ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 〜大正の刃と現代の悪魔召喚師〜 作:ガチャガチャクツワムシ
柱稽古が最終局面を迎え、産屋敷邸が嵐の前の静寂に包まれる中。神代駆は独り、屋敷の裏手に広がる深い森の奥、空間の継ぎ目が最も薄い場所へと足を運んでいた。
「……さて。ここからは久しぶりに完全な独りの仕事だな」
駆は愛用のガンプを抜き、空中に複雑な魔法陣を描き出す。その瞳は、いつもの飄々とした光を消し、ヤタガラスのサマナーとしての冷徹な色を宿していた。
「……人形師の野郎。てめぇの書いた脚本、まともに付き合ってやる義理はないんだわ。……こっちは、とっておきの『舞台荒らし』を用意してやるよ」
駆は自嘲気味に呟くと、黄金の光が渦巻くゲートの中へと、迷いなく足を踏み入れた。ゲートを抜けた先は、赤く染まった月が中天に居座り、崩壊したビルが墓標のように立ち並ぶ、見覚えのある「トウキョウ」の残滓。
「……っ、相変わらず胸糞悪い空気だ。吸うだけで寿命が縮みそうだよ」
駆がこの地を踏むのは二度目だ。最上位の悪魔が住まう異界への扉を閉じるため突入した際、神や魔王を従える超越者たちに頭を下げ、泥を啜るような思いで教えを乞うた場所──今の駆を支える血肉そのものが形作られた地。
「……さて。お出ましだ」
空間が音もなく「裂けた」。現れたのは、大正の軍服を纏い外套を翻す一人の少年。そして、その背後で物理法則を歪曲させるほどの威圧感を放つ、不気味な緑の紋様を走らせた黄金の瞳の青年。
「──ッ」
二人の姿を視認した瞬間、駆の肉体が本能的な恐怖で強張る。幾多の英雄や伝説に教えを受けてきた今でさえ、細胞のすべてが叫んでいた。目の前の二人は、その中でも次元そのものが違う「理外の怪物」なのだと。
「……ほう。駆か。初めてここを訪れた時とは、随分と気色が違うようだな。各地の『強者』相手に、随分と絞り取られてきたか」
外套の少年が、全てを見透かすような声で問う。隣の刺青の青年は無言のままだが、その瞳は駆の成長を値踏みするように不敵な輝きを宿していた。
「あはは……。お二方の眼は誤魔化せませんか。……ええ、お陰様であの後からも鍛練は欠かしておりませんので。……ですが、それでもまだ足りないんです。少々、手の負えない『脚本家』が暴れてまして」
駆は冷や汗を流しながらも、最大限の敬意を込め、深々と腰を折って頭を下げた。
「……お二方。もう一度、俺に力を貸してくれませんか? 最悪の舞台をブチ壊すための、とっておきの『保険』が必要なんです」
荒廃した都市の空の下、静かに佇む二人の「理外」。駆の願いを聞き届けるかのように、彼らはゆっくりと耳を傾け始めた。物語が結末へと向かう中、駆が手にしたのは、鬼殺隊の戦いをも超越した、真の「奇跡」を呼び込むための鍵であった。