ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 〜大正の刃と現代の悪魔召喚師〜 作:ガチャガチャクツワムシ
鬼を塵に変えた夜の翌日。駆は帝都の外れにある「藤の花の家紋」が刻まれた屋敷に身を寄せていた。
朝食に出された白米と味噌汁を平らげ、駆は向かいに座る胡蝶姉妹──カナエとしのぶに向き直る。
「……なるほど。首を斬らなきゃ死なない、日光が弱点、おまけに特異能力『血鬼術』持ちか。あいつら、生物学的なバグの塊だな」
駆は、姉妹から聞き出した「鬼」の生態を脳内の情報と照らし合わせる。
「『血鬼術』……。俺たちの世界で言うところの魔導の一種だろうが、媒体が自分の血ってのが不衛生でいけない。それに、鬼舞辻無惨とかいう大元を叩かない限り増え続けるってのは、タチの悪いウイルス感染に近いな」
「ウイルス……? 妙な言葉を使いますね。ですが、あなたの仰る通り、鬼は悲劇を振り撒く病のようなものです」
しのぶは、駆の横でぷかぷかと浮きながら、供えられた饅頭を物珍しそうに眺めているジャックランタンを凝視している。
「それで、神代さん。あなたについても伺いたいのですが。その『ジャックランタン』……でしたか? 式神のようですが、呼吸の気配も、ましてや血の匂いもしない。何よりその、腰にある妙なカラクリは……」
「これか? ガンプっていうんだ。悪魔を呼び出し、その力を弾丸として放つための特殊なデバイス(端末)さ。改めて、俺は神代駆。ヤタガラスって組織に所属して、世界の裏側で『悪魔』を掃除したり、交渉したりするのが仕事のデビルサマナー──『悪魔召喚師』ってところかな」
駆は軽くガンプを回してみせた。その瞳には、冗談めかした態度の中にもプロの鋭さが宿っている。
「成る程……実は今日、私たちの主であるお方……産屋敷耀哉様と、最高位の剣士である『柱』たちが集まります。そこで改めて、あなたの力を示していただけますか?」
カナエの願いに、駆は昨日までの軽薄な笑みを消し、静かに頷いた。
「ああ。遊びで異世界に来たわけじゃない。プロとして、筋は通させてもらうよ」
産屋敷邸。
透き通るような静寂が支配する中庭に、最高戦力の「柱」が集結していた。その中心に立つのは、病を患いながらも神聖なオーラを纏う男、産屋敷耀哉。
「……それで、カナエが連れてきたという『異邦の客』はどこだい?」
耀哉の問いに応えるように、庭園の入り口から一人の青年が歩み寄る。
彼が纏うのは、大正の世には存在し得ない、防刃・防魔加工が施された漆黒のロングコート。インナーには多機能なホルスターベストを装着し、腰には異形の銃器──ガンプを下げている。その異邦人然とした出立ちと、周囲を圧するミステリアスな空気感に、剣士たちの視線が突き刺さった。
「お前が、得体の知れない術を使うという男かァ?」
風柱・不死川実弥が鋭い殺気を放つが、駆は動じない。彼は耀哉の前で足を止めると、丁寧に、しかし対等な「協力者」としての敬意を込めて一礼した。
「お初にお目に掛かります、産屋敷殿。私は神代駆。ヤタガラス所属のデビルサマナーです」
──『産屋敷殿』。
鬼殺隊の絶対者である産屋敷を「お館様」と呼ばず、対等な組織の代表として遇するその呼び方に、中庭の空気が微かにピリついた。無礼への怒りというよりは、この青年が誰の傘下にも入る気のない、完全に独立した『外部のプロフェッショナル』であるという事実を、柱たちが瞬時に察知したための緊張感だ。
産屋敷はそれを穏やかな笑みで受け止め、静かに駆を見つめた。
「単刀直入に申し上げます。私はこの時代の人間ではありません。ですが、異形を狩るプロとして、あなた方に協力の提案をしたい。……デビルサマナーの戦術、その片鱗をご覧に入れましょう」
駆が腰のガンプのキーを流れるような手並みで叩く。次の瞬間、中庭の空気が物理的な質量を持ったかのように凍りついた。
空間が歪み、ガンプの液晶から放たれた緑色のノイズが、地面に禍々しくも神々しい魔法陣のコードをいくつも描き出す。
「来たれ、国を護りし古き狼──『真神(マガミ)』」
「死を司る翼──『エンジェル』」
「そして、火炎を統べる者──『ジャックランタン』」
──ゴォォォンッ!!
耳を聾するような空間の軋みとともに、駆の周囲に三体の異形が現出した。
白銀の毛並みを持ち、神聖な気を纏った巨大な狼・真神。白き翼を持つ美しくも冷徹な天使。そして下卑た笑い声を上げる火の玉。
出現した悪魔たちが放つ圧倒的な魔力(プレッシャー)に、さしもの柱たちも言葉を失い、反射的に刀の柄に手をかける。静寂の中、駆はガンプの画面を閉じ、漆黒のロングコートの襟を正して耀哉を見据えた。
「……驚かせたなら申し訳ありません、耀哉殿。ですが、これが私の世界の『道理』です。私がここにいる理由、そして目的を、包み隠さずお話ししましょう」
駆の丁寧ながらも芯のある声が、緊張感の張り詰める庭園の隅々まで響いた。
「私の第一の目的は、この地に潜む異変の『調査』と、元の世界への『帰還』です。私をこの時代にすっ飛ばした元凶──ダークサマナー『人形師』が残した時空のバグを追跡し、奴にこの世界の存在を気づかれる前に帰路を確保する。それが、ヤタガラスから私に与えられた任務です」
「調査と帰還……。やはり、君はこの地の住人ではないのだね」
耀哉の穏やかな問いに、駆は小さく頷いた。
「ええ。私やヤタガラスにとっては、この大正という時代も、あなた方が命を懸けている鬼との戦いも、本来は干渉すべきではない『外部の事象』に過ぎません。……冷たい言い方に聞こえるかもしれませんが、それがデビルサマナーとしてのスタンスです」
「何だとォ!?」と実弥が再び鋭い殺気を放つが、駆の瞳に宿る真剣な光がそれを真っ向から受け止めた。
「ですが、放ってはおけません。あの『人形師』という男は、混沌を招くことだけを悦びとする最悪の快楽主義者です。もし私たちがここで派手に暴れてデカいログを残せば、奴に『おや、あの時のバグはここに繋がっていたのか』と気づかれ、この世界を新たなおもちゃ箱にされる。そうなれば、歴史も理(ことわり)も修復不能なまでに歪み、私の帰還も絶望的になりますから」
駆は一度言葉を切り、今度は柱たち一人一人の顔を見渡した。
「だからこそ、私はあなた方に協力します。私が『人形師』の足取りを掴むためには、この国の異変を熟知しているあなた方の情報網が必要です。その対価として、私の力──召喚術と現代の知識を惜しみなく提供しましょう。私が帰るための道を作ることは、この世界の鬼を……そして無惨を、確実に排除することに繋がるはずです」
カナエとしのぶが、思わず息を呑む。目的はあくまで任務と帰還。しかし、その結果として「鬼のいない世界」を目指すという結論は、彼女たちの願いと完全に一致していた。
「私はヤタガラスのデビルサマナー。目的を果たすためなら、どんな地獄にも付き合いましょう。……耀哉殿。私の調査、そして協力、受け入れていただけますか?」
駆の誠実な、それでいてプロとしての誇りに満ちた提案に、耀哉は深い慈愛を込めて微笑んだ。
「目的が何であれ、君が差し伸べてくれたその手は、我々にとっての希望だ。神代駆……君の『調査』が、この世界に光をもたらすと信じているよ」
こうして、異世界のサマナーと鬼殺隊の「共助」が正式に決定した。