理性の外側   作:茶葉坊主

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12.エアグルーヴ/始まりは静か

 

社会人一年目。

春。

 

ガラス張りの高層ビルが、

朝の光をやわらかく反射している。

 

国内外に拠点を持つ、大企業の本社。

そのエントランス前。

 

ひとの流れの中で、

視線を集める四人がいた。

 

立ち姿が、整いすぎている。

無駄のない所作。

過不足のない距離感。

 

誰かが合わせるでもなく、

自然に歩調が揃っている。

 

スズカが、穏やかに声をかける。

 

「エアグルーヴ、早いね。」

「そうか?少し早いくらいかと思ったが。」

 

わずかに首を傾げて返すエアグルーヴ。

 

ブライアンが軽く笑う。

 

「十分早いだろ。ルドルフは早すぎる。」

 

その前を歩いていたルドルフが、肩越しに言う。

 

「余裕があるほうが、落ち着いて動けるからね。」

 

四人はそのまま、同じ流れで自動ドアをくぐる。

 

周囲の新入社員たちが、無意識に視線を向ける。

 

「あれ……同じ新入社員なんだよな?」

「雰囲気違くない?」

「なんか、もう働いてるみたい。」

 

小さなざわめきが広がっていく。

 

 

研修期間。

講義、ケーススタディ、グループワーク。

 

四人は、別々のグループに割り振られる。

そして、各所で同じ現象が起きる。

 

「あの人に任せればまとまる。」

 

そう判断されるまでが、早い。

 

 

エアグルーヴは、議論を整える。

「一度、前提を揃える。認識にずれがある。」

 

落ち着いた声。

押しつけではないが、流れを引き戻す力がある。

 

論点を分解し、優先順位を置き直し、

結論へ繋げていく。

 

 

ブライアンは、別の角度から切り込む。

「その数値、裏は取れているのか。」

 

無駄がない。

だが、刺しすぎない。

 

 

ルドルフは全体を俯瞰する。

「その案は悪くない。

 ただ、この条件だとどう変わるだろう?」

 

問いの形で、質を引き上げる。

 

 

スズカは空気を整える。

「大丈夫、ゆっくりでいいよ。順番にいこう。」

 

張り詰めた空気を、ほどく。

 

 

結果として、四人とも評価が集まる。

 

「さっきの人達、すごくなかった?」

「判断が早いし、分かりやすい。」

「しかも話しやすいよね。」

 

“できる”だけではなく、“動きやすい”。

それが、余計に目を引いた。

 

本人たちは、特に気にしない。

 

――やるべきことを、やっているだけ

 

ただそれだけ。

 

 

**********

 

 

配属後。

現場に出る。

 

最初は補助業務。

資料作成、データ整理。

 

エアグルーヴは、ひとつひとつ手を入れていく。

 

情報の順序を整え、不要な要素を削ぎ、

次に扱う者の視点まで含めて組み直す。

 

「こちら、整理しました。」

 

上司が目を通し、わずかに目を細める。

 

「……助かる。見やすいな。」

「ありがとうございます。」

 

過剰に受け取らない。

だが、無機質でもない。

 

数日で、任される範囲が広がる。

 

「これも確認してもらっていいか?」

「はい、対応します。」

 

仕事量は増える。

責任も増す。

 

求められる範囲が広がっていく。

 

 

夜。

帰宅は遅い。

静かな部屋。

 

スーツを脱ぎ、ソファに座る。

ひとつ、息を吐く。

 

(……悪くない)

 

仕事は順調だ。

評価も形になり始めている。

大きな問題はない。

 

それでも。

思考の端に、わずかな空白が残る。

 

理由ははっきりしない。

だが、見過ごせるほど小さくもない。

 

言葉にはならない。

 

少しだけ考えて、やめる。

今、優先するものではない。

 

 

**********

 

 

昼休み。

社員食堂。

 

四人は、自然と同じテーブルに集まる。

周囲より少しだけ、空気が落ち着いている。

 

ルドルフがコーヒーを置く。

 

「どうだい?慣れてきたかい。」

「……概ね問題はない。想定の範囲だ。」

 

エアグルーヴが答える。

 

ブライアンが軽く笑う。

 

「その言い方、相変わらずだな。」

「……かもしれないな。」

 

わずかに口元を緩める。

 

スズカが続ける。

 

「でも、少し余裕は出てきたよね?」

「そう見えるか?」

「うん。前より肩の力が抜けてる。」

「……それは、あるかもしれないな。」

 

ルドルフが、ふと周囲に目をやる。

 

「……この食堂、思ったより視線が多いな。」

 

ブライアンが笑う。

 

「まあな。分かりやすい。」

 

スズカも、くすっとする。

 

「特に、エアグルーヴだね。」

 

エアグルーヴは水を一口飲む。

 

「否定はしないが、お前たちもだろう?」

 

ルドルフが、わずかに口元を緩める。

 

「……困ってはいないかい?」

「……問題はない。」

 

ブライアンが言う。

 

「どうするつもりだ?」

「全部を断るつもりはない。……判断は、まだ先だ。」

 

ルドルフが静かに問う。

 

「何か決めていることはあるのかい?」

「ああ、ある。ただ、今は急ぐつもりはない。」

 

スズカが頷く。

 

「エアグルーヴらしいね。」

 

空気は、穏やかだった。

 

 

**********

 

 

夜。

 

ひとり。

静かな部屋。

 

思考が、ゆっくりと巡る。

 

仕事。

人間関係。

これから。

 

すべて、順調に積み上がっている。

 

そして。

 

昼の会話が、ふと浮かぶ。

 

声をかけられること。

選ぶということ。

関係を築く、という話。

 

それでも。

 

「……どう向き合えばいいのか。」

 

ぽつりと、こぼす。

 

「……まだ、掴めていないな。」

 

否定するつもりはない。

避けているわけでもない。

 

ただ、確信に至っていない。

 

そのとき。

 

無意識に、右耳へ触れる。

 

何もない。

分かっている。

 

それでも、消えない。

 

(……何なんだろうな)

 

小さく思う。

 

問いというより、確認に近い。

答えはない。

 

それでも。

探すことをやめる理由も、なかった。

 

 

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