ーーーー学園都市内某橋上
少女は立っていた。ただ一人で立っていた。
「女の子がこんな時間に出歩いてちゃダメだよ」
「うるさいわねぇ。何しに来たのよ!」
不愉快、顔にも声にもそれがありありと見える。しかし、それには関さずアルは続ける。
「黒子が心配してたよ? 君の部屋探し回って何に困ってるのか、そして、何に怯えてるのか考えてた」
美琴の長い嘆息。
「あのバカ……」
「困ったら連絡するように言ったじゃないか。何のことかな。絶対能力進化実験」
「……」
核心の質問。美琴はそれに答えない。アルは続ける。
「第一位を止めにきたの?」
「何のことかしらね」
アルは歩を進めながら、言葉を選ぶ。
「今日、君の妹に会った。彼女とは二度目の対面だった。そして、三度目の対面で死体になってた」
美琴の顔が歪む。
「そして、他の妹にも会ったよ。実験だって言ってた。彼女が死んだことは。そして、これから『自分達』が死ぬこともかな」
それと同時に、美琴の怒声。
「だから何よ! 何なのよ! 関係ないくせに! 私の気持ち何かわからない癖に! 私のクローン、それだけで殺されるそんな理不尽あってたまるか!」
怒りと、それを産んだ悲しみを含んだ声。アルは大事な人を思い出していた。
「…… 昔、そう昔。二人の咎人がいた。二人は兄弟だった」
アルは、近づくのをやめ、その場に立つ。距離にして十五メートル。橋上ギリギリ声が届く大きさ。
「罰に兄は片脚と片腕を取りあげられた。弟は身体全部を取り上げられ、代わりに鎧に魂を縛り付けられた」
美琴は、俯きながらそれを聞いている。
「そんな弟だけど一度も不幸だとは思わなかった。何故だと思う?」
アルの問いかけ。逡巡。答えが出ず美琴は沈黙する。
「兄も、そして周りの人達も、鎧の体の僕をきちんと人間として扱ってくれた。アルフォンス・エルリックとして接してくれた!」
なんの罪だろう。美琴は、その咎人を見ながら少し気になった。
「美琴の気持ちは、わからない。でも、妹の気持ちはわかる! 自分の為に命を捨てようとしてくれる姉さんがいる。それだけで不幸じゃない!」
アルの声は橋上に吹く風に流される。しかし、美琴には届いた。
「でも、でもそれじゃあの子達は救われない! どうすればいいのよ!!」
美琴はアルに向かって手を真っ直ぐに伸ばす。前髪がパチリパチリと火花を散らす。それが収束、その右腕より放電。電撃が放たれ轟音が鳴り響く。電撃と呼ぶには大きすぎる、言わば雷撃。
アルは、冷静であった。予見していたのか、橋の手すりを避雷針に錬成する。雷撃は、それを伝わり川へ逃げて行く。
「あの子達が殺されるのを黙って見てろっていうの!!」
次に砂鉄の剣。磁力で繋がれた砂鉄は唸りをあげ、アルに襲いかかる。
アルは、地面の炭素を中心に、粘度の高い樹脂を錬成する。そして、それが砂鉄の剣にまとわりつく。
砂鉄製の剣は、アルの眼前で砂鉄製のオブジェクトとなる。
「私は、私の失敗のケリをつけなきゃいけないのよ……」
美琴はポケットからコインを取り出す。美琴の周囲の空気が張り詰める。繊維が近づいては火花を散らして離れる。
「私は殺されて死ぬの! 第一位に無残にボロボロに殺されて、私は、私が無価値な事を証明しなきゃいけないの!!」
アルは両手を合わせ、地面に手を付く。すると、あるの眼前に砂岩と鉄、炭素繊維の三層の壁がせり上がる。
と、同時にコインが放たれる。
第一層目は衝突音すらなく熱で溶け消える。第二層目は甲高い衝突音と共に砕け散る。第三層目は鈍い破裂音が起き、壁の破壊と同時にコインも溶け落ちた。
「美琴が死んでも何も変わらない。僕の故郷もそうだった。賢者の石なんて愚かな物の為にたくさんの人が死んだ! でも、何も変わらなかった。あの時と一緒だよ。お父様とか呼ばれる頭でっかちの不摂生の真性引きこもりと同じ匂いがするんだ」
アルは、かつての出来事を思い出していた。そして、クローンの噂。美琴の性格。そして、美琴の能力。研究書。そして導かれる仮説。
「美琴の周りで自分のクローンの噂が流れれば、美琴は自分で必ず調査する。そして、美琴の能力があれば必ず絶対能力進化実験の事実に辿り着くだろう。そして、必ず止めようとする。狙いはそこだったんじゃないのかな?」
美琴は、苛立つ。
「私が泳がされてたっていうの?」
「美琴が泳がなきゃミサカ達は、ここにいなかったし、これから全員殺される。必要なのは、今までじゃない。これから、結果だ」
そういうと、美琴を見る。そして、その眼力に負けんとアルも力を込める。
「なら、アルはなんだと思ってるの? この計画?」
「計画はわからない。だから、逆に考えよう。この計画の終着地点を」
アルは、指を一本立てる。
「この計画の終着地点。それは、当然実験の成功」
「な、そんな話なの? 当たり前じゃない。成功するために実験をやってるんじゃないの!」
苛立つ美琴、どこ吹く風でアルは言葉を継ぐ。
「それはどうかな。情報管理がずさん過ぎる。噂になってる位だからね。そのせいで、こうやって美琴や僕がしゃしゃり出てきてる。それに、実験をわざわざ街中でやる必要がない。単なる戦闘データが目的なら、街に似た場所を作るだけで事足りるはずだ」
アルは、二本目の指を立てる。
「ならば、こうやってしゃしゃり出てくる美琴の殺害」
「私の……」
美琴は、唾を飲む。
「でも、これはあり得ない。さっき、自分で言ってたじゃないか。第一位と戦えば君は無残に死ぬ。それなら、こんなお膳立てなんか不要だ。最初から美琴を狙えばいい」
美琴の眉が僅かに上がる。
「なら、なら目的は!!」
アルが、三本目の指を立てる。
「第一位の敗北、もしくは死亡」
美琴は、息を飲む。
「も、考えたんだがそれもないと思う。それなら美琴じゃない、もっと確実な駒を準備するはずだ」
飲んだ息は、美琴の深いため息に変わる。
「そりゃ、私は弱いわよ」
アルは、少し笑う。
「まぁ、そんな話じゃなくてさ。この計画を考えた奴はもっと先を見てる。人間何か本当に駒でしかない。なら、駒の生死なんてことに労力は費やさない」
「だから、なによ」
アルは、四本目の指を立てる。そして、ゆっくりと話始める。
「おそらくは、この実験。失敗することが終着地点だ」
「な! 失敗が目的の実験ってどういうことよ!」
「んー、というか、大きな計画の中に、この実験の失敗が入ってる感じかな」
アルの推論。例えそれがどれだけ正しそうであろうとも、美琴の十数年の人生経験からすればあり得ない、信じようのない話。
「この実験。最初からおかしいんだ。美琴は思ったはずだ。そんなバカなってた」
「でも、樹形図の設計者が……」
「僕は自分で理解出来る数値しか使わない。僕は樹形図の設計者は理解出来ない、だから信用しない」
そこで、美琴は目の前の男が科学者と名乗った事を思い出していた。
「教えてくれ、美琴。科学は人の命より重いのか?」
「知らないわよ! 考えたこともないわよ!」
「ならこうしよう。もし僕を殺せたら絶対能力者になれるとして…… やるのかい?」
美琴はアルの瞳が揺れるのを見た。そして視界が滲む。人が死んだ時に二十一グラム軽くなるオカルト話を思い出した。
「人の命に重さなんてない…… 科学の進歩は人を救うわ……」
声を絞り出す。美琴は自身の過去を思い出していた。学園都市に来た日の事、そして、それからの日々の事を。
アルの発言を否定するわけにはいかなかった。自分が否定されるような気がしたから。
アルの発言を肯定するわけにはいかなかった。自身を否定するような気がしたから。
美琴はいつの間にか泣いていた。アルは、おもひでぽろぽろな美琴に近寄ると優しく頭を撫でる。
「行ってくる」
「どうして、そこまでしてくれるの?」
美琴はアルに聞く。いままで、自分の力で何とかなったのだ。必要であれば、努力して、壁を乗り越えてきたのだ。誰の助けも借りなかった訳ではない。しかし、それらは、美琴の成長のための助力。美琴を成長させることで報酬を得るため。美琴もそれを理解し、助力を受けていた。アルのそれとは違う。
「前にご飯をおごってもらった。10もらったら自分の1を足して11にして渡す。僕たちの新しい理論を証明するためだよ」