【悲報】ヒフミさん普通じゃなかったwww   作:車検のコダック

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【悲報】ヒフミさん普通じゃなかったwww

 連邦生徒会長失踪――。

 

 そんな噂がキヴォトス全土を駆け巡った日より、この巨大な学園都市は確実に狂い始めた。

 

 超人と称される絶対的な調停者の不在は、これまで水面下で燻っていた各学園の権力争いや、無法者たちが隠し持っていた野心を刺激するに充分な威力を持っていたのである。

 

 今や治安の悪化は途方もないレベルに達していた。

 昨日まで平穏だった市街地が、今日は砲弾飛び交う戦場になることも珍しくはない。

 

 ……まぁ、キヴォトスは前からそうだっただろ、と言われれば、あまり否定できないが。

 

 ともかく。

 間違いなく全体の治安は悪化したわけだが、一か所だけ、奇妙な場所があった。

 

 キヴォトスでも随一の無法地帯であり、最も治安が悪いとの認識が強い『ブラックマーケット』。

 

 そこに限って言えば、驚くべきことに以前とさして変わらぬ――いや、以前よりも強固な平穏が保たれていたのである。

 

 もちろん、キヴォトス全体が混乱に陥ったことで、ブラックマーケットを流通する違法な武器兵器や物資の量は爆発的に増加している。

 

 需要が高まれば供給を増やす。

 経済活動としてはかつてないほどの活気を見せているのは事実であった。

 

 金と暴力と欲望が渦巻く巨大な闇市。

 本来であれば、連邦生徒会長の不在というタガが外れたことで、真っ先に自壊してもおかしくない場所である。

 

 がしかし、ブラックマーケットは崩壊しなかった。

 

 理由はたった一つ。

 

 キヴォトスに『超人』と呼ばれた連邦生徒会長がいたように。

 今のブラックマーケットにも、『超人』と称すべき絶対的な支配者が君臨しているからだ。

 

 

 

 ブラックマーケットの中央部、あるいは最深部とでも呼ぶべき区画に足を踏み入れた者は、皆一様に奇妙な感覚に襲われることになるだろう。

 無軌道に拡張を続け、違法建築がパズルのように入り組むのがブラックマーケットであるが、突然にその様相を変えるからだ。

 

 主張の激しいネオンサインは落ち着いた色調の街灯に変わり、乱立していた建築物は突如として整然とした碁盤の目のような街並みへと姿を変える。

 ゴミ一つ落ちていない清掃の行き届いた街路。

 そして何よりキヴォトスの、さらにブラックマーケットの深部であるにも関わらず、この一帯だけは一切の『銃撃音』が聞こえないのである。

 

 挨拶代わりに銃の引き金を引くようなキヴォトスの住人にとっては、遠めにすら火器の音がしないこの区画には不気味さすら覚えることだろう。

 

 喧嘩になればすぐに銃を抜くのが当たり前の世界であるが、この区域内で発砲することは絶対のタブーとされているのだ。

 

 万が一、その禁を破った者がいるとすれば。   

 その者はその日のうちに、キヴォトスの歴史から『消される』ことになる……。

 

 この点は、とてもブラックマーケットらしいと言えるかもしれない。

 

 その静寂の中心にある建物。

 

 一見普通のオフィスビルに見えるのだが、目を凝らせば、その表面を覆う外壁がガラスではなく装甲板の類であることがわかる。

 警備兵やタレット、ドローンなども配備されており、まさしく現代の要塞。

 

 これこそが、ブラックマーケットにおける『超人』の居城である。

 

 ビルの最上階。

 分厚いマホガニー製の扉の奥に広がる執務室は、外の平和さとは真逆の空気感であった。

 

 高級な調度品が並ぶ中、一人の女生徒が直立不動で立っている。

 

 仕立ての良さがわかる黒いスーツに身を包んだ彼女は、額に薄っすらと汗を浮かべながら、デスクの向こう側に座る『主』に向かって恭しい態度を保っていた。

 

「――以上が、規律に違反したカイザー系列のダミー企業に対する制裁の報告となります」

 

 女生徒の声には微かに震えがあった。

 それは恐怖からではなく、目の前の主に対する畏敬の念からである。

 

 彼女の視線の先。

 高級な革張りの、いわゆる社長椅子に深く腰掛けたその人物は、手にした柔らかな布で、手に持った『金色に輝く奇妙な鳥の像』を丹念に、それはもう丹念に磨き上げていた。

 

 舌を出し焦点の合わぬ奇妙な鳥の像は、その入念な手入れもあって、鏡の如き輝きを放っている。

 

 しかし、何より奇妙なのは、その主の姿であった。

 

 見事なカッティングのスーツを身に纏いながらも、その頭部には、目の部分に二つの穴を開けただけの『紙袋』が被せられていたのだ。

 

 高級感あふれる執務室。

 金色に輝く鳥の像。

 そして紙袋を被ったスーツ姿の支配者。

 

 すべてがちぐはぐで、シュールさを感じる光景だろう。

 

 だが、目の前の女生徒含め、ブラックマーケットに身を置くすべての人間はそれを笑うことはない。

 なぜならその不可解な不気味さすら、絶対的な恐怖と権力の象徴として彼らの魂に刻み込まれているからだ。

 

「……報告、ありがとうございます」

 

 紙袋の奥から、穏やかな響きを持つ声が発せられる。

 

「勿体ないお言葉です。――ファウスト様」

 

 その主は『ファウスト』と呼ばれていた。

 

「続いて当該企業の資産ですが、基本全て凍結。利用できるものについては我ら『ゲーテ』が回収しております。また、指示通り、不法に労働させられていた生徒たちへの未払いの給与は、その資産から補填を行いました」

 

 女生徒の報告に、ファウストは小さく頷き、鳥の像を磨く手を止めた。

 

「……ひとまず、解決したようでよかったです」

 

 独り言のような声量であるというのに、不思議と耳に入る声。

 

「……みかじめ料の滞納程度なら、まだ可愛げもありました。

 ですが、不法労働に麻薬の製造、密売への関与……。いくらブラックマーケットといえど、ルールは必要です」

 

「はっ!不届きものたる彼らには相応の『教育』を施しました。二度と、ファウスト様の視界に映ることはないでしょう」

 

「……ええ。カイザーにも、いい『教材』となったはずです」

 

 ブラックマーケットは現状、このファウストという一人の超人と、彼女が率いる巨大な自治組織『ゲーテ』によって完全に支配されている。

 

 とはいえ、ファウスト自身はブラックマーケットに住むすべての人間を厳格な法で縛り付けるつもりはない。

 

 ブラックマーケットとはその性質上、退学や借金、あるいは何らかの犯罪など、様々な理由で学籍を失い、行き場をなくした生徒たちが行き着く最後の砦であるからだ。

 

 ファウストが厳格なルールで縛り付けているのは基本、ブラックマーケットに参入し甘い汁を吸おうとする『大人の企業』に対してであった。

 

 ゲーテはみかじめ料という名目で巨額の税を徴収し、その代わりにブラックマーケット内やでの安全を保障しているのだ。

 

 しかし、ひとたび生徒を食い物にするような悪質な違反を犯せば、ゲーテの圧倒的な権力と武力によってたちまち根こそぎ奪われることになる。

 

 連邦生徒会の目が届かぬ闇において、ファウストとゲーテは絶対的な『法』として機能していた。

 

「しばらくは大人しくしているでしょうが、あのカイザーがこのまま何もしないとも思えません。監視は続けるようにお願いします」

 

「御意。我らゲーテ、ファウスト様の御心のままに」

 

 女生徒は深く一礼すると、キビキビとした動作で部屋を退出していく。

 

 カチャリ、と鍵が閉まる音が響いた瞬間。

 

 それまで執務室を満たしていた、息が詰まるような空気が、嘘のように霧散した。

 

「ふひゅうぅぅぅぅ…………っ!」

 

 革張りのチェアに座っていたファウストの背筋がへにゃりと曲がり、だらしない姿勢になる。

 

 彼女は両手を頭部に伸ばすと、被っていた紙袋をスポッと上に引き抜いた。

 

 カサリ、と紙袋がデスクの上に放り出される。

 

 そこから現れたのは、冷酷な支配者というイメージからはおよそかけ離れた、柔らかな亜麻色の髪と、優しげでどこかあどけなさを覚える瞳を持った、一人の平凡な少女の顔であった。

 

「あ、あわわわ……緊張しました……。心臓が口から飛び出るかと……」

 

 その少女――阿慈谷ヒフミは、先ほどの威厳に満ちた態度とは打って変わって、涙目になりながら胸を押さえて荒い息を吐いていた。

 

「『相応の教育』ってなんですか!?私そんな指示出した覚えないですよ!?『少しお仕置きが必要ですね』が、なんで『キヴォトスから追放しろ』に!?」

 

 ヒフミは頭を抱えながら、デスクの上に置かれた黄金の鳥の像――『ペロロ様純金製レプリカ』――を見つめた。

 

 中学生の頃は、ごく普通の、本当にごく普通の平凡な生徒であったはずなのに。

 可愛いものが好きで、特に『モモフレンズ』のキャラクターであるペロロ様をこよなく愛する、どこにでもいる普通の女の子だったはずなのに。

 

 それがどうして、キヴォトス最大の闇市の頂点に立っているのだろう。

 

「……最初はただ、ブラックマーケットに『百鬼夜行限定ご当地ペロロ様キーホルダー』が流れたと聞いたから来ただけだったのに……」

 

 ヒフミは机に突っ伏して呟く。

 

 あの日、勇気を振り絞ってブラックマーケットの奥深くに足を踏み入れたのが全ての始まりだった。

 

 限定グッズを巡るいざこざに巻き込まれ、なぜか抗争の真っ只中に放り込まれ、咄嗟の機転と偶然が重なり、一人で終結させたような恰好になってしまったのだ。

 

 正体を隠すために被った紙袋。

 そして咄嗟に名乗ってしまった『ファウスト』という偽名……。

 

 それがあれよあれよという間に尾びれ背びれ様々なパーツが追加されていき、気が付けば巨大組織のボスに就かされていた。

 

 その後行き場を失った生徒たちを庇い、企業その他との抗争なんかを繰り返すうちになぜかブラックマーケットを実質支配することになっていたのだ。

 

 ついでに連邦生徒会長の失踪後の迅速な対応もあって名声はうなぎ上りである。

 

「なんでこんなことになってるんでしょうか……」

 

 ヒフミは深く、ひたすらに深いため息をついた。

 

 本当なら、今頃はトリニティ総合学園で、友達とお茶を飲んだり、新作のスイーツを食べたり、休日はペロロ様のイベントに通ったりする、そんな平和で平凡な青春を送っているはずだったのだ。

 

 いや、いまだトリニティの生徒ではあるのだが。

 

「……でも」

 

 ヒフミは重い腰を上げ、執務室の巨大なガラス窓へと歩み寄った。

 

 眼下に広がるのは区画整理された街並みと、その奥に広がるブラックマーケット。

 

 暴力と犯罪が渦巻く街だが、それでも、ここには確かに生きている子たちがいる。

 表の世界から弾き出され、ここでしか生きられないような不器用な子たちが。

 

「今更、責任を放り出す訳にはいきません」

 

 窓ガラスに映る自分自身の姿を見る。

 

 仕立ての良いスーツ。

 

 それは、平凡な女子高生の着るものでは無いだろう。

 

 それでも、この座を降りることはできない。

 

 自分が作り上げた秩序が崩壊すれば、真っ先に血を流すのはゲーテの子たちであり、ブラックマーケットの子たちであるのだ。

 

「……あなたたちの、青春のために」

 

 ヒフミは小さく微笑むと、デスクに戻った。

 黄金のペロロ様を優しく撫で、紙袋を被る。

 

 そして再び、阿慈谷ヒフミはファウストとなった。

 

 

 やがて、『先生』と出会う時。

 

 この世界はどこへと向かうのだろうか。

 




どこへ向かうんですか?

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