名探偵ピカチュウの事件簿 -高名な仲介人- 作:じょうぶなメガネ
天気はどんより曇り空。スバメが三羽飛んでいたが、三羽とも地面近くを飛んでいた。もしかしたら一雨来るのかもしれない。
「いや~、この辺りに来るのもひさびさだな!」
階段から地上に上がった後、僕の肩から降りたピカチュウは伸びをした。
思えば一年前に事件を調べに来た時もこんな感じの天気だったような、と懐かしさが少し覚える。
僕たちは「とりあえずその家に行ってみようぜ」というピカチュウの提案から、地下鉄でファインパーク駅に訪れた。
ファインパークはかつてライムシティを代表する遊園地だった。
休日は家族連れでにぎわうテーマパークが一転、パレード中に起きたポケモンの暴走事故で多くの負傷者を出し、現在は閉園している。当時は人でひしめき合っていただろう幅の広い改札までの地下通路も、逆に利用客が少なくなったことを強調する形になっていて寂しい。
出口から地上に出て、景色を見渡すと、木々の隙間に観覧車のかごが一つ見えた。しかし、ただその位置でかすかに揺れているだけで、陰に沈んでいくことはない。地上の様子を同じ場所から見つめているだけの様に見て、僕は胸がキュッとなった。
そんな街の空気を意にも介さず、
「ヨーテリーを射止めたクスネを見に行くとするか!」
とピカチュウは元気だ。
これから向かうのは、ミキヤさんがクスネを見かけたブナウチという男の家だ。ヨーテリーに会いに行くことも考えたが、引きこもっている以上、会話できるかわからない、というミキヤさんの言に従った結果、「ならばクスネを見に行こう」となった。
そういった経緯からシャッターの降りた店が並ぶ道をピカチュウと進んでいく。遊園地という目玉を失った街は、人目をはばからずピカチュウと会話しながら歩けるほど活気がない。
「なかなか大変な依頼だね」
「あぁ、パートナーポケモンについてのただの相談だと思ってたが、意外と厄介そうだな」
「ピカチュウはどう思う?ミキヤさんの依頼について」
「そうだな……。自分のポケモンが変な相手に恋したから気持ちを絶ってくれ、ってことだけどな〜」
ピカチュウは顔をかく。
「ヨーテリーからしたら好きな相手なわけだ。それを、仲を割いてくれ、というのはかわいそうな気はするな」
「ミキヤさんが心配に思う気持ちもわかるけどね」
「まぁな」
ピカチュウはこくりと頷いた。
「クスネは本当に悪いポケモンなのかな」
僕は出発前に調べたクスネの説明を思い返した。
「ほかの ポケモンがみつけた餌を掠めて暮らしている。ふかふかの肉球は足音をたてない。」という記載があった通り、手ぐせの悪そうなポケモンである。もしかしたら、ブナウチの犯行を手伝ったりしているのかもしれない。
しかし、ピカチュウはそんな考えを否とした。
「わからんが、ティム。俺たちはミキヤと違って探偵だ。先入観を持たずに当たらないといけない。ヨーテリーは何故引きこもっているのか、クスネは悪いやつなのか、俺たちはわかっていないことに、こうだ、と決めつけるのではなく、自分の得た情報を頼りに真実を追いかけるんだ」
「そうだね」
“先入観を取り払え”。ピカチュウがたまに口にする、探偵の心得の一つだ。
「ま、それにだ、ティム。俺は恋するポケモンの味方だ!今回は頑張っちゃうぜ〜」
ピカチュウはナッハッハと笑い声を立てる。なんかおじさんくさくていやだなぁ。
「調子のいいこと言って……。事務所で変なこと言うからそんな感じになったけど、そもそもヨーテリーは恋してないかもしれないだろ」
それこそ先入観じゃないか。
「いや〜、どうだろうな〜。わからんぞ〜」
ピカチュウは終始口元が緩んでいる。鼻歌でも歌いかねないくらいご機嫌だ。
やれやれ、と思っていると、ピカチュウがピッと指をこちらに向けた。
「それで言ったらティム!お前こそ最近どうなんだ!エミリアとはどんな感じなんだよ」
「うぐっ」
「うぐっ、じゃない!ちゃんと食事には誘ったのか!」
「うるさいな、やめてよ!」
この後の会話はレポートには書かないことにする。探偵には守秘義務があるのだ。
「ここか」
シャッターを下ろした店舗や閉鎖された空き地など、代わり映えしない道を歩き続け、「喫茶店の一つでもないのか」と隣のピカチュウからあくびが出始めたところで、ポツンと建っている一軒家を見つけた。ミキヤさんの言っていた特徴と合致していることから、僕たちはブナウチの家に辿り着いたものと悟った。
少し離れた場所で、まずピカチュウと方針を話し合う。
「どうする、ピカチュウ」
「そうだな……家の向かいに空き地がある。あの物陰に隠れて様子を見よう」
そちらに視線を向ける。空き地は、雑草がひざの高さまで伸びていて、人の手が入っていないことが見てとれた。
よく見ると奥の方に土嚢や建材がいくつか積み上げてあった。いつか工事業者が力持ちのポケモンであるゴーリキーなどと一緒に、この空き地に建物を建てるつもりなのかもしれないが、今は特に人影はない。
「ピカチュウ、歩く時気を付けてよ」
「わかってるって」
僕たちは雑草を何とかかき分けて進んだ。
虫ポケモンが住んでいてもおかしくないと思っていたら、横をケムッソがのそのそ歩いていった。それを横目に見つつ、僕とピカチュウは積み上げられた木材の陰に隠れた。
空き地から道路を挟んで見えるブナウチの家は2階建てのようだ。
クリーム色の壁の大半は汚れが貼り付いていて、ところどころひびの線が走っている。塀と家の間には小さな庭があるが、空き地と同じくらい草が生い茂り、玄関の横にある一本の木にはつたが絡まり放題である。
「いかにも手入れが行き届いていない家って感じだな」
「誰も住んでないと言われたら信じそうだよ」
「確かにな。ティム、何か気になることはないか?」
「う~ん、そうだなぁ」
じっと目をこらして、目の前の家を眺める。
「あ、二階の窓に何かいるよ」
「何?……うーん、俺の身長では見えんな」
「あれ!たぶんクスネじゃないかな」
「ほう、あいつかぁ……」
カーテンが引かれた窓の右下、枯れ葉に似た色の体毛と大きな尻尾は間違いない。クスネだった。
しかし、表情までは今の位置ではなかなか見えない。ぼんやりそこに座っているのがわかる程度だった。
「もう少し近づきたいな……」
と思っているその時、家の扉が開いた。
「ピカチュウ!」
「シッ、かがめ!」
さっと膝を曲げて、陰に隠れた。
扉の奥から肩幅が広く威圧的に見える男が出てきた。
アマンダさんが事務所で見せくれた写真と同じく、茶髪にあごひげをたくわえている顔から、あれがブナウチであると認識する。
指にいくつかつけたシルバーのリングをつけ、Tシャツの首元には白い縁のサングラスをひっかけている。服装は蛍光色でまとめていて奇抜な配色であるが、明らかに量販店で済ませているファッションではなく、羽振りがよさそうである。
「♪~」
ブナウチは手に持っていた缶ジュースに口をつけた。しかし、ほとんど残っていなかったのか軽く舌打ちしてから、道路にその缶を気にせず放り投げた。
「ブナウチは出てきたけど……」
二階を見るとクスネはいまだに窓辺でじっと外を眺めている様子だ。
「クスネはまだ家の中のようだね」
ブナウチは振り返って、鍵をかけるとファインパーク駅の方向へ歩き始めた。先ほどまで僕たちが通ってきた道を反対に進んでいる形である。
「ピカチュウ、どうする?」
隣で屈んでいるパートナーに声をかけた。
「そうだな……」
ピカチュウは口に手を当て、一瞬悩んだ様子だったが
「二手に分かれよう」
と提案した。
「ティムが家の周りを調べていると、万が一、誰か来た時に人目につく。俺なら野生のポケモンがうろちょろしてるだけに見えるし、もしかしたらクスネと話ができるかもしれん」
「じゃあ僕はブナウチだね」
「あぁ、何か役立つ情報が得られるかもしれない。頼むぞ、ティム」
「うん。気をつけてね、ピカチュウ」