ジュリアン・ヴェインと秘密の少女たち 作:女難の相
「ジュールズは、ペットとかはいらないの?」
「いらないかな。飼うとしても二年目以降のホグワーツに、慣れてからがいいと思ってるよ」
グリンゴッツ銀行を無事に出てから、父親とマクゴナガル、母親とジュリアンのペアに分かれて買い物をすることとなった。
唯一、杖だけは皆で集まり、最後に買う予定である。
母親とジュリアンの買う物は、普段着のローブ、普段着の三角帽などの衣類関係と教科書類。
残りの鍋などの雑貨は、父親が走り回って集めている。
忙しい父親と違い、母親とジュリアンの方はお店を二か所だけ回り終わってしまう。
約束の時間まで、まだ時間もあり、入学祝いということで欲しい物を聞かれたのが冒頭である。
「じゃあ、なにか本でも買う?」
「そうだね。何か探そうかな」
母親は嬉しそうに微笑むと、ジュリアンの手を引いて賑やかな通りを歩き出す。
ダイアゴン横丁には、見たこともないお菓子が並ぶショーウィンドウや、金ピカの望遠鏡を売る店など、目移りしそうな場所がたくさんあった。
けれど、ジュリアンが一番興味を惹かれたのは、やはり、本である。
そんな二人が見つけて入ったのは、棚の最上階までぎっしりと古書が詰め込まれた、少し薄暗い本屋だった。
インクと古い紙の匂いが立ち込める中、教科書を探しに行った母親と別れ、ジュリアンはさっそく本棚へと足を向ける。
「……あ、あ、うーん……!」
物語が置いてある棚に行くと、棚の隙間から、小さく、おどおどとした声が聞こえた。
ジュリアンがそちらを見ると、一人の少女が、大きな本を何冊も抱えて立ち尽くしていた。
茶色の髪の毛をきっちりと一つの大きな三つ編みにして、丸い大きな眼鏡をかけた、いかにも大人しそうな女の子だ。
彼女の着ている服は魔法使いのものではなく、ジュリアンと同じような、ごく普通の一般家庭の衣服だった。
そんな彼女の細い腕には、およそ新入生が持つには不釣り合いなほど、重厚で難しそうな専門書が何冊も抱えられていた。
一番上でぐらぐらと揺れているのは、一年生の指定教科書である『薬草ときのこ千種』や『闇の力ーー護身術入門』だ。
しかし、その下に重なる本の山は、明らかに一年生の領分を超えていた。
ホグワーツの歴史が網羅された鈍器のように分厚い『ホグワーツの歴史』を筆頭に、上級生が頭を抱える難解な専門書『高度な魔法薬調合法』まであった。
(あんなに難しそうな本を読めるの?)
ジュリアンが驚きに目を丸くしている間も、彼女は腕の中の凄まじい重みでぷるぷると華奢な身体を震わせながらも、さらにつま先立ちになった。
一際高い棚の上にある、『雪男とゆっくり一年』をなんとかして追加しようと手を伸ばしているのだが、抱えた本の重みで視界も遮られ、身長も足りず、どうしても指先が届かない。
「うぅ……やっぱり、届かない、よ……。お、重い、よぉ……っ」
腕の筋肉が限界を迎えているのか、それともお目当ての本に届かないもどかしさからか、彼女の丸眼鏡の奥の瞳にはみるみるうちに涙が溜まっていく。
今にもその場に泣き崩れて、難解な本の山ごと床に転がって大惨事になってしまいそうなほど、限界寸前の様子だった。
「手伝おうか?」
「ひゃっ!? あ、は、はい……すみませんっ!」
ジュリアンが声をかけると、彼女は飛び上がるほど驚き、眼鏡をずり下げながら顔を真っ赤にさせた。
ジュリアンは苦笑しながら、彼女が手を伸ばしていた棚の上の本『雪男とゆっくり一年』に手を伸ばし、代わりに取ってあげた。
「はい、これだよね」
「あ、ありがとうございます……! その、私、エヴリン・ソーンフィールドと言います。今年からホグワーツに入学するんです、けど……」
「僕も今年から入学するんだ。ジュリアン・ヴェイン。よろしくね、エヴリン」
「あ、ヴェインくん……よろしくお願いします」
エヴリンと名乗った少女は、消え入りそうな声でぺこぺこと頭を下げた。
そんな彼女に自己紹介をすれば、エヴリンは少しだけ安心したように、はにかんだような笑みを浮かべた。
「ずいぶんと難しい本を読むんだね」
「あぅ……あのあの、こ、これは私じゃなくて」
「あー……お姉さんとかのかな?」
「そうじゃなくて……でもでも、部分的には当たってて」
ジュリアンは、彼女の内に秘められた並外れた知識欲、あるいは自分と同類の『
さり気無く、相手がどの位の本の虫か探りつつも、おすすめがあれば聞いてみようと思った。
服装はマグルであるが、こんなにも難しそうな本を選んでいるのだ。
ジュリアンは、エヴリンは魔法界の本に詳しいに違いないと思った。
しかし、探りを入れていくと、その度にエヴリンは視線を泳がせて困ったように身を縮める。
「はっ!こいつがこんな難しい本を理解出来る訳ねーだろ!」
「え?」
「ケケケ……こいつが好きな本は物語とか誰でも読めるよーな奴で、こっちは俺様用のだ」
「は?」
その変化は急激であった。
さっきまで消え入りそうな声で喋っていた少女は、突然、悪魔が乗り移ったかのように不敵な笑みを浮かべ男の子のような口調で喋り出した。
丸い眼鏡の奥の瞳が、おどおどとしたものから、ジュリアンを見下すような鋭い光を放つ。
背筋を伸ばし、先ほどまでの怯えていた様子が嘘のように、生意気そうな態度でジュリアンを笑ったのだ。
――しかし、それも束の間。
エヴリンは持っていた本を近くの机に置いて、自分の頭をポカポカと叩きながら、再び顔を真っ赤にして慌てふためき始めた。
「あわわ……待って、急に出て来ないでよー!」
「お前が頼りねえから助け舟を出してやったんだろ、この間抜け!」
「もう、引っ込んでて! ……あ、あの、えっと、ごめんなさい……!」
一人で二つの口調を使い分け、まるで本当に二人で激しい口論をしているかのように取り乱すエヴリン。
ジュリアンは完全に呆気にとられ、口を半開きにしたままその光景を見つめるしかなかった。
「あ、あのあの……今のはごめんなさい! その、ち、違うんです! 今のは、えっと……腹話術! そう、高度な腹話術の練習なんです!」
「口動いているのに……ふ、腹話術……?」
「あっ、ちが、んん! あのあの、表現力の修行というか……ほら、私、引っ込み思案だから、こうやって『心の中の架空のキャラクター』を演じることで、自分を鼓舞するっていうか、そういうメンタルトレーニングをですね……っ!」
「メンタルトレーニング……」
ジュリアンは呟き、目の前のエヴリンをまじまじと見つめた。
必死に言い訳を並べているが、彼女の目は完全に泳いでいるし、冷や汗も止まっていない。
演技でやっている風にはとても見えなかった。
本当に、彼女の身体の中にもう一人、口の悪い男の子が住み着いていて、それを必死に隠そうとしているみたいであった。
(魔法界って、こんな人達でいっぱいなんだろうか……?)
さっきのモルウェナといい、このエヴリンといい、ホグワーツの同期になるかもしれない女の子たちのキャラの濃さに、ジュリアンは早くも頭が痛くなってきた。
こうなったら、自分も何か考えておいた方がいいのではと錯乱するほどである。
「ハッ、おいエヴリン! 腹話術だの訓練だの、苦しすぎるだろその言い訳!」
「ひゃぅっ!? もう、だから出てこないでってば!」
「うるせえ! 俺様の勝手だろ!」
「い、いつもは、おばあちゃんの前でしか出て来ない癖にな、なんで今は、こんなにもでてくるの!?」
再び始まった、誤魔化す側とそれを煽る側の喧嘩……というか、エヴリンが一人で激しく言い合っている。
今にもこの場から逃げ出しそうなほど怯えて、必死に自分の頭をポカポカと叩いて『無かったこと』にしようとしている彼女を見て、ジュリアンはどうすればいいのだろうかと、頭を悩ませた。
口の悪い『もう一つの人格』はともかく、エヴリン自身は本当に大人しくて、本が大好きなだけの女の子なのだろう。
「大丈夫だよ、エヴリン。……その」
「え……?」
エヴリンが動きを止め、涙目のままジュリアンを見る。
「腹話術でも、トレーニングでも、あるいは……二重人格とかでも。僕は変だなんて思わないし、誰にも言わないよ。マグルの世界から来たばかりの僕にとっては、魔法がある時点で全部びっくりすることだからね。『魔法界ならそういう、ちょっと複雑な事情もあるのかな』って納得しちゃうし」
「あ……う……」
ジュリアンが優しく微笑みながら言うと、エヴリンはほっと胸をなでおろしたようだ。
どうやら、変人扱いされて嫌われるのを一番恐れていたようだ。
「……ケッ、物分かりのいい奴だな」
一瞬だけ、エヴリンの口からまた荒い口調が漏れたが、今度はすぐに大人しいエヴリンの表情に戻った。
「ご、ごめんなさい……。でも、嫌わないでくれて、ありがとうございます……。あの、お礼と言ってはなんですけど、この本、すごく面白いですよ……?」
エヴリンはまだ少し顔を赤くしながらも、机に置いた本の山から一冊を選び、嬉しそうにジュリアンに差し出してきた。
モルウェナとはまた違う意味で『目が離せない友達』が、ここでもまた一人増えそうな予感にジュリアンは小さく息を吐きながらも、その本を受け取るのだった。
「その本、僕も気になってたんだ。ありがとう」
ジュリアンが本を受け取ると、エヴリンの丸い眼鏡の奥の瞳が、ぱっと嬉しそうに輝いた。
自分が大好きなものを肯定してもらえたのが、よほど嬉しかったのだろう。
彼女はそれから、消え入りそうな声ながらも、堰を切ったようにその物語の見どころを熱心に語ってくれた。
おどおどしているけれど、本のことになると少しだけ夢中になってしまうあたり、やはり彼女も相当な本の虫のようだ。
「ジュールズ、お待たせ。……あら?」
二人がそんな風に本を挟んで話していると、棚の向こうから、数冊の教科書を抱えた母親が戻ってきた。
見知らぬ少女と親しげに話している我が子を見て、母親は少し驚いたように目を瞬かせる。
「あ、母さん。こちらはエヴリン・ソーンフィールドさん。僕と同じ、今年からホグワーツに入るんだって」
「は、はじめまして……! エヴリンです……っ」
大人の登場に、エヴリンはまたしても飛び上がるほど緊張し、借りてきた猫のように小さくなってペコペコと頭を下げた。
母親はその初々しい様子にふっと表情を緩めると、『はじめまして、ジュリアンの母です。よろしくね』と優しく微笑みかけた。
「ジュールズ、そろそろお父さんたちと約束した時間よ。マクゴナガル先生もお待ちだわ」
「あ、もうそんな時間か。……ごめんねエヴリン、僕、もう行かなくちゃ」
「ううん! こ、こちらこそ、お引き止めしちゃってすみません……! ほん、ありがとうございました……!」
エヴリンは胸の前でぎゅっと残りの本を抱きしめながら、何度も頭を下げる。
「ううん、本を教えてくれて嬉しかったよ。……じゃあ、またホグワーツでね」
「はい……っ、また、ホグワーツで!」
最後にはにかんだような、けれどしっかりとした笑顔を見せてくれたエヴリンに手を振り返し、ジュリアンは母親と共に本を購入し、書店を後にした。
外に出ると、ダイアゴン横丁の賑やかな喧騒が再び二人を包み込む。
グリンゴッツ銀行での「嵐のような中二病少女」モルウェナ。
そして、この書店での「二重人格者」エヴリン。
(……まだ学校に行ってもいないのに、もう二人も個性の塊みたいな女の子と知り合っちゃったな)
ジュリアンは、腕に抱えた新しい本の重みを感じながら、小さく息を吐いた。
これから始まる学校生活への予感。
それは、マクゴナガル先生から手紙を貰った時に想像していたものよりも、遥かに賑やかそうだ。
「さあ、ジュールズ。次はいよいよ、あなただけの『杖』を買いに行きましょう」
母親のその言葉に、ジュリアンは『うん』と気持ちを切り替えて頷き、父親たちが待つ次のお店へと足を進めるのだった。