名探偵ピカチュウの事件簿 -高名な仲介人- 作:じょうぶなメガネ
「やるぞ」
グッとピカチュウは背伸びをした。
「ティム、これからブナウチの家に行ってチャイムを鳴らすんだ」
「え、なんで」
「俺に考えがある。あいつを家の外まで連れ出してほしい。そうしたら俺が援護して何とかする」
「何とかったって……何でそんなこと」
「クスネと話すためだ。ティム、心配かもしれないが、大丈夫だ!俺は名探偵なんだぞ?」
僕はピカチュウが話した作戦の準備を進めることにした。
ブナウチを家から出すにしても、僕とピカチュウはもしかしたら顔が割れているかもしれない。家にたまたまドッコラー運送の服があったので、それで変装して、宅配便による荷物の配達、という形でチャイムを鳴らすことに決めた。
それから、きのみが六つ机に並んでいる奥に、調査した内容を書き留めているノートを置きっぱなしにしているのに気づいた。今回調べた内容がたくさん記載されたノートだ。これも持っておいた方がいいだろう。
ピカチュウが「行くぞ、ティム」と肩に乗ってきた。僕たちは「うん」と頷いて、家を出た。
再度、ファインパーク駅で降りて、ブナウチの家に向かった。前に来た時と同じく草むらに隠れると小声で作戦会議した。
「よしティム、俺はここから見てる。カバンとか不要なものは置いていけ」
「うん」
「くれぐれも気をつけるんだぞ」
僕は会話の後、ドッコラー運送のジャケットを羽織り、帽子をキュッとかぶると、ダミーのダンボール箱を一箱両手で持った。伝票には出鱈目な住所を念のため書いてある。
チャイムの前に立つと、背中にすっと冷えた感触があった。薄く汗をかいている。こんな作戦うまくいくのだろうか。心拍数が早くなっているのを感じたが、深く呼吸を一度すると、指先で隠れるサイズの白い小さなボタンを押した。
「ピンポーン」
こんな状況であってもチャイムの音は聞き慣れたもので少し安心する。
「はい」
と打って変わって、無愛想な男の声が続けて聞こえた時、心が揺れるのを感じた。だが、それを表に出すわけにはいかない。
「ドッコラー運送です」
「あれ、なんか荷物あったっけ」
「は、はい、宛先はブナウチ様になっておりますが」
「あー、まぁいいや」
ブナウチはインターホンを切った。
そこから少し間があって、ガチャっと音が鳴った。
「はい」
ドアの隙間から、ブナウチは面倒くさそうな表情を浮かべた顔を出した。
と、そこで僕は何も考えていなかったことに気づいた。
僕がいるインターホンの位置から家の玄関までは歩数にして十歩程度距離にして五メートル程度ある。大した距離ではないが、冷静に考えればブナウチは配達を受け取る場合、玄関から顔を出せばそれでいいわけである。
しかし、ピカチュウは家からブナウチを出してくれ、と言った。つまり、もうひと押し必要なわけだが、そのことについて考えがすっぽり抜けていたわけである。
「おい、ここまで持ってきて欲しいんだけど」
ブナウチは気だるげに言う。
「あー……」
僕は咄嗟に
「あの、荷物が結構大きくて手伝っていただけないでしょうか?」
と言うしかなかった。
「はぁ?」
「いえ、台車で持ってきたんですけど、雑草が絡まって前に進めなさそうで、できれば台車を使いたくないんです」
ブナウチの家の庭は前に見た時と同じく全く整理がされていない。門と玄関を繋ぐステップの間からも草は伸び放題だ。
そして、もちろん、台車など近くにない。
「そこは持ってきてよ、仕事なんだから」
「お客様の荷物に何か傷をつけてしまってはと思いますので……」
「え、でも、その手に持っている箱は?」
しまった。
僕は配送業者が荷物を持っていないのは変だと思い、段ボールを持ってきていたわけだが、何でそれだけ持ってきたのか変な状況だ。
「えっと……」
僕は咄嗟に帽子のつばを指で摘んだ。
まずい。
そう迷った時だった。
「ていうかさ」
「え?」
「お前、あのピカチュウと一緒にいる探偵だろ」
「えぇ?」
心臓が高く打つ。
背中から汗が吹き出るのを感じた。
「まさか俺がお前らの調査対象になるとはな、俺も箔がついたもんだ」
「違いますよ」
「違わないね」
「そ、そんな〜、アハハ。ただ似てるだけじゃないですか?」
「いや、違わない、俺は気づいてるぞ。お前、昨日俺を尾行していたな。青空市場だ」
バレてるじゃないか!
自分でもわかっていたことだ。昨日の尾行はさすがに上手くはなかった。だが、それでも見抜かれていたとあればそれは悔しいことだった。
「ライボルト連れたやつといたな。あれは刑事か?俺じゃなくてもわかるやつは多いと思うぜ。全くバカなやつらだ」
「……」
「いいか、覚えておくといい。俺みたいな小狡い手段でしか生きられない人間ってのは、探偵や警察みたいな、いかにも正義ですってタイプのやつらに敏感なんだ。お前ら真っ当に生きられる奴らにはわからないかもしれないが、立ってるだけですぐわかるもんだ。自分たちは正しいです、ってのが何となく滲み出てるんだよ。簡単だ、隠れていたってすぐ気づく」
ブナウチはまくし立てた。
「いつもいつも横から首を突っ込んできて偉そうに。状況をややこしくするだけややこしくして、ただ面倒くさいだけの迷惑な奴らだ。
前に警察が来たが証拠はなくて、俺は無実だったんだぞ。それも知らずに、何調べにきたのか知らないが、どうせのこのこ帰る羽目になることなんか目に見えてる。
全く、どうせあのピカチュウもどこかで隠れて見てるんだろう。二人して帽子をかぶって、バカな奴らだ。」
「だから、違います」
怒気に怯みたくなる気持ちをグッと堪えて、言葉を返す。
「僕はそんな人じゃありません」
「はぁ?まだ言ってんの?」
「だから僕はそんな人なんかじゃありません。新聞に出て難事件を意図も容易く解決するような、名探偵なんかじゃないんです」
「え、何」
「真っ当に生きてるなんて、自分をそんなふうに思ったことないです。ただ、必死に自分のできることをやってるだけなんです。さっきからなんですか?僕はあなたのいうような人じゃないんです」
ブナウチは、はぁ、とため息をついた。
「じゃあ帽子取ってみろよ」
「いやです」
「名探偵じゃないんだろ?なら顔見せられるじゃねぇかよ」
「いやです、見せません」
「はぁ……」
ため息をつくと、キッとこっちを睨んだ。
「いいから顔を見せろって言ってんだよ!」
ブナウチはドアを大きく開けると、僕の方へ掴みかかってきた。
近くで見ると僕より身長が十センチは上で、そんな巨体が僕に襲いかかってくる。何と大きい拳だろう。あんなもので殴られたら奥歯が折れてしまうかもしれない。
そう思い目を閉じようとした時、後ろから声が聞こえた。
「しゃがめ!ティム!」
反射的に僕はその場で腰を落とす。
それとわずかな差で、僕の頭をわずかに何かがかすめつつ飛んでいった。
視界には目の覚めるような赤。
グチュっと弾ける音がして、ブナウチの顔が赤く染まっている。
自分は凄惨で恐ろしいことが起きてしまったのではないか、とゾッとした。
恐る恐るブナウチを見据えると、自分が誤解していることに気づいた。
それはマトマのみだった。
「えっ」
形の崩れたマトマのみが垂れ下がる形でブナウチの顔に乗っていた。
ハッとして草むらを見ると、しっぽを振り抜いた後のポーズで探偵帽をかぶったピカチュウがニヤリと笑っていた。
それで僕は事態を把握した。ピカチュウはブナウチが出てきたのを見計らってマトマのみをブナウチの顔にぶつけたのだ。
「ひゃああああああああ!!」
ブナウチはその場にのたうちまわった。
一口かじっただけで口が真っ赤になるようなきのみを顔にぶつけられたらたまったものではないだろう。
しかも、そのマトマのみはご丁寧に果汁が飛び出る穴が開けられている。今朝ピカチュウがかじった穴だ。
悶絶するブナウチの横をピカチュウがカバンを引きずりながらセッセッと走ってきて、
「いくぞ!」
と僕に声をかけた。
ピカチュウが右肩にのぼるのを待ってから、僕たちはブナウチの家に飛び込んだ。
玄関の正面には二階に上がる階段があって、横にはリビングへのドアがあった。開いていたので見てみると、梱包された段ボールが山積みになっていて、倉庫と化しているように見える。それらに取り囲まれるように真ん中に机がポツンと置いてあって、その上に空き缶や食べた後のカップが置かれていた。
もしかしたら置かれているものの中には盗難品が含まれているかもしれない、と思ったが、意に介さずピカチュウは
「二階へ行こう」
と言うので、階段を登る。
二階には部屋がいくつかあった。が、向かう場所は奥の一部屋だ。そこにはクスネがいる。
廊下を突き当たりまで進むと、木目が感じられる茶色い木の扉があった。その扉には、上部と下部にそれぞれ二箇所、手でつけられたであろう金属の留め具がつけられていて、それらに南京錠がかけられていた。
「ティム、これだ」
カバンを漁ったピカチュウは中からトンカチを取り出した。
「何でこんなの入れてるんだよ」
そういいながら僕は手につかんだ。
トンカチの取っ手の冷たさが伝わった。僕はピカチュウと目を合わせて一度頷くと、固く握って留め具に向かって振りかざした。
何度叩きつけても南京錠と留め具はびくともしなかった。が、留め具を固定するネジを受ける扉の木材は衝撃を受け止めきれず、ネジ穴が徐々に広がっていった。
二十回くらいトンカチを振って、手にジンジンと痛みを感じ始めた頃に、ピカチュウが留め具を触るとぐらついているのが見てとれた。それを見てトンカチを置き、何度か強く揺らすと、留め具はなんてことなしに南京錠ごと手に取ることができた。
「意外とすぐ取れるな!」
「うん!」
「この調子でいくぞ」
その言葉に頷き、次の留め具にトンカチを振り下ろしていく。ただの廊下にしては物騒な金属音が響いている。
先ほどの調子で上から順に二つ目、三つ目と外していく。床には扉の木屑が積もっていった。
ガァン!とトンカチを叩きつける音が響いて、最後の留め具が勢いよく床に落ちた。
「行こう」
僕は熱さの残る手のひらでドアノブを捻った。
扉を開けた部屋には、テーブルや椅子といった家具が何も置かれていない。段ボール箱が数箱置かれている程度でがらんとしていた。一面フローリングの床でところどころに擦り傷が目立つため、物置として使っていたのだろうと思う。
がらんとした部屋のあちらこちらに物が散らばっていた。食べかけのズリのみといったきのみのかす、それらのきのみをまとめていたであろうネットの袋、市場でブナウチが買った詰め合わせの痕跡だろう。他に、空になった水のペットボトルや牛乳瓶もあった。
そして、その奥、窓にかけられたカーテンにもたれかかるように、クスネは座っていた。
しっぽの毛は一本一本伸びて長さが揃っていないことが見てとれた。鳴き声を上げることもなく、耳を伏せながらこちらをクスネはじっと見ていた。
「ピカチュウ」
「あぁ、いうまでもない」
「うん」
窓辺まで行って、クスネを抱えた。全く抵抗を見せることはなかった。
抱き抱えると、クスネの関節が腕に刺さって痛かったが、つまり、それはクスネが骨ばっている証拠だった。
一度クスネの頭を撫でる。
そして、僕たちは外に向かって歩いていった。