ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 〜大正の刃と現代の悪魔召喚師〜 作:ガチャガチャクツワムシ
「一月の猶予」の最後の日。駆が向かったのは、拠点の近くにひっそりと佇む寂れた社だった。
あと五時間。
社の目の前、夜明けの深淵には、強制送還という名の「世界の拒絶」が光の門となって裂け、大地を照らしていた。
「……やっぱり、ここにいましたか」
光の咆哮を突き抜けて、背後から震える声が響いた。振り返ると、そこには肩を激しく上下させたしのぶが立っていた。彼女は激しい光の門を見上げ、その異様さに一瞬言葉を失いながらも、駆へとまっすぐ詰め寄る。
「神代駆! あなた、本当にこのまま、あの光の中に一人で消えるつもりですか!?」
「……酒の席で挨拶は済ませただろ。しつこいぜ、しのぶ」
冷たく突き放そうとする駆を、しのぶは引き止める。
「ふざけないでください! あんな不気味な機械の悪魔に本音を代弁させて、自分は格好つけて逃げるだけ……! 私は、あなたに焼かれたって構わない! あなたという人間に救われて……あなたという人間を……っ!」
言葉が涙に詰まる。
「行かないで……。あなたが隣にいて、泥を撥ね散らかして笑っている……そんな、不完全な幸せが欲しかったんです!!」
その時、沈黙を破ったのは駆の言葉ではなかった。
『――同感だな、主(マスター)』
サンダルフォン、アザゼル、そしてコウリュウが顕現し、駆を睨む。仲魔たちの叱責が駆の胸を刺した。
『このまま去るという事は、あの劇作家と同列に堕ちるのと変わらぬ。全ての塚を失くし外道に進むのか』
『この娘の涙を拭わずに去るというのなら、我らは二度と、貴殿の召喚には応じぬ!』
駆が師匠の教えで被っていた偽りの仮面が崩れ去る。彼は観念したように溜息をつき、震えるしのぶの体を強く抱き寄せた。
「……バカだな、お前は。本当に」
その胸の鼓動は、デビルサマナーのものではなく、一人の男のものだった。
「これ以上、お前を一人で泣かせるのは、俺の美学に反する。……決めたぜ。地獄だろうが異界だろうが、どこまでも連れてってやる」
しのぶは駆の胸で泣き崩れた。
主の決断に、アザゼルは笑うように駆動音を響かせ、サンダルフォンが満足げに翼を広げ、コウリュウが次元の門に新たな刻印を刻む。
「……だが、条件がある。ここから五時間で、君を連れて次元回廊の境界を越えるための『パス』を構築する。……異邦人を連れ帰ったと知れば、ヤタガラスの連中は最悪、君を排除しようと動くだろうそれでも、いいか?」
「ええ……。あなたが隣にいるなら、私は何も怖くありません」
涙を拭ったしのぶの微笑みは、夜空の門よりも眩しい希望に満ちていた。
二人の頭上では、かつての拒絶が、二人を新たな世界へ導く希望の道へと姿を変え始めていた。
「さあ、行こうぜ、しのぶちゃん。……ここからは、二人で元の世界を散歩する時間だ」
「はい、駆さん!」
五時間のカウントダウンの中、二人は手を取り合い、新しい世界への一歩を踏み出した。
鬼殺隊としての戦いは終わった。しかし、神代駆としのぶの、本当の物語は今、ここから始まるのだ。