シリカに覚悟ガンギマリ(後天的)幼馴染がいた話 作:五月雨と狐
「圏内が安全ってのハ、絶対カ?」
アルゴさんが投げかけてきた質問。部屋の灯りが頼りなく揺れなんとも言えない空気が部屋中に充満する―――なんてことはなく。俺はあっさりと答えを返した。
「絶対...なんじゃないですか?」
そう応えた瞬間、アルゴさんは目を細めた。フードを外してよく見えるようになった顔がどう表現していいか分からないものになる。
少なくとも、俺はなんて言っていいか分からなかった。
「...どーしてそう思うンダ?」
なぜ、と理由を求められる。
理由...俺はこのソードアート・オンラインに関しては全くと言っていいほど何も知らない。そう判断したのだって...ここが安全だと思っているのなんて大体一個くらいしか理由なんてない。
「さっき、アルゴさんが言ってたじゃないですか。圏内は安全だって、HPバーが減らないんですよね...実際にここではダメージも受けてませんでしたし。だったら、少なくともここにいる間は安全なんじゃないですか?」
そうだ。
俺はそれしか知らない。
とりあえず、一息に喋ってしまったので口の乾燥を潤すために、テーブルに置いてある水の入ったコップ―――店主さんが用意してくれた―――を一息に飲み干す。
思っていた3倍くらい美味しくて、今更だけど自分がのどが渇いていたことに気づく。シリカが起きたら新しいコップを用意してもらわなきゃな、と思ったとき。
「オレっちはそうは思わナイ。そうは思えないンダ、クー坊」
アルゴさんは、ポツリとそう零した。
なんとなく話の流れから察してはいたが、自分よりソードアート・オンラインを知っている人から言われると中々キツイな。
信じようとしているものが根本から揺さぶられるような嫌な感覚だ。
「モンスターが入ってこない。ダメージを受けない。だから安全。クリアまでここに居座ればきっと帰レル...そこまでなら、確かに正しいヨ」
ただ、とアルゴさんは付け加えた。
「それが、ずっと続くナラ。というのが枕言葉につくけどネ」
「...どういうことです?」
ずっと続くなら?ゲームの設定でそうなっているんじゃないのか?何よりも先程のアルゴさん自身が証明したじゃないか。
そんなことが頭の中でぐるぐると回転し続ける。
「正式サービスの開始を宣言したとき、茅場晶彦は言ってたヨ。『この世界が唯一の現実』ってサ。現実に、街の中だったら怪我もしないし死にもしない、そんなバリアみたいなものはないンダ」
「でも、これは。あくまでゲームを元にしたデスゲームなんじゃ」
ソードアート・オンライン。デスゲームに変わったとは言え何もかも変わったわけじゃないだろう。現にお店の人は部屋を貸してくれたし水まで用意してくれている。
俺が茅場晶彦なら、街にいる人は全員俺達プレイヤーのことを嫌うようにする。そうした方が楽にみんな殺せるからだ。でも、茅場晶彦はそうはしなかった。だから、俺はゲームの根本自体は決して変わることがないと―――。
「だから、ダヨ」
...なにが。
「あの広場にいた全員、現実にいる日本人、もしかしたら外国人もそーかもナ。絶対みんな思ってなかったヨ。ソードアート・オンラインがたったの一日も経たずにデスゲームになるなんて」
........。
「良いカ?クー坊。もうこの世界に絶対に安全である場所、安全であり続ける場所なんて無いんだヨ。誰もそれを証明できナイし実際に安全だったゲームが安全じゃなくなった事実がアル」
.......アルゴさんの言葉が、頭の中で何度も何度も繰り返される。
街は安全じゃない...?ならどこなら安全なんだ。どこなら、俺はシリカに安心させることができる。
「……じゃあ」
自然と口から出ていた。
「どこにいればいいんですか?」
「……」
アルゴさんは、すぐには答えなかった。
「街は安全じゃない。外はモンスターがいる。だったらシリカは、どこにいればいいんです?」
自分でも子供っぽい質問だと思う。でも俺には分からない。この世界のことを知らない。ゲームのことも知らない。
今日まで普通に学校へ行って、家に帰って、親とご飯を食べていた俺には、今いる場所のどこが安全で、どこが危険なのかなんて分からなかった。
「ここまで危ないって言われたら、俺はどうしたら良いんですか」
どうしたらシリカを現実に帰すことができる。決して傷つけずに。あの小さい体が二度と震えることがないように。どうしたらできるのか。
分からない。
「...なるほどナ。クー坊は、
アルゴさんは視線を2階へと向かう階段に向けた。俺からすれば向かい、アルゴさんから見れば背後にあるので、今アルゴさんがどんな顔をしているかは分からない。
ただ、どうにもやるせないような気持ちを背中から感じることが出来た。
しばらく階段を眺めていたが、くるりとこちらに向き直り自身のコップに水を注ぎ始めた。そのままコクコク飲み始め、一息つく。
俺はソレを眺めていた。
「プハッ...。おネーサンはナ、別にクー坊を詰めたくてこう言ってるわけじゃないヨ。そこは分かって欲しイ」
「まぁ....それくらいは分かりますよ」
そんな嫌な意味で俺に言っているわけじゃないのは分かる。忠告と言うか、アドバイスというか。見なきゃいけないものを見えてない、見ようとしない俺に対して教えてくれているような。
「マ、ここまでグチグチ言ったけどオレっちだって分かんないヨ。そもそも、そうなるのかすら知らナイ」
アルゴさんはそこで一度だけ、天井を見た。
「だから、クー坊が『圏内なら安全』って考えるのが間違ってるって言いたいわけじゃないヨ。おネーサンだって、そう思いたいサ」
それから、もう一回。アルゴさんの茶色い瞳が俺の眼を射抜く。
「でも。『ここは安全だ』って決めつけて、そこに安心しきるのは危ないって話ダ。クー坊にハ守りたい誰かがいるんダカラ、そういうコトも考えるべき...って話ダ。分かってくれたカナ?」
にゃはははは、と暗い雰囲気を吹き飛ばすようにアルゴさんは笑った。でも、俺はソレについていくことが出来なくて。
「なら、俺はどうしたらいいですか」
つい、聞いてしまった。
「街が安全じゃなくなる可能性があって、でも俺はシリカを生きて帰さないといけなくて。どうしたら、いいですか。どうしたら俺は、シリカを守れますか」
情けない。情けない。情けない....!
俺は守ると決めた幼馴染の守り方がわからなくて今、泣きそうになっている。こんなことになるんならもっと勉強をしておくべきだった。こんなときにシリカを守れるだけの答えを出せるようになっておかないといけなかった。
それができないからお前はいつまでたっても
「あんまり、思い詰めるナヨ」
頭に、温かな重みがかかった。
それは少しずつ動いていて、眼の前の人から伸ばされていて、それは俺をあやすような。
「クー坊」
「なん、ですか」
うまく、前が見えない。顔を見ることが出来ない。
「お前は、まだ子どもダヨ。オレっちよりも体が小さくて、目を離したら飛んでいっちまいそうなくらいの子どもダヨ」
「...そうだけど」
俺は、俺は―――。
「だったら今できないことがあるのなんて当たり前ダヨ。ゲームの説明書もない、親もいない、大人だって何が起きてるか分からない。そんな状況で全部分かってる子どもがいたら、そっちのほうが怖イヨ」
子どもだから――――――。
それで納得することが出来たら...子どもだから。その一言で、楽になれたらよかった。泣いてしまえばいい。アルゴさんに縋ってしまえばいい。……でも、それをしたら駄目だと思った。
俺はそれを許せない。
俺のせいで、シリカをデスゲームに巻き込んでおいて。
シリカから家族を奪った癖に。
「アルゴさん...それじゃ駄目なんです」
―――そんな俺が、ここで許されるわけにはいかない。決めただろうが、お前はシリカを絶対に現実に帰すんだって。自分のことしか考えずに泣きたいんだったら、俺はいらない。
そう思い、頭に置かれていた温かな重みを自身の手で静かに払う。
アルゴさんが、息を呑む音が聞こえた。
「約束を、破っちゃう。俺は、胸を張ってあいつの幼馴染を名乗れない」
この世界で、俺に残ったのは
「どうしたら、俺は―――」
シリカを守れますか。
絞り出すように、そう聞いた。アルゴさんの眼は見れなかった。ただ、下を向いて涙をこぼさないように堪えることしか出来なかった。
こぼれてしまったら、弱くなる気がした。決めたことを止めたくなるから。
部屋の明かりに照らされ床には二つの影が薄く映っていた。一つはうつむく俺の影。もう一つは、フードを被り直そうとしているアルゴさんの影だった。しばらくどちらも口を開かなかった。俺は顔を上げられないまま、自分の影を見つめていた。
「……ソードアート・オンラインはMMORPGダヨ」
「え?」
唐突な言葉に思わず顔を上げた。アルゴさんはもう、俺に手を伸ばしてはいなかった。フードの端を指先でつまみしばらく何かを考えていたかと思うと、それを深めに被り直した。
「大勢のプレイヤーが同じ世界で遊ぶゲームだヨ。モンスターを倒して経験値を稼いで、アイテムを手に入れて、装備を整えて、もっと強い敵に挑む。そーやって少しずつ先に進んでいくんダ」
「……はい」
「でもナ、そこで手に入るものは、誰にだって都合よく手に入るわけじゃない。いい狩り場も、役に立つ情報も、強い装備も、早く知ってるやつが先に使える。みんなが同じように生き残ろうとするんだから何も考えずに動いてたら、知らないうちに差がつくんダヨ」
俺の知らないゲームの話だった。デスゲームになる前、俺はただのゲームを遊んでいた。大きな剣を振って、シリカと一緒に猪を倒して、帰ったらピザを食べるつもりだった。経験値がどうとか狩り場がどうとか、そんなことを真剣に考える必要なんてなかった。
でも、今は違う。
「だから...強くならないといけないんですよね」
気がつけば、そんな言葉が口から出ていた。
「……強く、カ」
アルゴさんが小さく繰り返す。その声にどんな想いがあるのか分からないほど、小さなものだった。
「じゃあクー坊。強くなるために...シリカちゃんを守るためにクー坊はどうスル?」
「えっと……レベル上げ、ですか?」
「それだけだと駄目ダ」
即答だった。
「え?さっきは経験値を稼いだら、強くなれるって...」
レベル上げたら、強くなる。シリカを守れる、それは違うのか。
「レベル上げが自体が駄目だなんて言ってないヨ。強くなるために経験値を稼ぐ。それ自体は間違ってない。だけど、クー坊はさっきから何度も言ってるダロ? シリカちゃんを守りたい、ってサ」
「……はい」
「だったら聞くケド。強くなるってのは、クー坊にとって何なんダ?」
何、と言われても困る。強くなれば、もっと強い敵を倒せる。今は勝てない相手にも勝てるようになる。敵を倒せるようになればシリカが危ない目に遭うことだって減らせるはずだ。
それ以外に何があるというんだろう。
「敵を倒せるようになること、じゃないですか?」
「フーン。それで?」
「それでって……」
「クー坊が敵を倒せるようになったら、シリカちゃんも安全になるのカナ?」
そこで、言葉が止まった。
……どうして、そんなことを聞くんだろう。俺が強くなればシリカを守れる。そう決まっているはずなのに。
「だって、俺が強ければ、シリカを守れるから」
「ウン。それはさっきも聞いたヨ。じゃあクー坊が強くなるまでシリカちゃんはどうするノ?」
「……え?」
「ずっとこの部屋にいるわけにもいかないダロ。食べるものもいるし、装備だって必要になる。外に出ないと手に入らないものもある。クー坊が強くなるまで待ってたらシリカちゃんはいつまで経っても強くなれないんじゃないカナ?」
それは……。
「ア、後クー坊だけが外に出るのは駄目ダヨ。普通に考えて一人ぼっちで部屋にずっとお留守番はシリカちゃんおかしくなっちゃうヨ」
...そうかもしれない。ずっとここにいるだけでは何も変わらない。いつかは外に出なければいけないし、そこで戦わなければいけない。強くならなければ、先へは進めない。
そして俺もやっと気づけた。別に俺はシリカを閉じ込めたいわけじゃない。生きていて欲しい、こんな状況でも笑って欲しい。ならずっと宿屋にいてもらうのは駄目だろう。
なら、俺は―――いや、シリカを。
「……シリカも、強くなればいいんじゃないですか」
考えながら、そう口にした。
アルゴさんは、すぐには答えなかった。ただ、俺の言葉を確かめるように、じっとこちらを見ている。
「ほう? そー来るカ。じゃあどうやって?」
「どうやってって……」
どうやって。
そう言われると、すぐには答えられなかった。
強くなるには敵を倒せばいい。経験値を稼いで、レベルを上げればいい。さっきアルゴさんが言っていたことだ。でも、それではさっきと同じだ。シリカを強くするには、シリカ自身が敵を倒さなければいけない。けれど今の俺はシリカを危険な目に遭わせたくない。
どうすればいいんだろう。
そうして考えているうちに、ふと、数時間前の光景が頭に浮かんだ。
「あ……」
「ン?」
「...その、俺たち。デスゲームが始まる前におっきな猪と戦ったんですよ」
そうだ。まだ数時間も経っていない。草原で、自分の背丈ほどもある剣を振り回して、初めてモンスターを倒したときのこと。
俺は猪を斬った。思いっきり剣を振って確か当たった。でもそれだけじゃ倒せなかった。猪はまだ動いていて、俺に向かって突進しようとしていた。そこでシリカが後ろから短剣で攻撃してようやく倒すことができたのだ。
「……俺だけじゃ、そのとき猪を倒しきれなかったんです」
「フーン?」
「俺が剣で斬って、シリカが後ろから斬って。それで倒せたんです」
言葉にしてみるとなんだか当たり前のことだった。俺が一人で攻撃しても倒せなかったから、体力の減った敵をシリカが攻撃したら倒せた。ただそれだけのことだ。
だけど、そこに答えがある気がした。
「……俺が前に立てばいいんじゃないですか?」
「前?」
「はい。俺が前に立って、敵の相手をするんです。俺が攻撃して敵の体力を減らして...シリカは後ろから攻撃する。俺が倒しきれなかった敵をシリカが倒すんです」
俺は自分の手を見た。剣を握っていたはずの手。今は何も持っていないけれど俺はあの大きな剣を振っていた。
大きすぎる。重..くは無かったけど思っていたようには動かせなかった。もっと軽くて、もっと扱いやすい武器を選べばよかったのかもしれない。
今さらそんなことを思っても、もう遅いのだけど。
それでも、あの剣は大きかった。
俺と敵の間に置けば、その向こう側にいるシリカを隠せるくらいには。
「俺が敵を引きつけて、シリカが攻撃できるところまで弱らせるんです。そうすればシリカも敵を倒せるし、経験値だって手に入る。シリカも強くなれますよね?」
「……なるほどナ」
アルゴさんは、相変わらずよく分からない顔をしていた。感心しているようにも見えるし、何か言いたいことを飲み込んでいるようにも見える。
でも俺は分かった。少なくとも今まで考えていたことよりはずっといい方法だと思う。俺が強くなればいいし、それだけじゃない。
俺が剣を構えて隙を作る。シリカはその後ろから攻撃すればいい。そうすれば、俺がシリカを守りながら、シリカも強くなれる。
「……その戦い方ができるように、俺が強くなればいいんです」
言い終えて、ようやく答えを見つけた気がした。
何をすればいいか分からなかった。どこにいれば安全なのかも、何をすればシリカを守れるのかも分からなかった。でも、今は違う。やるべきことが、少しだけ見えた。
もっと強くなる。剣を上手く扱えるようになる。敵の攻撃を止められるようになる。シリカに攻撃が届かないように、俺が前に立つ。簡単なことじゃないのは分かる。
あのときだって剣を振るだけで精いっぱいなのだ。敵の攻撃を止めるなんて、そんなことができるのかも分からない。
でも、できるようになればいい...できないといけない。
俺ができるようになればシリカを守れる。できなかったらシリカは死ぬ。
「……クー坊」
「はい?」
「それ、シリカちゃんには話したのカ?」
「……まだです。今、寝てるので」
「そっか」
アルゴさんはそれきり黙ってしまった。フードの奥に隠れた目が、じっと俺を見ている。何かを言おうとしているようにも見えたけれど、結局何も言わなかった。
俺としては、もっと何か言われると思っていた。無理だとか、危ないとか。そういうことを言われるのではないかと、少しだけ身構えていたのに。
「……マ、いいんじゃないカナ」
「え?」
「クー坊がそうするって決めたんダロ? だったら、まずはやってみればいいヨ。ただし、何も知らないまま外に出るのはオススメしないケドネ」
「……それって」
「情報が必要ってことサ」
アルゴさんは自分の頭をコンコンっと指で叩いた。
「生き残るための情報ダヨ。モンスターのこと、クエストのこと、装備のこと……ま、色々ネ」
「...アルゴさんは知ってるんですか?」
「そりゃあネ。オレっち、こういう情報を探したり整理したりするのは得意でネ」
それから、ふと何かを考えるように動きを止める。なにか間違えてしまったかのように、俺の眼を見ていた。なぜか少し怖がってるような気もしたけど良く分からなかった。
「...デスゲームになったからってゲームの中身が全部変わったわけじゃないだろうケド、全部そのままとも限らない。だから、確認しながら使う必要があるヨ」
「それでも、何もないよりは……」
「そりゃあ、ネ」
アルゴさんは、そこで初めて少しだけ笑った。出会ったあのときのからかうような笑い方だった。
「クー坊、英語は得意じゃないんダロ?」
「……はい」
「だったら、なおさら必要だネ。メニューが読めないんじゃ、せっかく情報があっても使えないカラ」
痛いところを突かれた。ログアウトボタンすら見つけられなかったことを思い出して思わず視線を逸らす...まぁログアウトボタンは無かったんだけど。
「……すみません」
「なんで謝るんダヨ。別に英語が読めないからって、今すぐ死ぬわけじゃないヨ。ま、読めたほうが便利なのは確かだけどネ」
アルゴさんは今度こそ大きくフードを被った。顔の大半が隠れて、明るい茶色の瞳だけがこちらを見ている。
「……というわけで、オイラはこれから仕事をするヨ」
「仕事?」
「攻略本を作るんダ。序盤で必要な情報をまとめて、使いやすい形にする。初心者でも読めるように、できるだけ分かりやすくネ」
「...すいません」
「謝んなヨ...クー坊のためだけじゃないからネ。これから先、同じように困るやつはいくらでも出てくるダロ。そういう人たちに売るための準備サ」
そう言ってからアルゴさんはほんの少しだけ言葉を切った。
「……ただ、クー坊には誰よりも先に渡しに来てやるヨ」
「え?」
「オイラの初めてのお客さんだからネ。最初のお客さんを放っておくほど、商売人として薄情じゃないんダヨ」
にゃはは、と笑う声がした。どこまで本気なのかは分からない。さっきまであんなに真剣な顔をしていたのに、今はもういつもの調子に戻っている。
でも、嬉しかった。
「……ありがとうございます」
「お礼は情報を受け取ってからにしナ。代金も今度はちゃんともらうカラネ?」
「はい。必ず払います」
「ヨロシイ...じゃオイラは行くヨ」
そう言って、アルゴさんは扉のほうへ歩いていった。俺も立ち上がり、慌てて後を追う。ここまでしてもらって、何も言わずに帰してしまうのは申し訳なかった。
「……あの、アルゴさん」
「ン?」
「本当に、何から何までありがとうございます。俺、何も知らないし、何もできないのに……」
言いながら自分の無力さをまた思い知らされた気がした。助けてもらってばかりで、自分では何一つできていない。そんな俺に、アルゴさんは一度だけ肩をすくめた。
「別にいいヨ。クー坊がこれから何をするのか、ちょっと気になっただけサ」
「……俺が?」
「そ。あんな顔で『守る』なんて言われたら、気になっちゃうダロ」
その言葉に、何も返せなかった。
アルゴさんはそれ以上何も言わず扉を開けた。街の暗がりに足を踏み入れ、振り返ることなく片手を上げる。
「じゃあナ、クー坊。今日はちゃんと寝るんダヨ。シリカちゃんも、起きたら水くらい飲ませてあげなヨ」
「はい」
「それと……」
そこで一度だけアルゴさんの足が止まった。
「さっきの話...自分が前に立つってやつ。できるようになるまでは無理しちゃ駄目ダヨ」
「……分かりました」
俺はうなずいた。
アルゴさんはそれを見ると今度こそ暗闇の向こうへ歩いていった。足音が少しずつ遠ざかりやがて聞こえなくなる。
……本当に優しい人だ。
会ったばかりの俺たちにここまでしてくれる。情報を売る仕事だからと言っていたけれど、それだけではないのだろう。そうでなければわざわざ攻略本を作って、誰よりも先に渡してくれるなんて言わないはずだ。
―――俺も、いつか何か返さなければいけない。借りたものは返す。してもらったことにはちゃんとお礼をする。それくらいは、俺にだってできる。
そう考えながら俺はアルゴさんの去っていった扉を閉め二階へ続く階段を上った。
扉を開けると部屋の中は静かだった。柔らかそうなベットの上でシリカが眠っている。泣き疲れていたのに涙の跡は残っていなかった。
小さく丸まった体が、寝息に合わせてわずかに上下している。
「……シリカ」
小さく呼んでみたけれど、返事はない。
当たり前だ。眠っているのだから。
俺はベットのそばまで歩いてそっと水の入ったコップを置いた。起きたらまずこれを飲んでもらおう。それから明日からどうするかを話そう。
俺が前に立つ。シリカはその後ろにいて、俺が弱らせた敵を倒す。そうやって少しずつ強くなればいい。
俺がもっと上手くなれば、敵の攻撃だって止められるようになるかもしれない。そうすればシリカに危険が及ぶことも減るはずだ。
……大丈夫。
そうできるように、俺が頑張ればいい。
俺はシリカの眠っているベットの横に腰を下ろしその顔を見つめた。
「……はる、ひと」
かすかな声に、体が固まった。
珪子は目を覚まさない。けれど閉じたまぶたの端から小さな涙がひと筋頬を伝っていった。
「……ぱぱ……まま……」
その声を聞いた瞬間目の前にいるのがシリカではなく、幼稚園の頃からずっと一緒にいた珪子なのだと、改めて思い知らされた。
家に帰りたい。お父さんとお母さんに会いたい。さっきまであんなに泣いていたのに。俺はそっと手を伸ばし珪子の頭を撫でた。
夢の中で何を見ているのか俺には分からない。今どんなに怖い思いをしているのかだって分からない。
それでもせめて目を覚ますまでの間くらいは安心して眠っていてほしかった。
俺が誘った。
俺が一緒に遊ぼうと言った。
だから。
―――俺の命に代えてでも。
口には出さなかった。
次話より攻略開始
プログレッシブか無印………どっちがいい?
-
そりゃオマエ無印だろ
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いいやプログレッシブだね
-
いいとこ取りじゃね?
-
シリカ出すなら何処でも