「これって虐待ですよね!」
若林くんの目は血走り、激しく眉間に皺を寄せている。
「ち、違うんだ!止むを得ないんだよ」
「こんな僕を苦しめて……最低だ!」
「誤解だよ!今のやり取りを君も見てただろう?」
「店長は僕を護ってくれなかった!」
「え?」
「あんな奴の不当な指示を跳ね除けてくれなかった!」
(そんな事……出来る訳無いだろ…)
細川は溜息をついた。
「御母様に言いつけてやる!」
「え!」
「みんなで僕をいじめたと言いつけてやる!」
「な!それは止めてくれ!若林君!」
細川の脳裏に昨晩の大膳の言葉が蘇った。
――まあ良い…明日からの動きをよく見ているよ。 細川君――
彼は悪夢を見ている気分だった。
頭がクラクラし始めた。
目の前の若林くんが二重に見える。
その時であった。
バックヤ―ドの入口から北嶋が叫んだ。
「店長!後ろ!」
細川はぎょっとして振り向いた。
そこには坊主頭にサングラスとマスクを装着した黒ジャ―ジ姿の男が立っていた。
両手には出刃包丁が握り締められている。
彼はその切先を細川に突き付けて叫んだ。
「騒ぐな!金を出せ!」
強盗である。
しかし細川は慌てなかった。
店舗運営マニュアルではこういう時には決して逆らわず、大人しく金を渡す事が決められている。
「待って下さい。今、現金を出しますから……」
細川は落ち着いてカウンター内に入りレジを開いた。
その時であった。
「このクソ泥棒!店から出て行け!」
若林くんが強盗に向かって叫んだ。
(あ!いけない!)
細川は鼻から心臓が飛び出そうになる。
ジャ―ジ姿の男は一瞬面食らったが、興奮して包丁を若林くんに突き付けた。
「何だと!この野郎!こいつが見えないのか?」
「ふん!そんなもの怖くない。このハゲ頭のウジ虫野郎!」
「ぐ!俺の頭の事を…畜生!」
(だ、駄目だ!犯人を刺激しちゃ!)
狼狽する細川をよそに若林くんの言葉は益々エスカレートする。
「言ったがどうした?ゴミ虫クソハゲ馬鹿野郎!お前なんて社会の屑だ!うんこちゃんにたかるクソ蠅だ!」
「うぐ……こいつ!許せねえ…」
「許せねえ…だと!笑わせるな!何も出来ない癖にいきがるな!ハゲハゲハゲハゲハゲ頭!つるつる頭のハゲ頭!女にもてないハゲ頭……」
「わ、若林君!いけない!」
細川が叫んだその瞬間であった。
「うがあぁぁ!!!」
犯人は絶叫して包丁で若林くんの顔を横なぶりに切りつけた。
「ぎゃあ!!」
若林くんは顔面から血を吹き出しながら車椅子から転げ落ちた。
その刃先は深く彼の両目を切り裂いていた。
「ひぎい!目が!目が!」
若林くんは血塗れになりながら床をのたうち回る。
「ハァ!ハァ!ざまあみやがれ!」
ジャ―ジ男は興奮覚めやらぬ様子だったが、若林くんの惨状を見て慌てて逃走した。
その後、店は警察や救急車が入り乱れて騒然となった。
「痛い……痛いよお!」
若林くんは苦しそうにうめきながらタンカに乗せられ、病院に搬送されて行った。
細川はこの事態の責任を問われ、三カ月の停職処分となった。
職責も、店長から《ショップリ―ダ―》に格下げされた。
これは店長としての業務内容は同じだが、給与体系は平社員並になる制度である。
「あなた!ただでさえ薄給なのにどうすんのよ!」
自宅では妻に激しく詰られる。
細川は事件後15kg体重が減少した。
彼は、休業期間には自宅でする事も無く、近くの河原で落ち窪んだ目でじっと川の流れを見つめていた。
(一体何がいけなかったのか……俺は会社の言う通りにやって来たのに……)
さらに考える。
(若林君はあの体でも前向きだった。本当に彼を活かす手立てはなかったのか……)
自問自答を繰り返し、答えは出ない日々……
そして三カ月後、細川は復帰の日を迎えた。
出勤してから制服に着替えたがブカブカである。
「店長……」
そんな彼の姿に北嶋も言葉が出なかった。
「北嶋君。僕はもう店長じゃないよ……」
細川は寂しく笑みを浮かべた。
その時だった。
店舗の駐車場に1台のセンチュリー が入庫した。
「え!CEO!何故?」
細川は慌てて駐車場に駆け付ける。
後部座席から満面の笑顔で大膳が降り立った。
「やあ!細川君!元気そうじゃないか!」
大膳は細川の肩をポンポンと叩いた。
「おはようございます。あの……今日は如何なる御用で?」
「ハッハッハ!彼もようやく回復したんだよ!また君にお任せしようと思ってね!」
「え!彼……?」
細川はゴクリと唾を飲み込んだ。
「店長!いやリ―ダ―!おはようございます!」
後部座席の窓が開き、若林くんが顔を突き出した。
細川はその顔面を見て戦慄が走った。
両目の眼球が完全に摘出され、眼窩が頭蓋骨をなぞるようにぽっかりと落ち窪んでいるのである。
「ひ……、若林君……その目は?」
「はい!僕の視力は完全に失われました!泥棒に切られた時はとっても痛かったです!」
「え!そ……そんな状態で出勤出来るの?」
「はい!問題有りません!視力は失われましたが、意欲と希望は全く失われていません。むしろ前よりやる気は激しく燃え盛っています!必ずお役に立ってみせます!」
「は……ひ……!」
細川は呼吸が苦しくなってきた。
「そういう訳なんだ!彼はきっと我社に貢献してくれる大切な人材だ。今日からまた宜しく頼むよ!」
「ふ……へ……!」
細川の目がぐるぐる回りだす。
「ダイバーシティだよ!」
大膳が真っ白な歯を光らせてた。
「ますますもっと頑張ります!」
若林くんが最上の笑顔をみせた。
「ほ――――!」
細川の意識が遠ざかる。
ビバ・ダイバーシティ!