ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 〜大正の刃と現代の悪魔召喚師〜 作:ガチャガチャクツワムシ
吉原での死闘から数日が経過した。
事態は急転する。産屋敷の「隠」から、山中の廃寺に放置されたであろう不審な研究施設を発見したとの連絡が入ったのだ。
特筆すべきは、その調査に赴く一行の中に、宇髄天元の姿があったことだ。本来なら再起不能の重傷を負っていたはずの彼は、駆がMAGを一時的に注ぎ込み、召喚師の理外の技である最上位の回復スキルをもって損傷した左腕と左目を完全に再生させていた。
「……信じられねぇが、この通り派手に絶好調だ。借りは調査で返させてもらうぜ、駆」
宇髄を含めた現柱全員、そして駆。かつてない規模の戦力が、その廃寺の地下へと続く隠し扉の前に集結した。駆が迷うことなく、その扉を蹴り開ける。
澱んでいた空気が一気に溢れ出し、鼻を突く腐敗臭と、焦げたような魔力の残滓、鉄臭い血の匂いが柱たちの顔を打った。
「……っ!? これは、なんだ……」
駆のすぐ後ろにいた不死川が、その光景を視界に入れた瞬間、顔を歪めて絶句した。
天井からは、バラバラに解体されながらも術式によって無理やり生かされ、蠢き続ける鬼の肉塊が吊るされていた。床には悪魔の鱗や触手が鬼の四肢と不自然に縫い合わされ、不気味に脈動している。そして部屋の隅には、MAGを吸い尽くされ、枯れ木のようにミイラ化した人間たちの死体の山があった。
「……南無阿弥陀仏。……何という、何という惨いことを……」
悲鳴嶼の頬を、大粒の涙が伝い落ちる。数多の地獄を見てきた男の目にも、この光景はあまりに異質で救いがない。
「……あァ、派手に胸糞悪ぃな。鬼を斬るのとは、ワケが違うぜ……」
再生した左目で惨状を凝視する宇髄が、震える手で刀の柄を握りしめた。命を「弄ぶ」その光景は、戦士としての誇りを踏みにじるものだった。
「信じられないわ……。これ、まだ生きてるの? 意識があるまま、こんな目に……?」
甘露寺が口元を押さえ、その場に崩れ落ちそうになる。
「……許せない。この世界の理、命の巡りを、こんな形で踏みにじるなんて」
しのぶの瞳から、完全に光が消えた。医学を志す彼女にとって、生命を「効率的な資源」として解体するこの場所は、存在してはならないものだった。
「……ゴミだ。掃き溜めよりも汚い。……誰だ、こんな真似をしたのは」
伊黒の相棒である蛇が、主の怒りに呼応するように激しく威嚇の音を立てる。
「……酷い。……早く、楽にしてあげなきゃ……」
時透は虚無の瞳で、しかし確実に燃え上がるような殺意を宿して肉塊を見つめた。
「……。……駆、これはお前の追う『敵』の仕業か」
冨岡が、努めて冷静な声を絞り出し、先頭に立つ駆の背中に問いかける。駆の瞳には、冷徹な分析が宿る。
「……この構造。鬼と悪魔の肉体を融合させ、術式で強制的に『作品』として固定しているのか」
しのぶは震える拳を強く握りしめ、問いかける。
「……理解できないわ。どうして、こんな……。苦痛や、生の尊厳はどうでもいいの?」
駆は重苦しく首を振る。
「……『人形師』にとって、これは一つの到達点なんだ。ただの肉の塊を、己の望む通りの機能を持った『部品』へと変える。だが、この極致に辿り着くためには、人としての心や倫理といった枷を完全に捨て去らなければならない。共感も、痛みへの理解も、すべてが創作の邪魔になるからだ」
駆は肉塊から滴る血を見つめながら、かつて師匠から受けた教えを反芻していた。
『駆よ。術者としての高みを目指すのは良い。だが、忘れてはならん。召喚師には、冷静な知性と、それを支える人間としての心のバランスが必要だ。……心がなければただの殺戮兵器になり、知性がなければただの狂人になる。その境界線で踏み留まるからこそ、我々は「サマナー」として己を保てるのだ』
人形師は、そのバランスを早々に放棄したのだ。
「……奴は人間を人間として見ていない。ただ、己の好奇心を満たすための『素材』としてしか見ていないんだ。……これほどの実験を完遂できるのは、心という名の回路を完全に焼き切った外道だけだ」
駆はガンプを構え、その瞳に静かな、しかし決して消えない怒りを宿した。
「芸術だか創作だか知らねえが、命を弄んだツケは高くつくぞ。……いいか、塵の一つまで焼き尽くす。……こんな胸糞悪いモンがこの世に存在してたって事実すら、跡形もなく消滅させてやる。この世界には奴の作品は合わないんだ。……俺が、ここで終わらせる」