ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 〜大正の刃と現代の悪魔召喚師〜 作:ガチャガチャクツワムシ
闇に沈む一室。人形遣いは、網膜に投影される無機質なアラートを、煩わしげに指先で弾いた。
「……五月蝿いな。何だ、今の騒ぎは」
那田蜘蛛山の近くの研究所に投棄していた実験体。もはや調整の基準すら満たさず、解析の足しにもならないとして、回収すら行わずに捨て置いた「ガラクタ」の一つだ。それが何かの弾みで再起動し、勝手に動き出しては、あっけなく沈黙したらしい。
「ふん。所詮は基準に満たない失敗品か。……やはり、その程度か」
停止した実験体の体内から自動転送されてきた観測ログを、人形遣いは事務的に読み飛ばしていく。ノイズ混じりの映像には、再起動したガラクタが破壊された末期の光景が記録されていた。
「…………ああ。戻ってきていたのか、彼は」
姿を消して数ヶ月。変わらぬ手際で異界の理を断ち切る一振りの銃、ガンプ。
神代駆。
その姿を確認しても、人形遣いの眉一つ動かない。
(……この地の鬼、吸血鬼、悪魔。様々な因子の断片をいくつも併せ持ちながら、どれ一つとして極致に至っていない。中途半端に混ざり合っただけの、不完全なキメラか)
その本質をデータとして確定させた瞬間、実験体への興味は完全に霧散した。
「……興味を失いかけていたが。だがもう少し、泳がせて情報を集めさせてもらおうかな」
人形遣いは別の地点に設置した観測用機械の接続を確認し、静かに次の獲物を探し始めた。
一方、那田蜘蛛山。
群がっていた改造鬼を一掃し終えた駆は、ガンプをホルスターに収めると、不意に視界が歪むような激しい眩暈に襲われた。
(……っ、不味いな。急激な環境の変化に、体が追いついていない)
マグネタイトの濃密な異界から、極端に希薄なこの世界へ急浮上した反動。深海から引き上げられたかのような重苦しい倦怠感と、抗いがたい眠気が容赦なく意識を塗りつぶしにかかる。
「駆さん!? 大丈夫ですか!?」
駆け寄ろうとするしのぶの気配に、駆は片手を挙げて制した。
「……悪い。少し、体にガタが来た。……このままだと、ここで寝落ちしそうだ」
駆は重い腕を動かし、顕現させていた上位悪魔たちをコンプへと還していく。だが、最後に残ったウェンディーネ、ホウオウ、ヌエの三体には、その場に残るよう命じた。
「……こいつらは、しのぶちゃんたちの護衛に回す。……産屋敷様への報告、頼めるか?」
最低限の言葉を振り絞り、駆は古くからの相棒であるハヤタロウの背に手を置いた。
「ハヤタロウ……頼む。いつもの『拠点』まで、運んでくれ」
「ガウッ!」
ハヤタロウが短く応え、駆の体を支えるようにその背に乗せる。
しのぶと義勇が呆然と見守る中、駆はハヤタロウの首筋に顔を埋めたまま、深い眠りの淵へと落ちていった。
白光を纏った疾風となり、ハヤタロウは夜の森を駆け抜けていく。
三年の時を経て帰還した守護者は、その安息を求めて闇の向こうへと消えていった。