ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 〜大正の刃と現代の悪魔召喚師〜 作:ガチャガチャクツワムシ
人形師の拠点を灰燼に帰した数日後。神代駆は一人、喧騒から離れた場所でガンプの画面を操作し、超国家機関「ヤタガラス」へ連絡を入れていた。
ヤタガラスの論理は冷徹だ。駆が持ち込んだ「悪魔の力」は、この世界を救うと同時に、空間を侵食する「毒」と化した。もし放置すれば、やがてその歪みは駆たちの故郷である、ヤタガラスが守護すべき領域まで腐らせてしまう。
「一月だ。一月の猶予をくれ。その間に、俺はこの国に残った『異界』の痕跡をすべて消し去る。俺の筋は通したいからな」
通信の向こう側から下ったのは、合理的判断に基づく「許可」だった。この世界が救われたかどうかではなく、駆自身が自らの残した汚染を回収し、痕跡を消すのであれば異存はないという――冷酷なまでの合意。
だが、その対話を、物陰で聞いていた人物がいた。
(……一月。それが、あなたの決めた答えなのですか)
しのぶは、指先が白くなるほどに拳を握りしめていた。
駆が元の世界へ帰ることは分かっていた。だが、彼が自らを「この世界を壊しかねない危険物」だと定義し、共に歩んだ戦いの証までもを「消すべきゴミ」のように扱うことが、しのぶには悲しくてならなかった。
悪魔の力を消す。異界の影響を排する。
それは二度とこの世界に怪物が現れないようにするための、彼なりの「最後の献身」なのだろう。しかし、その徹底した「後始末」は、まるで最初から彼がこの世界に存在していなかったことにしようとする、自己消去の儀式にも見えた。
(私たちは……あなたにとって守るべき対象であっても、共に歩む隣人ではなかったというのですか。あなたの故郷を守るために、この世界でのあなたの『記憶』さえ、無かったことにするのですか……!)
駆の考えは正論だ。自分の故郷を汚染しないために、異物である自分の痕跡をすべて持ち去るという、優しすぎる責任感。しかし、それは残される側にとっては、あまりに救いようがなく残酷な決断だった。
与えられた一月の猶予。
それは、駆が自らの足跡を一つ残らず消し去り、この世界から「神代駆」という存在を聖別するための、長く短いカウントダウンとなった。
窓の外では、昇る朝日が眩しいほどに美しい。しかししのぶの視界は、隣に立つ男の背中が遠ざかっていくような、消えゆく時の重みに塗り潰されていた。
二人の間に流れるのは、言葉にできない沈黙。
駆はまだ何も知らない。自分が守ろうとしているその優しさが、最も大切な誰かの心を切り裂いていることに。