ーーーークレープ屋
「美味しい! すいません、同じのもう一つ!! あと牛乳」
「あいよっ」
アルは屋台の近くのベンチに座り、クレープを食べていた。そして、三個目を食べ終え、四つ目の注文をしたときだった。
「……電話?」
アルはポケットで叫ぶケータイを取り出す。表示は無い。思いつく相手は全て表示が出るはず。そこではたと気がつく。
「……ミサカ?」
アルはポケットに手を突っ込む。小銭、をやめ、持っている最大価値の紙幣を屋台に置く。
「さっきのキャンセル! お金はおいときます!」
ーーーーセブンスミスト近辺 路地裏
走り回るアル。なぜかは自身もわからない。それでも止まっていられなかった。
「さっきミサカと別れた場所……」
アルは立ち止まる。そこに一匹の猫。あのときの黒い子猫。子猫はアルをちらりと見ると路地に入って行く。
「待って!」
子猫追って路地に入ったアルは気づいた。血の匂い。脂の匂い。糞尿の匂い。危険を教えるアラート。近くに死体がある、アルは確信する。
アルは用心深く進む。しかし、意思と反して体が、心が慌てる。まさかミサカが、という無駄な不安。そんなはずはないという、不必要なはずの祈り、自身を動かすための欺瞞。
曲がり角を一つ、二つ。異臭は強くなる。
三つ、四つ。胸のムカつきが喉にまであがっ てくる。
五つ、六つ。力み過ぎて歯の根が軋む。
七つ。果たしてご対面。
死体。右足は千切れ、腹が割けている。顔面の穴という穴から血を流している。おおよそアルの知っている人体構造を逸脱している。が、その身につけている服装に覚えがあった。
反射的に辺りを見回す。敵意はない。人のそして、その他の気配もない。
と同時に、氷水を頭蓋骨に流し込まれたかのような感覚。そして、アルの目の前に記憶の中でしか、会えない人達が現れる。
ニーナ『おにいちゃん!』
涙が溢れる。
ヒューズ『アルフォンス!』
胃液があがってくる。
トリシャ『アル!』
固く結んだはずの唇を胃液がぶち破る。
ミサカ『……アル』
食べさせる事の出来なかったクレープをミサカの上にブチまける。
甘い匂いが鼻を、酸味が口を。耳には訳のわからない音が届く。少し経って自分の喚き声だと気がついた。
人体錬成ーーアルは首を振る。
歯を食い縛り立ち上がると、すぐにケータイを取り出す。黒子の声。
『何かあったらすぐにアンチスキルに連絡するんですの!』
ケータイを片手に考える。聞いたはずの手順が全く思い出せない。出てくるのは、酸っぱい唾液だけ。
「クソっ!」
アルは駆け出す。人だ! この世界の人なら連絡出来る!
ーーーーセブンスミスト近辺 大通り
路地から飛び出すとアルは手当たり次第に叫ぶ。
「誰か! 憲兵に連絡を!」
「あ、アルさん! こんにちは!」
ちょうど通りかかった涙子の肩を揺すりアルは叫ぶ。
「涙子!! 憲兵にすぐ連絡を!! ミサカが…… 倒れてるんだ!!」
「え? 御坂さんが? と、とりあえず、アンチスキルに連絡しますね!!」
「頼む! 僕は先に行ってるって伝えて!!」
ーーーーセブンスミスト近辺 路地裏
アルが先ほどの場所に行くとそこには何もなかった。
確かにあったミサカの肉体。千切れた足も、体からこぼれた肺腑も、あふれた血だまりも。何も、何もかもなくなっていた。
代わりにミサカがいた。あの時と同じくちょこんと立っていた。
「み、ミサカ!! 無事だったのか!」
アルは声をかける。
「ミサカは確かにミサカです。しかし、あなたの知っているミサカは、ここで死にました。と、ミサカは伝えます」
アルは目を疑った。ミサカの後ろにはミサカが。その後ろにも横にもミサカ、ミサカ、ミサカ。ミサカが何人もいた。
そして、そのうちの一人が担いでいる黒い袋。人をちょうど一人詰めた大きさ。重量感。
「ミサカはクローンです。ミサカはミサカ10032号です。あなたがミサカと呼ぶミサカはミサカ10031号でしょう、とミサカは無線を出しつつ答えます」
「これ、は……」
「ミサカ10031号は作戦開始前に突然、簡易の無線を作り出しました。何かと思いましたが、最後の最後に能力を使って強引にあなたに通話回線を開いたようですね。
アルにはわからなかった。意味とか理屈とか理論とかそんなのではなく、単純に頭に入ってこなかった。
ただただ涙が出てきた。嗚咽が漏れた。
「何で、何であの子が死ななきゃいけなかったんだ!!」
実験ですから、と聞こえた気がした。いつの間にかアンチスキルがやってきていた。ミサカはいなかった。アルは一人泣いていた。