ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 〜大正の刃と現代の悪魔召喚師〜   作:ガチャガチャクツワムシ

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枯渇と慈愛

産屋敷邸の地下、幾重にも結界が張られた秘匿研究室。そこでは珠世とカナエの手によって、鬼を人間に戻す薬と無惨を弱体化させる毒の調合が最終段階を迎えていた。カナエが戦線を離れ、研究に専念したことで、蟲柱・胡蝶しのぶは戦士として更なる高みを目指すための「時間」を得たのである。

 数日後、しのぶは駆に伴われ、柱たちが地獄の淵を這いずる「修練の間」へと向かっていた。

「あらあら……皆さん、随分と楽しそうですね?」

 いつもの微笑みを絶やさぬしのぶ。だが、修練の間に足を踏み入れ、悲鳴嶼が『マハザンダイン』に飲み込まれ、実弥が『冥界破』で血肉を飛ばされる光景を目の当たりにした瞬間、その笑顔はピキピキと音を立てて凍りついた。

「(……これが、稽古? いえ、これは……ただの虐殺ではないかしら?)」

 しのぶの額に青筋が浮かぶ。彼女は引きつった笑顔のまま、隣でリンゴを齧る駆に向き直った。

「神代さん、私がこれから行う修行とは?」

「しのぶちゃん。君がやるのは、サマナーの基礎、つまり『自身のMAGを自覚し、回路に通す』作業だ。独学だと回路が不安定で、仲魔に魔力を供給した瞬間に必要以上にMAGを与えてしまい倒れてしまうこともあるんだ」

「成る程……わかりました」

 実はしのぶは、駆がまだ見ぬ異界の戦いへ旅立ったその日から、彼が「念のため」と置いていった管の中の仲魔たちを頼りにしていた。カナエと共にその仲魔たちからサマナーの理(ことわり)を教えを乞い、三年間もの間、姉妹で密かに研鑽を積んできたのだ。しかし、それはあくまで手探りの模倣に過ぎなかった。

 駆が声を掛けると、影から『女神サラスヴァティ』と『魔神トート』が現れた。

「あら、新しい生徒さんね。……あらあら、回路が細すぎて見ていられないわ」

 サラスヴァティが琵琶を爪弾くと、しのぶの体内のMAGが強引に吸い上げられた。

「……ッ!? ……神代、さん……体が、内側から……」

 顔から血の気が引き、骨の髄まで干からびるような凄まじい枯渇感。しかし、その刹那、トートの開いた本から出てきた文字がしのぶの脳内に複雑怪奇な魔道術式を書き込む。激痛の中で意識が飛びかけたその時、三年かけて姉妹で蓄積していた独学の知識が、トートによって整理され、しのぶの回路に「異界の地脈」が強制接続された。

 しのぶの瞳の中で、それまで眠っていた魔力の澱が黄金色に輝き始める。サラスヴァティの音楽を媒介に、彼女自身のMAGが「自身の外側にある理」と共鳴したのだ。

「……なるほど。私の中に、こんなにも大きな器があったなんて……」

 枯渇と補填を繰り返す拷問のような過程で、彼女はついに自身の内側にある「魔力回路」を完成させていた。

「ひるむな! 回路が繋がった今、君はもう『只の人間』じゃない。サマナーの端くれだ!」

 駆の厳しい声に応え、しのぶが管を振るうと、空中に薄い淡い光の術式が浮かび上がった。彼女の魔力は日輪刀の毒と融合し、その刀身に新たな刻印が浮かび上がる。

『固有スキル:【猛毒錬成・概念侵蝕(ポイズン・コンセプション)】発動』

 それは単なる物質としての毒ではない。対象の生命活動そのものを「毒」と定義し、物理防御を無効化して内側から書き換える、物理を超越した概念毒のスキルである。

「あ……ら……。これ、は……本当に……拷問、ですね……」

 疲労で髪が張り付くしのぶの横で、駆は淡々と変な色をしたリンゴを齧っていた。しのぶがその異様なリンゴに目を向けると、駆は苦笑して答えた。

「あぁ、これ?これは空間のMAGを吸着した『触媒』だ。砂を混ぜた鉄クズみたいな味だが、これしか食うものがなかった修行時代を思い出すよ」

 その言葉に、サラスヴァティとトートが頷く。

「ええ、本当にかわいそうだったわねぇ。あの偏屈な主(師匠)も、駆ちゃんも、二人して死んだ魚のような目をして、これを咀嚼し続けていた光景は今も背筋が凍るわ」

「…………」

 しのぶの瞳に、最大級の「哀れみ」が灯る。地獄の修行、歪められた時間、そして師弟揃って砂の味を咀嚼し続けた虚無の日々。

「……神代さん。……修行が終わったら、甘くて美味しい……本物の、本当の食べ物をたくさん用意しますからね。……蜜の入った林檎も、温かいご飯も」

「え? あ、ああ……。なんでそんな、捨てられた子犬を見るような目で見るんだよ。……ほら、再開だ!」

 駆は照れ隠しに視線を逸らした。しのぶは胸の内に「この人を二度とこんな目に遭わせてはならない」という誓いを秘め、再びMAG切れの激痛へと飛び込んでいった。柱たちが「哀れみの視線」を向ける対象が、この日から確実に、駆へと完全に固定されたのである。

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