第一話 最後のコーヒー
財団という組織について、僕は時々考えることがある。財団は『確保、収容、保護』に重点を置いた組織だ。かなりの人員と優秀な研究者を抱えており、部門も多岐にわたる。そして何より特筆すべきは「抽出部門」の存在だった。
彼らは異常存在から得られた特異な素材やエネルギーを研究し、人類のための装備や技術へと変えていく。財団の装備には、それぞれ攻撃力や防御力が設定されている。
攻撃力「1」は拳銃一発程度。
防御力「1」は鉄製のアーマー程度。
数字が一つ上がるだけでも、装備としての性能は文字通り桁が変わる。僕はそんな装備を使いながら、今日も異常と向き合っている。だけど、目的だけはいつでも単純だった。
『光のあたる日常を、確かな盾となって護る』
それが財団の理念だ。だから地上では、今日も人々が何も知らずに生活している。学生が学校へ向かい、会社員が仕事へ向かい、誰かが喫茶店でコーヒーを飲んでいる。その日常のすぐ真下で、僕たちが命懸けで異常存在を収容していたとしても。
……まあ、そんな大層なことを考えながら飲むコーヒーが美味いかと言われれば、正直に言って微妙だった。
「高柳?……さっきからコーヒーの中をずっと睨みつけてるが、なにか面白いものでも浮いてるのか?」
親友である平山昇が、怪訝そうに声をかけてくる。ツーブロックマッシュの髪型をした、すこぶる目つきの悪い男だ。
「流石に24連勤はキツいからね。ただ、このコーヒーのクソみたいな苦さについて哲学していただけさ」
僕――ソフトモヒカンの高柳昇は、さりげなく嘘を交えてそう返した。
「そんなこと考える余裕があるなら、角砂糖でも入れればいいだろ」
「そんなことしたら、次から自販機に角砂糖を三個デフォルトでぶち込まれそうだよ」
「お前、自販機に嫌われるようなことでもしたのか?」
「あぁ、コーヒーが全然出てこなかったから、筐体相手に1時間くらい格闘したんだ」
「そりゃ機械に嫌われても文句言えねえな。とりあえず仮眠でもとったらどうだ?」
「仮眠室は満室で全滅だよ。……なー平山、仮眠室のベッドを常時占領して、サボりながらアメコミ読んでる『財団問題児三人衆』についてはどう思う?」
ありったけの嫌味を込めて吐き捨てる。
「あいつらは、まぁ……しょうがないだろ。特にブライトの方はな」
平山が諦めたように肩をすくめる。僕は睡魔に打ち勝ちながら、コーヒーをもう一口煽った。ほんのりとした苦味が口の中に広がる。どこか懐かしい味がして、それなりに美味い。ふと頭をよぎる。今月も、僕の家の電気代とガス代は0円で済みそうだ。……もちろん、全く良い意味じゃない。
「もういっそ、このロビーの床で寝ちゃおうかな。それとも、本部の警備員を全員フルボッコにして強引に家に帰ろうかな……」
「やめてくれ高柳、暴れられたら困る。うちのサイトはもう、あいつらの喧嘩のせいで備品が残ってないんだ。……金庫を破壊するなんて、一体誰が想像するよ」
平山が心底疲れたように頭を抱える。
聞けば、今月だけでコンドラキとクレフのせいで、90万円相当の備品が文字通り粉砕されたらしい。その煽りを食らった結果、僕たちの所属するサイトだけ、特別に茶菓子の支給が打ち切られていた。世知辛すぎる。
「コーヒーをおかわりするつもりだけど、高柳もいるかい?」
「あぁ、頼むよ」
平山がコーヒーメーカーにカードキーをかざし、いつもの手慣れた様子でおかわりを淹れようとした――その時だった。
『コーヒーメーカー、豆切れです』
無機質な電子音声が虚しく響く。
「……」
「……」
沈黙が流れる。平山がゆっくりと振り返った。
「さっき補充されたばかりのはずなんだが……。どうやら僕たちが最初に解決すべき『異常』は、これだったようだな」
「平山、それは異常じゃない。ただの補充忘れ、いや――誰がそんなにガブ飲みしたか、簡単に特定できるよ。カードキーの認証履歴を見てみなよ」
平山が端末の画面を操作し、顔をしかめる。
「……ブライトが15分前に、コーヒーを50杯注文してる」
「平山、あいつの顔面に一発、僕の『共振パンチ』を叩き込んでもいいかな?」
「苦情を言いに行くのは許可する。だけど殴るのは駄目だぞ、絶対に」
二人の間で殺意の乗った作戦会議が始まろうとした瞬間、背後から声をかけられた。
「あの、平山さん、高柳さん。会話中にすみませんが……神居さんが高柳さんを呼んでいますよ」
同僚の伝達に、僕は眉をひそめる。
「あの老兵、まだ引退してなかったのか?」
「そりゃあそうだろ、今でも現役バリバリさ。単純な戦闘力と知識だけなら僕らと同じくらいだしね。なぜ出世できなかったのかは永遠の謎だけど……まあ、とりあえず行ってきなよ。あの人の話術に惑わされないようにな」
そう言って送り出そうとした平山が、ふと思いついたように懐を探った。
「そうだ。僕の『マジカル☆平山君スター』、持っていくかい?」
平山がドヤ顔で取り出したのは、妙に派手な装飾が施された、悪趣味なほどキラキラした銃型の装備だった。
「これでも攻撃力『3』だぞ? あいつに対しての脅しとしては、これ以上ないくらい有効だと思うんだ」
「そんな名前が致命的にダサい武器、絶対に要らないよ。確実に冷笑される未来しか見えないな」
「名前はともかく性能は本物だぞ? 性能を見れば冷笑なんてされないさ」
「なら、なおさら名前をどうにかしてよろ! あとな、名前がおかしいから冷笑されるんだよ。武器の性能がどうとか、そういう次元の話じゃないから!」
僕はため息をつきながら立ち上がり、飲みかけのコーヒーをテーブルへ置いた。
「じゃあ、行ってくるよ」
「ああ、気をつけてね」
――パァン!
その直後、休憩室の扉が派手に跳ね上がった。現れたのは、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべたブライトだ。
……あいつ、絶対に今、ドアを蹴り開けたな。
「気をつけろよー。平山は俺とここでダベっとくからさ」
「了解。ブライト、そこで大人しく話してなよ。もし次に会った時は、コーヒーメーカーと仮眠室の恨みを込めてシバくからね。あと、二度と盗み聞きはするな、扉も蹴るな。今度やったら本当にボコボコにするから」
「おー、怖い怖い。頑張ってくるんだぞ?」
ひらひらと手を振るブライトを睨みつけ、僕は休憩室を後にした。
背後で平山が何かを言い合っている声が聞こえたが、僕はそのまま聞き流した。どうせまた、ろくでもない世間話だ。
しかし、この時の僕はまだ知らなかった。
神居さんからの呼び出しが、単なるいつもの業務連絡などではないということを。 そして、この何気ないコーヒー休憩が――僕のありふれた日常が大きく変貌する直前の、最後の平穏だったということを。
クレフ博士の人事ファイル
著者:Dr.Clef
URL:https://scp-wiki.wikidot.com/forum/t-100224/drclef-member-page
作成年:2008
ブライト博士の人事ファイル
著者:Dr.Bright
URL:https://scp-wiki.wikidot.com/dr-bright-s-personnel-file
作成年:2008
コンドラキ博士の人事ファイル
著者:Dr.Kondraki
URL:https://scp-wiki.wikidot.com/forum/t-98754/dr-kondraki-s-personnel-file
作成年:2008
(SCP-408 SCP-515-ARCもコンドラキ博士の作品の為割愛)
タイトル: SCP-710-JP-J - 財団神拳
作者: Kwana
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-710-jp-j
ライセンス: CC BY-SA 3.0