ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 〜大正の刃と現代の悪魔召喚師〜   作:ガチャガチャクツワムシ

32 / 64
魔弾の奏者

 瓦礫の山と化した吉原の街に、絶望の完成を告げる声が響く。

 宇髄天元は左手を失い、毒に侵され倒れ伏していた。伊之助は胸を深く貫かれ、善逸は瓦礫の下で身動きが取れない。炭治郎は震える足でかろうじて立ち上がっていたが、その喉元には妓夫太郎の毒鎌が肉薄していた。

 一方、堕姫は上空で帯を奔らせ、逃げ惑う人々や瓦礫を切り刻みながら高笑いを上げる。

「アハハッ! 見なさいよこの無様な姿を! 全員まとめて刻んで、お兄ちゃんの毒で腐らせてあげるわ!」

「……アハハッ、いい絶望だ。……お前ら全員、惨めに死ねよなぁ」

 その時、空間が異様なほどに重く張り詰めた。妓夫太郎から放たれる瘴気はこれまでとは比較にならないほど肥大し、禍々しい緑色の毒霧は、触れるものすべてを腐食させるかのように大気中で激しく明滅を繰り返している。二人の鬼を取り巻く「悪意」が物理的な質量を持って周囲の瓦礫を押し潰し、戦場全体が彼らの異常な高出力によって、酸素すら燃え尽きそうなほどの極限状態へと叩き込まれていた。

 勝利を確信した妓夫太郎が炭治郎を屠らんとした、その瞬間――。

「……やれやれ。たかが数十分席を外しただけで、これか。これじゃ『貸し』どころか『大赤字』だな」

 戦場の重苦しい空気を、場違いなほど軽やかで、それでいて底冷えする声が切り裂いた。

 瓦礫の影から姿を現したのは、神代駆。緊迫した空気などどこ吹く風といった様子で、肩に担いだガンプを指先で弄びながら、悠然と歩み寄ってくる。その瞬間、駆の全身から放たれたのは、これまでとは比較にならないほどの「重圧」だった。ガンプのシリンダー内で、高密度の魔力がかつてないほど激しく渦を巻き、彼が歩くたびに周囲の大気がきしむほどの過剰なエネルギーが奔流となって溢れ出している。

 駆が静かにガンプの引き金を引くと、空間が歪み、青い光の渦から羽の生えた小さな悪魔が顕現した。

「……ハイピクシー。全体をカバーしろ」

 駆の命令に応じ、ハイピクシーが妖精の粉を纏った小さな杖を振り上げる。

「お任せあれ! ……みんな、痛いの痛いの飛んでけ!」

 彼女が可憐に舞うと同時に、戦場を癒やしの光が駆け巡った。回復スキル『メディラマ』の燐光が炭治郎や宇髄、そして瀕死の伊之助たちを包み込む。

 宇髄の血管を焼いていた毒が霧散し、止まっていた心臓が跳ねるように鼓動を再開した。炭治郎の折れた指も、伊之助の深く貫かれた傷口も、まるで時間を巻き戻したかのように塞がっていく。

「……毒が、消えた……? 傷まで……!? お前、一体何をした……」

 驚愕に目を見開く宇髄に対し、駆は口元に薄い笑みを浮かべた。

「動けるならさっさと刀を構えな、宇髄。せっかく俺のMAGを注ぎ込んでやったんだ。……死なせやしないから、存分に働け」

 駆は、呆然と立ち尽くす妓夫太郎と、上空で攻撃を止めて凝視する堕姫を値踏みするように見つめた。その視線を受けた鬼たちが、同時に総毛立ち、その場から一歩も動けなくなる。

 先ほどまでの殺気とは別次元――まるで、捕食者としての格が根本から違うかのような、圧倒的な「圧」。それが喉元に突きつけられた剣のように、二人から動きを奪っていた。

「……兄ちゃん、こいつ……動けない……っ、体が、重い……っ!」

「あ、ああ……っ! このガキ……何だ、この存在は……っ!?」

 鬼たちの間で共有されていた「最警戒対象」。その真の脅威を、彼らは肌で理解させられていた。駆は彼らの反応を嘲笑うように鼻で笑う。

「……類は友を呼ぶっていうが、お前らもなかなかに不細工な『個体情報』をしてるな。二人で『一つ』か。……なるほど、道理で妙な歪み方をしてるわけだ。解くのが面倒なパズルだな」

「……この野郎……ッ! なめやがって……!」

 妓夫太郎が激昂し、血鎌を振るおうとするが、駆が放つ過剰なまでのエネルギーの奔流が、彼らの周囲の空間を支配し、指先一本の動作すら極めて困難にしていた。

「……あの氷使いや拳法家に比べれば、お前らの『格』は少し退屈だな。……さて、サッサと片付けて美味いもんでも食いに行こうぜ、宇髄」

 ハイピクシーの加護と駆のヒールによって死線の淵から「全快」で引きずり戻された鬼殺隊の面々が、その不敵な言葉に呼応するように、再び牙を剥く。

「……行くぞ、宇髄、炭治郎。……さっさと終わらせて、この事件を終わらせるぞ」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。