【悲報】ヒフミさん普通じゃなかったwww   作:車検のコダック

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見える……ベアおばの影が……!

 翌日の放課後、ヒフミは自室にて黒いスマートフォンを紙袋越しに耳に当てていた。

 

『――報告いたします』

 

 声の主は、ゲーテ本部にいる有能な部下である。

 内容としては今朝依頼しておいた『白洲アズサの制服についていた見慣れない校章』についての調査結果の報告であった。

 

『ファウスト様から頂いた情報と合致するものが過去の資料にありました』

 

 電話の向こうの部下が、淡々とした声で告げる。

 

『一年ほど前、ゲーテ本部周辺区画にて偵察活動を行っていたらしき不審な生徒を巡回中のマーケットガードが捕縛。……その生徒が身に着けていた装備に施されていたものが件の校章のようです』

 

「……あの時の……」

 

 ヒフミはポツリと呟いた。

 その内容を聞き、ヒフミもその事件について思い出したのだ。

 

 たしか、最終的に捕縛したのは三人。

『アリウスの出身』だと語る、統一された装備を身に着けた生徒たちであった。

 普通はロゴなどは隠させるだろうが、出身地に並々ならぬ誇りでもあったのか特に隠す様子もなかったらしい。

 

(……というかその時ちょうど定期試験だったので忘れてましたね……)

 

 報告書を流し読みしてしまったのが悪かったです、とヒフミは反省しつつ、アズサの裏にいる人物にあたりをつけた。

 

「そうすると相手はゲマトリアの方になりますか」

 

 ヒフミの推測に、部下は「そうなるかと」と肯定の意を示す。

 

『探りを入れることもできますが……』

 

 部下の提案に対し少し思案したのち、否定した。

 

「……いえ、やめておきましょう」

 

『ゲマトリア』

 それは表立って動けるような組織とはお世辞にも言い難い、得体の知れない大人たちの集団である。

 ヒフミも少しばかり彼らと話す機会はあったのだが、『神秘』だ『崇高』だなんだと解説され、最終的に頭に大量のはてなマークを生やしたことを覚えていた。

 

 彼らは表の巨大企業等に資金を出資したり、技術提供を行ったりと裏で暗躍していることが多く、それゆえに基本活動範囲は法の及ばないブラックマーケットである。

 

 まぁホシノの一件を考えればむべなるかな、と言った具合ではあるが。

 

「契約が破られたわけでもないですから」

 

 ――現在『ゲーテ』と『ゲマトリア』との間には、『相互不可侵』という契約が結ばれている。

 

 というのもその事件の際、偵察部隊の生徒たちを捕らえた直後に黒服が交渉を持ちかけてきたのだ。

 

 曰く、「我々は今後一切『ゲーテ』の自治に手出しをせず、干渉もしない」と。

 

 そもそもその一件は『ベアトリーチェ』なる者の独断専行であったらしい。

 他構成員からすれば、下手にゲーテを刺激してブラックマーケットでの活動を制限されるのは痛かったのだろう。

 

 当時のゲーテはブラックマーケットを完全に掌握しているとは言い難かったのだが、それでもその影響力は凄まじいものがあったからだ。

 

 とはいえゲーテ側からすれば『不可侵』など当たり前の条件でしかない。

 

『でもそれ私たちにはメリットありませんよね……?』

 

 とヒフミは至極当然な質問を投げかけ、最終的に『神秘』やオーパーツ関連の研究資料を提供していただくことで契約成立となったわけである。

 

 なお、その会談の場にはヒフミの護衛が10人単位で警戒に当たっていた。

 クックックッ、脅迫……。

 

(……トリニティにアリウス生送り込みました?なんて言えませんよね……)

 

 ヒフミは小さく息を吐いた。

 

 アズサに関してはブラックマーケットにて事件を起こしたなどという訳でもないため、ゲーテとはなんら関係のない事由なのだ。

 問い合わせるにしても、理由は必要になるだろう。

 

 ただ、エデン条約の裏で動く存在を認識できた事実は大きい。

 今すぐ取れる具体的な手段はないが、警戒をしておいて損は無い。

 

「……そうですね。万が一を考えてティーパーティーと万魔殿の周囲に監視を増やしておいてください」

 

『御意』

 

 短い返答とともに、通信は切れた。

 ヒフミは黒い端末を机に置き、紙袋を頭から外す。

 

「ベアトリーチェ、でしたか」

 

『アリウス』にはそのベアトリーチェと名乗るゲマトリアの女が深く絡んでいるらしい。

 当時、契約の際には黒服が間に入りそのベアトリーチェなる女と顔を合わせることはなかったが、黒服の発言からして癖のある人物であることは間違いない。

 

『アリウス』については機密だなんだと教えてもらうことはできず、ゲーテの情報網をもってしてもその名称や実態についてはほとんど記録が出てこなかった。

 

 しかし何を企んでいるかは知らないが、エデン条約が結ばれようとしているこの時期に手下をトリニティに送り込んだのだ。

 エデン条約を巡って一悶着あることは容易に想像ができる。

 

 そんな悪い未来の予感を前に今はただ、憂うことしかできないのであった。

 

 

 

 

【先生視点】

 

 トリニティの学舎の一角。

 顧問として赴任した補習授業部の活動はひとまず各々で自習を行い、実力と様子を見ることとなった。

 

 息を吐くようにセクハラ発言をする痴女。

 あらゆるものに戦術的意義を見出す少女。

 そしてエッチなことに過剰反応するむっつり。

 

 正体を知っている人間の前ですら『普通の生徒』の擬態を諦めない裏社会のトップ。

 

 問題児しかいない補習対象の集団であったが、活動が始まってみると意外な事実が次々と判明した。

 

 ハナコはただの痴女というわけではなかった。

 彼女は恐ろしく頭の回転が速く、勉強が非常にできたのだ。

 

 今も学習の進行度的に一年生のものからやり直しているらしいアズサに対して、実に的確でわかりやすい指導を積極的に行っている。

 

 アズサも理解力は高いようで、会話を聞く限りとても順調そうであった。

 

「ここはこの公式を当てはめればすぐに解けますよ♡」

 

「……なるほど。ここでこの公式なのか。……となるとこれが――」

 

 次にヒフミ。

 彼女が「試験勉強はしていたんです!!!」と言っていたのはどうやら本当だったらしい。

 先生が教科書を見て突発的に出した問題もほぼ正解しており、あまり心配はなさそうだ。

 

 また試験日を間違えるようなことをしなければ合格は固そうである。

 あとはペロロ様関係か。

 

 だが問題は、コハルである。

 彼女はまだ補習授業部のメンバーにも心を開いていないというか、人見知りな部分もあって常にトゲトゲとした態度を取っている。

 

「コハルちゃん、そこは今回の特別試験の範囲ではありませんよ?」

 

 ハナコに優しく指摘され、コハルは顔を真っ赤にしてノートをバンッと閉じた。

 

「し、知ってたけど!?エリートだから、先の範囲まで予習しておこうと思っただけだから!!」

 

(”実力を隠してるらしいから、今は合格を祈るしかないかな……”)

 

 それにまだ特別試験の日まで時間はある。

 ゆっくりと信頼関係を築きながら、やっていけばいいだろう。

 

(”あ、そうだ”)

 

 ふと先生はあることを思い出し、自習中のヒフミの席へと歩み寄った。

 

”ヒフミ。このあと、少しだけ時間をもらえるかな?”

 

 ヒフミは真面目に勉強に取り組んでいたため、声をかけるのは少し気が引けたが、彼女にしか聞けないことがあったのだ。

 

「こ、このあとですか?……なにか、ここでは話せない内容だったり……?」

 

 ヒフミは一瞬ビクッと肩を揺らし、周囲のメンバーの視線を伺った。

 

”えっと、そうだね。少し……”

 

「あ、ならええと……。そうですね、夜にお電話していいですか?」

 

”うん、大丈夫”

 

 直接では駄目な理由があるのだろうかと勘繰ったが、確かに内容的には『阿慈谷ヒフミ』が把握しているのは不自然かもしれない。

 

 ナギサと交流があるとしても、ここでは『一応』ただの生徒なのだから。

 

(”具体的なことは言わないようにしたけど、悪いことをしたかな”)

 

 心の中で謝罪をしつつ、二人は補習授業部の活動に戻っていった。

 

 ――日は暮れ、白色ライトで照らされたシャーレの執務室。

 

 事前にヒフミが指定した通りの時間に、デスクの上に置かれたスマートフォンが振動した。

 

 しかし画面に表示されたのは『非通知設定』の文字。

 

 少し出るのにためらったが、アロナが『先生、大丈夫です!電子戦や逆探知対策なら私に任せてください!』と胸を張ってくれたこともあり、先生は通話ボタンを押した。

 

『……もしもし、先生ですか』

 

 聞こえてきたのは、昼間の少しおどおどとした女子高生の声ではない。

 感情の起伏が乏しい、威圧感と冷たさを感じるものであった。

 

”うん、私だよ”

 

『すみません。学園内だと、誰に盗み聞きされているかわからないので……』

 

 それはつまり、盗聴対策も兼ねて別の端末から連絡しているということ。

 先生はその警戒心の高さに、改めて彼女が置かれている立場の危うさを感じた。

 

”昼間はごめんね、あんなところで”

 

『いえ、大丈夫ですよ。……それで、お話というのは……』

 

 ヒフミに促され、先生は単刀直入に切り出した。

 

”『エデン条約』について、教えてほしい”

 

 先生の言葉に、電話の向こうでわずかに息を呑む気配がした。

 

”ナギサには時間があるときに、って言われていたんだけどね。忙しくて話は聞けなさそうだから、ヒフミに教えてもらおうと思って”

 

『なるほど……』

 

 ヒフミは納得したように呟く。

 

『といっても、トリニティとゲヘナの平和条約です、くらいしか話すことはないのですが――』

 

 と、そこで区切り、一拍。

 

『――先生が聞きたいのはそこじゃない。ですよね?』

 

 次に放たれたのは、心を見透かすような一言であった。

 

”……そうだね”

 

 先生は乾いた喉を無理やり動かし、そう返した。

 

 先生の疑問としては単純だった。

 なぜナギサはシャーレを、ひいては自分を招き入れたのか。

 

 先生はキヴォトスに来た一発目の事件であるアビドスから、この世界が思った以上に法や権利といったものに雁字搦めにされていることを思い知った。

 

 そして『シャーレの先生』という存在がそれを無視できるだけの、大きすぎる『権力』を持っていることも。

 

 だからこそ、そんな存在を忙しい状況下で招き入れる必要はあるのか。

 

 政治や策略には未だ慣れていない先生ではあったが、それでも何か裏があるのではないかと思い至ったわけである。

 

”……前のカイザーPMCの時にトリニティを動かせたのも、エデン条約のことがあったから?”

 

『……はい。ナギサ様はエデン条約の調印に向けてトリニティ内部だけでなく、ゲヘナとの関係性でも神経をすり減らしていると思います。なので今、トリニティで別の問題が引き起るのはよろしくないので動くだろう、という判断ですね』

 

 ヒフミの冷静な判断に、先生は思わず苦笑いした。

 

(”ナギサはヒフミのことを好意的に見ているようだったけど、今のところナギサからの一方通行だな……”)

 

『……それで、少し不安を煽るような形になってしまうのですが……』

 

 ヒフミの声が、一段と低く、冷ややかになる。

 

『外部から見た場合のエデン条約は、そう単純ではありません』

 

”外部……”

 

『エデン条約はゲヘナとトリニティの不可侵条約という名目で作られるものですが、その締結の際、お互いの自治区で起こる紛争を解決するための「二校の合同組織」が作られます。

 

 それは外から見た場合、「キヴォトストップクラスの二校が絡む軍事組織」とも受け取られかねません』

 

”……!”

 

『つまり、その条約の成立によって生み出される巨大な権力と武力を悪用したい人間や、逆にそのような組織が設立されると困る、という人間が裏で暗躍していてもおかしくはないです』

 

 平和のための条約が、外から見れば脅威に見えるという現状。

 

”だからナギサはシャーレを……?”

 

 ナギサは先生の権限を間に挟むことで、外部からの干渉をどうにかしたいのではないか。

 

(”いや、それならわざわざ補習授業部の顧問になんてする必要はない……”)

 

 だが、いくら考えたところで情報が足りないのは確かだ。

 やはりナギサから何かしらの情報をもらうべきか。

 

 思案で黙り込んだ先生だったがふと、この話し相手に聞けば良いではないか、と口を開く。

 

『――こうかも、というのはありますが……。これで間違っていて、先生からナギサ様への心象が悪くなっても申し訳ないので……』

 

 しかし返ってきたのは答えないという意思表示であった。

 それも、ヒフミの予想ではあまり良いことではないらしい。

 

『やっぱり、ナギサ様から直接聞くのがいいと思います。まだ時間はあると思うので』

 

 時間がある、というセリフに多少の違和感を感じつつも、「わかったよ」と返す。

 

 何気なく時計を見れば割と長く話していたらしい。

 

『あ、そうでした。ゲーテがエデン条約に関わることは今のところありませんよ』

 

 そこでヒフミはまるでお天気の話でもするかのように、そう付け加えた。

 

”その、今のところっていうのは……?”

 

『ゲーテはナギサ様に貸しを作っているので……』

 

”……裏社会みたいだね”

 

 裏社会だろ。

 

 何となく緩い空気になったところで先生が終わりを切り出し、この密談は終わりを迎えることとなった。

 

”――色々と教えてくれて本当にありがとう。助かったよ”

 

『いえ、先生も気を付けてくださいね。それではおやすみなさい』

 

”うん。おやすみ”

 

 そうしてスマホを耳から離した瞬間。

 

『……あ、そういえば裏にゲマトリアの方がいるかもしれません』

 

”――え!?”

 

 爆弾が投げ込まれた。

 しかし思わず声を上げるも通話は切れており、執務室に静寂が戻ってきた。

 

”ヒフミ……”

 

 先生はスマートフォンを机に置き、深く息を吐き出した。

 

 確かにブラックマーケットのトップがゲマトリアと面識があるのは理解できる。

 ヒフミに「彼らは危険だ」などと言うのもおかしいだろう。

 彼らの危険性くらい、とっくに理解しているのは間違いない。

 

 だがなぜ、最後にそれを言い残して消えるのか。

 

”……ゲマトリアか”

 

 ホシノを実験材料として利用しようとしていた謎の男、黒服。

 組織と言っていたことから他にも構成員がいるのだろうが……。

 

 明日聞くことが増えたな。

 心のやることリストに書き止めて、先生は再度ため息を吐くのだった。

 

 




ファウスト「思い出せてよかったです」



おかしいところがないことを祈って寝ます
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