ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 〜大正の刃と現代の悪魔召喚師〜 作:ガチャガチャクツワムシ
「……どうでしょうか、駆さん。変ではありませんか?」
藤色のブラウスに白のロングスカート。蓮に「19歳の女の子ならこれくらい攻めなさい!」と押し切られたスタイルだが、しのぶの持つ清廉な空気に見事に馴染んでいる。
その佇まいは、人混みの中でも一際目を引いた。すれ違う人々は思わず足を止め、彼女の美しさに目を奪われ、振り返る。そして、その隣を歩く駆に視線を移すのだが、駆がふと冷ややかな瞳で流し目を向けると、人々は皆、何か本能的な違和感を覚えて──それ以上は深く考えないように、反射的に視線を逸らして足早に通り過ぎていった。
ただ一人、例外を除いては。
「あら! 駆ちゃんじゃない! 蓮さんのところの!」
カフェのテラス席から、優雅な声が響く。それは蓮の店の常連であり、この街の裏事情にも通じているマダムだった。彼女は駆の鋭い瞳と視線が合っても微塵も怯むことなく、かえって楽しそうに目を細める。
「……おっと、これはこれは。ご無沙汰してます、マダム。相変わらずお美しい」
駆もまた、その人物を確認するやいなや、纏っていた「圧」をふっと緩め、いつもの飄々とした探偵の顔に戻った。
「まあ、口が上手いわね! 蓮さんから聞いてるわよ、駆ちゃんの働きぶり。……お隣の助手さん、今日も素敵ね。ママには内緒にしておいてあげるわ」
「はは、そいつは助かる。ただの有能な仕事仲間ですよ。……じゃ、自分たちは先を急ぐんで。良い午後を」
彼が去った後、テラス席の周囲にいた他の客たちは、ようやく息をついたように震えながら、再び話題を探し始めていた。
「……駆さん、先ほどの方々は、貴方の気配に少し怯えていたようですね」
「……あのアネゴの周りには、俺の『気配』に動じない奴らばかり集まるんだよ。……まったく、厄介なことだ」
だが、そんな駆の気取りを余所に、しのぶの美貌は「無知な厄介者」をも引き寄せてしまった。駆が飲み物を買いに、わずかに席を外したその一瞬のことだった。
「ねえねえ、お姉さん。一人? 19歳くらいでしょ、俺らも同い年なんだけど」
いかにも遊び慣れた風色の軽い男たちが、しのぶの美しさに当てられたように群がっていた。
「……お引き取りください。連れがおりますので」
しのぶは丁寧に応えたが、その瞳の奥には、かつて数多の鬼を屠ってきた鋭い「刃」が微かに閃いていた。
「いいじゃん、そいつより俺らの方が楽しいぜ。なんなら……」
男がしのぶの肩に手をかけようとした、その瞬間。
「──悪いが、その手は引っ込めてくれないか。……家の助手が嫌がってる」
背後から、低く、けれどどこか軽やかな声が響いた。戻ってきた駆が、男たちの背後に立っていた。その瞳は、先ほどまでの「だらしない探偵」のものではない。無機質な魔王アザゼルを筆頭に様々な悪魔を従え、数々の死線を越えてきた「上の上」のデビルサマナーとしての、圧倒的な威圧感。
「……っ!? な、なんだよ、お前……」
男たちは言葉を失った。物理的な接触は何もない。だが、まるで巨大な肉食獣の前に放り出されたような、本能的な恐怖が彼らの脊髄を駆け巡った。
「……3秒やる。消えろ。……1」
「ひ、ひぃっ! ご、ごめんなさい!」
数秒前までの威勢はどこへやら、男たちは逃げ去っていった。
「……やれやれ、これだから人混みは嫌なんだ。平和ボケした連中の相手をするほど俺は暇じゃねえんだけどな。……しのぶちゃん、大丈夫だったか? 全く、せっかくの休日が台無しだぜ」
駆は忌々しげに吐き捨て、買ってきたカップをしのぶに手渡した。
「ふふ。駆さん、今の『自分』は、少しだけ格好良かったですよ。……まるで、私を守ってくれる騎士のようでした」
「……ハッ、騎士ねえ。俺にはハードボイルドな探偵の方がお似合いだよ。行くぞ、次は映画だ。……俺は、静かな暗闇の方が落ち着くんだよ」
駆は顔を逸らしてスタスタと歩き出す。その後ろを、19歳の令嬢──そして最強の助手であるしのぶは、楽しそうに追いかけていくのだった。