IS<インフィニット・ストラトス>‐虚構と闇の交差する空‐ 作:Ghost SAF
突然の大きな衝撃と鳴り響く耳障りな警報。さらに、ピットを始めとした各所の照明は落ちて非常灯に切り替わり、先程までアリーナで行われていた試合を映し出していたモニターには『WARNING』の文字が大きく表示されている。
それは、誰の目にも明らかな非常事態だった。そして、この非常事態を引き起こした原因は、アリーナ中央から立ち上る黒煙の中にあった。
「な、なんだ? 何が起こって……」
「一夏。試合は中止よ! 直ぐにピットに戻って!」
予想外の展開に困惑する一夏に対し、鈴は冷静に判断を下して指示を出す。しかし、事態は彼らに対応する暇を与えない。
『ステージ中央に熱源。所属不明のISと断定。ロックされています』
2人が身に纏うISのハイパーセンサーに表示される警告。それは、明らかに敵意を持った何者かが攻撃しようとしている事を示していた。
その上、この敵はISのシールドバリアーと同じ原理が使われているアリーナの遮断シールドを軽々と貫通して侵入してきている。つまり、それだけの攻撃力を持った敵という訳だ。
「一夏。早く!」
鈴が未だに敵の射程圏内にいる一夏を急かす。
「お前はどうするんだよ!?」
「あたしが時間を稼ぐから、その間に逃げなさいよ!」
「逃げるって……。女を置いてそんな事できるか!」
「馬鹿! アンタの方が弱いんだから、しょうがないでしょうが!」
ISのオープン・チャネルを通じて2人が言い合う。この場合は鈴の判断の方が正しいが、それは一夏にとって非常に耐え難いものだった。なぜなら、彼は良くも悪くも古風な考え方を持つ日本男児だったからだ。
「別に、あたしも最後までやり合うつもりは無いわよ。こんな異常事態、直ぐに学園の先生達がやって来て事態を収拾……」
「危ねえっ!」
鈴が一夏への説明に気を取られていると、敵ISが容赦の無い攻撃を行ってきた。彼女は咄嗟の出来事で僅かに反応が遅れたが、間一髪のところで一夏が助けに入って直撃を免れる。そして、敵ISのビームは直前まで彼女がいた空間を綺麗に貫いていた。
「ビーム兵器かよ……。しかも、セシリアのISより出力が上だ」
ハイパーセンサーによる簡易解析の結果を見た一夏が呟く。しかも、彼の表情には驚きと恐怖が入り混じっていた。おそらく、直撃していた時の惨状でも想像したのだろう。
「ちょっ、ちょっと、馬鹿! 離しなさいよ!」
「お、おい、暴れるな。――って、馬鹿! 殴るな!」
「う、うるさい、うるさい、うるさいっ!」
一夏が鈴を助けた際に丁度、お姫さまだっこをする形となり、我に返った彼女が照れて暴れ出す。
「だ、大体、どこ触って……」
「来るぞ!」
なおも文句を並べ立てようとした彼女だったが、その言葉は敵の新たな動きに気付いた一夏の声によって遮られた。その直後、浮遊していた彼らに向かって無数のビームが地上を覆っていた煙の中から放たれ、敵ISが空中に上昇しながら全身を現す。
「なんなんだ、こいつ……」
ようやく姿を現した敵ISを見た一夏が驚いた表情で呟く。なぜなら、その敵はISと呼ぶには、あまりにも程遠い姿形をしていたからだ。まず、腕部が異常に長く、つま先よりも下まで伸びており、肩と頭が一体化したような頭部を持っていた。
そして、何よりも異質に見えるのは全身を金属製の装甲が覆っている“フル・スキン”と呼ばれるタイプだった事だろう。さらに、異常に長い腕部を含めて2mを超える巨体なのもISとしては稀な方だ。
それら以外に外見的な特徴を挙げるとすれば、全身に搭載されたスラスター・不規則に並んだ剥き出しのセンサーレンズがある頭部・腕部に左右合計で4基あるビーム砲の砲口などが挙げられる。
「お前。何者だよ?」
そんな中、警戒しながら一夏が尋ねるが、敵ISは一言も喋らない。すると、普段よりも頼りになりそうな感じのする山田先生の声がオープン・チャネルを通じて彼らの間に割り込んでくる。
「織斑君! 凰さん! 今すぐアリーナから脱出して下さい! 直ぐに先生達がISで制圧に行きます!」
「いや、先生達が来るまで俺達で食い止めます。いいな、鈴?」
ところが、何を思ったのか、一夏は独断で自分達が戦う事を決めてしまう。
「だ、誰に言ってんのよ。そ、それより、離しなさいってば! 動けないじゃない!」
「ああ、悪い」
鈴の焦ったような声を聞き、今までずっと抱きかかえたままだった事に気付かされた一夏はバツの悪そうな顔をし、ようやく彼女を解放した。すると、彼女は自身の体を抱くような格好で離れる。
「織斑君!? だ、ダメですよ! 生徒さんにもしもの事があったら……」
勝手に戦う事を決められてしまった山田先生が慌てて忠告を発するが、その声は敵ISが彼らに向かって突進してきた為に途中で遮られた。幸い、敵ISの攻撃は一夏たちに回避されて空振りに終わり、再び空中で睨み合う格好となる。
「ふん。向こうは、ヤル気満々みたいね」
「みたいだな」
敵ISから視線を逸らさずに一夏と鈴が横並びになり、それぞれの武器を構えて呟いた。そして、素早く戦術を確認する。
「一夏。あたしが衝撃砲で援護するから突っ込みなさいよ。武器、それしか無いんでしょ?」
「その通りだ。じゃあ、それでいくか」
2人は短い言葉を交わすと、お互いの持つ武器の切っ先を当てて乾いた金属音を響かせ、それを合図に一気に飛び出した。こうして一夏と鈴の即席コンビは、いきなり乱入してきた正体不明のISとの戦闘へと突入したのだった。
◆
この状況には流石の私達も驚きを隠せなかった。正体不明の異形のISがアリーナの遮断シールドを破壊して試合に乱入し、そのまま織斑君達と戦闘に入ってしまったからだ。
<一応聞くが、あれもISなんだよな?>
<多分そうだけど、あれをISと表現して良いかどうかは凄く微妙ね>
<流石に、あれと比べれば俺達のISが普通に見えてくるな>
どうにか回復したモニターから送られてくる映像を見ながら私達は呟く。そして、そんな私達の傍では山田先生がアリーナにいる織斑君達に向かって離脱を指示していたが、どうやら彼らは指示を拒否したらしく、必死に呼び掛け続けている彼女の声だけが空しく響いていた。
「本人達がやると言っているのだから、やらせてみてもいいだろう」
ところが、そんな状況であるにも関わらず、織斑先生は普段と変わらない軽い調子で重大な決定を下してしまう。そして、そんな風に感じたのは私だけでは無いらしく、明らかに動揺した様子の山田先生が振り向いて彼女を見上げるようにしながら抗議していた。
「お、お、織斑先生! 何を呑気な事を言ってるんですか!?」
「落ち着け。とりあえず、コーヒーでも飲め。そもそも、糖分が足りないからイライラするんだ」
そう言って織斑先生はカップに入ったコーヒーに砂糖を多めに入れて手渡そうとしたらしいが、重大なミスを犯している事に全く気付いておらず、逆に山田先生から冷静な声でツッコミを入れられてしまう。
「あの、先生。それ、塩ですけど……」
そこでミスに気付いた彼女の手がピタリと止まるが、いまさら過去を変える事は出来ない。すると、何を思ったのか、彼女は塩の入った容器がある事自体に文句を言って話を逸らそうとするが、それは墓穴を掘っただけだった。
「あっ! やっぱり、弟さんの事が心配なんですね!? だから、そんなミスを……」
そうやってミスの原因を嬉しそうに指摘する山田先生だったが、途中で織斑先生の雰囲気が変わった事に気付き、今度は山田先生の方が慌てて話題を逸らそうとし始めた。しかし、それを許すほど彼女は甘くない。
「山田先生。コーヒーをどうぞ」
「へ? あ、あの、それ、塩が入ってるやつじゃ……」
「どうぞ」
結局、完全に目が据わっている状態の織斑先生には逆らえず、山田先生は塩の入ったコーヒーを涙目になって受け取っていた。その上、一気に飲むよう強制されている。
<どうやら、流石の彼女でも身内の事となると冷静でいられなくなるようね>
<ほう。そいつは実に興味深い話だな>
<水を差すようで悪いけど、全然、他人事じゃないわよ。特に、あんたは失言が多いんだから注意しなさい。分かってるとは思うけど、あんたが失敗すると私にも被害が及ぶんだからね>
私が教師同士のやり取りを眺めながらクリストファーと話していると、突然、大きな声を上げてセシリアさんが割って入ってきた。
「先生! わたくしにISの使用許可を! 直ぐに出撃できますわ!」
「そうしたいところだが、これを見ろ」
ISの使用許可を求めたという事は、彼女はアリーナにいる2人の援護に向かうつもりなのだろう。それは、専用機を持っている代表候補生なら当然の判断だ。
すると、すっかり普段の調子を取り戻していた織斑先生が残酷な現実を突き付ける。彼女は手にしたブック型端末の画面を数回叩き、目的の情報を表示させてからセシリアさんに見せた。
「遮断シールドがレベル4に設定? しかも、扉が全てロックされて……。まさか、あのISの仕業ですの!?」
「そのようだ。これでは、避難する事も救援に向かう事も出来ないな」
そう告げた織斑先生の口調は落ち着いていたものの、せわしなく画面を指で叩いているところから察するに、実際は苛立っているのかもしれない。
<どうやら、本当に危険な状況みたいね>
彼女の様子を観察していた私が頭の中で呟いた途端、今度はセシリアさんの切迫した声が木霊した。
「で、でしたら! 緊急事態として政府に助勢を……」
「やっている。現在も3年の精鋭がシステムクラックを実行中だ。遮断シールドを解除できれば、直ぐに部隊を突入させる」
話している内に彼女の苛立ちも募ってきたらしく、それが次第に顔の表情や言動にも表れるようになってきたが、織斑先生の一言を受け、セシリアさんは溜息を吐くと共に頭を押さえながらベンチに座る。
「ハァ……。結局、待っている事しか出来ないのですね」
「なに、どちらにしても、お前は突入隊に入れないから安心しろ」
待つ事しか出来ずに沈んでいる彼女に対し、追い討ちを掛けるように織斑先生が現実を突き付けた。そして、当然のようにセシリアさんは理由を尋ねる。しかも、その発言は彼女にとって予想外だったのか、明らかに声が裏返っている。
「な、なんですって!?」
「お前のISの装備は一対多向きだ。多対一では、むしろ邪魔になる」
ところが、織斑先生は平然とした口調で一蹴する。流石に『邪魔』とまで言われて大人しく黙っているセシリアさんではなく、直ぐに抗議を始めたが、織斑先生は矢継ぎ早に事実を並べて彼女の抗議を途中で遮るように論破した。
そして、このままでは指導という名の説教が1時間以上は続きそうだったのを敏感に感じ取ったのか、セシリアさんは『降参』の意を必死にアピールする。ただし、織斑先生が指摘した問題については彼女本人も認めざるを得ないらしく、肩を落として深い溜息をつきながら呟いていた。
「はぁ……。言い返せない自分が悔しいですわ……」
その時、私はピットから1人が姿を消している事に気付いた。
<ちょっと、篠ノ之さんがいなくなってるわよ!>
<なんだと!?>
目立たないように注意しながら視線を左右に走らせるが、やはり彼女の姿はどこにも無かった。とりあえず、織斑君達がいるアリーナ中央部へは出られないので通路に出た事だけは分かるが、そこから何処へ向かったのかまでは判断のしようがない。
<何で見張ってなかったのよ?>
<仕方ないだろ。この混乱の中、すぐ傍で天下の『ブリュンヒルデ』がらしくない行動を取ってたんだ。そっちに注意がいってたんだよ>
確かにクリストファーの言う通り、織斑先生は監視対象者の1人であると同時に最も警戒するべき人物だ。なので、彼女の言動に意識が集中するのは当たり前である。そこで私は軽く深呼吸をして気持ちを落ち着けると、今後の対応について急いで考え始める。
<ここで騒いでいても事態は解決しないわ。こうなった以上、私達の取れる選択肢は2つよ。このままピットで状況を見守るか、彼女を探しに行くか。どちらを選んでもリスクはあるけど、迷っている時間も無いわ。それで、あんたの意見は?>
<探しに行くべきだ>
私の予想に反して彼が即答する。しかも、私が尋ねようとする前に探しに行くと決めた理由を手短に話してくれた。
<どう考えても、ここだと織斑千冬の目があるから自由に動けない。それに、教師が2人いる関係から情報は多く集まるだろうが、さっきの言動を見る限りでは俺達に素直に教えてくれるとも思えない。その点、篠ノ之を探しに行けば、その過程で思いもよらない情報が手に入る可能性だってあるからな>
<空振りに終わる場合や彼女を見つけられない可能性だってあるけど?>
<勿論、その程度のリスクは承知の上だ。だが、いざという時に自由に動ける方が都合が良いのも事実だ。違うか?>
確かに、彼の言う事には充分な説得力がある。そう考えた私は、ここから出て篠ノ之さんを探しに行く方を選んだ。
<そうね。だったら、今すぐ実行に移しましょう>
そう宣言し、他の3人が私に注意を払っていない事を確かめてから静かにピットを後にした。そして、通路に出ると素早く周囲を見回す。やはり、ここにもシステムを乗っ取られた影響が出ているらしく、隔壁が下りて通路の一部が封鎖されていた。すると、クリストファーが当然のように尋ねてくる。
<それで、彼女が何処に行ったのか見当はついているのか?>
<さっきの様子から推測すると、おそらくアリーナの中が見える場所よ。その中でも多分、織斑君に声を届けられる場所だと思うわ>
私は先程の試合の時、篠ノ之さんが猛攻に晒される織斑君を心配そうな表情で見つめていた事を見逃さなかった。充分に安全を保障された試合でさえ彼の身を案じていた彼女の事だ。こんな非常事態ともなれば、必ず彼とコンタクトを取れる場所に向かうと考えたのである。
<なら、まだ閉鎖されていない別のピットか>
<おそらく、そうでしょうね>
<だが、それは一体、どこにあるんだ?>
<残念だけど、そこまでは特定できないわ。だから、後は順繰りに私達自身が1つ1つ確認していくしかないわね>
そう結論づけた私は早速、ここから最も近い場所にあるピットへ行くルートを記憶の中から呼び起こし、そこを目指して足早に向かうのだった。
◆
威勢よく敵を食い止めると宣言したまでは良かったが、ここまで苦労させられるとは全く予想もしていなかった。なぜなら、正体不明の敵ISは俺達が思ってた以上に厄介な相手だったからだ。
「一夏。いくわよ!」
「おうっ!」
鈴が衝撃砲で牽制して相手の動きを止め、その隙に俺が加速して一気に間合いを詰めて必殺の斬撃を放つ。ありがたい事に鈴の攻撃は的確で、確実に敵の動きを止めてくれている。
これなら俺も攻撃を当て易い。最初に仕掛けた瞬間、そう思った。しかし、敵の想像を超えた対応に俺の抱いていた希望は容易く打ち砕かれた。
「なっ!? 嘘だろ!?」
なんと敵ISは全身に搭載されたスラスターを巧みに使って瞬時に間合いを取り、俺の一撃を鮮やかに回避してみせたのだ。しかも、それだけでは無い。外見的特徴の1つである異様に長い腕を振り回しながら接近し、そのまま反撃へと転じたのだった。
「離れて! 早く!」
叫ぶのと同時に鈴が衝撃砲で援護射撃をしてくれる。
「わ、分かった」
そうやって彼女に急かされた俺は、慌てて敵の攻撃範囲内から離脱する。そして、改めて攻撃態勢を整えようとした途端、鈴から文句を言われた。
「ちょっと、何やってんのよ? 普通、今のタイミングで外す?」
「いや、なんか敵の反応が速くて……」
「言い訳しない。それより、次こそは決めてよね」
「お、おう」
少し納得のいかない部分もあったが、そんな事を言っている場合でもないので、ここは大人しく彼女の指示に従う事にした。そして、『雪片弐型』を握る右手に改めて力を込めると、敵ISを正面から睨みつける。
「今度は左右から挟み撃ちにするわよ」
「じゃあ、俺は左から攻撃する」
「なら、あたしは右から攻撃してアイツの注意を惹きつけておくわ」
プライベート・チャネルを通じて簡単に作戦を確認した俺達は、素早く左右に展開して敵ISを挟み込み、まずは牽制役の鈴が衝撃砲を連射して敵を誘導する。すると、こちらの思惑通りに敵は鈴の攻撃を回避しつつ反撃の為に彼女の方へと接近していった。
当然、そうなると俺への警戒が疎かになる。もっとも、ISが搭載するハイパーセンサーは全方位の視野を確保できる代物なので、実際には後方から接近する俺の姿も捉えられているだろう。だが、俺自身がそうであったように、普段は直接見る事のできない角度からの攻撃には反応が遅れるものだ。
「はああああっ!」
気合を入れた俺は叫びながら必殺の一撃を繰り出す。しかし、またしても敵は信じられないような反応速度で背後からの攻撃を鮮やかに回避した。だが、流石に2回目だったので、今度は俺達も回避される可能性を考慮に入れていた。なので、そのまま次の動きへと繋げて同時に追撃を仕掛けようとする。
「ぐっ!」
「あんな事ができるなんて、聞いてないわよ!?」
ところが、敵ISはコマのように高速で回転すると、その長い腕を振り回して俺達の動きを牽制してきたのだ。しかも、この高速回転は相当に勢いがあるのか、あれほど回避するのに苦労した衝撃砲の見えない砲弾まで平然と弾き飛ばしていた。
「とりあえず、離れて! このままじゃ叩き潰されて一巻の終わりよ!」
「りょ、了解」
鈴からの指示を受けた俺は、先程と同じようにスラスターの出力を上げて敵との距離を取り、いつでも回避行動に移れるよう敵ISの動きを見ながら彼女の近くへと向かう。そして、そうやって彼女に近付いて声を掛けようとした時、今度は敵の方からビームを撃ってきた。
「うおっ!」
警戒していた俺が反射的に回避行動を取ると、敵の攻撃はちょうど俺達の間を分断するような感じで通過した。
「このっ!」
すかさず鈴が衝撃砲で反撃する。だが、敵は再びコマのように高速回転して衝撃砲の攻撃を無力化した。そして、回転を止めると、それぞれの腕からビームを放って同時に俺達へ攻撃してくる。
「なんなんだよ、コイツ……」
「あー、もうっ! 鬱陶しいわね!」
そこで俺達は互いに機体を左右方向へ不規則に平行移動させつつ急いで後退し、敵との距離を空けて次の作戦を考える為の時間を稼ぐ。すると、鈴が直ぐに新しい作戦を思いついたらしく、こちらへ通信を寄越してきた。
「1回しか言わないから、よく聞きなさい。あたしがアイツに高速回転を出させるから、それが止まった瞬間に出来る隙を狙ってアンタが突撃。いいわね?」
「分かった。やってみる」
俺は2つ返事で新たな作戦を了承する。もっとも、本音を言わせて貰えば、こんな短時間で作戦を立てるなんて器用な事が出来ないからでもある。
「これでも喰らいなさい!」
作戦が決定した途端、鈴が衝撃砲を連射しつつ巨大な青竜刀を構えて突撃していく。その動きに合わせ、俺も直ぐに反応できるよう一定の距離を保ちつつ身構える。
すると、敵は最初こそ持ち前の機動性を駆使して回避していたものの、徐々に動きを制限されて追い詰められるようになってきた。そして、ついに高速回転を使っての反撃を試みる。
「一夏!」
「任せろ!」
思惑通りに敵に高速回転を出させた鈴は、牽制も兼ねて衝撃砲を撃ちながら後退していく。それとは対照的に俺は姿勢を低くし、いつでも突撃できる体勢を取る。
『今だ!』
ハイパーセンサーは敵ISの僅かな変化も見逃さず、もう少しで高速回転が終わる事を伝えてくれた。その瞬間、俺は心の中で叫ぶと、イグニッション・ブーストまで使って一気に加速し、まさに回転が終わった直後の隙だらけの敵に必殺の一撃を放つ。
「なっ!?」
しかし、俺の放った斬撃は何も無い空間を切り裂き、3度目の空振りとなった。信じられない事だが、このタイミングで放たれた攻撃さえも敵は完璧に回避してみせたのだ。そして、またしても容赦の無い反撃をしてくる。
「しまった!」
「馬鹿! 早く逃げなさいよ!」
今度こそ決まると思っていた必殺の一撃を見事に避けられ、一瞬だが俺は思考が硬直してしまい、敵の反撃に咄嗟に対応する事が出来なかった。そして、やや遅れて後退を始めた俺の視界には、これまでと同様に高速で回転しながら接近してくる敵の姿がやけに鮮明に映っている。
『殺られる』
そう感じた瞬間、“ガキンッ”と金属同士のぶつかる音が聞こえ、目の前を何かが横切ると同時に派手な火花が飛び散った。しかも、ほんの僅かだが敵の突撃してくるスピードが鈍くなっている。
「ボケッとしない! 早く後退する!」
どうやら鈴が青竜刀をブーメランのように投擲して援護してくれたらしく、彼女の大声で我に返った俺は指示に従い、慌てて後退して敵の攻撃範囲から逃れようとした。ところが、またしても敵は予想もしていなかった方法で攻撃してくる。なんと、高速で回転したままビームを撃ってきたのだ。
「ぐあっ!」
流石に、この攻撃は避け切れずに右肩付近に被弾し、『白式』のシールドエネルギーと装甲の一部を大きく持って行かれた。しかも、シールドバリアーを貫通したダメージが体に鋭い痛みを伝えてくる。それも、俺の気のせいじゃなければ、鈴の衝撃砲を喰らった時よりも強い痛みだ。
「一夏。大丈夫?」
「ああ、なんとかな……」
幸い、被弾したのは1発だけなので、思ったよりも直ぐに射的圏外へと離脱する事は出来た。だが、それでも心配そうな表情を浮かべた鈴が訊いてくる。それに対し、俺は歯を食いしばって痛みを我慢しながらも平気な顔を装って答えた。
「それより、もう1度、タイミングを合わせて攻撃できないか?」
「そりゃ出来るけど、策ぐらいはあるんでしょうね?」
「今度は真上から攻撃する」
さっきの攻撃で何か手応えのようなものを感じていた俺は、この正体不明のISとの戦闘が始まってから初めて作戦らしい内容を口にする。すると、鈴は僅かに考えるような仕草をした後、俺からの提案を了承してくれた。
「ま、あんたにしては、いい案じゃない。確かに、コマを止めるなら上からよね」
「じゃあ、援護は任せたぞ」
「ちょっと、一夏。あたしを誰だと思ってるの? ドーンと大船に乗ったつもりで任せなさいよね」
こんな風に会話を交わしていると、まるで中学時代に戻ったような気がする。俺は戦闘中であるにも関わらず、そんな事を考えてしまっていた。
「戦闘中よ。気を抜かない」
「あ、悪い」
ところが、考えていた事がバレたのか、軽く怒られてしまった。そこで俺は意識を切り替える為、敵を正面から見据えた。そして、鈴の方を振り向いて小さく頷くと、スラスターの推力を上げて同時に上空へと飛び上がる。
「タイミング、間違えないでよね」
鈴の言葉を合図に俺達は左右に別れる。すると、こちらの動きに合わせるかのように敵ISが地上からビームを連射してきた。それを何とか被弾せずに無傷で回避した俺が接近コースに入ると、鈴が注意を惹きつける為に衝撃砲を撃ちながら突撃を開始する。
これまでと同様、予想通りの反応を示した敵は俺への攻撃を後回しにして彼女に対する迎撃を優先させる。そして、距離を詰めた鈴は手にした青竜刀を変幻自在に振り回し、連続した斬撃を次々に繰り出して完璧な陽動を行ってくれた。
『これなら、いける!』
そう確信した俺は鈴との戦いに集中している敵の真上から最大加速で一気に急降下し、右手に握る『雪片弐型』の必殺の間合いから鋭い一撃を叩き込む。ところが、それさえも敵ISは容易く避けてしまった。
「一夏っ、馬鹿! ちゃんと狙いなさいよ!」
「狙ってるっつーの!」
ぎりぎりまで敵の注意を惹きつけてから俺の邪魔にならないよう距離を取った鈴が文句を言ってきた。勿論、俺だって好きで攻撃を外している訳ではないので、その言い方には少しだけむかつき、反射的に言い返してしまう。
すると、その僅かな隙を突いてきた敵は反撃に移り、お馴染みとなった高速回転とビームによる複合攻撃を行ってくる。
「一夏。離脱!」
「お、おうっ!」
敵の動きにいち早く気付いた鈴が衝撃砲を撃ち、その援護の下で俺は射程内から何とか離脱する。
「ああ、もうっ! めんどくさいわね、コイツ!」
俺の離脱を援護していた最中、ことごとく見えない筈の衝撃砲の弾丸を叩き落され、鈴が苛立ちを表すかのように大声で叫んだ。その後、改めて合流した俺達は、互いのISに残されたエネルギーの残量を確認し合う。
当然の事だが、クラス対抗戦の真っ最中に乱入してきた正体不明の敵との交戦であり、2人ともエネルギーの残量は非常に心許無い。なので、どう考えても大きな攻撃を仕掛けるのは後1回が限界らしく、特に俺の方の消耗の激しさが際立っていた。
「逃げたけりゃ逃げても良いぜ?」
「な!? 馬鹿にしないでくれる!? あたしは、これでも代表候補生よ。それが尻尾を巻いて退散なんて、笑い話にもならないわ」
「そうか。じゃあ、お前の背中くらいは守ってみせる」
「え? あ、う、うん……。ありが――」
俺達が極めて不利な状況に置かれている事ぐらいは理解できたので、妥当だと思われる意見も一応は言ってみたのだが、半ば想像していた通りの答えを返されたので改めて彼女を守る事を宣言した。
すると、何故だか鈴は頬を赤く染めてモジモジしだしたのだが、そんな俺達に警告でもするかのように敵ISからビームが放たれ、それが彼女の横を掠める。当然、それによって再び集中力を高めた俺達だったが、敵ISの持つ違和感がどうしても気になった俺は、その事を鈴に素直に尋ねてみた。
「なあ、鈴。あいつの動きって、なんか機械じみてないか?」
「ISは機械よ」
確かに、その発言は間違ってはいないが、俺の言いたかった事とは微妙にずれている。なので、もう少し慎重に言葉を選んでから尋ねる。
「そう言うんじゃなくてだな……。えーと、あれって本当に人が乗ってるのか?」
「は? 人が乗らなきゃISは動かな――」
根本的にはパワードスーツの延長に過ぎないISは、人間が身に纏う事を絶対条件として開発されている。つまり、操縦者がいなければISは動かないのだ。そして、人間が操縦している限りはISの動きも人間臭くなる筈だった。
「そういえば、アレ。さっきからあたし達が会話してる時って、あんまり攻撃してこないわね。まるで、興味があるみたいに聞いてるような……」
ようやく俺の言いたかった事を理解してくれた鈴が敵ISを分析するように呟いた。しかも、その表情は真剣そのものだ。だが、直ぐにISが動く為の絶対条件に行き当たり、俺の仮説を否定する。
「ううん、でも無人機なんてあり得ない。ISは人が乗らないと絶対に動かない。そういうものだもの」
「仮に、仮にだ。無人機だったらどうだ?」
「なに? 無人機なら勝てるって言うの?」
「ああ、人が乗ってないなら、容赦なく全力で攻撃しても大丈夫だしな」
俺は自信に満ちた表情で答えた。なにせ、この『白式』が装備する唯一の武器である『雪片弐型』の全力攻撃は訓練や学内対戦で使うには威力が大き過ぎる。その為、場合によっては相手に重傷を負わせたり、最悪、死亡させたりしてしまう危険性を常に孕んでいた。
実際、この武器の特性と威力を千冬姉から聞かされた時には、その事を充分に考えて使うよう念を押されたものだ。しかし、人が乗っていない無人機であれば、そういった事態を気にせずに思う存分、この武器の威力を発揮できる。
「全力も何も、その攻撃自体が当たらないじゃない」
既に4回も攻撃を空振りしているだけに、当然の懸念が鈴から発せられる。しかし、俺は敵が無人機かもしれないと仮定した時点で、ある秘策を思い付いていたのだ。なので、何の迷いも無く堂々と宣言する。
「次は当てる」
「言い切ったわね。じゃあ、そんなこと絶対にあり得ないけど、アレが無人機だと仮定して攻めましょうか」
俺の雰囲気から何かを感じ取ったのか、鈴は中学時代に時々みせていたような不敵な笑みを浮かべ、この作戦への協力を快く了承してくれた。
「一夏。どうしたらいい?」
「俺が合図したらアイツに向かって衝撃砲を撃ってくれ。最大威力で」
「いいけど、当たらないわよ?」
「いいんだよ。当たらなくても。じゃあ、早速――」
極めてシンプルな打ち合わせを済ませると、俺は鈴に合図を送って敵へ突撃する体勢を取ろうとした。しかし、その瞬間、アリーナのスピーカーから大声が響いてきて見事に出鼻を挫かれる。
「一夏ぁっ!」
まるでアリーナ全体が振動するかのような大声を発して俺の名前を叫んだのは、いつの間にか中継室に居た箒だった。
「な、何してるんだ? お前……」
思わずハイパーセンサーを使って彼女の方を見ると、背後で審判とナレーターが昏倒させられているのが分かった。どうやら、スピーカーを使う為に力ずくで中継室を占拠したらしい。
「男なら……、男なら、そのくらいの敵に勝てなくてなんとする!」
ハイパーセンサー越しに見える箒は肩で大きく息をし、怒っているような焦っているような不思議な表情を浮かべて叫んでいた。だが、その時、俺は敵ISが中継室の方へセンサーレンズを向けるのに気付いた。
どうやら、いきなりスピーカーを使って大音量で乱入してきた彼女に興味を抱いたらしい。そして、この敵の今までの行動パターンを考えると、次に何をしてくるかは明白だった。
「箒。逃げ――」
途中まで叫んだところで俺は頭を振って言葉を切り、いまさら警告を発しても間に合わないと直感で判断する。なので、そのまま突撃体勢を取って直ぐに加速に入れるよう準備を整え、砲口の付いた腕を箒へと向ける敵を正面に捉えた。
今回は、ほぼ戦闘シーンだけで構成されておりますが、細かい描写とテンポを両立させるのは難しいんだなと改めて思いました。
なお、次回は戦いの決着と事後処理のエピソードになります。