ジュリアン・ヴェインと秘密の少女たち 作:女難の相
どうしてこうなった。
「ジュリアン……次の休日だけど空いているかな?空いてるよね?空いてないわけないもんね?」
どうしてこうなった。
「ジュリアン!深淵の闇を宿せし魔眼の主、
どうしてこうなった。
「ジュ、ジュリアン君が困ってます。あのあの……もっと静かに……ケケケ、無理矢理にでも黙らせてやった方が早いと思うぜ。もぅ、勝手に出てこないで!」
ホグワーツ魔法魔術学校の大広間で、ジュリアン・ヴェインは頭を抱えていた。
本来であれば、イギリス一の魔法魔術学校という、素晴らしい教育機関に入学できた喜びに浸っている筈だったのだ。
魔法学校から入学通知の手紙が届いた日。
一般家庭出身のジュリアンが、未知の世界に踏み込むことが許され、選ばれた日。
あの素晴らしい日に戻れるならジュリアンは己自身にこう忠告しただろう。
『お前、女難の相が出ているぞ』と。
ことの始まりはジュリアン・ヴェインの十一歳になった年の夏から始まる。
ジュリアン・ヴェイン、茶髪寄りにくすんだ金髪をした少年であり、顔立ちはかっこいいよりも可愛らしい男の子だ。
彼の両親は普通の会社員であり、これといった特別な家庭ではなかった。
少しだけ特別だとすれば、両親は共に美男美女であったこと、それをジュリアンが継承しているぐらいだ。
それ以外はどこにでもいるごくごく普通の家族であった。
「ジュールズ……誰か来たみたい。見てきてくれる?」
「分かったよ。母さん」
その日、ジュリアンはリビングでのんびりと読書をしていた。
母親は、夕飯の準備で忙しく、世話しなく動き回っている。
そんな時に、家のチャイムが鳴り、来訪者を告げた。
母親の声を聞いて、ジュリアンは本に栞を挟むと丁寧に閉じて玄関へと向かった。
「……はーい」
「すみません。ジュリアン・ヴェインは、こちらにご在宅でしょうか?」
「この家で合ってますが、どなたでしょうか?」
玄関へと赴くとジュリアンは、鍵がかかっていることを確認してから専用の踏み台を使い、扉についてる小さな覗き窓から相手を見て尋ねた。
覗き窓の外には、見た事も無い厳格そうな老女がびしっと背筋を伸ばし立っていた。
見た目だけであれば、図書館の司書を務めてそうな人で信用出来そうに見える。
「私はミネルバ・マクゴナガル。ホグワーツ魔法魔術学校で副校長を務めている者です」
ジュリアンは心の中で思っていたことを撤回した。
彼女の言葉を聞いて、信用は出来そうになかったのだ。
「少々お待ちください」
ジュリアンは、魔法魔術学校の副校長を務めているマクゴナガルと名乗った老女を前にどうしようかと考えた。
残念ながらジュリアンの周りには魔法使いも魔女の知り合いもいない。
魔法とは架空のもので、物語の中でのみ存在しているだと知っていた。
サンタクロースさえ、父親だという事も知っているお年頃である。
だからこそ『おかしな人がやって来たなー』と悩んだ。
「父さん、父さん」
「……どうかしたかい?ジュールズ」
結局、子供のジュリアンが相手をする訳にもいかず。
リビングで日頃の疲れを癒すべく、昼寝をしていた父親に助けを求めることにした。
しばらく揺すっていれば、父親は起きた。
急に起こされたというのに機嫌が悪くなることもなく、優しく微笑んでからジュリアンの頭を撫でて父親は起き上がる。
「ホグワーツ魔法魔術学校の副校長を務めているマクゴナガルさんって人が訪ねて来たんだけど」
「んー……まだ夢の中だったかな?」
「残念ながら現実だよ。僕じゃ相手できないからお願いね?」
昼寝から覚めてみれば、最愛の息子から意味の分からない来訪者のことを伝えられたのだ。
夢の中だと思うも仕方がないことである。
それでも、ぐいぐいとジュリアンに背中を押されて玄関へ向かわされれば、とりあえず行ってみるしかなかった。
「これでよし」
「誰だったの?」
「信用できない人だったから、父さんに頼んだよ」
父親が玄関へと向かうのを見送ると、ジュリアンは自分の仕事は終えたと椅子に座って先ほどの続きを読むべく本を開いた。
「……信用できたの?」
「うーん、まぁ……うん」
「ごほん……賢いお子さんのようで」
「えっと……ごめんなさい?」
しばらくすれば、父親があの人を優しく帰すだろうと思っていたのだが、その予測は外れてしまう。
戻って来た父親へと目を向けると、その後ろにはマクゴナガルと名乗った老女も一緒だったのだ。
これには、ジュリアンは口をぽかーんと開けて失礼なことを口走ってしまった。
「お母さんを呼んで来てくれるかい?」
「……分かった」
魔法魔術学校の副校長をしているなどいう老女を、なぜ招き入れたのだろうかと考えるも、自分よりも人生を多く歩んでいる父親の考えを信じる事にした。
本を先ほどのように丁寧に閉じてから、ジュリアンは渋々母親を呼びに向かう。
「もう一度名乗らせてもらいます。私はミネルバ・マクゴナガル。ホグワーツ魔法魔術学校で副校長を務めている者です」
「はぁ……どうも」
マクゴナガルと名乗る老女をリビングにあるソファーに案内し、ジュリアンを挟み込むように三人で対面に座った。
そして改めて自己紹介をしてもらったのだが、何度聞いてもおかしな内容である。
実際に紹介を聞かされた母親の反応は、よく分かりませんといった感じであった。
「こちらを信じられないのも分かります。なのでまずは
「あっ」
半信半疑である母親とジュリアンに対して、マクゴナガルは懐から細長い棒きれを取り出してそう告げた。
そして、何やら空中に文字を書くように動かした瞬間、信じるに値する出来事が起こる。
ジュリアンの抱いていた本が、空中へと浮かび上がったのだ。
「物を浮かす魔法です。本を持ってもらっても結構ですよ。何もついてませんので」
「うわー……本当だ」
空中に浮かんだ本を凝視しつつも、ジュリアンは手を使って本の周りに何もついていない事を確認する。
何度も確認しても本だけで空中に浮いており、不思議な光景だけがそこに残っていた。
「他にもあるのですか?」
「そうですね。こういったことも」
母親の少し興奮した声にマクゴナガルは、微笑んだ後に本を机の上に降ろすと、先ほどと同じく杖を振って見せた。
次の魔法は更に目を疑う物であった。
机の上に置かれた本が、あっという間に針へと変わったのだ。
「……これは元に戻りますか?」
「もちろん、元に戻せます」
魔法は凄かったが、それ以上にジュリアンは本が元に戻るのか不安に思った。
というのも、この本は図書館から借りている物であり、ジュリアンの物ではなかったからだ。
魔法を見れたことは嬉しいが、本をなくして図書館を出禁もしくは弁償というのは、嫌であった。
「これで魔法が存在するものだと分かって貰えたはずです」
「えぇ……本当に凄いわね。魔法があるなんて」
「僕も玄関先で見せられた時は驚いたよ」
「まずは、こちらを見てください」
本を元に戻すとマクゴナガルは、先ほどの様に厳格な表情となり、当初の目的を果すために会話を続ける。
懐から一通の手紙を取り出すと、それをジュリアンへと渡す。
ジュリアンは、それを受け取るとゆっくりと封を切り中身を見た。
ホグワーツ魔法魔術学校
校長 アルバス・ダンブルドア
マーリン勲章、勲一等、大魔法使い、魔法戦士隊長……
親愛なるヴェイン殿
このたびホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学が許可されました。
……
「アルバス・ダンブルドア……肩書が多いですが、凄い人なのですか?」
「ダンブルドア校長は魔法界において素晴らしい功績を残し続けているお人ですよ」
中身を両親と共に読み進めていく。
どこに入学出来るのか、校長の名前に必要な教材のリスト。
最後にいつ新学期が始まるのかが書かれていた。
中でも目を引いたのは、何やら理解できないが様々な肩書を持つ校長である。
マーリン勲章というものが、どういったものか分からないが凄いということだけは理解出来た。
「入学の際に必要な教材などは、どちらで購入すれば?あー……何しろ私達はこういったことに疎いもので」
「ご心配ありません。ロンドンに魔法使いの道具を買える場所があり、そこで全て揃います」
「購入の際の貨幣などは、こちらと同じ物ですか?」
「小鬼の銀行があり、そこで両替が可能です」
「小鬼?」
「小鬼です」
「卒業後の進路などは――」
「成績にもよりますが――」
ジュリアンは、手紙をじっくりと眺めた。
そして、両親達の質問の応答を聞いて、強くこの魔法学校に入学したいと思った。
「普通の学校より楽しそうだし、一度きりの人生だもん。僕はこっちに行ってみたい!」
身を乗り出し、目をきらきらと輝かせて即答する。
しかし、父親はそんな息子の肩にそっと手を置き、穏やかな、けれど諭すような声で言った。
「ジュールズ。新しい世界にワクワクする気持ちはよく分かる。だけどね、これはこれからの人生を左右する大きな選択だ。一度、家族皆で冷静に話し合おう」
「――あ」
父親の静かなトーンに、ジュリアンは冷水を浴びせられたようにハッとした。
魔法という未知の誘惑にすっかり舞い上がり、物事を深く考えずに飛びつこうとしていた。
その子供っぽい浅はかさが、急に恥ずかしくなる。
ジュリアンは耳の付け根まで真っ赤に染め上げ、きゅっと唇を結んでうつむいてしまう。
そんな息子の気まずそうな、けれど素直な反省の態度を見て、父親は小さく笑ってその頭をくしゃりと撫でた。
「ごほん……」
ソファーの向かい側から、小さく、温かみのある咳払いが聞こえた。
見上げると、厳格なはずのマクゴナガル先生の目元が、柔らかく細められている。
未知の力に溺れることなく、互いを思いやるこの家族に、深い好感を抱いたようだった。
「そちらが宜しければ、来週の午前中にまた伺いましょう。その時に入学を希望されるのであれば、必要な教材を揃えに、ロンドンの『ダイアゴン横丁』へお連れします」
「……ありがとうございます。よろしくお願いします」
ジュリアンは赤みが引かない顔のまま、今度はペコリと丁寧に頭を下げた。
マクゴナガルは満足そうに深く頷くと、音もなく立ち上がり、ヴェイン家を後にした。
その日の夕食は、当然のように家族会議となった。
未知の世界への不安、全寮制の学校へ息子を送り出す寂しさ、けれど、それ以上にジュリアンの未来への可能性と、何よりあの鮮烈な魔法の記憶が、両親の背中を優しく力強く押した。
――それから一週間後。
夏の日差しが降り注ぐ中、ヴェイン一家は、未知なる魔法界へと足を踏み入れることとなる。