が最後に発した一言から本音を推測した私は、その事をストレートに聞いてみる。

 

<もしかして、単に新しい装備を使いたいだけなの? 相変わらず、思考がお子様ね>

<失礼な。自分が命を預ける物なんだぞ! それを常に万全の状態にしておく事の何処が悪い!>

<確かに、そこだけ聞けば正論よね。だけど、あんたの今の言い方だと、暇潰しの為に撃とうとしてたように聞こえたわよ?>

 

 すると、もっともな理由を述べはしたものの後が続かず、あっさりとクリストファーは黙り込んだ。どうやら、図星だったらしい。そして、そのまま暫くは静かな時間が流れ、追加装備のインストールが完了する。

 

<終わったわよ。どう? 何か不具合はある?>

<もう少し待ってくれ>

 

 新たに追加された装備の各種データを確認している最中だと思われる彼に尋ねると、先程までとは違い、落ち着いた声のトーンで待つように言われた。なので、私は下手に口を出して彼の集中を乱すような真似はせず、言われた通り静かに終わるのを待った。

 

<よし、完了だ。どこにも問題は無い。ただし、実際に撃ってみないと分からない部分もあるから、それが終わって最後の調整をするまでは全てが完璧とは言えないな>

<つまり、まだ使えないってこと?>

<いや、全く使えないって訳じゃない。未調整の武装については射撃間隔や1回の戦闘で発射可能な弾数に制限が掛かってるだけで、使い勝手や効果を無視して単純に撃つだけなら可能だぞ>

<それって、牽制か脅しにしか使えないって事じゃない……>

 

 私はクリストファーからの報告を聞いた途端、肩から力が抜けるのを感じながら呟いていた。そして、少し前に彼が言っていた事を思い出し、深い溜息をつく。確かに、これでは勝手にアリーナを使って試射をしたくなるのも頷けるからだ。

 

<だからと言って、どうにもならない事を嘆いても仕方が無いわね。とりあえず、問題なく使える武装だって幾つかあるんだし、それで良しとしましょう>

 

 そう言って私は自分自身を強引に納得させるとインストール作業に使った道具を手際良く片付け、足早にセッティング・ルームを後にした。

 

   ◆

 

 ついにクラス対抗戦当日を迎えた。ここ第2アリーナで行われる初戦は噂の新入生、織斑君と凰さんの対戦とあって観客席は既に満員御礼である。それどころか、通路にまで立ち見の観客が並び、会場に入れなかった者達はリアルタイムの映像が流れる特設モニターで観戦している。

 

<流石に、いま学園で最も注目されてる一夏の試合だけあって凄い人数だな。ぶっちゃけ、下手なアイドルなんかよりも人気があるんじゃないか?>

<もう直ぐ試合が始まるんだから、そろそろ頭を切り替えなさい。それに、今回は傍に厄介な人物がいるんだから、そうやって気を抜いてると面倒な事になるわよ>

<そう言えば、そうだったな>

 

 私が自分達の置かれている状況を伝える事で未だに騒いでいるクリストファーに注意を促すと、ようやく彼も落ち着きを取り戻した。なぜなら、私達が今いる場所はピットなのだが、ここには織斑先生と山田先生が居たからだ。

 もっとも、彼女達2人は1組の担任と副担任なので、こうしてピットに居ても全く不思議では無いが、どういう訳か私とセシリアさん、それに篠ノ之さんまでもがピットで観戦するよう織斑先生から言われたのだ。

 

<やっぱり、この方が俺達を監視し易いからなのか?>

<なら、どうして篠ノ之さん達まで居るの?>

<どうせ、カムフラージュだろ。俺達だけ呼んだんじゃ怪しまれるからな>

<そうかしら。いくらなんでも、それは考え過ぎだと思うけど……>

 

 織斑先生からピットに来るよう言われた時のクリストファーとの会話が思い出される。結局、結論は出なかったし、断るのも不自然だったので素直に従って今に至った訳だが、こうしてピットのモニターを使えるのは助かる。

 正直、アリーナの観客席や特設モニターから観察するよりも遥かに見やすいからだ。ただし、この状況で私自身がISを部分展開させて映像を録画するような事は出来ないので、後はアリーナ各所に仕掛けたカメラが問題なく機能し、無事に回収できるよう願うだけだった。

 

<話は変わるが、あれが中国の第3世代機『甲龍』か。『ブルー・ティアーズ』を見た時も思ったんだが、操縦者の性格に合わせてデザインしてあるとしか思えんな>

<別に操縦者の性格に合わせて最初からデザインを決めている訳じゃないわ。でも、ISのコアの特性が本当なら、その過程で見た目が操縦者の性格に応じて変化するなんて事もありなんでしょう?>

<ああ、そうらしいな。あの博士曰く、『自己進化機能付きで、経験値に応じて操縦者を理解する』だったか? 俺に言わせりゃ、こうして専用ISを手に入れた今でも随分と胡散臭い話に聞こえるが、最近になって少しは信じられるようになってきたよ>

<それは、また難儀な性格ね>

 

 そんな会話を続ける私達の視線の先にあるモニターには2機のIS、織斑君の『白式』と凰さんの『甲龍』が正面から向き合う格好で対峙している映像が映っている。そして、私は初見となる『甲龍』の方に意識を集中させた。

 彼女のISも『ブルー・ティアーズ』と同様にアンロック・ユニットが特徴的だが、巨大な針のようにも見えるスパイク・アーマーが攻撃的なイメージを増幅させている。だが、それ以上に目を引くのが手に持った武装だった。

 形状はカンフー映画などに出てきそうな青竜刀に近いのだが、IS用になっている為か刃の部分が非常に大きく、手で握ると柄が隠れてしまって刃の部分しか見えない。

 しかも、それを柄の部分で縦に連結しており、その気になればブーメランか手裏剣のように投擲も行えそうな雰囲気である。

 

「それでは、両者。規定の位置にまで移動して下さい」

 

 その時、会場にアナウンスが流れ、2人は僅か5m程の至近距離で向かいあう。そして、その状態からオープン・チャネルで話し始め、その声がピットで見ている私達の所にも聞こえてきた。

 

「一夏。いま謝るなら、少しくらい痛めつけるレベルを下げてあげるわよ」

「雀の涙くらいだろ? そんなのいらねえよ。全力で来い」

 

 あくまでも彼は全力での真っ向勝負を望んでいるようだ。経験や技術の面から言えば、どう考えても彼に勝ち目は無い筈だが、それは関係ないらしい。

 もしかすると、彼にとっては全力で戦う事自体に何かしらの意味があるのかもしれない。彼を見ていると、そんな考えが私の脳裏を過ぎったが、クリストファーの声に中断させられた。

 

<やはり、今回も一夏は正面からぶつかるか。確かに、単純な小細工が通用するような相手じゃないのは事実だが、もう少し戦い方を考えてみても良いんじゃないか?>

<貪欲に勝つ事に拘るなら、そうかもしれないわね。でも、はっきり言って彼、あまり器用なタイプじゃないでしょう。だから、それを自覚した上での作戦かもしれないわよ>

「一応、言っておくけど、ISの絶対防御も完璧じゃないのよ。シールドエネルギーを突破する攻撃力があれば、本体にダメージを貫通させられる」

 

 私達が織斑君の考えに勝手な意見を述べたのに続き、凰さんが彼女なりの最終警告みたいなものを発した。そして、次の瞬間、まるで彼女の言葉を合図にするかのように高らかにブザーが鳴り響き、ついに試合が始まる。

 

「それでは、両者。試合を開始して下さい」

 

 試合開始が宣言された直後、ほぼ同時に両者が動き出したが、やはり先手を取ったのは凰さんだった。彼女は一瞬で間合いを詰めると、手にした巨大な青竜刀で斬撃を繰り出したのだ。

 もっとも、今回は織斑君の方も直ぐに反応し、唯一の武装である右手の刀で受け止めようとする。だが、彼の想像した以上に彼女の放った斬撃には威力があったらしく、刀を弾かれた上に体勢まで崩されてしまった。

 それでも彼は、今日までに覚える事の出来た基本テクニックの1つであるクロス・グリッド・ターンを使って素早く体勢を立て直し、辛うじて追撃を受けるのだけは避ける。

 

「ふうん。初撃を防ぐなんて、やるじゃない。けど――」

 

 当然、その程度の事では凰さんは微塵も動揺しない。単純な攻撃では効果が無いと判断した彼女は、まるでバトンでも回すかのように巨大な青竜刀を変幻自在に操って斬撃を繰り出し、あらゆる角度から連続攻撃を仕掛けていく。

 そうやって斬撃に回転運動が加わった事により、織斑君は攻撃を防ぐだけで手一杯になってしまった。その為、彼は反射的に一旦距離を取り、体勢を整えてから改めて戦おうとする。

 

「甘いっ!」

 

 ところが、それさえも凰さんは許してくれない。彼女が叫ぶのと同時に『甲龍』の肩アーマーの前面が開き、その中心に収められていた球体が光を放つ。その直後、織斑君は何かに殴られたような格好で体勢を崩した。彼女が何か仕掛けたのは確かだが、それが何かは全く見えなかった。

 

「今のはジャブだからね」

 

 その程度では攻撃の手を緩める気のない彼女は、そう言って不敵な笑みを浮かべる。すると、またしても先程と同じ現象が起き、今度は彼が地面に激しく打ち付けられた。

 

「ぐあっ!」

 

 受けた衝撃の大きさに驚いた彼が呻き声を漏らす。おそらく、シールドバリアーを貫通したダメージが操縦者自身にも届いたのだろう。

 

<今のは何だ?>

<多分、あれが『甲龍』に搭載されている第3世代型兵器よ>

 

 私がクリストファーの質問に答えていると、その横では全く同じ内容の疑問を篠ノ之さんも口にしていた。

 

「何だ、あれは……?」

「『衝撃砲』ですわね。空間自体に圧力を掛けて砲身を生成、余剰で生じる衝撃それ自体を砲弾化して撃ち出す。『ブルー・ティアーズ』と同じ第3世代型兵器ですわ」

 

 そんな彼女の疑問には優等生を自称するセシリアさんが答えていた。しかし、篠ノ之さんの方は途中から説明を聞いているような様子では無くなり、心配そうな表情を浮かべてモニターに映し出される戦闘を見つめている。

 そして、私も釣られるようにして視線をモニターに戻すと、苦戦する織斑君の姿が飛び込んできた。どうやら彼女は、そっちの方が気になって説明も耳に入らなくなったらしい。

 ちなみに、モニターの中の彼は、見えない砲撃を避けようと必死なって動き回っているが、全てを回避する事はできずに徐々にダメージが蓄積し、大分シールドエネルギーを削られている。しかも、彼自身にもダメージが届いているらしく、苦痛で表情を歪ませる場面も時々あった。

 

<厄介な代物だな。衝撃砲というのは……>

 

 クリストファーが突然、戦闘を続ける織斑君を私の視覚を通して見ながら険しい口調で呟いた。だが、その言い方に僅かな違和感を憶えた私は勘で理由を推測して尋ねてみる。

 

<何か分かったの? それとも、あんたでも攻略は難しいってこと?>

<両方だな。砲弾だけなら問題は無いんだが、砲身まで見えないのは想像以上に面倒だ。どうしても反応が遅れる。しかも、砲の射角にも制限が無いらしく、全方位に対して自由自在に撃てるらしい>

 

 案の定、彼は戦闘の状況をモニターで眺めるだけに止まらず、同時進行で衝撃砲の分析も独自に行っていたのだ。そして、直後に彼の言葉を裏付けるように彼女の後方へと回り込んだ織斑君が簡単に衝撃砲で撃たれる。

 

<それに、思ってた以上に凰って娘の操縦に隙が無い。見た目や普段の調子から戦闘でも力押しで来るかと思ってたんだが、むしろ、戦闘時の方が冷静なくらいだ。多分、基礎がしっかりしてるんだろう。だから、初見の相手でも落ち着いて冷静に戦える>

<あら、あんたが他人を褒めるなんて珍しい事もあるのね>

 

 普段のクリストファーの性格を熟知しているだけに、そんな一言が思わず私の口から零れてしまった。その為、当然のように彼はイラついた口調で言い返してくる。

 

<人が真面目な話をしてるってのに、その態度はなんなんだよ!?>

<ごめん、ごめん。それより、ほら、今は試合の方に集中しないと……>

 

 彼の注意を逸らそうと咄嗟に試合を見るよう促すと、ちょうど織斑君が衝撃砲の連続射撃を受けて接近を阻止されているところだった。やはり、刀1本で接近戦しか攻撃方法の無い『白式』では不利な局面が多過ぎるみたいだ。

 その上、彼自身の経験の少なさが攻撃パターンの単調化へと繋がり、相手にも楽をさせている。そして、このまま消耗戦を続ければ反撃の手段が無い織斑君は確実に負ける。そんな風な事を考えていると、ふいにクリストファーが微かに楽しそうな声で話しかけてきて私の思考を中断させた。

 

<だが、一夏は時々、突拍子もない行動に走る事があるからな。今回も、また何か面白い事をしでかすかもしれないぞ?>

<そうかもしれないわね>

 

 その表情から織斑君が試合を諦めていない事に気付いていた私は、クリストファーからの指摘に短く返答すると、再びモニターへと意識を戻した。すると、私の行動に呼応するかのようにオープン・チャネルからアリーナで戦闘中の2人の会話が聞こえてくる。

 

「鈴」

「何よ?」

「本気で行くからな」

 

 やはり、織斑君は勝負を諦めてはいない。その表情や声からも真剣さが伺える。そして、そんな彼の様子に気圧されたのか、凰さんが珍しく動揺した態度を見せる。

 

「な、なによ……。そんな事、当たり前じゃない……。と、とにかくっ、格の違いってのを見せてあげるわよ!」

 

 そう言って彼女は両刃青竜刀を一回転させて構え直し、同時に両肩の衝撃砲もいつでも撃てる態勢にする。その動きに合わせて織斑君も右手に持つ刀を構え直し、姿勢を僅かに低くして次の行動に備えた。その瞬間、何かに気付いたクリストファーが呟く。

 

<そうか。イグニッション・ブーストだ>

<そう言えば、この1週間、随分と必死に練習してたみたいだけど、本当に実戦で通用するの?>

 

 IS操縦者が身に付ける基本技能の1つを織斑君が集中的に練習していたのを思い出し、同時にイグニッション・ブーストの原理についても記憶の中から掘り起こす。

 あれは後方から放出したエネルギーを1度内部に取り込み、圧縮して再度放出する際の慣性エネルギーを利用して爆発的に加速するものだ。確かに、あれなら使いどころさえ間違わなければ、充分に奇襲効果が得られるだろう。

 ただし、その特性上、どうしても動きが直線的になる為に発動させるタイミングを読まれれば、高確率でカウンターを受ける事にもなる諸刃の刃でもあった。それに、エネルギー消費量も増大するので多用は出来ない。

 

<分の悪い賭けだが、逆転勝利を狙うなら使うしかない。それで相手の懐に一気に飛び込み、あの『雪片弐型』の特殊攻撃を命中させれば差を縮める事は充分に可能だ。もっとも、この作戦が成功しても一夏の不利に変わりはないが、今のままなら衝撃砲でじわじわと削られて終わりだからな>

<つまり、仕掛けるタイミングが命って訳ね>

<ああ、そうだ。そして、そのタイミングは、おそらく……>

<衝撃砲を撃つ直前。凰さんの動きが止まる一瞬を狙い、衝撃砲を放たれる前に間合いを詰めて攻撃する。そうでしょう?>

 

 私がクリストファーの言葉を引き継ぐように言った途端、その瞬間が狙い澄ましたかのように訪れた。凰さんが僅かに姿勢を変えて射撃体勢に入るのと同時に織斑君が気合の入った叫び声を上げ、イグニッション・ブーストを発動させて一気に突撃する。

 

「うおおおおっ!」

 

 そして、もう少しで彼の右手に握られた光り輝く刃が彼女に届くかと思われた刹那、ここに居た誰もが予想していなかった特大の衝撃が何の前触れもなくアリーナを襲った。

 




ついに、クラス対抗戦が始まりましたよ。まずは、専用機同士の戦いとなりましたが、いかがだったでしょうか?
次回は予想通り、乱入してきた例の機体との戦いです。
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