アテンション・プリンセス~空っぽのワタシ、魔法少女になります~   作:樫丹鏡花

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15.ミ・ラ・ク-Miracle-

 赤い光が、部屋に入ってきた。

 入り口の枠を壊した赤が、床を踏んで中に入ってきた。枠の変形が終わってから入ってきたのではなかった——終わる前に来ていた。壊し終わるのを待たずに、もう来ていた。その速さが、×××××には処理できなかった。

 処理できないまま、来た。

 

 最初に動いたのはアオイだった。

 ×××××より先に動いていた。どこから来るかを知っていたような動き方だった——知っていたのではなかったはずだが、そう見えた。赤い光が部屋に入ってきた動線の上に、アオイが割り込んでいた。割り込む動作に声が伴っていなかった。考えがなかったように見えた。考えなかったのではなかった——考えが終わるより先に体が動いた、という速度だった。

 赤い光の軌道が変わった。

 変わった先が、アオイだった。

 

 音がした。

 音の種類が——×××××には名前がなかった。似ている音を聞いたことがなかった。強い風が閉じた空間の中で鳴る音に少し似ていた。でも風ではなかった。音と同時に光の色が変わった。赤と白が混ざった色になって、それが一瞬だった。一瞬で終わった。

 アオイが後退した。

 後退した、というより——飛んでいた。壁が来た。アオイの背中が壁に当たった。当たった衝撃の音が、音の大きさに対して小さかった。音に対して衝撃が大きすぎた、ということだと×××××は後から気づいた。その時は気づかなかった。その時に×××××がいた場所は、アオイと赤い光の間ではなかったからだった。

 後ろにいた。

 壁の前にいた。

 アオイと赤い光の軌道の外にいた。

 

 なぜそこにいたのかは分からなかった。

 アオイが割り込んだ動作の反動として、×××××は横に押し出されていた。押し出したのがアオイの手か肘か肩かは分からなかった。分からなかったが、×××××は部屋の隅に近い場所にいた。赤い光が部屋を貫いた軌道から、少しだけ外れた場所に。

 少しだけ、だった。

 

 赤い光が向きを変えた。

 ×××××の方を向いた。

 なぜかを×××××は考えなかった——考える時間がなかった、というより、向いた、という事実が先に来た。来た事実が、考えを飛ばした。

 光がもう一度動く前に、アオイが壁から離れた。

 壁から離れた、というのが正確ではなかった。離れた動作に、力を入れていなかった。壁から転がり落ちるような離れ方だった。落ちながら、腕が伸びた。伸びた腕の先に、×××××がいた。

 

 体が傾いた。

 傾いた理由が来るより先に、傾いていた。アオイの腕が×××××を引いていた。引いた方向が、赤い光の来る方向とは違う方向だった——が、完全に外れた方向でもなかった。完全に外れるには、距離が足りなかった。時間が足りなかった。

 衝撃が来た。

 左の、肩と腕の間のあたりに来た。

 来た感触が——最初は何かに押された感触だった。押された。それだけだった。押された方向に体が動いた。動いた体が床に当たった。当たった床が硬かった。硬い床に当たった事実が、衝撃が来た事実より後に来た。

 それだけだった。

 最初は。

 

 熱が来た。

 遅れて来た。

 押された場所に来た。押されたと思っていた場所が、実は押されていなかった、ということが熱の到来で分かった。押されたのではなかった。触れられた。触れた何かが、触れた場所から熱を通した。

 ただし熱は続かなかった。

 続かなかったのは、続く前に別のものが来たからだった。別のものが——何かに似ていた。骨を探す手に似ていた。指が骨の表面を探るような感触が、左の肩の奥から来た。来て、止まらなかった。

 ×××××は声を出さなかった。

 出なかった。

 出そうとした形跡が自分の体の中にあったかどうか、後から確認できなかった。出なかった、ということだけが分かった。

 

 見えた。

 床の上から、斜めの角度で見えた。

 アオイが立っていた。立ち方が——まっすぐではなかった。片足が踏んばっていた。もう片方の足が、まっすぐ踏んばれていなかった。壁に当たった時の影響が、まだ残っていた。残ったまま立っていた。

 赤い光が動いていた。

 動いている方向が、アオイだった。

 

 アオイが動いた。

 能力がなかった。青は使い切られていた。スマートフォンも持っていなかった——いつの間にかなくなっていた、どこかに落ちていた。変身もできない、能力もない、武器もない状態で、アオイが赤い光の方を向いた。

 向いた体が、前に出た。

 前に出る理由を×××××は考えなかった——考えたのかもしれなかったが、来たのは感触だけだった。腹の奥から来た感触が、それを見るな、と言った。言ったのではなかったが、それに相当する何かが来た。目を閉じたかった。閉じなかった。閉じることができなかった。

 赤い光がアオイを押さえた。

 押さえ方が——速かった。速い押さえ方の中に、積まれた時間があった。この赤い光は、この動作を何度もやってきた。やってきた回数が動作の中にあった。アオイが抵抗した。抵抗の仕方が素手だった。素手の抵抗が、成立しなかった。

 床が来た。

 アオイに来た。

 

 ×××××は立とうとした。

 立とうとして、左腕に体重をかけた。

 体重をかけた場所から、左腕が答えなかった。答えない、というのが何を意味するか、一秒考えてから分かった。左腕が動かなかった。動かない理由が来た——左の肩から先が、感触を寄越していなかった。痺れている感触も、熱の感触も、骨を探す感触も、何もなかった。何もない、ということだけがあった。

 右腕だけで上半身を起こそうとした。

 起こせた。途中まで。

 起こした途中で、視界が変わった。

 変わり方が——部屋が傾いた変わり方だった。部屋は傾いていなかった。×××××の視界が傾いた。傾いた原因を把握する前に、床が近づいた。右腕が支えようとした。支えた。支えたが、床との距離が縮まることを完全には止められなかった。

 床に頬が触れた。

 床が冷たかった。

 

 冷たかった。

 その感触が——何かの間違いのように来た。部屋のあちこちに熱がある状態で、床だけが冷たかった。冷たいことが間違いのように感じられた。感じられたが、間違いではなかった。ただ床が冷たかっただけだった。

 窓の光が見えた。

 床の位置から見えた。割れた窓の枠の向こうに、渋谷の光があった。光の量が変わっていなかった。この間に何も変わっていなかった。

 

 声が来た。

「やめろ」

 声が来た方向を探した。

 来た方向が——アオイだった。床に押さえられているアオイの方向だった。押さえられながら、声が出ていた。「やめろ」という言葉が出ていた。声の高さが、今まで聞いてきたアオイの声と違った。高かった。抑えを外した声だった。

 抑えを外したアオイの声は——「やめろ」という二文字で来た後、それ以上来なかった。

 来なかった理由が分かった。

 赤い光が、アオイの声の出所を塞いだからだった。

 

 ×××××には何もできなかった。

 左腕が動かなかった。右腕だけで体を支えていた。支えながら、アオイの方向を見ていた。見ているだけだった。見ているしかなかった、というのが正確ではなかった——他に何があるかを考える前に、他に何もなかった。

 視界の上の方に何かが来た。

 窓の枠の向こうから来た。

 渋谷の光の中から来た。

 来たものが何かを、×××××は判断する前に見ていた。見ていたが、見えていなかった——見えているものの意味が来なかった。来なかったのは、右腕が限界を言い始めたからだった。

 床が近づいた。

 また近づいた。

 

 音がした。

 今度の音の種類は——一度聞いたことがあった。電気が空気を縮める音だった。どこで聞いたかは出てこなかった。出てこないうちに、音が二度来た。二度目の後に、赤い光が変わった。

 変わり方が——音と一緒に来た。

 音が来て、光が崩れた。崩れる前に光があった場所に、何もなくなった。何もなくなる前の一秒未満の間に、赤い光が何に当たったかは見えなかった。何かに当たった音はなかった——光が崩れて、そこになくなった。

 

 白かった。

 白いものが窓の枠から、部屋の中に降りてきた。降りてきた、というのが正確だった。上から降りてきた。降りてくるものの大きさが——人と同じ大きさだった。

 人だった。

 降りた足が床を踏んだ。踏んだ音が静かだった。静かすぎた。あの高さから降りて、あの音しか出なかった。出なかった理由が分からなかった——出なかった、という事実だけがあった。

 白い人が、部屋の中を見た。

 見た順番が——赤い光が消えた場所、アオイ、×××××、の順番だった。

 

 ×××××は床に倒れていた。

 右腕が動いていなかった。右腕が止まった時間を覚えていなかった。気がつくと倒れていた、という順番だった。

 白い人が×××××の方向に来た。

 来る足音が——少なかった。足音の数が、距離に対して少なかった。距離を詰めるのに必要な歩数が、少なかった。

 来て、止まった。

 白い人が×××××を見ていた。

 見ている視線が来た。視線の温度が、なかった。温度がないことが、冷たいこととは違った。何もない、という種類の温度がなかった。

 

 アオイの声が来た。

「この子を」

 その二文字が来た。

 来た後に続きが来なかった。続きが来なかったのは、続きが言えなかったのか、続きを言わなかったのか、×××××には分からなかった。「この子を」という言葉の後ろに、何があったのかも分からなかった。分からなかったが——その言葉が来た、ということだけがあった。

 白い人がもう一度×××××を見た。

 

 見られた、ということが分かった。

 分かった理由がなかった。白い人の目が×××××を向いていた、ということを視覚で確認したわけではなかった——視覚がまともに機能していなかった。でも見られた、ということが来た。

 白い人が膝をついた。

 床に膝をつく音が来た。来た音の大きさが——通常の膝のつき方の音とは違った。正確だった。正確に制御された角度で膝を折った、という音だった。

 顔が近づいてきた。

 白い少女の顔だった。

 

 15歳に見えた。

 見えた、というのが正確ではなかった——今の×××××の視界でそれを判断できるかどうかが怪しかった。でも、そう見えた。15歳前後の少女の顔が、×××××の顔に近づいてきた。顔の表情が——なかった。ない、というのが「無表情」とも違った。無表情は表情を持っているが出さない状態だった。この顔は——表情を必要としていない顔だった。

 声が来た。

「名前は」

 声の高さが平らだった。

 問いかけの形をしていたが、問いかけの重さがなかった。情報を求めている声だった。情報として名前を求めている声だった。

 

 ×××××は口を動かそうとした。

 動いたかどうかが分からなかった。動かそうとした、ということだけが分かった。

「……×××××」

 来たかどうかが分からない声で、来た。

 白い少女が、もう少し顔を近づけた。

「年齢は」

「……13」

 声が来た。

「生きている」

 確認の声だった。確認の結果だった。これは質問ではなかった。

 

 渋谷の光が窓の枠から差していた。

 差した光が天井に届いていた。×××××の視界の端に、天井が見えた。天井と渋谷の光しか見えなかった——他は暗かった。暗いのか視界が狭くなっているのか、区別がつかなかった。

 白い少女の顔が、視界の中に入ってきた。

 入ってきた顔が、何かを言う前に×××××を見ていた。見ていた時間が——数えられなかった。数えようとしたが、途中で数え方が分からなくなった。

 

 熱が来た。

 左の肩の奥から、また来た。今度は先ほどとは違う来方をした。先ほどは手が骨を探す感触だったが、今は違った。今は——骨の場所が分かった状態で、そこに来ていた。

 来た熱が、×××××の呼吸を変えた。

 変えた、というのが、×××××の意志ではなかった。呼吸の形が変わった。短くなった。

 白い少女がそれを見た。

「重傷」

 確認の声が来た。情報として処理された声が来た。

 

 アオイが動く音がした。

 床から立ち上がる音がした。立ち上がった音の大きさから、すぐに立てていないことが分かった。立てていないが立とうとしている音だった。

「この子を」

 また来た。今度は続きが来た。

「——頼む」

 その四文字が来た後、また静かになった。

 

 静かになった部屋の中で、白い少女が動いた。

 動き方が——来た時と同じ速さで、静かだった。×××××の体に触れた。触れた手が、左の肩の近くに来た。来た手が、何かを調べていた。調べ方が機械のような精度だった。精度の意味が分かった——この調べ方をする手は、この調べ方を何度もしてきた。してきた回数が手の動きにあった。

 調べた手が止まった。

 止まった後に声が来た。

「このままなら長くない」

 言葉の方向が、アオイに向かっていた。

 

 アオイが何か言った。

 何を言ったかが×××××には来なかった。音の形は来たが、言葉の意味が来なかった。来なかったのが、×××××の聴力の問題か、言葉が短かったのか、分からなかった。

 ×××××は口を動かした。

「死ぬってこと」

 声が来た。来た声の形が、問いかけの形をしていた。でも問いかけているのか確認しているのかが、×××××自身には分からなかった。

 白い少女が、少しだけ間を置いた。

「そうなる可能性が高い」

 声が来た。間を置いた後の声だった。間の長さが——一拍か、それ以下だった。短かったが、確かにあった。

 沈黙が来た。

「……そっか」

 ×××××が言った。

 言った声の大きさが、自分では分からなかった。

 

 沈黙の中に×××××がいた。

 天井を見ていた。天井と渋谷の光を見ていた。見ながら、左の肩の奥に来ているものを感じていた。感じた、というのが正確かどうかが分からなかった。感じていたのかもしれなかった。感じていなかったのかもしれなかった。

 分からなかった。

 分からない、ということだけがあった。

 

 白い少女の顔が、また視界に入ってきた。

 入ってきた顔が、×××××を見た。

 見た目が——先ほどと変わっていなかった。温度のない、必要としない顔のままだった。変わっていなかったが、今度は何かを言う前に止まった。止まった時間が、少しだけあった。

 声が来た。

「一つやってみないか」

 問いかけの形だった。しかし——先ほどまでの声とは、少しだけ違った。情報を処理する声ではなかった。何かを計っている声だった。

 

 ×××××は口を動かした。

 動いたことが分かった。今度は分かった。

 白い少女が待った。

 待ち方が——急いでいなかった。急いでいなかったが、待てる時間の長さを知っていた、という待ち方だった。

「何」

 来た。

 自分の声が来た。音として来た。声の質が、いつもと違った。いつも通りかもしれなかった——比較できる状態に×××××がなかった。

 

「私と、生命を共有する」

 白い少女が言った。

「君と融合すれば、君は死ぬことなく、別の何かとして続く」

 言い方が平らだった。しかし「このままなら長くない」と言った時とも、「重傷」と言った時とも、また違う平らさだった。情報ではなかった。提案だった——提案の形をした、何か別のものだった。

 沈黙が来た。

 ×××××は天井を見た。

 見た天井に渋谷の光が差していた。渋谷はそこにあった。光はそこから来ていた。

 

 アオイが見ていた。

 ×××××のことを。床から半身を起こした状態で、×××××を見ていた。見た目に、何かがあった——何かが、というのが言語化できなかった。あった、ということだけが来た。

 ×××××はアオイを見た。

 目が合った。

 合った時間が——短かった。短かったが、あった。

 

「別の何かって」

 ×××××が言った。

 白い少女が少し間を置いた。

 置いた間が、短かった。

「君も見ただろう」

 声が来た。

「魔法少女を」

 来た言葉が、天井の方向に広がった。広がり方が——平らだった。問うていなかった。確認していた。確認の後に、続きが来た。

「Kは無闇に適格者を増やすなと言ったけど、このまま見捨てるのも目覚めが悪い」

 来た声に——初めて、何かが混ざっていた。

 混ざっていたものの名前を、×××××は知らなかった。知らなかったが、それが来たことは分かった。平らな声の中に、平らではない何かが、一度だけ来た。

 

 天井が見えた。

 渋谷の光が差していた。

 左の肩の奥が来ていた。来ていた何かが、来続けていた。

 ×××××は息をした。

 できた。

 できた、ということだけが来た。できている間に、考えが来た。考えの形が、選ぶ、という形だった。

 選べる、ということが——何かだった。

 何かが、という言葉の先が来なかった。来なかったが、来ていた。来ていた何かの中に、×××××はいた。

 

「続く方」

 ×××××が言った。

 声の大きさが、自分では分からなかった。来たかどうかも、分からなかった。

 白い少女が動いた。

 動いた速さが、来た時と同じ速さだった。

 

 天井が遠くなった。

 遠くなった、というのが正確ではなかった——天井は動いていなかった。×××××の意識が、天井と×××××の間の距離を変えていた。変えながら、薄くなっていた。

 渋谷の光は、まだそこにあった。

 アオイがいた。

 どこかで、アオイがいた。

 白い少女がいた。

 どこかで、何かが来ていた。

 

 ×××××が、ここになくなった。

 なくなった場所に、何かが始まった。始まりの形が——×××××には分からなかった。分からないまま、なくなった。

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