過疎ギルドの教官が父になったら、元教え子の英雄が各地から押し寄せてくる 作:ちーぱ
人には、己が為すべき役割というものがある。
それはきっと誰もが持ちうるものだけど、すべての人間が気づけるわけではない。
自身の役割に気づいた人間は、多くの場合天才と呼ばれる。
人よりも優れた素質を持ち、人にできないことを成し遂げるのだ。
そして、誰もが認める功績を成し遂げたものこそ、英雄と呼ばれるのにふさわしい。
俺も昔は、そういう英雄に憧れたものだ。
しかし結局、俺は自分の役割に気がつけず、英雄になることはできなかった。
幾分か人にものを教える才能はあったから、食うに困ることはなかったものの。
それが天才と呼ばれるほどの役割でないことを、俺が一番よくわかっていた。
俺が育てた教え子の中には、後に英雄と呼ばれる者もいたけれど、それは彼らに才能があったからだ。
決して俺の力で彼らを育てたわけではない。
じゃあ結局、俺の才能ってやつは――役割ってやつはなんだったのだろう。
そんなことを考えながら、三十をすぎるまで生きてきた。
ただまぁ、それに気付く時は本当にあっさり気付いてしまうもので。
俺の場合は――娘ができたことがきっかけだった。
◆
以前の俺の朝は、はっきり行ってろくなものじゃなかった。
夜は遅くまで呑み耽り、朝は仕事のギリギリまで惰眠を貪る。
とはいえそれは独身の男としては別にそこまで変なことではないだろう。
むしろ、ごくごくありふれた自然なことにも思える。
だからこそ、そんな当たり前の生活習慣を見直すことなんて、そうそうできないだろうと思っていた。
しかし、きっかけさえアレば人は案外簡単に変われるものらしい。
俺は朝早くから起きると、朝食の準備をするためにキッチンに立つ。
娘と暮らすために引っ越した少し大きめの賃貸には、料理を行うための便利な魔道具が一通り備え付けられており、俺はそれを使うだけでいい。
別に生活魔法でも同じことはできるわけだが、魔力を使わずに家事ができると、消費を抑えられて昼の生活のクオリティが上がる。
ガキだった頃に、親がこういうキッチンを欲しがっている理由が、同じくらいの年になってようやくわかった。
「さて、こんなもんかね」
パンと、ジャムと、サラダと魚の切り身。
料理と呼ぶにはさして手間のかかるものではないが、朝食として見れば上等だ。
それを完成させてから、俺は未だ布団の中でまどろんでいる娘の元へと向かう。
「おーい、朝だぞフェル。おきろー」
そうやって声をかけるが、娘は一向に起きてこない。
仕方ないので近くまで呼びかけながら近づいて、最後に布団を揺さぶるとようやく手応えがあった。
「んぅ、まぁだぁ、まだ寝てたいぃ」
「そう言うな、もう朝食の準備はできてるぞ。今日はフェルの大好きなムリオルフィッシュの切り身だ」
「あぅ〜、食べたいぃ、食べさせてぇパパぁ」
「自分で食べるんだよ。ほら、まずは顔を洗おう」
そう言って、俺が毛布を引っ剥がすと――
そこには、美しい毛並みの竜がいた。
そう、竜だ。
まぁ当たり前といえば当たり前だが、俺の娘は血のつながった娘ではない。
本名をフェルシウスという名のその幻獣は、俺のことをパパと呼び、慕ってくれている。
俺としても、紆余曲折こそあったがフェルのことは大切な娘と思っているのだ。
まだ出会って一年も経ってはいないけれど、俺達は家族としての絆を築いていた。
「あぅ〜」
ふらふらとフェルは宙に浮かび上がり、洗面台に向かう。
魔力を流すだけで水が流れる洗面台というのも全く便利なもので、この家に越してきて本当によかったと思うばかりである。
そしてフェルは四足の竜だが、魔術で物を自在に動かすことができるので、顔を洗うことも何ら問題はない。
我が娘ながら、実に優秀だな。
「できたぁ〜」
「まだ顔が濡れているぞ、フェルは俺と違って濡れると乾かすのが難しいんだ。しっかり拭いておこう。また風は引きたくないだろ?」
「んぅ〜……へくち」
「な?」
言いながら、丁寧にフェルの顔をタオルで拭っていく。
フェルはされるがままで、ずいぶんと心地よさそうだ。
我ながらずいぶんこなれたものである。
「よし、できた。今日もフェルの毛並みはつやつやだな」
「パパのおかげぇ、いへへ〜」
いいながら、スリスリと顔を俺の手にこすりつけてくるフェル。
それを撫で返しながら、俺達はリビングに向かう。
二人で食前に創世神へ祈りを捧げてから、美味しく朝食をいただいた。
「今日はギルドで教練がある。フェルは大人しくしてるんだぞ?」
「あぃ〜」
なんて話をしながら、ギルドへ出勤するため準備をする。
本来なら娘であるフェルは家で留守番をするか、どこかに預けなくてはいけない。
だが、まだまだ幼いけど分別もつくし、何より幻獣であるフェルから目を話すとろくなことが起きないのは、これまでの経験でよくわかっていた。
基本的に、ギルドで職員からお菓子を貰ったり、俺の教練を見学したりして過ごしている。
たまに教練に参加して、若い冒険者をなぎ倒したりもするが、あんまりやりすぎると新人の心を折ってしまうので、やることは稀だ。
ともかく、俺達はギルドに向かうため家を後にするのだった。
◆
フェルを肩に乗せてギルドに入ると、その日はずいぶんとギルドが騒がしかった。
俺達が暮らす街は、別にダンジョンがあるわけでも、交通の要衝でもない田舎町だ。
ギルドの規模も小さく、過疎っていることが多い。
このギルドに所属する冒険者は、そのほとんどがこの街や周辺の村からやってきた若者で、ある程度経験を積んだら別の街に拠点を移すのが定石。
そんな過疎ギルドに、ずいぶんと人が集まったものである。
一体全体、これはどういうことだ?
通りかかったギルド職員に、俺は声をかけた。
「おう、リザリア、おはよう」
「あ、おはようございますダグゼスさん」
「今日はずいぶんとギルドが賑やかだが、何かあったのか?」
「えーと、人が集まり始めたのは昨日からなんですが、昨日は休みだったからダグゼスさん詳しいことは知りませんよね」
「まぁな」
なんて話をする。
話をしていると、肩のフェルが職員のリザリアに声をかけた。
「あぅ〜、リザリア、おあよぉ〜」
「あら、フェルちゃんおはよう。今日もかわいいわねぇ」
「うぃ〜」
かわいいと言われて上機嫌なフェル。
そんなフェルを他所に、ギルドの方ではなにやら事件が起こりそうな気配。
しかし、それはすでにワンテンポ遅れた考えだった。
――突如として、ギルドの中を突風が襲ったのである。
「あぇ〜」
「フェル!? 大丈夫か!?」
「んぃ〜」
軽いフェルはその突風をもろに受け、軽く吹き飛んでしまった。
すぐに態勢を立て直そうとするも、失敗。
そのまま、ちょうど流された先にいる職員のリザリアに抱きとめられて停止した。
すこしだけ、ほっと胸をなでおろす。
突風が収まると、フェルはそれよりもお菓子が食べたいのかくんくんと鼻を鳴らしてから、ギルドの奥の方を指さした。
俺とリザリアは互いに苦笑して、フェルをリザリアにまかせて俺は原因の方に向かう。
一体全体なんなんだ――と状況を確かめようとして、
「あ、ししょーっ!」
――不意に、聞き覚えのある声が人だかりの中から響いた。
そして、一瞬にして人だかりがざっと横に逸れる。
見ればギルドにいる連中はほとんどが同じ鎧を身にまとっており、一つの組織の集団であることがわかった。
だが、何よりも目を引くのは、その中心にいる人物だ。
俺は彼女を、知っている。
「やっと、やっと会えました!」
この街を出ていってから、一切変わっていない小柄な背丈。
紫の髪は後ろのやたらとデカいリボンによってまとめられている。
出で立ちはどこか神聖な雰囲気の鎧と、活動しやすそうなスカート。
少女騎士という言葉が、これほど似合うものはなかなかいない。
一見すれば見習い騎士のような雰囲気だが、しかし彼女の身にまとった存在感が――一気に周囲の視線を釘付けにする。
といってもここには、彼女の部下がほとんどなのだが。
少なくとも、ギルドの隅でこちらの様子を観察している新人達は完全に彼女に見惚れていた。
この少女は――
「ししょー! 師匠! 私です、イノリです! 五年ぶりですね、ししょー!」
「……ああ、久しぶりだな、イノリ」
「貴方の”教え子”イノリが、久々にこの街まで帰ってきました」
名をイノリという。
かつて俺がこの街で育てた冒険者の一人。
だが、今は――
「今は……
この大陸で尤も広まっている宗教を守護する騎士団の、実質的なトップである。
なんともまぁ、雰囲気はそのままなのにずいぶんと出世したものだ。
しかしなんだって、彼女は故郷まで部隊を引き連れてやってきたのだろう。
里帰りならこんな仰々しい雰囲気にする必要はないし、なにか事件の調査をするにも、そんな話は全然きいていないぞ?
とか思っていると――
「とととと、ところでししょー! あ、あの、あの……!」
何やら聞きづらそうに、顔を真っ赤にして、イノリは問いかけてきた。
「こ、子どもが産まれたって……本当ですか!?」
あ、ああ――――
なんか、めんどくさい話しになってきたのを感じるぞ?
とりあえず、俺に娘ができたのは本当だ。
だが、別に産まれたわけではない。
しかしそれが、正しく伝わっていないのである。
ただでさえ竜の幻獣であるフェルは、色々と事件を引き寄せる存在だ。
だけど何やら別の方向から全く違う厄介事が増えそうだと、俺は感じていた――