ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 〜大正の刃と現代の悪魔召喚師〜 作:ガチャガチャクツワムシ
宴が一段落した夜、駆は酒の匂いを避けるように庭園へ出た。その後を追ったのは、カナエである。
「神代さん。……貴方は、しのぶを妻として娶る気はありませんか?」
唐突な問いに、駆は立ち止まる。カナエは悲痛なまでの決意を胸に、一人の姉として駆に懇願した。もしこの世界に残ってくれるなら、自分たちも全力で彼を支える。大切な妹の隣にいてほしいと。
だが、駆の返答は冷酷なまでの拒絶だった。
「……悪い。それはできない。俺はヤタガラスに所属するデビルサマナーだ。元の世界に帰る義務がある。それに……俺という不確定な存在がこの世界に居座ることは、また異界の歪みを招くだけだ。しのぶちゃんを幸せにできるのは、この世界の光の下で生きる人間だけだ」
駆は視線を交わさぬまま、足早に去った。残されたカナエが絶望に沈む中、影の中から重厚な駆動音と共に、漆黒の機神アザゼルが姿を現した。
『……案ずるな、娘よ。我は奴の心情を代弁しに来ただけだ』
アザゼルは駆の真意を語る。彼はしのぶを愛しているからこそ、自分の血塗られた世界に巻き込みたくないのだと。いつか必ず訪れる「召喚師の死」という絶望を、彼女に見せたくないのだと。
『あ奴は、あの少女の笑顔が己の住む薄汚れた戦場で曇ることを、魂が許さぬのだよ。……残酷なほどに、純粋な男だ』
言いたい事を良い終えると霧のように消えたアザゼルの言葉にカナエが涙を流すその時、藤棚の影から一人の少女が姿を現した。しのぶだった。その瞳は激しい怒りと、それ以上の悲しみで揺れている。
「……全部、聞いていました。勝手すぎます、神代さん。私の笑顔を守るため? ……そんなの、私が決めることなのに」
屋根の上では、白銀の機神サンダルフォンが冷ややかにアザゼルを見下ろしていた。
『……悪趣味だな、アザゼル。あの娘の中に宿る、主の想定を遥かに凌駕する「火」をな。マスター神代がどれほど彼女を静寂の中に遺そうとしても、あの一途な蝶は、嵐の中へ自ら飛び込む道を選ぶだろう』
『主は彼女の未来を想い、彼女は主の隣を望む。……この矛盾を解決するのは、もはや我らプログラムの範疇ではないな』
二柱の機神は消え去る。
しのぶの眼差しは、駆が去った闇を真っ直ぐに射抜いていた。
彼がどれほど「静かな別れ」を望もうとも、彼女はその運命を、自らの手で書き換える覚悟を決めたのだ。残された時間はあとわずか。愛と責任の狭間で、二人の結末が今、音を立てて動き出そうとしていた。