ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 〜大正の刃と現代の悪魔召喚師〜 作:ガチャガチャクツワムシ
数時間後に電話を貰いしのぶを連れ、駆が事務所の扉を開けて戻ると――そこには、すでに気絶から目を覚まし、おずおずとリハビリパンツから新しい下着に履き替えたばかりの舎弟2人と、駆がデビルサマナーになってからの付き合いである極道・峠館がソファーに腰掛けて待っていた。
「終わりましたか、峠館さん?」
「おう、済まないな駆。……で、そちらのお嬢さんが?」
「ええ、うちの助手のような」
「胡蝶しのぶと申します」
そう言って丁寧に頭を下げるしのぶの清楚な佇まいに、舎弟の2人は思わず見惚れて息を呑んだ。
「そうか……。俺は、この街を拠点にしている天神組の構成員、峠館銀吾(とうげだて ぎんご)という。駆とは4年来の付き合いになる。で、こっちはうちの若い衆だ」
「豊田正利(とよた まさとし)です!」
茶髪のリーゼントが慌てて頭を下げれば、
「宇佐川淳(うさがわ じゅん)と言います……!」
黒髪の短髪も、部屋に残る異界の残滓に怯えながら必死に自己紹介をした。
と、そこに。ガチャリと事務所のドアが軽やかに開いた。
「あらあら、少し遅れちゃったけど、無事に終わったみたいね」
そこに現れたのは、妖艶なオーラを纏った鬼龍院蓮――“ママ”その人だった。
「えッ!? な、何でこの人が……っ!」
豊田と宇佐川が顔を真っ青にして飛び上がる。
「驚くな。蓮のママも、俺たち天神組と同じようにヤタガラスの外部協力をしているのさ」
峠館がタバコをくゆらせながら説明し、蓮も艶然と微笑みながらソファーの一角に腰掛ける。部屋の中に全員が収まったところで、しのぶがコーヒーを用意してくれた後に駆が静かに口を開いた。
「さてと。しのぶちゃん、色々目の当たりにして不思議だと思うだろうから、順を追って説明するね」
駆はマグカップを手に取り、少しトーンを落として語り出す。
「今、俺たちが暮らしているこの街を含めた一帯は、この地に巡られている龍脈の影響か澱が溜まりやすくてね。人間の負の感情や悪意が必要以上に増幅されてしまう特異な土地なんだ。そのせいか異常に犯罪が起こりやすいし、現代のこんな街中でも、自然と悪魔が湧き出しやすいんだよ」
「そういうわけだから、ここいらは警察の手がまったく回りきらない。だから俺たちのような極道が、遥か昔から自分たちのシマと街を守るために自警団代わりに秩序を維持してるってわけだ」
峠館が付け加える。
「あたしたち極道は、人間相手の喧嘩なら張れるけど、悪魔が相手じゃあ流石に手が出せない。だから専門家であるヤタガラスに協力してるのよ。……逆に言えばね、ヤタガラスに所属してない野良のデビルサマナーが極道に飼われて、その悪魔の力で他の組を潰そうとする不届き者もたまにいるわけ」
蓮が艶やかな指先でグラスを転がしながら、冷徹な裏社会の現実を告げる。
「ヤタガラスとしては、世間に悪魔が知られるのは、絶対に防ぎたい。だから、こうして一部の信頼できる裏社会の組織を『外部協力者』として、警察に話を通して表向きのシマの支配やシノギには目をつぶっているんだ」
「……そうなんですね」
3人から語られるハードボイルドな裏の理に、しのぶは真摯な瞳で小さく頷き、納得の表情を見せた。
「只、だ」
峠館が真剣な表情に戻り、若い衆の豊田と宇佐川を鋭く見据える。
「悪魔の存在や俺たちの裏稼業が協力している事を、何も知らない堅気にペラペラ吹聴されたらたまったもんじゃない。だからこそ、組長や若頭から特別に許可を得て、こうして事務所に連れてきて『そのヤバさ』をその身に叩き込んだんだ。ちなみに、もし万が一にも組を抜けるようなことがあれば、組織の掟として駆に頼んで悪魔に関する記憶を綺麗に消してもらうことになる」
峠館がちらりと怯える2人を見る。
「同じようにヤタガラスに協力している組は他にもあるがね……もしヤタガラス側から『危険』と判断された組は、デビルサマナーの手によって、良くて全員の記憶消去、最悪の場合は組織ごと皆殺しにされる。……肝に銘じておけ」
その言葉に、豊田と宇佐川は再び顔を真っ青にし、ブルブルと震えながら激しく首を縦に振った。
「それとこれは、暗黙の了解だが悪魔関連で駆からの要請は普段敵対している組同士であろうとも協力しないといけないから。そこは肝に命じとけ」
「「はい! 承知しました!!」」
「よろしくお願いしますよ、駆さん!」
緊張でガチガチになりながらも頭を下げる2人に、駆はいつもの飄々とした笑みを浮かべ、片手をひらりと振ってみせた。
「同い年なんだから、そんな堅苦しいのはナシでいいよ。呼び捨てでも構わない。こちらこそ、よろしく頼むよ」
こうして、一癖も二癖もある面々による、裏社会とオカルトを繋ぐ事務所内での重要な顔合わせは、無事に――そして幾つかのトラウマと共に、静かに幕を閉じたのであった。