名探偵ピカチュウの事件簿 -高名な仲介人-   作:じょうぶなメガネ

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高名な仲介人 4

 こうして、ピカチュウと別れて、ブナウチの尾行を始めた。

 

「とはいえ、尾行なんて初めてなんだけどな……」

 

 ある秘密を追ってこっそり工場に潜入したことはあったが、尾行となると経験がない。不安ゆえに口から不満がこぼれた。

 思えば自分は朱色のパーカーを着ているわけだが、尾行をするならばこんな明るい服を着てくるんじゃなかった、と後悔だ。 内心ヒヤヒヤしながら付かず離れずの距離を保ち、ブナウチを追いかけていく。

 

 しばらくするとブナウチはファインパーク駅のホームに階段で下っていったので、僕もそれに続いた。

 上手く柱の影に隠れつつ地下鉄の改札を抜け、階段を降りると、円柱状にくり抜かれたようなホームに出た。奥から細く長い光が伸びてきて、赤い車体が進入してきた。

 

 それに反応して、慌ててホームに駆け寄りそうになって、すんでのところで足を止めた。危うくブナウチの隣で電車を待つところだった。

 ターゲットの隣に立つなんて、何と間抜けな尾行だろう。危ない危ない。ピカチュウがいたら何と言われることか。別行動でよかった。

 

 まもなく場内で到着を伝える放送の後、空気が抜ける音がしてからドアが開いた。

 とはいえ、利用客のいないファインパーク駅だ。降りる人を待つ必要はなく、ブナウチは扉が開くとすぐ車両に乗り込んだ。

 あまりにも人がいないので、目につかないように乗車するも一苦労である。タイミングを図り損ねていると、ベルが鳴り、ブナウチとは隣の車両に駆け込んだ。

 車両間のドアは大きなガラスが張られていて、隣の車両の様子も見渡せる。

 

 僕はそのドアから一番近い、車両の扉側の席に座った。この席からなら座っていても、ブナウチの金髪が見える。

 僕の席は四名掛けで、壁側の席にはシルクのスカーフを首に巻いた婦人が足に広げた文庫本を読んでいた。一瞬、上品な方だなぁ、と眺めていたが、うつらうつらと首が揺れていて、眠気に勝てずにいるのだと微笑ましかった。

 

「トリィ」

 

 その様子を隣に腰掛けたトリミアンが伺っていて、時折、口でスカーフを直してあげていた。

 シルクハットのような頭部と足元に緑色がアクセントとなっている、このトリミアンのカットは、ジェントルカットと言ったはずだ。婦人に大事にされているのだろう。隣で見つめるトリミアンの瞳からは親愛が感じられた。

 

 世間では、ポケモンは最大六匹までモンスターボールに入れて連れ歩くのが一般的だが、ライムシティではモンスターボールが使われることはない。

 複数匹のポケモンではなく、基本一匹のパートナーとなるポケモンが連れて、市民はそれぞれ生活をしている。

 実際、この車内でも至る所にポケモンがいる。目の前のトリミアンもそうだし、車内をポテポテとベロリンガが舌を出して歩いている。たくさんのポケモンの鳴き声に車内は賑やかで、ポケモンを連れ立っていない人はいないと言ってよいだろう。

 

 そういえば、なぜ、ブナウチはクスネを連れ歩いていないのだろう。

 僕とは別で調査を進めることにしたピカチュウや、ミキヤさんが言っても押し入れから出てこようとしなかったヨーテリーとは違う。クスネは家にいて、窓からその様子も伺えるのに、ブナウチは連れて歩いていない。

 ここまでパートナーポケモンと歩くのが、普通の街であえて連れて行かない理由でもあったのだろうか。

 

「何でなんだろう」

 

 思わず僕がつぶやくと、

 

「トリィ?」

 

目の前のトリミアンが首を傾げた。

 

 

 電車の中は熱がこもっていた。

 車内の温かさと適度な揺れが心地よくうとうとしていると、電車が速度を落とすと同時にブナウチが立ち上がった。

 

「!」

 

 思わず隣の車両を見つめる。

 電車は駅で停車し、それにあわせてブナウチは降車したので、尾行は再開となった。頭が働いていない感じがする。

 降りたのは百年以上の歴史を持つライム駅である。センターライム地区に位置するライムシティのランドマークだ。他の地方の人でも知っている名所といえば、ここかライムタワーなんじゃないかと思う。

 さすが街のメインステーションなだけあり、電車から大半の人が降りていった。僕もその人並みに紛れて僕もホームに降り立った。

 

 ブナウチがエスカレーターから舗装された大通りに抜ける出口へ向かうのを追いかける。

 ライム駅から大通りを直進していくと、ラウンドアバウトに辿り着いた。円形の道路に別々の行き先へ向かう直線の道路が取り付けられた形の交差点である。

 普段、たくさんの車が通行している場所だが、今日は一台も走っていない。車の代わりにたくさんの屋台が立ち並び、それを散策する人で道路は埋め尽くされていた。

 

「今日は迷子市場の日か……」

 

 ライムシティでは、定期的にラウンドアバウトを通行止めにして、そこに屋台を置き、青空マーケットを開催することがある。

 ラウンドアバウトという場所故に行き先を見失いやすいこと、屋台の品揃えになかなか出られないことをかけて、ライムシティの人々はこの青空マーケットを迷子市場と呼んだ。

 

 取り扱っている商品は屋台ごとに違って、日用品を取り扱う店もあれば食べ歩きできるスナックを売っている店もある。

 過去に自分も来たことがあるが、そこかしこから漂う香ばしい匂いに釣られて、ピカチュウがすぐ足を止めて、進むのがままならなかった。

 

 現在は、太陽はだいぶ傾き始めていて、食卓の準備をする人と食べ歩きをしている人が多い印象だ。

 その合間からエイパムが屋台の食べ物を狙っていたり、賑やかさに釣られたムックルが上空を飛んでいる。人とポケモンで溢れかえっている。うっかりブナウチを見失わないようにしないと。

 

 ブナウチは何軒か並ぶ屋台を気にせず通り過ぎていくが、ふと足を止めた。

 僕も思わず立ち止まり、横にちょうどあったホットドックの屋台で品定めをしているふりをした。

 

 ブナウチはどうやら果物を売っている屋台に入ったようだった。その屋台は、棒状にカットした果肉に串を刺して、手に持ちながら食べられる果物を一番目立つ位置に置いている。が、屋台の下を見ると、袋詰めされた色とりどりのきのみも売っていた。

 

 遠くからよくわからなかったが、ブナウチは袋詰めされたいくつかのきのみを手に取って見ていた。

 

 店主に話しかけようとしている、ちょうどその時だった。

 

「キミか」

「ラボッ!」

「げ」

 

 会いたくない人に会ってしまった。

 

「ブラッドさん」

 

 ブラッド・マクマスター警部補だ。

 ブラッド警部補は警察のプライドが高く、僕たち探偵が事件に関わることをよく思っていない。

 

 普段、紺のストライプのスーツを着ているが、今日はポロシャツにジーンズというラフなスタイルだ。

 手触りの良さそうな黒色の生地に、おそらくゼブライカと思われる、四足歩行のポケモンの刺繍がワンポイント入った良さそうなポロシャツだ。

とはいえ、訝しむ視線はいつもと同じである。

 

 横では、毛ヅヤのいいライボルトがどっしり構えているが、そのライボルトもライボルトで僕の周囲をチョロチョロと歩いては様子を伺っていた。

 

「あの帽子をかぶったピカチュウは一緒ではないのかね」

「い、いえ……」

「それはなぜだ」

「え」

「なぜだ」

「そ、そんな、特に理由はないですよ、家で留守番してるだけです」

 

 ブラッド警部補に、ブナウチのことを言うと厄介になる。

 ブラッド警部補は、自分が怪しいと思ったら何が何でも突き進むタイプだ。過去に捜査線上に浮かんできた男を、探偵の僕が尾行しているなどと言ったら、ややこしいことになるに違いない。

 何とかして切り抜けて尾行に戻りたいところだが、ブラッドは食い下がった。

 

「また何かの事件でも捜査しているのか」

「い……、いやいや」

「いや、じゃない。ピカチュウを近くで見かけない。その上、君は私にたじろいでいるな、何かあるんだろう」

「ないですよ、そんなことは」

「ライボ」

「言うんだ、何を追っている」

「そういうブラッドさんこそ何でこんなところに、今日は警察署にはいなくていいんですか」

「ふん、今日は非番だ。久々の休みにこうしてライボルトと迷子市場を見に来たわけだよ」

 

 そう言って手に持っていたサンドイッチを見せてきた。

 トーストされたパンズで新鮮そうな野菜をサンドしていて、美味しそうな見た目をしている。かじった跡はまだないので、どこかで座ってライボルトと食べる予定だったのかも、と思った。

 

「そうなんですね、言われてみれば私服姿のブラッドさんは珍しい気がします」

「ふん」

 

 そういって、あからさまにきているポロシャツの裾をくいっと引いた。

 気に入っているのだろうか。話を逸らすには絶好のタイミングだ。

 

「そのシャツ、オシャレですね」

「なかなか鋭いな、さすが探偵をやっていることはある」

「え」

「このポロシャツは普段から懇意にしているファッションブランドのものでね、一見ただのポロシャツだが、やはりこの生地感がいい。サラッと柔らかい肌触りなのに型崩れしない。

あと、サイズ感だな。フォーマルさを残しつつもゆったりしたシルエットのポロシャツはなかなかないだろう。

ただのポロシャツとしても優れているが、このポロシャツは、実は遠い地方のジムリーダーとコラボアイテムでね。そのジムリーダーのこだわりで、静電気が立ちにくいんだ。ライボルトと生活する自分としては、これが意外とありがたい。変な化学繊維の服を着ているとすぐ帯電するからな。見てくれ、このワンポイント。刺繍も素晴らしいだろう」

 

 非番だから浮かれているのかブラッド警部補は饒舌だった。

 

「は、はぁ……」

 

 そうは言われても、いつもパーカーの僕としては戸惑うしかない。

 その反応に明らかに不満げなブラッド警部補は

 

「キミもこういうの買ってみてはどうだ、パートナーはピカチュウだろ、うってつけじゃないか」

 

とこぼした。

 確かに静電気を溜めにくいというのは魅力的なだが、そんな必要はない。なぜならピカチュウはそもそも技が出せない。

 

「全く……せめて同じ色でも、パーカーじゃなく、ジャケットでも着てみればいいものを……」

 

と呟くブラッド警部補の後ろをふと眺めた。

 

 いない。

 

 ブナウチはいつの間にかどこかに行っていた。

 

「あぁ!」

 

 慌ててブナウチを最後に見た屋台に向かうが、すでに姿はない。周囲を見渡したが、変わらず人とポケモンでごった返しているわけで、見つけられそうになかった。

 

「いらっしゃい!」

「アマ〜」

 

 日焼けで肌が黒くなっている店主がアママイコと一緒に声をかけてきた。

 

「さっきここにあごひげ生やした人が来ませんでしたか」

「んー、あぁ、あの人ね」

「どっちに向かいましたか?」

「あぁ、そこにあるきのみ詰め合わせを買ってから、奥に向かってったよ」

 

 そう言って、ブラッド警部補といた方向とは逆方向に指差した。

 咄嗟にそちらを見たが、もうブナウチの姿は見えない。

 

「あの」

 

と店主に再び質問をした時だった。

 

「どうした、探偵」

 

 ブラッドさんが僕の背後から質問を投げてきた。

 これではブナウチについて質問できない。

 

 咄嗟に

 

「りんご1つください」

 

と口にした。

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