ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 〜大正の刃と現代の悪魔召喚師〜   作:ガチャガチャクツワムシ

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上弦の弐、プロの意地

その夜、神代駆は帝都外縁部の屋敷跡で、数名の一般隊員と共に任務に当たっていた。

 この一ヶ月、彼は拠点の設営、龍脈の調査、そして夜ごとの鬼狩りと、ヤタガラスのサマナーとして精力的に動き回っていた。当然、休息は最低限取っていたが、この世界の鬼を倒しても得られるのはガンプのログのみ。悪魔から抽出できるはずの生体エネルギー──MAG(マグネタイト)は、とうに限界を超えて枯渇寸前になっていた。

 全身の細胞が軋むような飢餓感。しかし、駆の顔色は驚くほど平然としており、冷徹なまでの「プロの余裕」を崩していなかった。

「……よし、ここの残滓のコードは消去した。あとは事後処理班じゃねぇや『隠』に引き継げ」

「は、はい! ありがとうございます、神代さん! ……それにしても、神代さんは本当にお強いですね。一ヶ月ぶっ続けの任務なのに、疲れすら見せないなんて……」

 隊員の言葉を鼻で笑い飛ばしたその時、影に潜ませていた隠密用の仲魔──あの時契約した幽鬼ガキ(餓鬼)が、駆の耳元で切迫した声を上げた。

『駆! 北西の寺だ、北西の寺! とんでもねえ化け物の気配がしてる! それに、あの胡蝶のお姉さんの命の灯火が、今にも消えそうだぜ……!』

 駆の目つきが、一瞬にして猛禽のように鋭くなる。だが、周囲の隊員たちにはその動休すら悟らせない。

「……チッ、時間外勤務か。全員、ここは任せた。俺は北西へ向かう」

 駆は悠然とした足取りで歩き出すと、隊員たちの死角に入った瞬間にガンプを起動し、銀狼・真神を召喚。その背に跨って、弾丸のような速度で闇を裂いた。

「(もってくれよ、俺のMAG……!)」

 痛む身体を気力だけで押さえつけ、駆は戦場へと急ぐ。

 ──北西の寺院。そこには、文字通りの地獄が広がっていた。

「あはは、凄いね。まだ立つんだ? 肺が凍って、内臓もズタズタのはずなのに」

 虹色の瞳を持つ鬼──上弦の弐・童磨が、邪気のない無垢な笑顔で対の扇を振るう。

 対する胡蝶カナエは、折れた日輪刀を杖代わりに、辛うじて立ち上がっていた。隊服は無残に切り裂かれ、その下から覗く白い肌は、童磨の血鬼術による凍傷でどす黒く変色している。一呼吸ごとに、血の混じった霧が彼女の唇から零れ落ちた。

「私は……まだ、倒れるわけには……」

「いいよ、もう頑張らなくて。可哀想だから、僕が食べて楽にしてあげる」

 童磨が憐れむように微笑み、扇を優雅に仰ぐ。極低温の微粒子を孕んだ、無数の氷の刃がカナエへ降り注ぐ。抗う術はなく、死を覚悟した彼女が静かに瞳を閉じた──その瞬間。

『ヒーホー! させるかホー!!』

 カナエの足元の影から飛び出したジャックランタンが、凄まじい熱量の爆炎の壁──アギラオを築き、迫り来る氷の刃を一瞬で蒸発させた。

「……え? 影の中から、火のついたカボチャ……?」

 初めて見る未知の異形に、驚愕で動きを止める童磨。その頭上から、空気を引き裂くような重低音が響き渡る。

「──ジャック、よく耐えた。あとはプロの仕事だ」

 漆黒のロングコートをなびかせ、真神の背から着地した駆は、MAG枯渇による疲労など微塵も感じさせない冷徹な面持ちで、ガンプの銃口を童磨へピタリと向けた。

「属性【物理】──クリティカルブレイク」

 ドンッ!!

 至近距離から放たれた魔弾の衝撃波が、童磨の足元を爆砕する。物理法則を無視した打撃の質量に、さしもの上弦の鬼も受け流しきれず、その細い身体を後方へと派手に弾き飛ばされた。

「……神代、さん……?」

 緊張の糸が切れ、力尽きて崩れ落ちるカナエの身体を、駆は左腕でしっかりと受け止めた。腕の中に伝わってくる体温の低さに、駆は内心で奥歯を噛み締める。

 目の前の男が何者かは知らない。だが、自分の『ビジネスパートナー』をここまで傷つけた落とし前は、死んでもつけさせねばならない。

「……悪い、遅くなった。あとは俺が引き受ける。……お前の命(しごと)、確かに預かったぜ」

 駆はボロボロになったカナエを自分の背後に優しく下ろし、ガンプのシリンダーを不敵な音を立ててスライドさせた。

「おや……君が、妙な術を使うんだね」

 童磨が瞬時に傷を再生させ、虹色の瞳を細めて駆を見る。

 枯渇寸前の魔力。限界を超え、いつ崩壊してもおかしくない肉体。

 しかし、神代駆はその全てを鉄の意志で封じ込め、超國家機関の『最強のサマナー』として、冷徹な笑みを浮かべて上弦の鬼を睨み据えた。

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