ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 〜大正の刃と現代の悪魔召喚師〜 作:ガチャガチャクツワムシ
珠世との密談を終えた駆は、夜明け前の静寂の中で深く息を吐いた。
しのぶへの懸念、無惨が異界の理に触れている可能性、そして珠世に託した猛毒。いくつもの火種を抱えたままだが、立ち止まっている暇はない。駆は次なる目的地、刀鍛冶の里へと向かう準備を整えた。
里の場所は秘匿されており、通常は複数の『隠』を介して目隠しや目印を乗り継ぎ、長時間かけて運ばれるのが通例だ。だが、今回は緊急を要する。出発地点には、交代要員として待機していた数人の『隠』たちがいた。
駆はその中の一人に、見覚えのある背中を見つけ、ひらひらと手を振って声をかけた。
「……あぁ、ちょうどいいところに。キミ、案内を頼めるか?」
「えっ? あっ、神代さん! はい、もちろ……あっ、でも私、今は交代待ちで……」
振り返ったのは、これまでの任務を通じて駆の規格外な行動に何度も立ち会わされてきた、苦労人の『隠』の一人だ。
彼女が困惑の声を上げるのを無視して、駆は懐からガンプを取り出した。
「産屋敷様からは許可をもらっている。それに、こっちの方が早いからな」
言い終えるが早いか、蓄積した膨大なMAGを一気に解放する。回路を駆け巡る魔力の奔流。大地を震わせる咆哮と共に、天を割って黄金の光が降り注いだ。
「召喚──龍神、黄龍」
光の中から現れたのは、四神を統べる黄金の守護龍。その神々しい巨躯が姿を現すと、周囲の空気の密度が劇的に変化した。他の『隠』たちが腰を抜かし、言葉を失う中で、彼女だけは頭を抱えて叫んだ。
「な、何なんですかこれ……!? いえ、神代さんのことですから何かやると思ってましたけど、流石に龍は聞いてませんよ! 早いとかそういう次元の話じゃないでしょうが!」
「おいおい、しっかりしろ。コイツに乗って里へ向かうんだ。……空の上で舌を噛まないように気をつけろよ」
駆は『隠』の襟首を掴んで黄龍の背へと放り投げると、自分もその黄金の鱗に足をかけた。その際、周りの『隠』たちからは、これから地獄の空路へ強制連行される同僚に対し、深い同情の目線が向けられていた。駆はそんな視線には無頓着に、黄金の巨躯の首筋を優しく叩く。
「黄龍、この子の指示に従ってやってくれ。道案内だ」
最高位の龍神に対して、あまりに気安い指示。黄龍は鷹揚に低く唸り、鼻息一つで彼女の装束を激しく揺らした。それが彼なりの肯定の合図だった。
「ひぃっ……よ、よろしくお願いします、龍神様……。神代さん、これ後で絶対に怒られますからね! 私、報告書になんて書けばいいんですか!」
「はは、その時は俺のせいって書いとけばいいよ。行くぞ、黄龍。鉄の里までひとっ走りだ」
次の瞬間、黄金の疾風が巻き起こり、彼らは垂直に天へと昇った。
地上を駆ける『隠』たちのリレーを嘲笑うかのような圧倒的な機動力。雲を裂き、風を追い越し、黄金の龍は真っ直ぐに刀鍛冶の里を目指す。眼下に、秘匿された里の煙が見えてきた。駆は黄龍を急降下させ、驚天動地の勢いで鉄の里へと降り立った。
里の鍛冶師たちは、突如として空から降りてきた黄金の巨龍と、その背から降り立つ駆の姿に、金槌を取り落とすほどの衝撃を受けていた。駆は慌てふためく周囲を他所に、産屋敷から預かっていた練具の入った鞄をしっかりと握り直し、里の長(おさ)がいるであろう屋敷へと真っ直ぐに視線を向けた。