東方怪異譚   作:妖ヶ夢

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第二話 幻想郷

「急にこんな深夜に呼び出すなんて、一体どういう風の吹き回しですか? 用件なら手短にお願いしますよ。早めに休憩室に戻りたいんです。……まあ、神居さんが僕を呼ぶって時点で、ロクでもないこと確定なんでしょうけどね。どうせすぐに終わる話じゃないんでしょう?」

 

「お前が変に敬語を使っていると、なかなかにキモく見えるな」

 

キモいのは急に呼び出してきた神居さんの頭のほうだ。そう心の中で毒づく。

 

全面が鉄で覆われた巨大な収容室に連れ込まれている時点で、ロクな予感がするはずもなかった。重苦しい空気の中、僕は部屋の隅々に視線を走らせる。

 

「盗聴器、仕掛けてませんよね? ……あなたなら平然とやりそうですけど」

 

「安心しろ、そんなものはない。そもそもお前なら、盗聴器の有無くらいすぐに看破できるだろうが。……まあいい、とっとと本題に入ろう。この報告書を読んでくれ」

 

差し出されたのは、薄っぺらいクリアファイルだった。

中に入っていたのは、見慣れた、しかし見慣れないナンバーが振られたSCPの報告書。僕はおもむろにそれを手に取り、目を通し始めた。

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

アイテム番号:SCP-1887-C

 

オブジェクトクラス:Pending

 

特別収容プロトコル

現在、固有の特別収容プロトコルは策定されていません。本オブジェクトの性質上、物理的な隔離は不可能です。現在はSCP-1887-C内部に潜入中の調査人員からの報告に基づき、状況に応じた暫定的な対応が取られています。万が一、民間人の迷い込み事例が発生した際は、記憶処理(クラスA、またはB)を施した上で迅速に解放されます。

 

説明

 

SCP-1887-C(通称「幻想郷」)は、長野県██市に存在する空間異常、およびそれに付随する空間異常です。

 

SCP-1887-C内部は、我々が属する基底世界(現実世界)と概念的・物理的に完全に断絶されています。この絶対的な遮断により、財団が認知している進入経路は極めて限定的です。現時点で判明している進入法は、高度な魔術的儀式の実行、あるいは極めて低い確率で発生する空間の歪みによる偶然の迷い込みのみです。

 

SCP-1887-Cの内部には、人類の歴史や伝承、神話において記録に残っている「神」「妖怪」といった超常的存在が多数確認されており、独自のコミュニティを形成しています。内部の文明水準や生活様式は基底世界の江戸時代中期ほどであり、科学技術を拒絶し、怪異や自然への畏怖を基盤とする独自の社会構造を維持しています。

 

さらに、SCP-1887-Cの内部には、基底世界では観測されない「妖力」「神力」「霊力」などと呼称される未知のエネルギーが充満しています。これらの超常的エネルギーは内部の住人によって日常的に操作されており、物理法則を無視した戦闘行動や空間移動に利用されています。現在、これら未知のエネルギーが基底世界へ流出するリスクについて、派遣人員を通じた継続的な監視と調査が進行中です。

 

――――――――――――――――――――――――

 

……内容が薄すぎる。

 

「神居さん。これ、さすがに内容が薄すぎやしませんか?」

 

「まあ、さしずめこれを記述した記録員が、途中で面倒になったんだろうな。……38連勤ものの怠慢だ」

 

38連勤どころか、感覚的には47連勤くらいの投げやりさを感じるが、そこは経験の差による見積もりの違いだろうか。……危ない、ツッコミの方向性を流されるところだった。

 

「ふざけないでくださいよ。こんなペラペラな情報だけで、現地の何が分かるっていうんですか? あと、一番気になる部分が抜けています。現在あっちに派遣されている、その『調査人員』というのは誰なんです?」

 

「お前だよ」

 

「は?」

 

素っ頓狂な声が出たが、これは不可抗力だと思う。

 

「あの、僕、一応『クラスA職員』なんですけど? 財団の規定上、怪異やアノマリーとの直接接触は一律で禁止されているはずでは?」

「そんなことはない。世の中には例外というものがある」

「僕、これまでの財団人生でそんな例外見たことないんですけど」

「知ってたか、高柳。例外ってのはな、作るためにあるんだよ。だからお前がその輝かしい『初めての例外』だ。良かったな」

 

神居さんは大真面目な顔で、とんでもないブラックな暴論を吐いた。

 

「全く良くはありませんが……。そこまで言うなら、支給される装備品には期待していいんですよね?」

「あぁ、期待していいぞ。では装備品のラインナップを発表する。カロリーメイト15食分。反ミーム処置が施されたネズミの防具。それから、各種記憶処理剤と記憶補強剤が二十日分……。あと、もう一つはなんだったか」

「自分の口から説明しておいて覚えてないんですか? まぁいいです、支給された時に現物を確認しますから」

 

溜め息をつく僕に、神居さんは小さな薬包と水の入った紙コップを差し出してきた。

 

「ええと、それじゃあ、この睡眠薬を飲んでくれ」

「……なるほど。眠っている間に現地へ運搬するってことですね。わかりましたよ」

 

手渡されたペラペラな書類を見つめながら、僕は思う。この任務、一体セキュリティクリアランスレベルはいくつに設定されているんだろうか。

そんな疑問を頭の片隅に追いやりながら、僕は差し出された水で薬を胃の中に流し込んだ。

 

寝る準備をする。

意識が、少しずつ、遠のいてい――。

 

【視点交代】

 

「……ようやく寝たか。今回の戦術神学部門の部門長は、なかなかに骨がありそうだな。……そう思わないか?」

 

神居は、誰もいないはずの虚空に向かって、ぽつりと呼びかけた。鉄に囲まれた収容室の冷たい壁が、その声を寂しく反響させる。

 

「聞こえないのか? そこから『観測』している、お前だよ。そう、お前だ」

 

彼の視線は、部屋の監視カメラでも、隠しマイクの方向でもなく、もっと先の、次元の隙間を射抜くかのように不気味に据わっていた。

 

「お前たちは、俺たちのいるこの世界を、ただの娯楽か……あるいは退屈な暇つぶしとして利用しているのだろう。そして、この世界の『流れ』を決める存在は、どうやら最悪の結末にしようとしているらしい...あるいは繰り返している」

 

神居は、まるで目に見えない巨大な何かに語りかけるように、低く、かすれた声で言葉を紡ぐ。

 

「もし、この声が届いているなら……その『決定権を持つ者』のところへ行き、幸福な結末になるようにしてくれ。……こんな懇願をしている俺の行動すら、最初から操られているシナリオ通りなのかもしれないがな。だが、頼む。本当に頼む。……そうでなければ、俺自身の手で、あいつを...」

 

彼は、誰も理解できない意味不明な独り言を、昏睡する高柳の傍らで、ただ静かに漏らし続けていた。無駄だと知っていても...

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