ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 〜大正の刃と現代の悪魔召喚師〜 作:ガチャガチャクツワムシ
刀鍛冶の里を後にした翌日、駆は産屋敷邸を訪れた。
若き当主・輝利哉をはじめとする産屋敷家の面々に対し、駆は膝を突き、深く頭を下げる。
「産屋敷の皆様……本日をもって、私に許された猶予が間もなく尽きようとしています。最後に、どうしてもお礼を申し上げたく参りました」
「顔を上げてください、神代殿。あなたがこの世界のために尽くしてくれたことは、我ら一族の記憶に永遠に刻まれるでしょう」
駆は懐から、魔力を封じた結晶の護符を差し出した。
万が一の時、次元を超えて世界の守護者に報せが届く最後の約束。それは、異邦人である彼が贈る、この世界への最後にして最大の守護の祈りだった。
邸を辞し、駆が向かったのは裏手の静かな墓所だった。
築かれたばかりの悲鳴嶼行冥の墓石の前で、駆は長い沈黙を守る。
「……悲鳴嶼さん。悪い……。あの約束、最後まで果たせそうにねえ」
自嘲気味に笑う駆の声は、風に震える。
「俺は、ここの人間じゃない。あと二週間もすれば、元の世界に強制送還される。……あんたが命を賭して守り抜いたあの子たちの成長を、俺は最後まで見守ってやることはできないんだ」
悲鳴嶼が繋いだ生。それを継承できない悔恨が、胸を鋭く刺す。
「……でもな、安心してくれ。俺がいなくなっても、炭治郎や柱の連中がいる。あんたが命懸けで教えた強さは、ちゃんとあいつらの中に根付いてる。……俺にできるのは、あいつらが歩き出すための道を、最後の一歩まで掃除してやることだけだ」
駆は異界の技術で造られた「永遠の薫香」を焚いた。立ち上る煙は冬の澄んだ空へと吸い込まれ、二度と戻らない時間を慰めるように揺れる。
「約束は破っちまうが……せめて、この香りが消えるまでは、俺の仲魔であるサンダルフォンにあいつらの頭上を護らせる。……許してくれよ、悲鳴嶼さん」
続いて、珠世の墓に花を供える。
「珠世さん。あんたの身を焼いた鬼の呪いも、俺が持ち込んだ異界の歪みも、全部俺が連れていく。……もう、自由になっていいんだ」
すべてを掃除し終えたことを先代当主・耀哉の墓前で報告したとき、風が木々を優しく揺らした。まるで彼らが「本当にお疲れ様でした」と微笑んでいるかのような、不思議な穏やかさに包まれる。
駆は立ち上がり、空を見上げた。
期限までは、あと二週間。
「あばよ、とはまだ言わねえ。……最後まで、この世界の景色を焼き付けてから行くさ」
駆の背後で、サンダルフォンの淡い光が墓地全体を優しく包み込み、残っていた微かな悪魔の気配を完全に、一点の曇りもなく浄化していく。
清浄な空気の中、駆は静かに歩き出した。
残された時間を、ただ「神代駆」として過ごすために。