名探偵ピカチュウの事件簿 -高名な仲介人- 作:じょうぶなメガネ
「自分はライムシティに来たのは、2年くらい前になります。前のお店では、ウエーターをやっていたんですけど、いつか自分の店を持てるようになりたい、と思ってまして。
それで、前の店で相談したら『ライムシティ』という街で店をやっている知り合いが人を探してる」ということで、紹介という形ではありますが、修行にやってきたんです。
初めは皿洗いからでしたけど、今ではフライパンも振らせてもらって、メニュー開発のメンバーにも入れてもらえるようになりました。
ぜひティムさんたちも一度来てみてください。といっても、採用されたメニュー、まだ一つだけですけどね。
それで、ずっと修行の日々だったんですが、先月くらいに前の店でキッチンを任されていた人が一人、急病で倒れてしまったらしくて、オーナーから戻ってきて欲しい、と連絡がありました。
自分も、これは流石に、ということで2年間の修行に蹴りをつけて、前の店に戻ることにしました。
ただ、戻るにあたって一つ問題があって。修行の時に自分はヨーテリーを連れてきました。小さい頃から一緒の私の相棒です。
このヨーテリーなんですが、いざ帰ることを伝えると、今まで見たことがないくらい吠え始めたんです。部屋中、大暴れして、今は物置きの段ボールの中に引きこもっています。今日も連れてこようと思っていたんですが、唸り声をあげるだけで全く出ようとしません。
なので、これを何とかして欲しいと思った時に、先ほどの知人からティムさんたちの話を聞いたんです。パートナーと協力して、R事件を止めたくらいだから、きっと何とかしてくれると思いまして……」
ここでミキヤさんは一呼吸置いた。
ヤヤコマと部屋を駆け回っていたピカチュウも、ソファーの背もたれにどかっと身を預けて、いつのまにか話を聞いていた。
僕はタイミングを見計らって、
「以前から、ヨーテリーはそんな感じになることがあったんですか」
と質問を切り出してみる。
「いえ、そんなことはありません。昔から人懐っこくて、家を出る時に忘れ物をわざわざ持ってきたりして、親切なやつなんです。それが急に、という感じで」
「なるほど」
「よっぽどライムシティのことが気に入ったのかしら」
アマンダさんの一言に、肩に乗ったヤヤコマが「ヤコ!」と相槌を打った。
「最近、何かヨーテリーに変わったことはないでしょうか、友達ができていたとか」
「それがありまして……。この前、ヨーテリーと散歩していたんですよ。その時、やけに進もうとしない時があったんです。ズボンの裾を噛んで抵抗するくらいで。その場所というのが一軒家の前なのですが、二階の窓からいつもクスネが座っているのが見える家なんです」
クスネとは、大きなしっぽと上向きに張った耳が特徴的な四足歩行のポケモンだ。常に何かを狙っているような表情をしていて、ときおり食べ物を盗んでいく。
「クスネ……ねぇ……」
アマンダさんがつぶやいた。その声色は少し固いのが気になった。
「そのクスネと仲良くなったから帰りたくないんじゃないか、というわけですか」
「うーん、まぁ、言ってみればそういうことな気がします。」
「そうですか、ヨーテリーとクスネはどんなきっかけで知り合ったんですか」
「それがですね、別に一緒に遊んだり、ということはないんですよ」
「ない?」
その返答は意外なものだった。
「はい、よく散歩で見かけるくらいで、外で会ったみたいなことはないんです」
「どうしてヨーテリーはクスネを気にしてると思われたんでしょう、何か思い当たる節でもあるんですか」
「それで言うとですね。ヨーテリーはよくものを拾ってくるんです。気づいたら何か持っているという感じで。
それで、ヨーテリーとは毎日散歩してるんですけど、最近、たまに珍しいきのみを拾ってることがあるんですよ。
最初は気に留めていなかったんですが、何だか続くなぁ、と思って、考えてみると、窓からクスネが見えるあの家の前を通りがかった時だけ、珍しいきのみを拾ってると思うんです」
「珍しいきのみですか」
「はい、オボンのみみたいな、よく見るきのみなら、前から拾ってくることもありました。
でも、そんなよくあるきのみじゃないんです。この前は”イバンのみ”を拾ってきていたんですよ」
イバンのみ、とは、果物の一種だ。
鱗のようにゴツゴツした硬い皮の中に、クリーム色の甘い果肉がつまっている。
なかなか手に入れづらいきのみで、ただの一軒家に植えられているようなものではない。
「ヨーテリーには拾ったものを食べさせないようにしているから、初めは気に留めず捨てていたので、気に留めてなかったんです。
ただ、なんか多いな、と気づき始めた頃に、あの家の前を通ると、毎回、何故かそんなきのみを拾ってくるから、クスネとの間で何かあるんじゃないか、と思ったわけです」
「なるほど」
ミキヤさんの話を聞いていると、隣の席から
「おい!おいってば!」
とピカチュウが両手を振ってジャンプして、こちらに話しかけてきていた。
僕は少しかがんで、ミキヤさんとアマンダさんに聞かれないようにしつつ、
「なんだよ」
と答える。
「ヨーテリーはライムシティから帰りたがらない。家の近くで珍しいきのみをもらった。その家にはクスネ。ティム、気づかないか?」
ピカチュウの口が緩んでいて、何かしたり顔だ。
こういう時のピカチュウは要注意とわかっているものの、何を考えているかまでは読めなかった。
「何か?何かってなんだよ……」
「鈍いやつだな、全く。やれやれ」
「わかんないよ、ピカチュウ」
「だから、あーれーだーよー!あれ!」
「はっきり言ってよ」
「これだからティム、お前という奴は……。きのみをもらった相手がいて、故郷に帰りたくない。そんなことすぐわかるだろ?」
ピカチュウは憎たらしい顔をして
「恋だよ!恋!」
と宣言した。
「恋!?」
僕は大きくのけぞって声が上げてしまった。
「恋?」
そして、その様子はアマンダさんにしっかりと見られていた。
「ませてるわねぇ、ティムくん」
アマンダさんのほほ笑みながら発した言葉に、背中から変な汗が噴き出る。
突然、何を言い出すんだ、と隣をにらむと、「ニシシシシ」と笑っていた。ご機嫌なやつめ。
そこで、アマンダさんは表情を引き締めてから、口をはさんだ。
「ところで……、そのクスネがいる家って、ファインパークに近かったりする?」
「それは……はい」
二人の雰囲気が思わしくなかった。
アマンダさんがクスネの家の場所を当てたことも不思議であったが、それを受けたミキヤさんの表情は思わしくない。
「アマンダさん、どういうことですか」
「ファインパークの近くの家のクスネとなると、ちょっと心当たりがあるのよね」
「やはりご存知でしたか……」
「そのクスネ、ブナウチという男のポケモンなのよね」
「えぇ、その通りです」
ミキヤさんは痛いところを突かれたようである。
ブナウチ、という名前に僕は聞き覚えがなかった。その名前を出した途端、部屋の中に緊張が走り、マカロンに再度チャレンジしていたピカチュウもその手を引っ込めた。
「ブナウチって人は何者なんですか?」
「ブナウチって男は、まぁ言ってしまえば古物商なんだけどね、おそらく盗品と思われるものをさばいてる男なのよ。ホリデイ警部が前にベイカー所長に相談しているのを聞いたんだけどね。どうやら少し前、いつかはわからないけどライムシティにやってきて、出どころのはっきりしないものを捌いてお金を稼いでるみたい。もちろん盗品を扱うのは犯罪で、被害額も相当な金額になったことを受け、一度家宅捜査を受けたらしいんだけど、それをどこからか聞きつけていたのかきれいに家をさらっていて、証拠が出なくて捕まえられなかったみたいなのよ」
「ご存知だったんですね、実はうちの店に一度来たことがあって、ゴミが入ってるだの味付けを忘れてるだの、何かと難癖をつけることがあって。それで、同僚が、あれはブナウチという男で実は……と噂を聞きました。うちの店で一度トラブルを起こしていたことがあったみたいで、有名だったんです」
「それで、そのブナウチという男のパートナーがクスネなんですか」
「えぇ……そうみたいね。クスネについてはごめんなさい。あまり情報は持っていないわ。ホリデイ警部が知り合い伝いで聞いたところでは、前に住んでいた町の情報で目撃情報はなかったみたいだけど。ライムシティに来てから見かけるようになったって」
「うーん、どうなんでしょう」
膝の上に置いた手のひらをミキヤさんはグッと握った。
「でも、ブナウチはうちの店のスープを飲まずに床にぶちまけるような男なんですよ?そんな男のポケモンだから、どんな性格なのか……。正直、ヨーテリーを僕は応援できません。ヨーテリーには目を覚ましてもらって、一緒に故郷に帰りたいんです」
ミキヤさんは一度唾を飲み込むと、力の入った眼差しで僕らの方を見た。
「ヨーテリーはいいやつです。優しいやつなんです。クスネに恋してるのかもしれないですが、それで今後困った事態になるのは目に見えています。
何とか、ティムさんとピカチュウのお二人のお力添えで、ヨーテリーの気持ちに整理をつけさせられないでしょうか?もうあと一週間ほどで、故郷に帰らないといけないんです」
これがミキヤさんの依頼だった。
ピカチュウは香りを漂わせるようにコーヒーカップを顔の前に持ってきてから
「なんだかなぁ」
とだけつぶやいた。