アンダー・ワールド・レコード   作:そこら辺のスタンド使い

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第三話 消された子供

 

その日の昼過ぎ、俺は母親と一緒に市立図書館へ来ていた。

 

目的は郷土学習である。

 

決して、近所の空き地で起きた怪事件について調べ、死んだかもしれない少年の身元と、記録を隠している何者かの正体へ迫ろうとしているわけではない。

 

『調査ヲ開始スル』

 

「郷土学習だって言ってるだろ」

 

『調査対象ハ、例ノ空キ地ダ』

 

「声に出すぞ。ここで独り言を始めたら、お前のせいだからな」

 

アンダー・ワールドは黙った。

 

最近、こいつの扱い方が少し分かってきた気がする。

 

「透、この辺りの昔のことを調べたいのよね?」

 

母親が郷土資料コーナーの案内板を見ながら尋ねた。

 

「うん。近所の空き地に、昔どんな家があったのかなって」

 

「昨日あんなことがあったのに?」

 

「だからこそ、安全のために知っておいた方がいいと思って」

 

嘘ではない。

 

俺の目的は最初から最後まで、自分と家族の安全だ。少年のことが気になって眠れなかったとか、そういう感傷的な理由ではない。

 

『昨夜ノ睡眠ハ、浅カッタ』

 

「黙れ」

 

「え?」

 

「昔の建物って、ダムみたいで面白いなって」

 

「あら。ダムに興味があるの?」

 

母親の追及をどうにか誤魔化し、俺たちは受付で事情を説明した。

 

六歳児が突然、古い住宅地図を見たいと言い出したのだから、不審に思われるかと身構えた。しかし図書館の人は、微笑ましそうに笑っただけだった。

 

「夏休みの自由研究には、少し早いね」

 

「将来に備えてます」

 

「勉強熱心なのねえ」

 

違う。

 

生存熱心なのだ。

 

案内された棚には、分厚い住宅地図が年代順に並んでいた。母親に手伝ってもらい、現在の地図から空き地の位置を探す。

 

今の地図には何もない。

 

一つ前も空白だった。

 

さらに年代を遡ると、空き地の場所に一軒の家が現れた。

 

現在の住宅よりも敷地が広い。庭と、離れらしき小さな建物まで描かれている。

 

「これだ……」

 

『昨日確認シタ家屋ノ形状ト一致スル』

 

空き地に重なって見えた、存在しない柱や壁。

 

やはり、あれはこの家の記録だった。

 

地図をさらに遡る。この家は少なくとも五十年以上前から建っていたらしい。十数年前の地図を境に建物の表記が消え、空き地へ変わっている。

 

「お母さん、この頃に家が壊されたみたい」

 

「ずいぶん古そうな家だものね。誰も住まなくなったんじゃない?」

 

「どうして壊したか、新聞に載ってるかな」

 

「一軒家の取り壊しくらいじゃ、新聞には載らないと思うけど」

 

それもそうだ。

 

しかし、床下から子供が見つかったなら話は別だ。

 

生きていても、死んでいても、何らかの記事になるはずである。

 

次に、当時の地域新聞を調べることにした。

 

古い新聞は縮刷版や専用端末で閲覧するらしい。母親が操作方法を教わっている間に、俺は検索する言葉を考えた。

 

空き地。

 

古民家。

 

子供。

 

行方不明。

 

閉じ込め。

 

遺体。

 

六歳児の検索履歴として、かなり危険だった。

 

『“床下”ヲ追加スルベキダ』

 

「分かってる。でも母さんの前で入力しにくいんだよ」

 

「透、何か言った?」

 

「昔の新聞って面白いねって」

 

まだ一文字も読んでいない。

 

母親は特に疑わず、「そうね」と笑った。

 

まず、家が取り壊された年を中心に記事を探した。

 

老朽化した住宅。

 

火災。

 

不法投棄。

 

空き家対策。

 

それらしい記事はいくつか見つかったが、例の家と断定できるものはない。

 

少年が閉じ込められた時期も分からない。昨日見た服装や家の状態から考えて、かなり昔だとは思う。しかし俺は、服を見ただけで年代を当てられるほど詳しくなかった。

 

『オヨソ二十年カラ三十五年前ト推定スル』

 

「幅が広いな」

 

『記録ガ劣化シテイル』

 

仕方なく、二十年以上の新聞を少しずつ確認していくことにした。

 

六歳児には地獄の作業だった。

 

漢字は前世の記憶で読める。しかし、読めることと膨大な紙面から目的の記事を見つけられることは別問題だ。

 

一時間ほど経った頃には、目が痛くなっていた。

 

「見つからない……」

 

子供の事故や失踪に関する記事は、いくつかあった。

 

だが、どれも場所や状況が一致しない。

 

あの家で子供が床下へ閉じ込められたという記事は、一つもなかった。

 

「やっぱり、あの子は助かったのか?」

 

『可能性ハ低イ』

 

「どうして?」

 

『記録ニ残ッタ恐怖ハ、極メテ強イ。死ノ直前ニ刻マレル感情ニ近イ』

 

「遠回しに言わなくていい。いや、やっぱり遠回しにしてくれ。六歳児には重すぎる」

 

少年が死んだのなら、なぜ記事がない。

 

家族が届け出なかったのか。

 

それとも、少年が閉じ込められたこと自体、誰も知らなかったのか。

 

考えていると、少し離れた棚を見ていた母親が、一冊の古い広報誌を持ってきた。

 

「透、こういうのはどう? 昔の町の写真が載ってるみたい」

 

地域の記念誌だった。

 

道路が舗装される前の町並みや、昔の祭り、今は閉校した学校。地域住民から提供されたらしい写真が、年代順に並べられている。

 

「ありがとう。見てみる」

 

母親は「疲れたら休むのよ」と言い残し、近くの席で自分の本を読み始めた。

 

俺は記念誌を一ページずつめくった。

 

数分後、一枚の写真に目が止まった。

 

古い家の前に、数人の子供が並んでいる。

 

家の形に見覚えがあった。

 

昨日、空き地で見た家だ。

 

柱の位置も、庭石も、縁側も一致している。

 

写真の下には、地域の子供会で撮影されたものだという説明があった。日付は二十数年前の夏。

 

子供たちは皆、こちらへ笑顔を向けている。

 

ただし、一人だけ離れていた。

 

写真の右端。ほかの子供たちから半歩ほど距離を置いて、小さな少年が立っている。

 

顔の部分が、黒く滲んでいた。

 

「……こいつだ」

 

服装が同じだった。

 

昨日の記録で床下へ入った少年だ。

 

『同一人物ト推定スル』

 

「この黒い汚れは何だ?」

 

『物理的ナ汚損デハナイ』

 

試しに、母親へ写真を見せる。

 

「お母さん。この子の顔、変に見えない?」

 

「この子?」

 

母親が指差したのは、写真の右端だった。

 

「少しピントがぼけているけど、昔の写真だからじゃない?」

 

母親には、少年の顔が見えているらしい。

 

黒い滲みが見えているのは俺だけだ。

 

俺は写真へ指を置いた。

 

「アンダー・ワールド。この写真の記録を読めるか?」

 

『可能。ダガ、通常ノ物体トハ異ナル』

 

「どう違う?」

 

『写真ハ、記録スルタメニ作ラレタ物体ダ。露光シタ瞬間ノ情報ハ強イ。ダガ、ソノ前後ハ薄イ』

 

「動画みたいに長くは見られないってことか」

 

『ソウダ』

 

数秒あれば十分だ。

 

俺は少年へ触れたまま、意識を集中させた。

 

視界の中で図書館が薄くなり、代わりに夏の日差しに照らされた古い家が現れた。

 

子供たちが縁側の前へ並んでいる。

 

写真を撮る大人が、もっと近くへ寄るよう手で合図した。

 

子供たちが互いに身を寄せる。

 

右端の少年も近づこうとした。

 

その瞬間、隣にいた子供が肘で押し返した。

 

少年の足が止まる。

 

誰もそちらを見ない。

 

大人に気づかれないよう、笑顔だけをカメラへ向けている。

 

シャッターが切られた。

 

記録が消えかける。

 

そのとき、俺の足が勝手に半歩下がった。

 

肩が内側へ丸まる。

 

視線が地面へ落ちる。

 

俺は少年と同じ場所に立たされていた。

 

子供たちの笑い声が、自分を囲んでいる。

 

写真を撮っている大人には聞こえないほど小さな声が、横から飛んできた。

 

「こっち来るなよ」

 

胸の奥へ、針のような痛みが刺さった。

 

俺の感情ではない。

 

少年のものだ。

 

『警告スル。記録ガ、お前ヲ少年ノ役割ニ固定シ始メテイル』

 

「解除してくれ」

 

『自分デ接触ヲ断テ』

 

俺は写真から指を離した。

 

夏の光景が消え、図書館へ戻る。

 

息が少し乱れていた。

 

昨日ほど深く取り込まれてはいない。それでも、あの記録は俺へ同じ立ち位置と感情を押しつけようとした。

 

見るだけで済む記録と、観測者を巻き込む記録。

 

その違いは、まだ分からない。

 

「もう一度、今度は撮影直後を見たい」

 

『推奨シナイ』

 

「数秒だけだ」

 

『お前ハ、制御デキナイ』

 

「分かってる。危なくなったら手を離す」

 

もう一度、写真へ触れる。

 

夏の日差し。

 

シャッターの音。

 

撮影が終わると、子供たちの笑顔が一斉に消えた。

 

一人が少年の肩を小突く。

 

別の一人が、古い家の方を指差した。

 

声は、水の底から聞こえるように歪んでいる。

 

「次、お前が鬼な」

 

「見つけるまで出てくるなよ」

 

子供たちが笑った。

 

少年だけは笑っていなかった。

 

俺の足が勝手に家の方を向く。

 

一歩。

 

また一歩。

 

俺は写真へ触れたまま、椅子から立ち上がりかけていた。

 

図書館の中なのに、体だけが古い家へ向かおうとしている。

 

「待て……俺は行かない」

 

足が止まらない。

 

少年が当時歩いた道筋を、俺の体でもう一度なぞろうとしている。

 

『接触ヲ断テ』

 

「分かってる!」

 

指を離そうとした瞬間、映像の端から黒い影が滲み出した。

 

少年の姿を覆い、子供たちの顔を塗り潰し、家全体を飲み込んでいく。

 

黒い影がこちらを向いた。

 

顔のないはずのそれと、目が合った。

 

頭の中へ鋭い痛みが走る。

 

俺は写真から手を弾かれた。

 

机の上へ、赤い雫が落ちる。

 

鼻血だった。

 

「透?」

 

母親がすぐに気づいて駆け寄ってきた。

 

「どうしたの!」

 

「だ、大丈夫。ちょっと本を読みすぎた」

 

「本を読んで鼻血が出るわけないでしょう」

 

もっともだった。

 

母親は心配そうに俺の顔を覗き込み、ハンカチを鼻へ当てた。

 

「今日はもう帰る?」

 

「もう少しだけ」

 

「駄目。少し休みなさい」

 

俺は椅子へ座らされ、水を飲まされた。

 

『術式ノ過剰使用ダ』

 

「写真一枚でこれかよ……」

 

『記録ガ、お前ヲ過去ヘ連レ込モウトシタ』

 

「写真から離れたのに、歩かされかけたぞ」

 

『再演ニハ、観測者ノ同意ヲ必要トシナイ』

 

「俺の人権は?」

 

『記録ニ、人権という概念ハナイ』

 

「そういう話じゃないんだよ」

 

あの黒い影は、空き地にだけいるのではない。

 

二十数年前に撮影された写真を通じて過去を見ようとした俺の前にも現れた。

 

写真へ住みついているわけではないのだろう。

 

少年の過去を隠す何かが、俺の術式を通してこちらへ干渉してきたのだ。

 

『空キ地ニハ、二種類ノ強イ感情ガ残ッテイル』

 

「二種類?」

 

『一ツハ、少年ノ感情。“見ツケテホシイ”』

 

昨日聞いた声を思い出す。

 

暗い床下で、少年は何度も助けを求めていた。

 

「もう一つは?」

 

『“知ラレタクナイ”』

 

写真の中で笑っていた子供たち。

 

少年をからかい、古い家へ追いやった子供たち。

 

「閉じ込めたことを、知られたくなかった」

 

『ソノ感情ガ長イ時間ヲカケ、呪イニ変化シタ可能性ガ高イ』

 

「じゃあ、昨日追ってきた黒い影は……」

 

『少年デハナイ』

 

空き地に残っているものは、一つではなかった。

 

助けを求め続ける少年の記録。

 

少年に何が起きたのかを隠し続ける、別の呪い。

 

一方は見つけられることを望み、もう一方は見つけられることを妨げている。

 

「同じ土地で、正反対のものが混ざってるのか」

 

『ソウダ』

 

「人間関係を死後までこじらせるなよ……」

 

軽口を叩いてみたが、笑えなかった。

 

写真の中の少年は、ほかの子供たちから明らかに仲間外れにされていた。

 

あのかくれんぼも、ただの遊びではなかったのかもしれない。

 

「あの子が床下へ入った直後、何が起きた?」

 

『記録ガ隠サレテイル。直接ノ確認ハ困難ダ』

 

「昨日聞こえた音は?」

 

『複数ノ足音。重イ物体ヲ移動サセル音』

 

「やっぱり、ほかの子供たちは知ってたんだ」

 

少年が床下へ入る。

 

子供たちがその場所へ近づく。

 

何かを入口の上へ置く。

 

その直後、別の大きな音がして、子供たちは逃げた。

 

証拠は断片しかない。

 

だが、単なる事故とは考えにくかった。

 

「すぐに戻すつもりだったのかもしれない」

 

『可能性ハアル』

 

「でも、何かが起きて怖くなった。それで誰にも言わなかった」

 

『推測ノ域ヲ出ナイ』

 

「分かってるよ」

 

それでも、腹が立った。

 

少年はあの暗闇で、ずっと助けを待っていた。

 

床板一枚の向こうに、自分がいることを知っている人間がいたかもしれないのに。

 

「最低だ」

 

口から出た声は、自分で思っていたより低かった。

 

『感情ニヨル断定ハ推奨シナイ』

 

「六歳児に何を求めてるんだよ。子供らしく怒らせろ」

 

休憩を終えた俺は、帰る前にもう一度だけ新聞を確認した。

 

家が取り壊された正確な時期は、住宅地図から絞り込めている。その前後だけなら、調べる量も多くない。

 

数日分の紙面をめくり、何も見つからず、やはり記事にはならなかったのかと諦めかけたときだった。

 

紙面の隅に、小さな見出しがあった。

 

『解体中の住宅床下から人骨』

 

息が止まった。

 

記事は驚くほど短かった。

 

老朽化した住宅の解体作業中、床下から人間のものとみられる骨が発見された。警察の調査では、骨は子供のものと推定された。

 

長期間が経過しており、身元は不明。

 

事件と事故の両面から調べる。

 

それだけだった。

 

続報を探した。

 

翌日。

 

一週間後。

 

一か月後。

 

何もなかった。

 

身元が判明したという記事も、事件として捜査されたという記事もない。

 

少年は確かに見つかっていた。

 

けれど、名前は戻らなかった。

 

「……誰にも、見つけてもらえなかったんだな」

 

『一度ハ、発見サレタ』

 

「遅すぎるだろ」

 

『ダガ、少年ノ記録ガ残ッテイル理由ハ、遺体ノ発見デハナイ』

 

「自分に何が起きたのか、知ってほしいのか」

 

『可能性ガ高イ』

 

見つけて。

 

あの声は、床下から出してほしいという意味だけではなかったのかもしれない。

 

誰が自分を閉じ込めたのか。

 

なぜ誰も助けに来なかったのか。

 

自分がここにいたことを、誰かに知ってほしい。

 

だから少年の記録は、今も空き地に残り続けている。

 

「透、そろそろ帰りましょう」

 

母親に呼ばれ、俺は新聞を閉じた。

 

帰り道、母親は「面白いことは分かった?」と尋ねてきた。

 

「うん。昔、あの空き地には大きな家があった」

 

「それで?」

 

「古くなったから壊されたみたい」

 

人骨の記事については言わなかった。

 

母親を怖がらせたくなかったし、六歳児がそんな記事を熱心に調べていたと知られたくもなかった。

 

「自由研究に使えそう?」

 

「自由研究じゃないよ」

 

『調査ダ』

 

「自主学習」

 

「え?」

 

「なんでもない」

 

家へ戻る途中、例の空き地の前を通った。

 

俺は見ないつもりだった。

 

今日は調べるだけ。空き地には入らない。少年の過去を知ったからといって、俺にできることはない。

 

そう言い聞かせていた。

 

だが、空き地の前に何人もの子供が集まっているのが見えた。

 

近所の子供たちだった。

 

誰一人、話していない。

 

フェンスの向こうを、じっと見つめている。

 

「何してるの?」

 

母親が声をかけても反応しない。

 

フェンスには、昨日までなかった小さな手形がいくつも付いていた。

 

内側から押しつけたような、黒い手形。

 

空き地の奥から、子供の声がした。

 

「もういいかい」

 

フェンスの前に並んだ子供たちが、同時に口を開いた。

 

「もういいよ」

 

背筋が凍った。

 

『警告スル。記録ノ侵食範囲ガ拡大シテイル』

 

「なんでだよ。昨日までは空き地の中だけだっただろ」

 

『昨日ノ接触ニヨリ、少年ノ記録ガ、お前ヲ認識シタ』

 

「記録が俺を認識?」

 

『お前ハ、床下ヲ開キ、少女ヲ発見シタ』

 

「開けさせられたんだよ」

 

『記録ニトッテ、区別ハナイ』

 

少年の記録は、俺を「見つけた者」として覚えた。

 

そして今日、俺は図書館でその過去をさらに追った。

 

見つけてほしい記録と、隠したい呪い。

 

その両方に、自分の存在を知らせてしまった。

 

「俺が、こいつらを呼んだのか?」

 

『違ウ』

 

即答だった。

 

「違うのか?」

 

『お前ガ原因デハナイ。ダガ、再演ノ引キ金ノ一ツニナッタ』

 

「全然安心できない言い方だな!」

 

空き地の奥で、黒い影がゆっくりと立ち上がった。

 

昨日よりも大きい。

 

その周囲には、何人もの子供の影が集まっている。

 

近所の子供たちが、一斉にフェンスへ手を伸ばした。

 

「お母さん、この子たちを空き地から離して」

 

「透?」

 

「早く!」

 

俺の声に驚きながらも、母親は一番近くにいた子供の肩を掴んだ。

 

その瞬間、子供は糸が切れたように座り込んだ。

 

残りの子供たちは動かない。

 

空き地の奥から、もう一度声がした。

 

「もういいかい」

 

今度の声は、少年のものではなかった。

 

黒い影が笑っていた。

 

視界が揺れる。

 

舗装された道路の上へ、古い家の廊下が重なる。

 

フェンスが消え、代わりに木製の引き戸が現れる。

 

母親の姿が遠ざかっていく。

 

「待て。俺は何もしてないぞ」

 

『再演ハ、お前ノ意思ヲ必要トシナイ』

 

両足が勝手に動いた。

 

一歩。

 

また一歩。

 

古い家の中へ向かって歩き始める。

 

止まろうとしても、止まらない。

 

誰かの足取りを、そのままなぞらされている。

 

「今度は、誰の役だ?」

 

『不明』

 

「またそれかよ!」

 

『ダガ、再演サレル記録ハ特定デキル』

 

子供たちが同時に振り返った。

 

全員が、同じ笑顔を浮かべている。

 

『少年ガ閉ジ込メラレタ、最後ノかくれんぼ』

 

俺は過去を掘り起こしたつもりだった。

 

だが、どうやら順番が逆だったらしい。

 

掘り起こされた過去の方が、今度は俺を捕まえに来た。

 

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