ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 〜大正の刃と現代の悪魔召喚師〜 作:ガチャガチャクツワムシ
産屋敷邸の庭園。儀式を終えた駆は、傍らに控える胡蝶姉妹へと視線を向けた。
「カナエちゃん、しのぶちゃん。悪いが、俺はこれから悲鳴嶼さんと『修練の地』へ向かう。……そっちは任せてもいいか?」
「ええ、神代君。私たちはこのまま、次の任務と共に情報を集めに向かうわ。戦場の事後処理や、怪我をした隊士たちの治療も急がなきゃいけないから。……あなたは自分の成すべきことに集中して」
カナエは穏やかに微笑み、しのぶもまた、医療鞄を手に駆を真っ直ぐに見据えた。
「死なないでくださいね。あなたが戻るまでに、最高の薬を調合しておきますから」
「ああ、助かる。……行きましょう、悲鳴嶼さん」
姉妹と別れ、駆と悲鳴嶼は人里離れた古びた神社の裏手へと向かう。そこには、現実の景色から剥離した歪んだ空間が、黒い口を開けていた。駆がガンプを介して強引に固定した、MAGの吹き溜まり――『修練の地』へのゲートだ。
「……神代。君の力は信じているが、これほどの上位悪魔を現界させた直後だ。万が一、君の身に何かあった時のために、私が背後を固めよう」
悲鳴嶼は数珠を鳴らし、一切の隙がない足取りで門の前に立つ。その配慮に、駆は不敵な笑みを返した。
「助かります、悲鳴嶼さん。……プロとして、不測の事態に備えてくれる『壁』がいるのは心強い」
二人は、現世の色彩が完全に消え失せた、異質な空間へと足を踏み入れた。
「……南無。空気そのものが重い。……ここが、貴殿の言う異界か」
悲鳴嶼が、盲目ゆえの研ぎ澄まされた感覚で周囲の「澱み」を察知する。そこは、濃厚なMAGが毒霧のように漂う、悪魔たちの巣窟だった。
「ああ。あの世界は、MAGが薄すぎて燃費が悪りぃなら、ここらでガッツリ食い溜めさせてもらう。……さて、客人がお出ましだ。挨拶してやりな、セイリュウ!」
駆の砕けた合図に応じ、上空を旋回していたセイリュウが、雷鳴を伴う低音で咆哮した。霧の中から、現世の鬼とは比較にならないほど凶悪な魔力を持った低級悪魔の群れが姿を現すが、セイリュウにとっては羽虫同然だった。
「まずは掃除だ。……『絶対零度』。それと『マハジオンガ』の重ね掛けだ!」
駆が指示を飛ばした瞬間、戦場は地獄の風景へと塗り替えられた。
セイリュウの咆哮と共に天から極大の雷光が降り注ぎ、地からは一切の熱を奪い去る氷結の嵐が吹き荒れる。逃げ場を失った悪魔たちは、断末魔を上げる暇もなく砕け散り、純粋なMAGの光へと還元されていく。
「……凄まじいな。自然の理を、その身一つで操るというのか」
悲鳴嶼が感嘆の声を漏らしながらも、漏れ出た敵を逃さず、鉄球を振るう。鎖の鳴る音が死神の鐘のように響き、セイリュウの魔法で足止めされた敵を確実に粉砕していった。
「ハッ、悲鳴嶼さんもいい腕だ! おかげで効率よく稼げる」
駆はガンプを掲げ、空間に舞うMAGを次々と吸収していく。枯渇していた肉体がみるみると満たされ、青白かった顔に生気が戻り、サマナーとしての本来の輝きがその身に宿っていく。
「……ふぅ。ようやく『プロの仕事』ができるコンディションに戻った。悲鳴嶼さん、悪いがもう少し付き合ってくれ。この奥にいる『大物』を狩って、更なる合体の素材にさせてもらうぜ」