「はぁ……」
重い泥の中から這い出るようにして、僕は息を吐き出した。意識がゆっくりと覚醒していく。さっきまで僕は、コンドラキ博士と死闘を繰り広げ、そこにクレフ博士が乱入してきて……それから、眠ってしまったんだったか。
「すいません!! 誰かいますか?」
掠れた声で呼びかけると、障子の向こうから慌ただしい足音が近づいてきた。
「昇!! 起きたのね」
霊夢が足早に部屋へ駆け寄ってくる。視界がはっきりしてくるにつれ、自分が一体何日眠りこけていたのかが気になった。
「霊夢さんに、ちょっと聞きたいことがあります。僕はどのくらい寝ていましたか?」
「大体二日くらいね。本当に泥のように眠っていたわよ」
やはり、あの日の戦いは身体に相当な負荷をかけていたのだろう。立て続けの死闘に加え、あの技を使った代償だ。体力の消費が尋常ではなかったのも頷ける。
「布団まで貸してもらって、本当にありがとうございました」
「いいのよ。貴方も一人で、あれだけ頑張ってくれたんだしね」
用件が済んだ霊夢は、いつも通りの軽い足取りで縁側へと戻っていった。緊張が解けると、急に猛烈な空腹感が襲ってくる。確か、財団から支給されたバックパックの中に、カロリーメイトが残っていたはずだ。僕は這いつくばるようにしてバックパックを引き寄せ、中を探った。ガサゴソ、ガサゴソ。
指先に、カサカサした箱とは違う、冷たくて硬い感触が触れた。なんだろう、これ。引っ張り出してみて、息が止まった。――スマホだ!!
慌てて電源を入れてみると、液晶が淡く灯る。画面の中の通話アプリを開くと、そこには見覚えのある電話番号が一つだけ登録されていた。確か、平山の番号だったはずだ。だが、画面右上を見た瞬間に血の気が引いた。充電はわずか「6%」!!不味い、非常に不味い。切れる前に、何か聞いておくべき重要事項はなかったか?そうだ、店を開こうと考えていたんだ。食事処の看板になるような、最高に美味しい料理のアイデア。一般の人間を虜にするようなメニューは何か……。その時、僕の脳裏に電撃が走った。
『スカーレット・チキン』
財団に収容・登録されている、あの異常に美味なチキン。これから店を出すなら、あれをベースにする他に選択肢はない。よし、充電が切れるのが先か、繋がるのが先か。僕は祈るような気持ちで、平山の番号の発信ボタンを強くタップした。
「はい、平山です」
『あ、平山? 一週間ぶりだね。あと一コール遅かったら切るところだったよ。それとも、朝のコーヒーでくつろいでて遅れたの?』
「……いや、なんでお前が電話をかけてきてるんだよ? どっかの異常空間に長期任務で行ってたはずだろ。あと一コールで出ろとか無理難題を言うな。敬語もちゃんと使え」
『いやぁ、最初は見落としてたんだけど、バックパックの底に携帯が入ってるの見つけてさ。あと、この財団で気兼ねなく話せるのなんて親友のお前くらいなんだから許してよ。お互い様じゃん?』
「だとしても、俺の貴重な休憩時間に電話をかけてくるな。さっさと言いたいことを言え」
『あのさ、僕が今いる任務先の異常な土地なんだけどさ。本部から「そこで情報収集しつつ2年間生き残れ」って言われてるんだよね。だからさ、現地での情報収集とお金稼ぎを兼ねて、美味しいチキンの店でも開こうと思って。というわけで、財団食堂の『スカーレット・チキン』のレシピ教えてよ』
「……は? お前、任務中に店を開く気か?」
「……まぁいい、ちょっと待ってろ」
五分後。
「スカーレット・チキンのレシピが見つかったぞ。食堂から許可も取っておいた」
『サンキュー! じゃあ早速教えてよ』
「まず鶏肉、それから唐辛子、あとは……etc。これでいいか?」
『うん、ばっちり! ありがとうね!』
「じゃあ切るぞ」
「ちょっとまっ...」
ピッ、ピッ、ピッ……。
時すでに遅し。画面は完全に暗転した。
財団職員として連絡途絶は有るまじき失態だが、充電器もない以上はどうしようもない。幸い、レシピだけは手元のメモ帳に書き留めることができた。これを不幸中の幸いと思うしかないだろう。
ひとまず、当初の目的だった『香霖堂』への移動と、自分の食事処を建てる計画を進めたかったのだが……。
境内から外を見下ろし、僕は深くため息をついた。
「果てしなく遠いな」
自分の足で歩いていたら何時間かかるか分からない。着いたとしても疲れ果てているだろうだが、さっきの戦闘で僕は弾幕を放つことができた。ならば、修行次第では空を飛ぶことだって可能になるはずだ。移動時間を短縮するためにも、誰か師匠になってくれる人はいないか……?
僕はハッと顔を上げ、縁側に視線を向けた。
そこには、陽だまりの中で気持ち良さそうに寝そべっている紅白の巫女がいた。
「霊夢さん。」
僕は足早に彼女へ近づいた。
「何かしら?」
霊夢は眩しそうに片目を開けて僕を見る。
「その、ちょっとした提案と言いますか……。僕も、あなたたちみたいに空を飛べるようになりたいんです」
「ふーん……。まあ、あんた結構な霊力を持ってるみたいだし、飛ぶくらいなら教えればできるんじゃない? ただし、才能がなくて飛べなくても文句は言わないこと!」
「分かりました。では、早速で悪いのですが今から教えていただけますか?」
「今から!?」
霊夢は驚いて身を起こしたが、すぐに「まあ、特別にいいわよ」とため息混じりに笑った。
それから、猛特訓が始まった。
――男性修行中……。
――男性修行中……。
何度も地面に墜落しかけながら、感覚を掴んでいく。
「……よし、これで合格。感覚は掴めたみたいね」
「すごい……飛べた……!」
僕が完全に空中浮遊のコツをマスターした頃には、境内に沈みかけた夕日の赤い光が差し込んでいた。気がつけばもう夕方だ。
「まあ、タダで空を飛べるようにしてあげたわけだけど」
霊夢はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、僕の肩を叩いた。
「高柳、あんた今日この神社に泊まるんでしょ? タダ宿ってわけにはいかないから、しっかり扱き使わせてもらうわよ。というわけで、今日の夕食を作って頂戴」
「いいですよ」
僕がエプロンを締めるような動作をしながら即答すると、霊夢は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「……聞き間違いかしら。『いいですよ』って聞こえた気がするんだけど」
「え? ええ、手伝いますよ。どうかしたんですか?」
「あんた、本当におかしな人ね」
霊夢は呆れたように首を振った。
「この幻想郷で、そんなまともで敬語を喋る奴、一人も見たことない気がするわ。外の世界の人間(外来人)って、みんなこうなの?」
「多分そうだと思いますよ。外の世界では、このくらいの礼儀や家事は『できて当然』っていう扱いを受けますから」
「へぇ、世知辛い世界ね。……まあいいわ、それじゃあ美味しい夕食、期待してるわね!」
「分かりました。」
クレフ博士の人事ファイル
著者:Dr.Clef
URL:https://scp-wiki.wikidot.com/forum/t-100224/drclef-member-page
作成年:2008
コンドラキ博士の人事ファイル
著者:Dr.Kondraki
URL:https://scp-wiki.wikidot.com/forum/t-98754/dr-kondraki-s-personnel-file
作成年:2008
(SCP-408 SCP-515-ARCもコンドラキ博士の作品の割愛)
タイトル: SCP-444-JP-J - 緋色の鳥(税別:118円)よ
作者: locker
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-444-jp-j
作成年: 2017