ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 〜大正の刃と現代の悪魔召喚師〜 作:ガチャガチャクツワムシ
無限列車での激闘から数日が経過していた。
駆は上弦の鬼との戦いで深手を負った煉獄を「ディアラハン」の光で全快させ、列車の脱線現場に残された異界の微かな歪みをCOMPでスキャンするも手がかりはなかった。そしてこの日は体調確認のために蝶屋敷へと呼び出されていたため、駆は歩いて向かった。
だが、安息の時間は長くは続かなかった。
中庭へ差し掛かると、そこには見慣れた派手な男がいた。音柱・宇髄天元が、嫌がるアオイとなほを小脇に抱え、強引に連れ去ろうと騒ぎを起こしている。
「おいおい、天元。何朝っぱらから女の子泣かせてんだよ。何してるのか聞かせてもらおうか」
駆は欠伸を噛み殺しながら、至極当然のように声をかけた。
「あぁん? 神代か……。チッ、これは隠密任務だ、ガタガタ抜かすな。この娘どもには遊郭へ潜入してもらう」
「遊郭ねぇ。ま、お前さんらしいっちゃらしいけどさ。……だったら、適任がいるぞ」
駆は苦笑しながら、腰のホルスターからガンプを抜き放った。
「出てこい、リリム、サキュバス。仕事だ」
ガンプの銃口が火を吹き、空中に鮮やかな魔法陣を描き出す。次の瞬間、甘美な香りと共に、扇情的な衣装に身を包んだ二体の悪魔が姿を現した。
「はぁい、駆。……あら、あそこにいる派手な男が新しいパトロンかしら?」
「潜入? 楽しそうね。男をたぶらかすのなんて、アタシたちの専門分野じゃない」
現れたサキュバスとリリムの、毒気を抜くような美貌と退廃的な色香。それを見た宇髄の目が、これ以上ないほど輝いた。
「おおお! 派手じゃねーか神代ぉ! こういうのを待ってたんだよ! よし、お前ら! さっそく詳細を教えてやる、まずは潜入先の――」
宇髄がノリノリで詳細を口にしようとした、その途端だった。
庭の騒ぎを不審に思い、様子を見に来たしのぶと、引退してなお鋭い感覚を持つカナエが、曲がり角から姿を現した。
「……あらあら、随分と賑やかですね。宇髄さん、私の可愛い継子に、一体何をしているのかしら?」
「宇髄さん。女の子を無理やり連れ出すなんて、感心しませんねぇ……?」
二人の視線が、震えるアオイたちから、鼻息の荒い宇髄、そして――肌も露わな悪魔を侍らせている駆へと向けられた。中庭の空気が一気に氷点下まで凍りつく。
アオイとなほは顔を青くした。事態の悪化を悟り、慌てて割って入ろうとする。
「ち、違います! しのぶ様! カナエ様! これはただの……その、神代さんが宇髄さんに『もっと適した協力者がいる』と言って……!」
「そ、そうです! 別に怪しい人たちじゃなくて、その、お仕事のお手伝いの方々を呼んだだけで……っ!」
アオイたちが必死に弁明するも、それが逆に火に油を注いだ。
「お仕事の……お手伝い? 宇髄さん、一体どんな『お仕事』に、この方々が必要なのですか?」
しのぶの笑顔からは光が消え、カナエもまた微笑みを保ったまま指先をポキポキと鳴らす。駆は悟った。アオイたちの取り繕いが、疑念を確信へと変えたのだと。
「あ、いや。これには深いわけが――」
駆が弁明しようとした刹那、宇髄は「祭りの神」の名に恥じぬ速度でアオイ達を放り出し、気配を完全に消して逃走した。
「あ、逃げた……。おい天元! 丸投げかよ!」
残された駆は「主犯」として完全にロックオンされた。しのぶとカナエの笑顔が、修羅のそれへと変わっていく。
「……リリム、サキュバス。一旦帰れ! ……いや、待て、二人とも聞け! 俺が呼んだのはあくまで潜入任務における『隠密性と情報収集能力の最大化』のためだ。これが俺なりの論理的な最適解であって――」
駆が早口で正当性を主張するが、二人は容赦なく距離を詰める。
「最適解、ですか。女の子を危険な場所へ送り込むための、破廉恥な悪魔が?」
「駆くん、論理という言葉を、そんな風に汚さないでほしいわ……」
「……リリム、サキュバス。早く帰還しろ! ……クソッ、弁解の余地すら与えん気か!」
「「問答無用ッ!!」」
ガンプを仕舞う暇すら与えられず、二人の「蝶」が日輪刀を抜き放ち、猛然と切りかかってきた。
「待て! 暴力反対! 呼び出されて来たばかりの俺に何て真似を……ッ!」
「「それとこれとは別問題です、不潔サマナー!!」」
駆の周囲を、怒りの乗った無数の斬撃が通り過ぎる。駆は冷や汗を流しながら道場へと逃げ込むが、背後の床や障子が、凄まじい勢いで切り散らかされていく。
「神代さん、覚悟してくださいね? その歪んだ『効率』、根性から叩き直してあげます!」
「道場でじっくり(物理的に)再教育しましょうか?」
その後、蝶屋敷の道場から響き渡った駆の絶叫と、建物が壊れんばかりの斬撃音は、夕暮れ時まで止むことはなかった。