アテンション・プリンセス~空っぽのワタシ、魔法少女になります~ 作:樫丹鏡花
赤い光が、部屋に入ってきた。
入り口の枠を壊した赤が、床を踏んで中に入ってきた。枠の変形が終わってから入ってきたのではなかった——終わる前に来ていた。壊し終わるのを待たずに、もう来ていた。その速さが、×××××には処理できなかった。
処理できないまま、来た。
最初に動いたのはアオイだった。
×××××より先に動いていた。どこから来るかを知っていたような動き方だった——知っていたのではなかったはずだが、そう見えた。赤い光が部屋に入ってきた動線の上に、アオイが割り込んでいた。割り込む動作に声が伴っていなかった。考えがなかったように見えた。考えなかったのではなかった——考えが終わるより先に体が動いた、という速度だった。
赤い光の軌道が変わった。
変わった先が、アオイだった。
音がした。
音の種類が——×××××には名前がなかった。似ている音を聞いたことがなかった。強い風が閉じた空間の中で鳴る音に少し似ていた。でも風ではなかった。音と同時に光の色が変わった。赤と白が混ざった色になって、それが一瞬だった。一瞬で終わった。
アオイが後退した。
後退した、というより——飛んでいた。壁が来た。アオイの背中が壁に当たった。当たった衝撃の音が、音の大きさに対して小さかった。音に対して衝撃が大きすぎた、ということだと×××××は後から気づいた。その時は気づかなかった。その時に×××××がいた場所は、アオイと赤い光の間ではなかったからだった。
後ろにいた。
壁の前にいた。
アオイと赤い光の軌道の外にいた。
なぜそこにいたのかは分からなかった。
アオイが割り込んだ動作の反動として、×××××は横に押し出されていた。押し出したのがアオイの手か肘か肩かは分からなかった。分からなかったが、×××××は部屋の隅に近い場所にいた。赤い光が部屋を貫いた軌道から、少しだけ外れた場所に。
少しだけ、だった。
赤い光が向きを変えた。
×××××の方を向いた。
なぜかを×××××は考えなかった——考える時間がなかった、というより、向いた、という事実が先に来た。来た事実が、考えを飛ばした。
光がもう一度動く前に、アオイが壁から離れた。
壁から離れた、というのが正確ではなかった。離れた動作に、力を入れていなかった。壁から転がり落ちるような離れ方だった。落ちながら、腕が伸びた。伸びた腕の先に、×××××がいた。
体が傾いた。
傾いた理由が来るより先に、傾いていた。アオイの腕が×××××を引いていた。引いた方向が、赤い光の来る方向とは違う方向だった——が、完全に外れた方向でもなかった。完全に外れるには、距離が足りなかった。時間が足りなかった。
衝撃が来た。
左の、肩と腕の間のあたりに来た。
来た感触が——最初は何かに押された感触だった。押された。それだけだった。押された方向に体が動いた。動いた体が床に当たった。当たった床が硬かった。硬い床に当たった事実が、衝撃が来た事実より後に来た。
それだけだった。
最初は。
熱が来た。
遅れて来た。
押された場所に来た。押されたと思っていた場所が、実は押されていなかった、ということが熱の到来で分かった。押されたのではなかった。触れられた。触れた何かが、触れた場所から熱を通した。
ただし熱は続かなかった。
続かなかったのは、続く前に別のものが来たからだった。別のものが——何かに似ていた。骨を探す手に似ていた。指が骨の表面を探るような感触が、左の肩の奥から来た。来て、止まらなかった。
×××××は声を出さなかった。
出なかった。
出そうとした形跡が自分の体の中にあったかどうか、後から確認できなかった。出なかった、ということだけが分かった。
見えた。
床の上から、斜めの角度で見えた。
アオイが立っていた。立ち方が——まっすぐではなかった。片足が踏んばっていた。もう片方の足が、まっすぐ踏んばれていなかった。壁に当たった時の影響が、まだ残っていた。残ったまま立っていた。
赤い光が動いていた。
動いている方向が、アオイだった。
アオイが動いた。
能力がなかった。青は使い切られていた。スマートフォンも持っていなかった——いつの間にかなくなっていた、どこかに落ちていた。変身もできない、能力もない、武器もない状態で、アオイが赤い光の方を向いた。
向いた体が、前に出た。
前に出る理由を×××××は考えなかった——考えたのかもしれなかったが、来たのは感触だけだった。腹の奥から来た感触が、それを見るな、と言った。言ったのではなかったが、それに相当する何かが来た。目を閉じたかった。閉じなかった。閉じることができなかった。
赤い光がアオイを押さえた。
押さえ方が——速かった。速い押さえ方の中に、積まれた時間があった。この赤い光は、この動作を何度もやってきた。やってきた回数が動作の中にあった。アオイが抵抗した。抵抗の仕方が素手だった。素手の抵抗が、成立しなかった。
床が来た。
アオイに来た。
×××××は立とうとした。
立とうとして、左腕に体重をかけた。
体重をかけた場所から、左腕が答えなかった。答えない、というのが何を意味するか、一秒考えてから分かった。左腕が動かなかった。動かない理由が来た——左の肩から先が、感触を寄越していなかった。痺れている感触も、熱の感触も、骨を探す感触も、何もなかった。何もない、ということだけがあった。
右腕だけで上半身を起こそうとした。
起こせた。途中まで。
起こした途中で、視界が変わった。
変わり方が——部屋が傾いた変わり方だった。部屋は傾いていなかった。×××××の視界が傾いた。傾いた原因を把握する前に、床が近づいた。右腕が支えようとした。支えた。支えたが、床との距離が縮まることを完全には止められなかった。
床に頬が触れた。
床が冷たかった。
冷たかった。
その感触が——何かの間違いのように来た。部屋のあちこちに熱がある状態で、床だけが冷たかった。冷たいことが間違いのように感じられた。感じられたが、間違いではなかった。ただ床が冷たかっただけだった。
窓の光が見えた。
床の位置から見えた。割れた窓の枠の向こうに、渋谷の光があった。光の量が変わっていなかった。この間に何も変わっていなかった。
声が来た。
「やめろ」
声が来た方向を探した。
来た方向が——アオイだった。床に押さえられているアオイの方向だった。押さえられながら、声が出ていた。「やめろ」という言葉が出ていた。声の高さが、今まで聞いてきたアオイの声と違った。高かった。抑えを外した声だった。
抑えを外したアオイの声は——「やめろ」という二文字で来た後、それ以上来なかった。
来なかった理由が分かった。
赤い光が、アオイの声の出所を塞いだからだった。
×××××には何もできなかった。
左腕が動かなかった。右腕だけで体を支えていた。支えながら、アオイの方向を見ていた。見ているだけだった。見ているしかなかった、というのが正確ではなかった——他に何があるかを考える前に、他に何もなかった。
視界の上の方に何かが来た。
窓の枠の向こうから来た。
渋谷の光の中から来た。
来たものが何かを、×××××は判断する前に見ていた。見ていたが、見えていなかった——見えているものの意味が来なかった。来なかったのは、右腕が限界を言い始めたからだった。
床が近づいた。
また近づいた。
音がした。
今度の音の種類は——一度聞いたことがあった。電気が空気を縮める音だった。どこで聞いたかは出てこなかった。出てこないうちに、音が二度来た。二度目の後に、赤い光が変わった。
変わり方が——音と一緒に来た。
音が来て、光が崩れた。崩れる前に光があった場所に、何もなくなった。何もなくなる前の一秒未満の間に、赤い光が何に当たったかは見えなかった。何かに当たった音はなかった——光が崩れて、そこになくなった。
白かった。
白いものが窓の枠から、部屋の中に降りてきた。降りてきた、というのが正確だった。上から降りてきた。降りてくるものの大きさが——人と同じ大きさだった。
人だった。
降りた足が床を踏んだ。踏んだ音が静かだった。静かすぎた。あの高さから降りて、あの音しか出なかった。出なかった理由が分からなかった——出なかった、という事実だけがあった。
白い人が、部屋の中を見た。
見た順番が——赤い光が消えた場所、アオイ、×××××、の順番だった。
×××××は床に倒れていた。
右腕が動いていなかった。右腕が止まった時間を覚えていなかった。気がつくと倒れていた、という順番だった。
白い人が×××××の方向に来た。
来る足音が——少なかった。足音の数が、距離に対して少なかった。距離を詰めるのに必要な歩数が、少なかった。
来て、止まった。
白い人が×××××を見ていた。
見ている視線が来た。視線の温度が、なかった。温度がないことが、冷たいこととは違った。何もない、という種類の温度がなかった。
アオイの声が来た。
「この子を」
その二文字が来た。
来た後に続きが来なかった。続きが来なかったのは、続きが言えなかったのか、続きを言わなかったのか、×××××には分からなかった。「この子を」という言葉の後ろに、何があったのかも分からなかった。分からなかったが——その言葉が来た、ということだけがあった。
白い人がもう一度×××××を見た。
見られた、ということが分かった。
分かった理由がなかった。白い人の目が×××××を向いていた、ということを視覚で確認したわけではなかった——視覚がまともに機能していなかった。でも見られた、ということが来た。
白い人が膝をついた。
床に膝をつく音が来た。来た音の大きさが——通常の膝のつき方の音とは違った。正確だった。正確に制御された角度で膝を折った、という音だった。
顔が近づいてきた。
白い少女の顔だった。
15歳に見えた。
見えた、というのが正確ではなかった——今の×××××の視界でそれを判断できるかどうかが怪しかった。でも、そう見えた。15歳前後の少女の顔が、×××××の顔に近づいてきた。顔の表情が——なかった。ない、というのが「無表情」とも違った。無表情は表情を持っているが出さない状態だった。この顔は——表情を必要としていない顔だった。
声が来た。
「名前は」
声の高さが平らだった。
問いかけの形をしていたが、問いかけの重さがなかった。情報を求めている声だった。情報として名前を求めている声だった。
×××××は口を動かそうとした。
動いたかどうかが分からなかった。動かそうとした、ということだけが分かった。
「……×××××」
来たかどうかが分からない声で、来た。
白い少女が、もう少し顔を近づけた。
「年齢は」
「……13」
声が来た。
「生きている」
確認の声だった。確認の結果だった。これは質問ではなかった。
渋谷の光が窓の枠から差していた。
差した光が天井に届いていた。×××××の視界の端に、天井が見えた。天井と渋谷の光しか見えなかった——他は暗かった。暗いのか視界が狭くなっているのか、区別がつかなかった。
白い少女の顔が、視界の中に入ってきた。
入ってきた顔が、何かを言う前に×××××を見ていた。見ていた時間が——数えられなかった。数えようとしたが、途中で数え方が分からなくなった。
熱が来た。
左の肩の奥から、また来た。今度は先ほどとは違う来方をした。先ほどは手が骨を探す感触だったが、今は違った。今は——骨の場所が分かった状態で、そこに来ていた。
来た熱が、×××××の呼吸を変えた。
変えた、というのが、×××××の意志ではなかった。呼吸の形が変わった。短くなった。
白い少女がそれを見た。
「重傷」
確認の声が来た。情報として処理された声が来た。
アオイが動く音がした。
床から立ち上がる音がした。立ち上がった音の大きさから、すぐに立てていないことが分かった。立てていないが立とうとしている音だった。
「この子を」
また来た。今度は続きが来た。
「——頼む」
その四文字が来た後、また静かになった。
静かになった部屋の中で、白い少女が動いた。
動き方が——来た時と同じ速さで、静かだった。×××××の体に触れた。触れた手が、左の肩の近くに来た。来た手が、何かを調べていた。調べ方が機械のような精度だった。精度の意味が分かった——この調べ方をする手は、この調べ方を何度もしてきた。してきた回数が手の動きにあった。
調べた手が止まった。
止まった後に声が来た。
「このままなら長くない」
言葉の方向が、アオイに向かっていた。
アオイが何か言った。
何を言ったかが×××××には来なかった。音の形は来たが、言葉の意味が来なかった。来なかったのが、×××××の聴力の問題か、言葉が短かったのか、分からなかった。
×××××は口を動かした。
「死ぬってこと」
声が来た。来た声の形が、問いかけの形をしていた。でも問いかけているのか確認しているのかが、×××××自身には分からなかった。
白い少女が、少しだけ間を置いた。
「そうなる可能性が高い」
声が来た。間を置いた後の声だった。間の長さが——一拍か、それ以下だった。短かったが、確かにあった。
沈黙が来た。
「……そっか」
×××××が言った。
言った声の大きさが、自分では分からなかった。
沈黙の中に×××××がいた。
天井を見ていた。天井と渋谷の光を見ていた。見ながら、左の肩の奥に来ているものを感じていた。感じた、というのが正確かどうかが分からなかった。感じていたのかもしれなかった。感じていなかったのかもしれなかった。
分からなかった。
分からない、ということだけがあった。
白い少女の顔が、また視界に入ってきた。
入ってきた顔が、×××××を見た。
見た目が——先ほどと変わっていなかった。温度のない、必要としない顔のままだった。変わっていなかったが、今度は何かを言う前に止まった。止まった時間が、少しだけあった。
声が来た。
「一つやってみないか」
問いかけの形だった。しかし——先ほどまでの声とは、少しだけ違った。情報を処理する声ではなかった。何かを計っている声だった。
×××××は口を動かした。
動いたことが分かった。今度は分かった。
白い少女が待った。
待ち方が——急いでいなかった。急いでいなかったが、待てる時間の長さを知っていた、という待ち方だった。
「何」
来た。
自分の声が来た。音として来た。声の質が、いつもと違った。いつも通りかもしれなかった——比較できる状態に×××××がなかった。
「私と、生命を共有する」
白い少女が言った。
「君と融合すれば、君は死ぬことなく、別の何かとして続く」
言い方が平らだった。しかし「このままなら長くない」と言った時とも、「重傷」と言った時とも、また違う平らさだった。情報ではなかった。提案だった——提案の形をした、何か別のものだった。
沈黙が来た。
×××××は天井を見た。
見た天井に渋谷の光が差していた。渋谷はそこにあった。光はそこから来ていた。
アオイが見ていた。
×××××のことを。床から半身を起こした状態で、×××××を見ていた。見た目に、何かがあった——何かが、というのが言語化できなかった。あった、ということだけが来た。
×××××はアオイを見た。
目が合った。
合った時間が——短かった。短かったが、あった。
「別の何かって」
×××××が言った。
白い少女が少し間を置いた。
置いた間が、短かった。
「君も見ただろう」
声が来た。
「魔法少女を」
来た言葉が、天井の方向に広がった。広がり方が——平らだった。問うていなかった。確認していた。確認の後に、続きが来た。
「Kは無闇に適格者を増やすなと言ったけど、このまま見捨てるのも目覚めが悪い」
来た声に——初めて、何かが混ざっていた。
混ざっていたものの名前を、×××××は知らなかった。知らなかったが、それが来たことは分かった。平らな声の中に、平らではない何かが、一度だけ来た。
天井が見えた。
渋谷の光が差していた。
左の肩の奥が来ていた。来ていた何かが、来続けていた。
×××××は息をした。
できた。
できた、ということだけが来た。できている間に、考えが来た。考えの形が、選ぶ、という形だった。
選べる、ということが——何かだった。
何かが、という言葉の先が来なかった。来なかったが、来ていた。来ていた何かの中に、×××××はいた。
「続く方」
×××××が言った。
声の大きさが、自分では分からなかった。来たかどうかも、分からなかった。
白い少女が動いた。
動いた速さが、来た時と同じ速さだった。
天井が遠くなった。
遠くなった、というのが正確ではなかった——天井は動いていなかった。×××××の意識が、天井と×××××の間の距離を変えていた。変えながら、薄くなっていた。
渋谷の光は、まだそこにあった。
アオイがいた。
どこかで、アオイがいた。
白い少女がいた。
どこかで、何かが来ていた。
×××××が、ここになくなった。
なくなった場所に、何かが始まった。始まりの形が——×××××には分からなかった。分からないまま、なくなった。