明るい森の中どろりとした生臭い臭気が満ちていた。
黒い服を纏った女は、正体の分からない、しかし確実に肉の感触を残した巨大な赤い塊の上に立っていた。彼女の足元、その粘つく塊の隙間から、辛うじて人間の四肢や衣服の一部が覗いている。女はその惨状を気にする風もなく、冷徹な笑みを浮かべながら、床に佇むもう一人の女を見下ろしていた。
黒い女の唇が不気味に蠢き、まるで呪詛を紡ぐように、低く、しかし妙に耳に届く声で何かをブツブツと呟き始める。それは、かつてこの地で起きた陰惨な英雄譚のようだった。
「……ある日のこと。山奥のひどく貧しい、飢えに満ちた家に、一人の子供がいました。毎日ひもじさに震える彼が焦がれたのは、街にいる『妖怪退治屋』の圧倒的な力。飢餓の苦しみから逃れるため、親の涙ながらの制止を振り切り、夢に取り憑かれた彼は、ついには家を飛び出したのです。放浪の果て、泣け無しの命を削りながら狂ったように過酷な訓練を重ねた彼に、ある日、最初の妖怪退治の依頼が舞い込みました。彼は獣のように貪るように妖怪を屠り、泥に塗れながらも倒しました。それから5年。彼は街でもっとも強くて、もっとも有名な退治屋となっていました。毎日毎日、血生臭い依頼を受け続け、莫大な富を築き、若くして望む全てを手に入れたのです。
――ですが、どれだけ手に入れても、彼の心が満たされることはありませんでした。
やがて限界を悟った彼は、自らの命日の前日、己よ生涯の力をすべて注ぎ込み、輝く『宝玉』を生み出しました。
その8つの宝玉には、属性の妖精たち―――水、火、風、土、氷、雷、光、闇の妖精が宿っています。彼の死後、村人たちはその宝玉を遥か彼方の遺跡の奥底へと封印しました。今でこそ何処にあるか分かりませんがその村の書にはこう書かれていました宝玉の在処はアザーサイドと。
……そして、夜陰に乗じて噂する者がいます。混ざり合ってはならないそれらの力を超越した、もう一つの最悪の結晶が存在すると。その名は――『武神の宝玉』……」
長い独白の間、もう一人の女――マリッサは、ピクリとも動かなかった。その感情の窺い知れない黒い目は、ただじっと冷酷に相手を捉えている。彼女は精神の摩耗ゆえか、どこか幼児退行したような、文法の崩れた言葉を静かに紡ぎ出した。
「……何、言ってる? 聞こえない。でも、そんなのこと、どうでもいいよ。私たちの、仲間。どこ、やった?」
マリッサの問いに、黒い女は赤い塊を踏みつけ、愉悦に満ちた声をあげる。
「そんな事はどうでもいいんですよマリッサ。それに貴方の仲間ならここにいるでしょう、私の下に。この肉塊が、かつて貴方を慕っていた哀れな彼らの成れの果てです。……そんなことより肝心なのは、私はあなたとお手合せをしたいということです。私を満足させることが出来なければ、ここを控えている私の仲間に命令し、跡形もなく"更地"にしてもらいます。どうか本気で来てください、私の仲間たちも暴れたくてうずうずしているようなので、手加減すれば――貴方を殺します。」
仲間の無残な姿を突きつけられても、マリッサの表情は一切変わらない。ただ、網膜の奥の黒い光が一段と深くなり、歪な殺意だけがその口から呪詛のように漏れ出た。
「……そう。なら、お前。ここで、殺すよ。」
その言葉が空間に溶けた瞬間、二人の間にあった空気の壁が爆散した。静寂を切り裂く圧倒的な速度で、二つの影は互いの命を刈り取るべく、一瞬で距離を詰めた。
これは別次元で起きている出来事です。