アテンション・プリンセス~空っぽのワタシ、魔法少女になります~   作:樫丹鏡花

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11.コロマンデル-Coromandel-

十二月二十四日、二十一時十一分、官邸三階、総理執務室。窓の外は、依然として雪だった。カーテンは半分だけ引かれ、隙間から見える中庭の灯りが、降り続く粒を照らしている。長机の上に重ねられた報告書の一番上、「特異事案対処に伴う総理大臣等緊急退避に関する上申」――毛利自身の決裁印が、すでに二箇所押されている一枚だった。危機管理センターから四十分前に上がってきた一報――国会周辺の包囲網、北西の一角に不自然な間隙が生じつつあるとの現地観測――を受け、毛利は退避の手順を、寸分の狂いもなく踏んできた。上申から決裁まで七分、決裁から屋上への連絡まで、さらに三分。手順のいずれにも、遅滞はなかった。

 

屋上ヘリポートでは、九分前から政府専用機――機体記号EC-225LPが待機を始めている。エンジン始動から九分、主回転翼はすでに定格回転数に達し、燃料は横田までの復路を含めて三時間十二分ぶんが積まれていた。搭乗員は操縦士二名、機付長一名、いずれも内閣官房付きの正規要員。行き先の第一候補は横田基地、第二候補は市ヶ谷駐屯地――どちらも、書式上は「未定」のまま伏せてある。伏せてあることも、手順のうちだった。無線の呼出符号は、いつもの平時のものではなく、今夜だけの臨時符号に切り替えられていた。切り替えの承認印も、毛利の名で押されている。整合性は、取れていた。毛利はそう思っていた。

 

執務室の壁際、状況表示用のモニターには、危機管理センターから常時転送されている包囲網の図面が映し出されていた。議事堂を囲む三重の輪、北西の一角だけ車間が広く空いている――同じ図面を、毛利は四十分前から何度も見てきた。誰の指示でその一角が空いているのか、報告書のどの欄にも記載はなかった。空いていることそのものは、既に既定の事実として扱われ、毛利の退避計画は、その空隙を避ける形で組まれていた。避ける、という判断を下したのは毛利自身だった。避けるべき理由を、誰かに確認したわけではなかった。

 

執務室のドアが開き、首相が入ってきた。上申書に目を通す素振りも見せず、机の脇に立ったまま、モニターの図面へ一瞥をくれてから、随行の秘書官に短く告げた。

 

「北西の一角、閉鎖を解け。交渉の準備をする」

 

毛利の指が、上申書の紙面から浮いた。「閉鎖を解く、とは」

 

「そのままの意味だ」首相は続けた。「向こうから来る者を通せ。窓口は、私が出る」

 

秘書官が控えめに問い返した。「退避の便はいかがいたしましょう」

 

「使う」首相は言った。「ただし、行き先は私が決める。屋上へ回してある機体は、そのまま待たせておけ」

 

台本にない指示だった。毛利の知る限り、今夜の書式のどこにも、包囲の一角を解くという行が書かれた紙は存在しない。退避のための機体を、退避に使わない、という選択肢も、上申書のどの欄にも用意されていなかった。これまでの三年弱、この種の決定は、必ず事前に毛利の卓上へ回ってきた。時には決裁の一時間前、時には十分前――それでも「必ず」だった。今夜、その回路を、一度も通っていない指示だった。回路を通さなかったことに気づいたのが、指示が発せられた後だったという事実そのものが、毛利にとっては初めての経験だった。「役者が勝手に動くな」毛利は、声に力を込めた。感情の言葉ではなかった――整合性を守るための、事務的な訂正のつもりだった。だが首相は、聞こえなかったかのように秘書官へ向き直り、次の指示を重ねようとした。毛利は、その背に向けて言った。

 

「決めるのは私だ」

 

秘書官が、毛利と首相を交互に見た。答えを、どちらからも受け取れずにいる目だった。誰の判断を優先すべきか、その場の誰にも分からなくなっていた。

 

命令形だった。毛利自身、自分の口から出た音の形に、一拍遅れて気づいた。これまでの毛利は、許認可と補助金スキームの言葉で人を動かしてきた。命じたことは、一度もなかった。命じる必要がなかった――整合性さえ示せば、誰もが自ら動く筋書きを、毛利はずっと書いてきたからだった。その筋書きが今、初めて言うことを聞かなかった。崩れた語彙の隙間から、湿った何かが一瞬だけ滲んだ。それが何であるか、毛利は名づけなかった。名づける時間も、与えられなかった。

 

首相が振り返った。「この国の行末を決めるのは君ではなく、私だ」

 

声には、抑揚があった。マイクを通さない、素の声量だった。「君は自分が物語の主人公だと本気で思っているのか」

 

その声を、毛利は袖から聞いた声と、瞬時に照合した。二十三日夕刻、会見場の袖――四十四枚の原稿を、一字一句、寸分違わずなぞっていった声だった。二十八枚目の振り仮名――「示威」を「じい」と読む、あの一音まで律儀になぞった声。今、目の前にある声は、それとは違う響きを持っていた。台本を読む声には、行間で止まる呼吸がない。だが今夜の声には、止まる場所があった。止まって、それでも続く場所があった。感情語ではなく、呼吸の長さの違いとして、毛利はそれを聞き取った。

 

「連れて行け」首相はそれだけ言い、視線を書類へ戻した。SPが二人、無言で毛利の両脇に立った。一人が、毛利の懐から端末を取り上げた――退避時に随行者へ課される通常の手順だが、今夜は退避のためではなかった。抗議の言葉は、もう受け取られる回路を持たなかった。毛利は両脇を挟まれたまま、執務室のドアへ向かって歩かされた。ドアの外、廊下の照明は、執務室より二段階ほど明度が低かった。足元の絨毯の厚みが変わる境目を、毛利は靴の裏で覚えていた――これまで何百回と、同じ境目を歩いてきた足だった。エレベーターではなく、階段室へ向かう向きに、体を押された。行き先を告げられる回路も、もう残っていなかった。

 

廊下は、執務室より二度ほど涼しかった。歩かされながら、毛利の中で、逆算が始まった。一つ目――二十三日の演説、三十四枚目の「確固たる地位を」が「対等な地位を」に変わった、あの一語。あのとき毛利は、控室の空気の悪さと自分の側の聞き違いとして処理した。二つ目――特定サービス業務適正化法案の審議日程が、当初想定の十二月二十九日委員会通過から、四日前倒しで進んでいた癖。前倒しの理由は、事務方から「与党内調整の都合」とだけ報告を受け、毛利はそれ以上を問わなかった。問う必要がない、と判断したこと自体が、今にして思えば奇妙だった。

 

歩調に合わせて、記憶がもう三つ、続けざまに浮かんだ。「対等な」という語を、毛利は今夜初めて聞いたわけではなかった。日比谷のホテルのティールーム、革張りの椅子が腰を下ろすたびに小さく鳴った席で、一度だけ聞いた覚えがあった。硝子越しに堀端の松が見えていたことは覚えているのに、誰の口から出た語だったかは、そこまで思い出せなかった。議員会館の喫煙室、細く立ち上る紫煙と、換気扇の低い唸り、赤いランプの点いた「使用中」の表示板――あの部屋の記憶にも、同じ手触りの言葉が何か混じっていた気がした。そして、本郷の同じ教室で一年先に卒業していった、先輩の背中の影。講義棟の廊下、後ろ姿だけを覚えていて、声はほとんど記憶にない。整合性という言葉を、毛利に最初に教えたのは、その背中だった。三つの記憶に、共通する固有名詞は一つもなかった。日付も、場所も、装いも、何一つ揃っていない。それでも、輪郭だけが、奇妙に重なった。重なった、というより、重ねてしまった、という自覚が、毛利の中でかすかに疼いた。

 

クーデターによる権力の一本化が完成した瞬間、振付師は要らなくなる――毛利はその一文を、いつか自分で書いた覚えがあった。誰のための一文として書いたか、思い出せなかった。省内の非公式な勉強会の資料に、自分がそう書いた記憶もある。あるいは、もっと若い頃、まだ役職を持たなかった時分に、誰かの受け売りとしてそう口にしただけかもしれない。出所を辿ろうとするたび、記憶は同じ場所――先輩の背中の影――で止まった。今夜、自分が書いた最後の一行だけが、自分の筆致ではなかったことに、毛利は歩きながら気づいた。訂正の欄は、もうどこにも残っていなかった。

 

腕時計を見る動作すら、両脇を挟まれたままでは思うようにいかなかった。それでも視界の端、廊下の壁に据えられた時計が、二十一時二十六分を示しているのが見えた。執務室を出てから、まだ三分と経っていなかった。三分の間に、毛利の中の時間感覚だけが、その何倍もの速さで進んでいた。

 

廊下の窓の外を、光と音が横切った。屋上で回り続けているローターの音が、雪の壁を挟んで一瞬だけ大きくなった。機体の先端で点滅する赤い灯りが、降りしきる雪の粒を、規則正しい間隔で赤く染めていた。待機の音だった。二十分以上前から、途切れずに続いている、その同じ音だった。毛利はその光を目で追おうとしたが、SPの手が、肩を先へ押した。

 

窓辺に、人影があった。官邸スタッフの人波から、半歩だけ外れて立っている影だった。コートの襟を立て、両手をポケットに入れたまま、降り続く雪の向こうを見ている。肩の上に、まだ払われていない雪が、薄く積もっていた。屋内に入ってから、それなりの時間が経っているはずだった。毛利は、その横顔に見覚えがあった。足を止めかけた。だが、両脇のSPが歩調を緩めることはなく、毛利の靴の先は、床を滑るように前へ運ばれていった。人波の向こうへ、人影はすぐに紛れて見えなくなった。振り返る猶予は、与えられなかった。

 

 


 

 

包囲の北西、開いたままの隙間へ、サクラとA1は二人だけで足を踏み入れた。バスを降りる前、アオネから届いた文面は短かった。「北西、車間八メートル。二十一時二十分過ぎ、中継カメラの死角が三十秒生じる」。根拠はもう一つあった。ユカリが持ち出した進行台本の写しに記されていた、包囲の交代時刻を示す一行——二つの数字が重なる窓は、今夜のうちで一度きりしか訪れない。全員では行かない。行けば、その分だけ隙間は目立つ。人数が多いほど、雪に残る足跡も多くなる——それだけの理由で、二人という数字が選ばれた。腕時計の針は、二十一時十八分を示していた。窓は、あと二分足らずで閉じる。残りの五人と一体は、隙間の手前に留まり、包囲の注意を自分たちへ引きつける役目を引き受けた。カノンが先に反対方向へ位置を変え、キヅキが頷き、ユカリが台本の写しを懐にしまい直しながらそれに続く。ミドリだけは動かず、隙間の縁に片膝をついて、地面に手を添えたまま残った——場所を確保しておくことが、彼女の分担だった。オリジナルのJだけが、バスのエンジンを切らずに残った——いつでも動かせる状態のまま、待つことがその役目だった。理由を確かめ合う時間はなかった。行ってきます、とサクラは言わなかった。言う必要が、なかった。

 

歩き出す前、A1は腰のケースを開いた。組み上げていた拡張フレームを、銃身、肩当て、三十連の弾倉の順に外していく。残弾は先ほどの追跡で二十二発まで減っていた——弾倉を外す前に、A1はその数を一度だけ確かめた。レールマウントから切り離すと、拳銃は元の輪郭に戻った。組み替えの間、A1の視線は一度も手元から離れなかった。「壁面での運用には、この形の方が適している」——それだけを言い、外したフレームをケースへ戻して蓋を閉じる。手順に要した時間は十数秒だった。ケースの留め金が鳴る音は、雪に半分ほど吸われて小さくなった。ホルスターに収まった拳銃の重みだけが、腰に残った。

 

隙間の内側は、静かすぎた。雪の上に、足跡が一つもない。踏み固められた轍もなく、停止したままの車列のヘッドライトの反射だけが、真っ白な面の上でわずかに揺れている。少し前まで背中に感じていた、無線と靴音とチェーンの擦れる音の重なりが、この一角だけ、ふっと途切れていた。歩哨のはずの人影も、この幅十メートルほどの通り道には一人もいない。誰かが意図してここだけを空けている——アオネの文面にあった通りだった。気温は氷点下三度前後、風はほとんど吹いていない。歩哨の交代時刻を示す張り紙も、巡回の起点になるような立哨の台も、この一角にだけ見当たらなかった。サクラは息を止め気味に歩幅を合わせ、A1の半歩後ろについた。二人分の足音だけが、雪を踏む乾いた音を立てていた。自分の吐く息の白さが、いつもより濃く見えた。風が吹くたび、屋根のない路上に、細かい雪の粒が横に流れていく。

 

遠くで、爆発音がした。方角は南東、間隔はおよそ十五秒。カノンが、別の方向で道を作っている音だった。地面を通して伝わる低い震動が、靴底から一拍遅れて届く。二度目が鳴ると、正門側にあった照明の束のひとつが、光軸をそちらへ振った。三度目でまた一つ、四度目でもう一つ、五度目が鳴るころには、南東の空の低い位置が、二度ほど赤く膨らんでは消えた——未明にアオネが数えていたはずの八基のうち、半分近くが、音の鳴るたびに持ち場を離れていった。誰も号令をかけていないはずなのに、動きだけが揃っている。爆発の合間、キヅキの声だとすぐに分かる短い響きが、風に乗って一度だけ届いた。言葉までは聞き取れなかった。照明が抜けた分だけ、サクラたちの立つ一角の影が、わずかに深くなった。カノンが今どんな顔をして道を作っているのか、サクラには見えない。見えないままでいることが、今夜の分担だった。

 

官邸の建物が、目の前に立ち上がった。地上から屋上の縁まで、目測でおよそ二十六メートル。窓明かりは、三階までは点いたまま、それより上は消えている。A1は壁面を数秒だけ見上げ、三階の窓枠の張り出しと、その上、五階の外壁に沿う配管の固定金具に視線を止めた。手袋越しに金具の付け根を一度だけ引き、荷重に耐えられるかどうかを確かめる間があった。壁面に薄く張った氷の膜が、指の跡だけを残して曇る。ワイヤーの先端が、迷いのない角度で放たれる。金属音が一度、金具に絡んで止まった。射程十五メートルのうち、使ったのはおよそ十二メートル分——残りをどう配分するかは、まだ決めていない様子だった。「先に上がる」——それだけを言って、A1は左手にワイヤーを巻き取り始めた。

 

サクラは杖の先を壁面へ向けた。透明な板が一枚、地上から一メートルほどの高さに生まれる。足をかけると、次の板が、その先の高さにもう用意されていた。板は足が離れた端から輪郭を失っていき、消えた場所には、もう次の一枚が待っている。生まれてから消えるまでの間隔は、サクラが数えたわけではなかったが、いつも歩幅とちょうど合っていた。板の表面は、踏んだ瞬間だけわずかに沈み、次の足へ体重が移ると同時に元の硬さへ戻る——その感触に、サクラはまだ慣れきっていなかった。二階の窓、三階の窓——暗いままの窓枠が、板の一段ごとに、視界の端をゆっくり流れていく。A1はワイヤーの支点を金具から金具へ移し替えながら、板の生まれる速さに合わせて体を引き上げていく。手袋の先が金具に触れるたび、薄い氷が小さく砕けて落ちた。壁の途中、一度だけ視線が下に落ちた。真下の路上は暗いまま、遠く議事堂の周りだけが白く浮かんでいる——舞台照明の明るさが、高さを増すごとに、輪の形をよりはっきりと見せていた。四階を過ぎたあたりで、風が下とは違う強さで頬を打ち始める。板の縁を踏む足の裏に、地上にいたときにはなかった揺れが、わずかに伝わった。それでも、板が消える速さは変わらなかった。二人分の動きに、合図の言葉は要らなかった。

 

屋上の縁に指がかかったところで、先に上がっていたA1の手が伸びた。摑む間もなく、体が持ち上げられる。縁を越えたところで、下からの風がまとめて吹き上がってきた。ローターの下流だった。雪の粒が渦を巻いて視界を白く塗り、頬に当たる粒の感触が、地上とは違う強さで刺さる。耳の奥が、風の圧でわずかに詰まった。屋上に敷かれたコンクリートの表面は、風で吹き払われて雪が薄く、着地した靴底に硬い感触がそのまま伝わってきた。A1が何か言ったのが分かったが、音までは届かなかった。サクラは口の動きだけを読み取り、頷き返した。姿勢を低く保ったまま、二人は縁づたいに数歩、身を寄せて進んだ。

 

屋上に立つと、政府専用機が回転翼を回したまま待っていた。着陸帯に描かれた白い円と「H」の文字が、機体の陰になって半分だけ雪に隠れている。風向きを示す吹き流しは、ローターの下流で定まらない向きに暴れたまま、ほとんど機能を失っていた。機体の側面には、見慣れない記号だけが白く塗られている。排気の熱が、機体の後方でわずかに景色を歪ませていた。その手前に、コートを着た首相が一人、立っていた。両手はポケットに入れられたまま、コートの肩に雪を乗せている。誰も雪を払っていない。警護の姿は、どこにもなかった。装甲仕様の車両も、随行の秘書官も、無線機を構えた人影も、屋上のどこにも見当たらない。ヘリポートの縁に立つはずの誘導員さえいなかった。あるはずのものが、一つも見当たらない——ローターの音の中で、その静けさだけが浮いていた。

 

一国の長がここまで一人でいることの意味を、サクラは考えようとして、途中でやめた。考えても、答えの形が見えなかった。目の前にあるのは、ただの事実だった——ヘリは待っていて、首相は一人で立っていて、誰もそれを止めに来ない。それだけが、今この屋上で確かなことだった。

 

A1が腰のものを抜いた。両手で構え、狙いは首相ではなく、操縦席の風防の向こうだった。距離、目測で八メートル。搭乗員の輪郭が、その構えを受けて一斉に動きを止める。両手を計器盤の上に置いたまま、それ以上は動かない——訓練された止まり方だった。無線に手を伸ばす者もいなかった。サクラは杖を手元に引き寄せ、首相の側面、退路になりそうな縁の位置を目の端に入れながら、A1の右斜め後ろに立ち位置を取った。指示されたわけではなかったが、体が先にその位置を選んでいた。首相は、その一連の動きに一瞥をくれただけで、表情を変えなかった。雪が、まだ肩の上に積もり続けている。

 

「乗りたまえ」

 

それだけだった。抵抗も、命乞いも、驚きすらもなかった。人質に取られているはずの側が、扉を示すように、わずかに顎を動かした。声は、ローターの音の中でも不思議とよく通った——風にも、回転翼の唸りにも、まるで削られていない声だった。サクラは、その通り方に、一瞬だけ違和感を覚えた。うまく言葉にできない違和感だった。理由を言葉にする前に、A1が先に機体へ向けて歩き出していた。銃口は、機体の扉に達するまで、一度も下がらなかった。雪はまだ、コートの肩の上に降り続けている。踏み出したサクラの足元だけ、屋上のコンクリートに新しい足跡が一つ、刻まれた。開いたままの扉の奥、機内の暗さが、屋上の光をわずかに飲み込んでいた。

 

 

 

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