ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 〜大正の刃と現代の悪魔召喚師〜   作:ガチャガチャクツワムシ

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共有された、消えない傷跡

「……ここか」

 駆が美緒に連れられて辿り着いたのは、放課後の静寂に沈んだ旧校舎だった。だが、そこに漂う空気は異様だった。廊下の窓の外に広がるはずの夕景が、どろりと溶けたような漆黒の虚無に塗り替えられている。

「……校舎ごと、異界に引きずり込まれているな」

 背後ではしのぶが、上品なワンピースの装いとは裏腹に、鋭い集中を全身に漲らせている。彼女は自身の異界バックから音もなく『レイピア』を引き抜いた。かつての日輪刀の面影を残す、太陽を象った彫り物が、微かに熱を帯びて光る。また、バックから取り出した専用の護符を素早く壁面に貼り付け、異界との境界を固定していく。

「美緒、後ろに下がれ。ここからは俺たちの領域だ。……アザゼル、顕現しろ!」

 駆が命じると、漆黒の霧から『機械仕掛けの巨躯』が姿を現した。

『──了解。異界領域を確認。マスター、指示を』

「アザゼル、お前は美緒の護衛だ。吹雪の余波から完全に守り抜け!」

『──命令を受理。対象の防衛シークエンスに移行する』

 アザゼルは美緒を背に庇うように立ち、その巨大な装甲で強固な壁となる。

「駆さん、来ます!」

 しのぶが鋭い声を上げると同時に、視聴覚室の扉が弾け飛び、凍てつく冷気が廊下を埋め尽くした。少女に憑依していた飢餓と食人の魔人、『ウェンディゴ』が極寒の吹雪と共に現れる。

「──ここは既に奴が作り替えた異界だ。環境保護は不要だな」

 駆はガンプを構え、冷気を相殺するための術式プログラムを起動した。相手は氷の魔人。ならば叩き込むべき最適解は一つ。

「氷には炎だ。……燃えカスになりな、スキル『アギダイン』!」

 ガンプの銃口から放たれた極大の火炎の奔流が、迫り来る吹雪を真っ向から蒸発させ、異界の壁ごとウェンディゴを業火で飲み込む。

「ギィィィッ!」

 弱点の炎に焼かれ、体勢を崩した魔人。その決定的な隙に、しのぶが蝶のように舞い込んだ。

「──スキル『朧月』!」

 回避不能の連撃がレイピアの切っ先から放たれ、ウェンディゴの防御を完全に崩す。駆もまた、畳み掛けるようにスキル『貫通弾』を装填し、その眉間に深々と撃ち込んだ。

 灼熱の業火、銀閃の斬撃、そして貫通の銃弾。三段構えの猛攻が氷の魔人を完全に粉砕し、断末魔と共に霧散させた。

 空間を支配していた異界の冷気が急速に消え去り、現実の夕闇が校舎に戻ってくる。

「……ふぅ。終わりだ。アザゼル、美緒の護衛を解除」

『──了解。マスター、周辺の異界反応、消失を確認』

 駆はガンプをホルダーに収め、火のついていないタバコを口に咥えた。アザゼルの巨大な背中の後ろから、美緒が呆然とした表情で顔を出す。

「……駆兄、今の、すっごく格好良かった」

「……。……チッ、余計なこと言うな。俺は面倒なのが一番嫌いなんだよ」

 耳まで赤くした駆は、照れ隠しに懐から一粒の淡い光を放つ『魔光石』を取り出した。

「美緒、ちょっとこっち向け。……今見たことは全部、たちの悪い幻覚だったことに書き換えてやる」

 駆の指先が妹の額に触れようとする。

「──アザゼル、記憶改竄の術式を展開しろ」

『了解。精神干渉シークエンスを開始し……』

「……嫌。忘れたくない!」

 美緒が、駆の手を力強く跳ね除けた。「二人のこと『家族』だと思えなくなる気がするから」と。

「…………自分(俺)は、お前を面倒ごとに巻き込みたくないんだよ」

 突き放した声とは裏腹に、駆の指先は微かに震えていた。

「駆さん」

 しのぶが二人の間に割って入るようにして、駆の手をそっと制した。

「美緒さんは、とても強い心をお持ちです。記憶を消したとしても、私たちがここにいる事実は変わりません。それならば、『真実』を共有する絆として残しておくのも、一つの道ではないでしょうか?」

「……。……チッ、どいつもこいつも、面倒なことばっかり言いやがって」

 駆は深く溜息をつき、魔光石を異界バックの中へ放り投げた。

「……わかったよ。美緒、今のことは全部、墓場まで持っていけ」

 美緒は少しだけ晴れやかな顔で、眠っている友達の元へ駆け寄った。

『──処理中断。……マスター、甘いな』

 脳内に響くアザゼルの無機質な声。駆はそれに答えることなく、ただタバコを噛み締めた。

「さて、しのぶ。こいつらを保健室まで運ぶぞ。重労働は自分の担当だ」

「はい、駆さん。……ふふ、やっぱり駆さんは、優しいお兄様ですね」

「……だから、うるせえって言ってんだろ!」

 駆はわざとらしく鼻を鳴らし、しのぶと美緒から視線を逸らして前を向いた。早足で歩き出すその背中は、先ほどまでの冷徹な戦士のものとは裏腹に、どこか落ち着きを欠いた不器用さを滲ませている。

 夕闇が迫る校舎を後にする三人の影。

 ヤタガラスが用意した「平凡な日常」とは別に、神代家という本物の絆の中に、決して消えない「真実」が灯った瞬間だった。

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