社会人一年目。
春。
ガラス張りの高層ビルが、
朝の光をやわらかく反射している。
国内外に拠点を持つ、大企業の本社。
そのエントランス前。
ひとの流れの中で、
視線を集める四人がいた。
立ち姿が、整いすぎている。
無駄のない所作。
過不足のない距離感。
誰かが合わせるでもなく、
自然に歩調が揃っている。
スズカが、穏やかに声をかける。
「エアグルーヴ、早いね。」
「そうか?少し早いくらいかと思ったが。」
わずかに首を傾げて返すエアグルーヴ。
ブライアンが軽く笑う。
「十分早いだろ。ルドルフは早すぎる。」
その前を歩いていたルドルフが、肩越しに言う。
「余裕があるほうが、落ち着いて動けるからね。」
四人はそのまま、同じ流れで自動ドアをくぐる。
周囲の新入社員たちが、無意識に視線を向ける。
「あれ……同じ新入社員なんだよな?」
「雰囲気違くない?」
「なんか、もう働いてるみたい。」
小さなざわめきが広がっていく。
研修期間。
講義、ケーススタディ、グループワーク。
四人は、別々のグループに割り振られる。
そして、各所で同じ現象が起きる。
「あの人に任せればまとまる。」
そう判断されるまでが、早い。
エアグルーヴは、議論を整える。
「一度、前提を揃える。認識にずれがある。」
落ち着いた声。
押しつけではないが、流れを引き戻す力がある。
論点を分解し、優先順位を置き直し、
結論へ繋げていく。
ブライアンは、別の角度から切り込む。
「その数値、裏は取れているのか。」
無駄がない。
だが、刺しすぎない。
ルドルフは全体を俯瞰する。
「その案は悪くない。
ただ、この条件だとどう変わるだろう?」
問いの形で、質を引き上げる。
スズカは空気を整える。
「大丈夫、ゆっくりでいいよ。順番にいこう。」
張り詰めた空気を、ほどく。
結果として、四人とも評価が集まる。
「さっきの人達、すごくなかった?」
「判断が早いし、分かりやすい。」
「しかも話しやすいよね。」
“できる”だけではなく、“動きやすい”。
それが、余計に目を引いた。
本人たちは、特に気にしない。
――やるべきことを、やっているだけ
ただそれだけ。
**********
配属後。
現場に出る。
最初は補助業務。
資料作成、データ整理。
エアグルーヴは、ひとつひとつ手を入れていく。
情報の順序を整え、不要な要素を削ぎ、
次に扱う者の視点まで含めて組み直す。
「こちら、整理しました。」
上司が目を通し、わずかに目を細める。
「……助かる。見やすいな。」
「ありがとうございます。」
過剰に受け取らない。
だが、無機質でもない。
数日で、任される範囲が広がる。
「これも確認してもらっていいか?」
「はい、対応します。」
仕事量は増える。
責任も増す。
求められる範囲が広がっていく。
夜。
帰宅は遅い。
静かな部屋。
スーツを脱ぎ、ソファに座る。
ひとつ、息を吐く。
(……悪くない)
仕事は順調だ。
評価も形になり始めている。
大きな問題はない。
それでも。
思考の端に、わずかな空白が残る。
理由ははっきりしない。
だが、見過ごせるほど小さくもない。
言葉にはならない。
少しだけ考えて、やめる。
今、優先するものではない。
**********
昼休み。
社員食堂。
四人は、自然と同じテーブルに集まる。
周囲より少しだけ、空気が落ち着いている。
ルドルフがコーヒーを置く。
「どうだい?慣れてきたかい。」
「……概ね問題はない。想定の範囲だ。」
エアグルーヴが答える。
ブライアンが軽く笑う。
「その言い方、相変わらずだな。」
「……かもしれないな。」
わずかに口元を緩める。
スズカが続ける。
「でも、少し余裕は出てきたよね?」
「そう見えるか?」
「うん。前より肩の力が抜けてる。」
「……それは、あるかもしれないな。」
ルドルフが、ふと周囲に目をやる。
「……この食堂、思ったより視線が多いな。」
ブライアンが笑う。
「まあな。分かりやすい。」
スズカも、くすっとする。
「特に、エアグルーヴだね。」
エアグルーヴは水を一口飲む。
「否定はしないが、お前たちもだろう?」
ルドルフが、わずかに口元を緩める。
「……困ってはいないかい?」
「……問題はない。」
ブライアンが言う。
「どうするつもりだ?」
「全部を断るつもりはない。……判断は、まだ先だ。」
ルドルフが静かに問う。
「何か決めていることはあるのかい?」
「ああ、ある。ただ、今は急ぐつもりはない。」
スズカが頷く。
「エアグルーヴらしいね。」
空気は、穏やかだった。
**********
夜。
ひとり。
静かな部屋。
思考が、ゆっくりと巡る。
仕事。
人間関係。
これから。
すべて、順調に積み上がっている。
そして。
昼の会話が、ふと浮かぶ。
声をかけられること。
選ぶということ。
関係を築く、という話。
それでも。
「……どう向き合えばいいのか。」
ぽつりと、こぼす。
「……まだ、掴めていないな。」
否定するつもりはない。
避けているわけでもない。
ただ、確信に至っていない。
そのとき。
無意識に、右耳へ触れる。
何もない。
分かっている。
それでも、消えない。
(……何なんだろうな)
小さく思う。
問いというより、確認に近い。
答えはない。
それでも。
探すことをやめる理由も、なかった。