あらすじにも示したとおり、こちらでは短編集を投稿します。
本編に関わる部分はこれまで通り本編の方に投稿しますが、特にあまり関わらない部分はこちらの方に投稿しますので、どうぞよろしくお願いします。
「……仕事、手伝いに来てくれたのはありがてーけど。なんでお前らそんな大荷物なの?」
耳を穿りつつ、銀時は眼前に並ぶ「便利屋68」の面々と、その後ろに鎮座している大量の荷物を眺めて問いかけた。荷物というか、もはや引っ越し用の荷台をパンパンにした中型トラックがシャーレの入り口に堂々と横付けされている。
銀時のジト目を受け、便利屋の社長たるアルは、顔を真っ赤にしてバツの悪そうな様子で人差し指同士をツンツンと合わせていた。
「え、えーと……それは、そのー……ね? ほら、アウトローたるもの、いついかなる依頼にも完璧に対応できるように、あらゆる機材や資材を常備しておくのがプロの嗜みというか、ね……?」
「あのね、先生」
見かねたカヨコが、深いため息をつきながら頭を抱えて助け船を出す。
「ゲヘナの自治区に入った途端に、風紀委員の襲撃がやたらと多くて……まともにオフィスで過ごせなくなっていたところで。そしたら『そう言えば私たち、シャーレの部員よね!?』ってアルが急に言い始めて……」
「シャーレの部員なら、シャーレのオフィスの一室を借りてもいいんじゃない!? ……って思いついちゃったってワケ♡」
ムツキが両手を後ろで組みながら、悪戯っぽく笑ってアルの言葉を綺麗に代弁した。図星を突かれたアルは、一瞬で顔を耳まで真っ赤にして「む、ムツキ!」と狼狽するも咳払いして胸を張る。
「……そ、そう! まさにそうよ! 私たちはアウトローの王道を目指して、いずれはシャーレを裏で支配するっていう偉大な目標があるの! だからこれは、その、支配下におくための前線基地の構築というか、戦略的居座りであって、断じて……!」
「つまりは暫く寝床がねーから間借りしてえってことだろーが。仕事手伝いに来たって名目で、最初からここに住み込みするつもり満々だろーが」
銀時は穿った耳のゴミをフッと吹き飛ばしながら肩をすくめて笑った。
「何が裏で支配する、だ。お前らそのトラックの荷台、あからさまに布団とかマイ枕とか飛び出してんぞー」
「す、すすすすみません! 先生のお部屋を汚すような真似は絶対にしません! 私はベランダの端っこで段ボールの中で過ごさせていただければ十分ですので、どうか社長を見捨てないでくださいぃぃ……!!」
「ほら見ろ! 完全にホームレスのライフハック始まってんじゃねーか!」
銀時がツッコミを入れながらやれやれと首を振る中、そんなおざなりな彼の態度に、アルはさらに顔を赤くし、今度はシュンと肩を落として俯いてしまった。
「……ご、ごめんなさい。やっぱり、いくら部員だからって急に住み込みなんて迷惑、よね……。忘れて頂戴、今すぐ別の寝床を──」
涙目でトラックの方へ引き返そうとするアル。それを見た銀時は、天を仰いで大きくため息をついた。そして頭をガリガリと掻きむしり、彼女たちに背を向ける。
「……おい、待て。誰が帰れっつったよ。一階入って右の二番目の奥。物置にも使ってねー、無駄に広い部屋があるからそこ使え。風呂とかトイレは階ごとにあるみてえだから勝手に使っていい。俺ぁ普段上の階にいるから、一階はなるべく使わねえようにしてやるわ」
「え……?」
アルが驚いて顔を上げると、銀時は手をヒラヒラと振りながら、先にシャーレの玄関へと入っていく。
「……わかったら、お前らさっさとその大荷物の荷下ろしと荷解き終わらせろ。仕事手伝いに来たんだろ? こっちは山積みの書類で目が回りそうなんだからな、たんまり働いてもらうぞ」
「……先生……!」
ぶっきらぼうだけど、どこまでも優しいその言葉に、アルの瞳が一気に輝いた。
「聞いたわね、みんな! 先生の慈悲、じゃなくて、私たちの完璧な戦略的勝利よ! さぁ、便利屋68、拠点の構築を開始するわよ!」
「は、はいっ! 社長のために命がけで荷物を運びます! 部屋の壁の防音加工もしておきますね!」
「あはは、アルちゃん現金だなぁ〜。じゃあカヨコちゃん、私たちは重いものから運んじゃおっか」
「……はぁ。本当に、いつもこの人にだけは頭が上がらないよね……」
カヨコが呆れつつも、どこかホッとしたような薄い笑みを浮かべる。
こうして、便利屋68の面々は嬉々としてトラックからの荷下ろしと、シャーレへの搬入、そして賑やかな荷解きを始めていくのだった。
──────────
そして便利屋68のメンバーたちが粗方荷解きを終え、ひと段落つけるのに合わせて、まずはどんな仕事量かを偵察するために銀時のオフィスがある上の階へと向かった。
しかし、そのオフィスの入り口に辿り着いた彼女たちは、一様に足を止めることになる。そこには、重厚なシャーレのドアに全く似合わない、手作り感溢れる「万事屋銀ちゃん シャーレ支部」という木製の看板が掲げられていた。
「……これって……」
アルが呆然とその文字を見つめる。
「あー、これか? アビドスの奴らがわざわざ送ってくれたんだよ。結構よくできてるだろ、コレ」
廊下の奥の給湯室から、ストローを挿したイチゴ牛乳のパックを片手に、ズズズと音を立てながら出てきた銀時が口にする。
「看板もそうなんだけど……この万事屋銀ちゃんって? 先生ってシャーレの所属だよね? 」
カヨコが怪訝そうに眉をひそめながら尋ねる。すると、銀時はイチゴ牛乳を一度口から離し、少しだけ遠い目をしてフッと笑った。
「……キヴォトスに来る前は、俺もお前らと似たような仕事してたんでね。基本的には金さえもらえりゃなんでもやる。犬の散歩から世界の危機を救うのまで、万の事を引き受けて売る仕事ってんで『万事屋』ってこった」
「そっかあ、それでシャーレ"支部"……。ふふっ、先生も昔はなかなかにアウトローな生活をしてたってワケね♡」
ムツキが面白そうに目を細めて銀時を見上げる。
「アウトローってか、ただの極貧自転車操業だけどなー。家賃は溜めるわ、飯の代わりに犬の餌食ってるわで、お前らの方がよっぽど小綺麗にオフィス構えてただろーが」
「うぅ、す、すみません……! 私たちも昔、公園で寝泊まりしてたことはありましたけど……犬のご飯までは流石に手を出したことはなくて……不甲斐ありません……!」
「ハルカ、そこに対抗心燃やさなくていいから。……それにしても、自転車操業なのは私たちも変わらない。意外と似たもの同士だね、先生と私たちは」
「似たもの、同士……」
カヨコの言葉を耳にした瞬間、アルはそれだけで意識がフワフワと浮き立ち、締まりのない笑みが頬に緩んでしまうのを止められなかった。
「(先生と、私たちが……似たもの同士……!)」
あの日、ブラックマーケットの闇銀行で自分の在り方に迷っていた時、「お前はお前のアウトローのルールってもんを見つけな」と不器用ながらも真っ直ぐに諭してくれた先生。
それなのに、その後色々あって意気投合していたはずのアビドスの面々に銃を向けることになってしまった時。ゲヘナ風紀委員の無慈悲な奇襲によって、自分たち目掛けて迫撃砲の雨が浴びせられそうになったのを、身を挺して庇ってくれた先生。
そんな、自分にとっての圧倒的な「理想の大人」であり、「憧れの人」との意外な共通点。ただそれだけの事実が、今のアルの胸をこれ以上ないほど激しく高鳴らせていた。
「……アルちゃん? どしたの? すっごくニヤニヤした顔になってるよ?」
「……っ、ん、んーん! な、なんでもないわよムツキ! コホン!」
アルは慌てて咳払いをすると、キリッと表情を引き締め、誇らしげに胸を張って銀時へと向き直った。
「ね、先生。シャーレの……いいえ、万事屋銀ちゃんの仕事、私たちに全力で手伝わせて頂戴。そのために、私たちはわざわざここに来て住み込みするんだもの!」
「おい、どさくさに紛れて住み込みって完全に認めやがったぞコイツ。……まぁ、もう部屋貸しちまったし、いーや。中のデスクに依頼の書類がタワマンかってくらいに積まれてっから。コイツを四人がかりでどんどん減らしてもらうからな」
銀時は呆れたようにイチゴ牛乳を吸いながら彼女たちを促すようにオフィスの扉を大きく開け放った。
「さぁ、行くわよみんな! 万事屋銀ちゃんシャーレ支部での初仕事よ!」
アルの気合の入った号令と共に、便利屋68のメンバーは次々とオフィスへと足を踏み入れていく。山積みの書類という名の「敵」を前に、彼女たちの新しい、そして少し騒がしいシャーレでの日々が、今ここに幕を開けるのだった。
──────────
それから数日。減らしても減らしても絶えず送られてくる、さまざまな自治区からの決算書や依頼書。銀時と便利屋68とでローテーションを組むようにしながら手分けして片付けてゆくうちに、オフィスを埋め尽くしていた紙の山も、段々とマシな量にはなってきた。
今日の分の書類仕事にようやくひと段落をつけて、頭を冷やすためにオフィスのベランダに出て夜風を受けるアル。街の灯りを遠くに眺めながら一息ついていると、そんな彼女の頬に、突如冷たいものが押し当てられた。
「ひゃっ……!?」
「よう、ごくろーさん。これ、差し入れ」
飛び上がって驚くアルの視界に入ってきたのは、冷えたイチゴ牛乳のパック。そして、それを差し出しながら気怠げに佇む銀時の姿だった。アルは赤くなった顔を隠すようにそれを受け取ると、隣のフェンスに寄りかかった彼を盗み見る。
「……あり、がと」
「ん」
銀時は自分の分のイチゴ牛乳にストローを挿し、ずず……と啜る音を夜の静寂に響かせる。アルもそれを真似るように一口飲み、口いっぱいに広がる甘さにホッと息を漏らした。少ししてから、彼女はずっと胸の中で燻っていた疑問を、夜風に乗せるようにして口を開いた。
「……ね、先生。先生って、ここにくる前の万事屋に……仲間っていたの?」
「どした、藪から棒に」
「ううん、少し気になっちゃって。先生の話を聞いてたら、なんだか私たちの便利屋とちょっと似てるのかな、なんて。……だから、どんな人たちだったのかなって」
銀時はしばらくの間、夜空に浮かぶ月を眺めていた。その死んだ魚のような目が、一瞬だけ、本当に一瞬だけ、ひどく懐かしそうに細められる。
「……いたよ。ツッコミのうるせえ、本体が人間なのかメガネなのか分からねえような地味なメガネにさ。あと、腹ん中がブラックホールみてえになってる、神楽っていう名前の口の悪い大喰らいの小娘。それに、そいつに負けねえくらい飯を食う、軽トラくらいある真っ白ででけえイヌッコロ」
銀時はそう言うと、またずず、とイチゴ牛乳を啜った。
「家賃の督促からは逃げ回るわ、依頼を受けりゃ毎回ろくでもねえ大騒動に発展するわで、……まぁ、そいつらと、ギャーギャー騒ぎながら生きてたよ、俺ぁ」
「その人達とは、ここには来なかったの?」
アルの問いかけに、銀時はイチゴ牛乳のパックを持ったまま、しばらくの間言葉を止めた。夜風が彼の銀髪を静かに揺らす。その横顔は、いつものだらしなさが消え失せ、どこかひどく遠い場所を見つめているようだった。
「……覚えてねーんだよなぁ。なんで俺が、ここにこうしているのか。キヴォトスに来てすぐ、連邦生徒会の奴らに頼んであいつらと連絡取れねえか、色々掛け合ってみたりもしたんだが……どーやら俺ぁ、本格的な迷子ってヤツになっちまったみてえでさ。電波も届かなきゃ、宛先すらどこにもねぇ」
銀時は自嘲気味にフッと笑い、手元のパックを少しだけ揺らした。
「今頃あいつら、俺のいねーところで何してるんかねえ。俺がいないとジャンプの回し読みもできねーだろ。……あーあ、早く戻って家賃も払わねえといけねーのによ。ババアの怒号が聞こえねー夜ってのも、なんか調子狂うわ」
その言葉の端々に滲む、隠しきれない大切な人たちへの想い。アルは胸がぎゅっと締め付けられるような感覚を覚えた。いつでも自分たちの前に立ちはだかり、どんな困難も一刀両断にしてしまう最強の大人。そんな彼が、今、自分のすぐ隣で、ひどく小さく、脆い迷子のように見えたからだ。
「……寂しい?」
気付けば、アルはそんな言葉を口にしていた。問うてから、流石に踏み込みすぎただろうかと慌てて口を噤む。
銀時はイチゴ牛乳を最後の一滴まで吸い尽くすと、ズズ、と虚しい音を響かせ、それをベランダのゴミ箱へと放り投げた。そして、ポケットに両手を突っ込んで、小さく息を吐き出す。
「……さーな。おじさんもう歳だからさ、寂しいとかそういう若い感情、とっくにどっかのゴミ箱に捨ててきちゃったわ。今はただ、糖分が足りねーなってことしか考えてねぇよ」
いつものように、はぐらかすような気怠い口調。だけど、その背中にはやっぱり、ほんの少しの哀愁が漂っていて。
「……だったら!」
アルは思わず、銀時の着流しの袖を掴んでいた。銀時が驚いたように目を丸くして彼女を振り返る。
「だったら……その、あな……先生の仲間が、そのメガネの人や女の子たちと会えるまで、私たちが……便利屋68が、先生の隣でギャーギャー騒いであげるわよ!」
「あん?」
「私たちはアウトローの王道を行く便利屋だけど……シャーレの部員でもあるんだから! 先生が迷子で寂しい思いなんてしてたら、私の完璧なハードボイルドの計画に支障が出るじゃない。だから……だから、ここにいる間は、私たちをその……代わりにしなさいよ!」
一気にまくし立ててから、アルは自分の言った言葉の恥ずかしさに気付き、一瞬で顔を耳まで真っ赤に染めた。「代わりにしなさい」だなんて、まるで自分が彼の特別な存在になりたいと言っているようではないか。
「あ、違うの! 今のはその、ビジネスパートナーとしての、戦略的互助関係というか……!」
慌てて手を離し、身振り手振りで弁明しようとするアル。そんな彼女の様子をしばらくポカンと見つめていた銀時だったが、やがて、ククッと肩を揺らして吹き出した。
「……何がハードボイルドだ、顔真っ赤にして茹でダコみてーになってんじゃねーか」
「わ、私は大真面目に……!」
「わーってるよ」
銀時は笑うのをやめると、そっとアルの頭の上に大きな手を乗せた。あの日、砂漠で諭してくれた時と同じ、少し手荒で、だけど涙が出るほど温かい手のひら。
「……ありがとよ。お前らの騒がしさは、あいつらに負けず劣らずだからさ。おかげさまで退屈なんてモンは一秒もなさそうだ」
そう言って、銀時はアルの頭をクシャクシャと撫で回した。
「ほら、夜風に当たりすぎて風邪ひくなよ。明日も朝っぱらから始末書処理が残ってんだからな。さっさと寝ろよ、社長」
銀時は手を離すと、じゃあな、と手を振りながらオフィスの中へと戻っていった。
ベランダに一人残されたアルは、乱れた髪を両手で押さえながら、トクン、トクンと激しく高鳴る胸の音を聞いていた。頬に残るイチゴ牛乳の冷たさと、頭頂部に残る彼の熱。
「……もう、調子狂っちゃうじゃない」
アルは夜空の月を見上げ、嬉しさを隠すようにふくれっ面をしてみせた。先生の過去にある、大切な万事屋の仲間たち。いつか彼がそこへ帰ってしまう日が来るのかもしれない。けれど、今この瞬間、あの人の隣にいてその心を温められるのは自分たちなのだと、アルは少しだけの誇らしさを胸に、静かな夜のオフィスへと戻っていくのだった。
ここまで読んでくださりありがとうございます。……本編の方に出したホシノとのアクアリウムデートの話、ここに移そうかどうか迷ってます。どーしよ……