ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 〜大正の刃と現代の悪魔召喚師〜   作:ガチャガチャクツワムシ

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深夜の遊戯場、あるいは消えた獲物

 駆としのぶが映画の暗がりに身を置いている頃。神代探偵事務所の扉は、不吉な音を立てていた。

「チッ、あの野郎……。女連れだからって調子に乗りやがって。メチャクチャにしてやるぜ」

 昼間、駆の「圧」に屈して逃げ出した男たちは、逆恨みの塊となって事務所に侵入した。彼らは仲間に声をかけ、集団での襲撃を提案したが、裏社会で「神代の事務所には不用意に近づくな」という噂を知る賢い連中は、即座に拒絶してその場を去った。結局、残ったのは自らの無知と底なしの悪意に突き動かされた、少数の愚か者だけだった。

 彼らは事務所のドアノブに手をかけ、押し入った。だが、その背後に「悪意」がある限り、神代が施した結界は容赦なく牙を剥く。

 一歩足を踏み入れた瞬間、男たちの背後で扉が「消失」した。

「……え?」

 振り返れば、そこにあるはずの廊下はなく、ただ底の知れない闇が広がっている。この事務所は、「純粋な殺意や悪意を抱く侵入者」のみを感知し、現実世界の座標を切り離して、悪魔たちが跳梁跋扈する「異界」へと直結するよう位相を反転させる仕組みになっていた。

「ヒヒッ……。来たねぇ、自分から地獄の釜の蓋を開ける大馬鹿野郎共が」

 室内の天井には血のような赤色をした星図が浮かび、重力から解き放たれたデスクや椅子がゆっくりと逆さまに回転している。ソファの主人の席に踏んぞり返っていたのは、五芒星の怪異──堕天使『デカラビア』だ。

「な、なんだこれ……ヒトデの化け物か!?」

「ヒトデとは失礼な。……おーい、『パズス』。お前の嫌いな『悪意の臭い』がする生ゴミが運び込まれてきたぞ」

 デカラビアが嘲笑うように呼びかけると、部屋の隅の闇が凝縮し、巨大な翼を持つ獅子頭の魔王が姿を現した。男たちは、自分たちが足を踏み入れた場所が人間世界の物理法則を外れた「捕食場」であることを悟り、顔を真っ青にして崩れ落ちた。噂を信じず、悪意のままにここへ来たことを猛烈に後悔しても、もう手遅れだった。

「……フン。これほど卑小な魂では、我が渇きを潤すにも足りぬわ……!」

 床の影が液体のように蠢き、双頭の猛犬『オルトロス』が這い出してくる。事務所の床は、侵入者の敵意を養分にして広がる「影の沼」と化していた。男たちの断末魔は、結界によって現実世界の1ミリ外側へも漏れることはない。彼らは自ら、中位の悪魔たちが盤踞する「異界の遊戯場」へ命を投げ捨てに飛び込んだのだ。

 数時間後。映画を終えた駆としのぶが戻り、位相が再反転して「日常」の事務所が姿を現す。

「……ふぅ。やっぱり、自分の部屋が一番落ち着く。……ん?」

 空気の中に残る「焦げた匂い」と、満ち足りた悪魔たちが発する浮かれた残滓。駆が飄々と呼びかけると、デカラビアがひょいと肩に乗り、パズスは満足げに闇の奥へと消えていった。

「お帰り、マスター。悪いネズミ……いや、ドブネズミが迷い込んできてね。味はイマイチだったが、敵意のトッピングだけは新鮮だったよ」

 駆は溜息をつき、バッグから魔貨を数枚取り出して床に転がした。

「……報酬だ。これで満足して持ち場に戻れ。……アザゼル、報告」

『──了解。悪意ある侵入者三名、排除完了だ。魂も回収済み。清掃も済ませた。備品に損害なし、完璧だ』

 脳内に響くアザゼルの声。それは、彼らの抱えた悪意がそのまま自分たちを滅ぼしたことを淡々と告げていた。

「……どうしたんだ、しのぶちゃん。変な顔して」

「……いえ。なんというか、賑やかなお仲間ですね。……皆様、駆さんのことが大好きなのでしょう」

「……はは、ただのビジネスパートナーだよ。こいつらの気まぐれに付き合うのが、一番の重労働なんだ。まったく、ハードボイルドな夜だぜ」

 駆はソファに身を投げ出した。部屋の隅では、まだ魔貨の分配で小競り合いをしている悪魔たちの声が響いている。神代探偵事務所の夜は、異界と日常が溶け合った、いつもの「異常」なまま更けていった。

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