東方怪異譚 〜 Anomalous Paradigm.   作:妖ヶ夢

3 / 3
第三話 サイアクな気分

「ふぅー……?」

 

不快な冷たさと、じっとりとした湿気が全身を包み込み、僕は意識を取り戻した。ゆっくりと目を開けると、視界に飛び込んできたのは見知らぬ鬱蒼とした森の木々。どうやら僕は、ジメジメとした地面の上に仰向けで転がっていたらしい。

 

……ここは、本当に例の「幻想郷」なのだろうか?

 

急激に覚醒していく頭で、だが、一番初めに確認すべき最優先事項は決まっていた。

 

「バックパック、か……」

 

すぐ横の土の上に、見慣れた財団支給の強固なバックパックが転がっているのを見つけ、僕は体を起こした。神居さんはあの調子だったけれど、抽出部門が用意したという支給品の性能にはかなり期待して良さそうだ。泥を払いながらチャックを開け、パンパンに詰め込まれた中身を一つずつ引っ張り出していく。

 

まずは、二十日分と書かれた各種の薬品ボトル。それから、見慣れた防衛用装備であるグロックの拳銃と、予備の弾薬、本当に律儀に放り込まれていた15食分のカロリーメイト。

 

最後にバックパックの底から現れたのは、ひときわ存在感を放つ大きな箱だった。頑丈そうなその箱の表面には、手書きで不釣り合いな『プレゼント』という文字が踊っている。かなりの重量感だ。一体何が入っているんだ。

 

僕は息を呑みながら、その箱の厳重なロックを解除し、ゆっくりと蓋を開けた。中から現れたのは

 

――見覚えがありすぎる、あの悪趣味なほどキラキラした銃型の装備だった。

 

「……マジカル☆平山君スター」

 

僕は絶句した。あのツーブロックマッシュのドヤ顔が脳裏をよぎる。嫌な予感はしていたけれど、平山は本当にこれを僕の荷物にねじ込んできただなんて。性能は本物だとしても、これを異世界で一人、大真面目に構える自分の姿を想像して頭が痛くなる。

 

しかし、箱の中身はそれだけではなかった。さらにいくつかのアイテムが、丁寧に敷き詰められていた。

 

一つは、不気味な輝きを放つ、いかいも財団が『収容』していそうな質感の首飾り。そこには、雑な丸文字で書かれたブライトからの手紙が添えられている。

 

【これ、持っていきなよ! たまには役に立つアノマリーも必要でしょ? 寂しくなったら僕だと思って愛でてね! それとこの首飾りには特別機能があってこれを着けた人の人格がブライトになるんだ!――ブライトより】

 

「絶対に愛でないし、後で絶対にシバく...というかコレSCP-963じゃないか?」

 

僕は手紙を即座に破り捨てたい衝動を抑え、首飾りを厳重にポーチへ仕舞い込んだ。あの問題児が渡してきたものだ、機能はともかくとして、何が起きるか分かったものではない。そして最後にもう一つ、箱の底に眠っていたのは、古びた一冊の書物だった。

 

表紙には、神居さんの無骨な筆跡でこう記されている。

 

『例外のための生存指南書』

 

基礎的な生存術や戦闘の心得がびっしりと書き込まれたその冊子。だが、その最終ページに差し掛かった時、そこだけ毛色の違う、殴り書きのような一文が目に飛び込んできた。

 

『1と2と3と4を知って、それで満足をするな。4があるなら、その先には“5”があり、さらに先には“8”があることも考えろ。結局のところ、全員が見えるものにしか固執をしない。満足した奴から、その先を見ようとしなくなる。――だが、例外はある。大いなる存在の前では、人類なんてちっぽけな蟻だ。……その領域に直面した場合、逆らうことなんて考えない方がいい。そこにルールなど存在しない。ただ絶対的な力にひれ伏すか、あるいは世界の理そのものに消されるだけだ。だからこそ、自分の目に見えている数字だけで世界を測るな。お前が手にしたその銃すら、ある存在の前ではただの玩具に過ぎんのだから』

 

「……」

 

喉の奥がヒリつくような錯覚を覚えた。財団の最高水準の装備を使い、数々のアノマリーを「確保、収容、保護」してきたあの神居さんが、よりにもよって『逆らうな』と生存指南書に書き残している。見えるものにしか固執しない人類と、その遥か先にある「5」や「8」の、大いなる例外。

 

あの深夜の収容室で見せた、神居さんのあの底知れない不気味な眼光が、この一文の背後に重なって見えるような気がした。

 

それが何を意味しているのかを考える間もなくガサリ、と。鬱蒼とした茂みの奥から、はっきりと不穏な足音が響いた。

 

僕は腰のホルスターに収まった『マジカル☆平山君スター』を一瞥し、即座に思考から完全に除外した。あんな致命的に名前がダサい武器、使うくらいなら素手で死んだ方がマシだ。神居さんの警告を持ち出すまでもなく、僕のプライドが全力で拒絶している。

 

茂みをかき分けて姿を現したのは、小さな少女だった。

金髪のショートヘアに、赤いリボン。黒い服に白いエプロンという、どこか幼さを残した風貌。彼女は夜の帳が下りる森の中で、両手を左右に大きく広げ、のんびりとした口調で首を傾げた。

 

「貴方は食べていい人間?」

 

恐ろしいほど冷徹な声が響く。見た目は幼い子供のようだが、その瞳の奥にあるのは、純粋な捕食者としての圧倒的な殺意。完全に敵対しているアノマリーそのものだ。

僕は慌てて両手を前に出し、一歩下がりながら困ったように苦笑いを浮かべた。

 

「ダメですね、24連勤のパサパサ肉ですからめっちゃ不味いと思いますし。あの、できれば見逃していただけないでしょうか?」

 

しかし、僕の必死の懇願(?)を、目の前の少女は一ミリも聞き入れる様子はなかった。彼女は表情を一切変えず、ただその瞳を血のように赤く染めて、不気味なトーンのまま言葉を重ねる。

 

「貴方は食べていい人間!!」

 

……強制だった。だったら最初から聞いた意味はあったのだろうか。これぞまさに人知の通じない怪異の行動パターンだ。 言うが早いか、彼女の周囲に凝縮された「闇」が質量を持った凄まじい弾幕となり、一斉に僕へと放たれた。それは漆黒のエネルギーが巨大な鳥のような形状へと変化し、周囲の空間ごと僕を圧殺せんと猛スピードで突撃してくる大技だった。 押し寄せる絶望的な突風と破壊の衝撃波。まともに喰らえば、鉄製アーマーなど一瞬で紙切れのように引き裂かれるだろう。

 

「ですから、僕戦いたくないんですけどね、ここからは正当防衛です。」

 

僕は覚悟を決め、低く深く腰を落とした。迫り来る闇の爆風を真っ正面から見据え、その破壊エネルギーのベクトルの向きと流体力学的な数値を脳内で瞬時に計算する。科学的根拠に基づく(?)財団秘伝の徒手武術。

 

「財団神拳――『爆風キャンセリング』!!」

 

僕は突っ込んできた巨大な闇の鳥に向けて、あえて自ら掌を突き出した。

 

瞬間、僕の放った掌圧の衝撃波が、彼女の放った弾幕の持つ運動エネルギーと180度完全に逆の位相で衝突する。物理学的に完璧に相殺されたエネルギーは、文字通り「パツン」と小気味いい音を立てて、一瞬で虚空へと霧散していかった。

 

「へっ……? 私の弾幕が、消え……」

 

「これで終わりだ!」

 

呆然とする少女の視界を完全に遮るように、僕は爆風キャンセリングの踏み込みを利用して一気に肉薄していた。狙うは完全な共振現象の誘発。

 

「財団神拳奥義――『共振パンチ』!!」

 

ドゴォッ!!!

 

空気を切り裂くような凄まじい衝撃波が響き渡る。

僕の放ったカウンターの右ストレートが、彼女の展開する闇の防壁を物質固有の振動数と同調して粉砕し、その小さな胸元へと炸裂した。

 

「ふぎゃっ!?」

 

少女の身体は、まるで弾丸のように真後ろへと吹き飛び、何本もの巨木をなぎ倒しながら、森の奥へと消えていった。

 

「ふぅ……すいません、ちょっと力が入りすぎましたかね……」

 

僕は拳から立ち上る微かな煙を吹き消し、大きく息を吐き出した。さすがは科学的に証明された最強の武術。異世界の妖怪相手にも綺麗にクリーンヒットするらしい。

だが、戦いたくないからこそ、これ以上の追撃はせずに確実に無力化を狙うのが財団のプロとしての仕事だ。

 

僕は倒れた彼女の元へと瞬時に移動し、まだ意識が朦朧としている少女の首筋へ向けて、的確な強さで手刀を鋭く振り下ろした。

 

「ひゃ……っ」

 

気の抜けるような悲鳴と共に、彼女の身体から完全に力が抜ける。僕は地面に倒れ込む寸前の小さな身体を、両手でそっと受け止め、ドサリとバックパックの横に横たわらせた。

 

「ふぅ……本当に疲れました……。24連勤明けにやらせる業務じゃないですよ、神居さん……」

 

その場にペタンと座り込んだ僕は、バックパックから支給品のカロリーメイトを引っ張り出し、アルミの袋を破って口に放り込んだ。ボソボソとした食感が、荒れ果てた胃袋に染み渡る。 財団の規定であれば即座に拘束するところだが、ここは見知らぬ異世界。下手に縛り上げて、目を覚ました後に余計に激怒されても面倒だ。

 

「すいませんけど、起きるまでここで待たせていただきますね」

 

僕は『例外のための生存指南書』を膝の上に広げ、神居さんの残した不穏な格言をもう一度眺めながら、目の前の幼い妖怪が目を覚ますのを静かに待つことにした。

 

 




タイトル: SCP-963(記録用:Immortality / 不死の首飾り)
原語版タイトル: 元記事削除済み
訳者: Dr Devan
原語版作者: 元記事削除済み
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/old:scp-963
原語版ソース: 元記事削除済み
ライセンス: CC BY-SA 3.0
作成年: 2013
原語版作成年: 元記事削除済み

ブライト博士の人事ファイル
著者:Dr.Bright
URL:https://scp-wiki.wikidot.com/dr-bright-s-personnel-file
作成年:2008

タイトル: SCP-710-JP-J - 財団神拳
作者: Kwana
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-710-jp-j
ライセンス: CC BY-SA 3.0
作成年: 2014
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。