アテンション・プリンセス~空っぽのワタシ、魔法少女になります~ 作:樫丹鏡花
1.ヴェール・ボエム-Vert Bohème-
トースターが鳴った。
台所に来た時点で、すでにA1がいた。カウンターの前に立って、何かを確認するように外を見ている。見ているというより、向いている——窓の外に視線をやっているが、おそらく何も見ていない。あの目をしている時、A1は処理をしている。何の処理をしているのかは分からない。
「おはようございます」
「うん」
短い。A1の朝の返答はだいたい一語だ。慣れた。
トースターのトレーを引き出す。食パンが二枚。ワタシの分と、A1の分。A1が食べるかどうかは日によって違うが、今日は引き出しから皿を二枚取り出した。
コーヒーは、すでにできていた。
正式名称は、警視庁南平台分室という。
南平台——渋谷区の、坂の多い住宅地のひとつ。旧内務大臣の公邸として建てられた建物で、戦後しばらくは警視庁の幹部用官舎として使われていた。今は「使用されていない」ことになっている。古いレンガ造りの二階建ての洋館で、庭に大きな木と茶室がある。塀の外から見ると空き家か廃屋に見える、とQが一度言っていた。K機関が警視庁から「借用している」のだという。
ワタシがここに来て、何ヶ月になるか。
あり得ないレベルのお屋敷で朝ごはんを食べている、という事実は——今もちょっとピンとこない。
「何か言おうとしている」
振り向いたらA1がワタシを見ていた。処理が終わって、こちらに向いた目。
「……声に出てましたか」
「出てない。顔に出てた」
そういう感じで。A1は、こういうことが分かる。命の共有というのが具体的に何を指すのかはまだよく分かっていないが、少なくともワタシが何かを言いかけた時に気づく、という機能はあるらしい。気づいて、指摘する。
「何でもないです」
「そうか」
ワタシはトーストに手を伸ばした。外が白くなってきている。春の朝の光は、まだ薄い。
一階の台所は広い。広すぎる。旧内務大臣公邸というのは、想定している人数がワタシたちとは違う。四人くらいで座れる小さなテーブルにA1と向かい合って、コーヒーを飲んでいると、この部屋の残りの空間がどこか余っている感じがする。
他に誰かいたことがあるのかどうか、この邸宅に。
Qは時々来る。Jも来ることがある。Kは——来ない気がする。来たとしても気づかない可能性があるが。
「今日は」とA1が言った。「午後から出る予定はない」
「そうですか」
「午前のうちに、行く」
フリースクールのことだ。それもそういう言い方をする。「行く」だけ。
ワタシが「毎日そうですよね」と言ったら、「毎日そうだ」と返ってくるのは知っているので、今日は言わなかった。
窓から、庭の欅が見える。
大きい。二階の屋根よりも上に枝が伸びている。朝の光が横から差して、葉の一枚一枚の形が見える。春先なので、まだ葉は薄い。
このお屋敷に住んでいた人たちは、朝ごはんの時に何を見ていたんだろう。
たぶん、同じ木。
木だけが残る。内務大臣も幹部用官舎の誰かも、今はいない。ワタシたちがここにいるのも、たぶん制度上の都合で、いつまでかは分からない。
そういうことを考えていたら、A1がコーヒーカップを置いた。
「何の話をしてるんだ?」
「……してません」
「なんで否定した」
「してません」
A1は少し止まってから「そうか」と言った。これは処理の「そうか」ではなく、会話を閉じる「そうか」だ。違いが分かるようになってきた。
コーヒーが、冷めてきている。
ワタシは飲んだ。
春の光が欅の葉を薄く透かして、台所の床に細い影を作っていた。
八時半に出た。
南平台から渋谷の方向へ。A1が少し先を歩く。ワタシがついていく。毎朝だいたいそういう隊形になる。
塀の外から見ると空き家か廃屋に見える、とQが言っていた建物を振り返ったことはない。振り返らなくても分かる——振り返ると、確かにそう見えると思う。レンガ造りの古い洋館が、坂の途中にあって、塀だけ新しい。不釣り合いな塀。あの塀はK機関が作ったのか、もともとあったのか、聞いたことがない。
「今日は出動の連絡が来たら」とA1が言った。前を向いたまま。
「優先する、ですよね」
「そうだ」
「毎日そうですよね」
「毎日そうだ」
分かっていた。分かっていたけど言った。A1は嘘をつかない——少なくとも、こういうことには。
出動がない日は、フリースクールのような中等学校に通っている。
ワタシが今それをしているのは、K機関の判断で、こうなったからだ。元の自分はK機関の処理で死亡したことになっている——どこかの書類の上では。学籍も一から作り直した。タチバナ・サクラとして。Qがその書類を全部処理した。
「感謝を伝えたら何て言ってましたか」とA1に聞いたことがある。聞いたのに聞かなければよかったと思った。A1が「手続きです、と言っていた」と答えたから。Qが「手続きです」と言っていたのは想像がつく。想像がついたのに聞いてしまった。
それはそれとして、Qがいなければタチバナ・サクラは学校に通えていない。
渋谷の坂道に入った。住宅地の坂は、東京だと思えないくらい静かなことがある。特に午前中は。人が少ない。車もあまり通らない。A1の足音と、ワタシの足音だけが交互に来る。
A1も表向きはそこの生徒扱いらしい。
「らしい」というのは、A1がそう説明したからで、ワタシが書類を見たわけではない。Qが処理したのか、それとも別の誰かが処理したのか、それも聞いたことがない。
ただ——A1が本当に未成年かどうか、ワタシはよく分からない。
聞いたことがある気がする。「A1は何歳ですか」と。でも答えが来た記憶がない。来なかったのか、来たけど聞き流してしまったのか。命の共有というのが何を共有しているのかは分かっているが、年齢を共有しているかどうかは別の話だ。
外見は——十五か十六くらいに見える。でもそれは外見の話で——
「何か口に出そうとしてるな」とA1が言った。振り向かずに言った。
「……してません」
「してる」
「してません」
「なんで二回言った」
「……念のためです」
A1が少し止まった。歩幅を変えずに、でも少し止まった——あれは「止まった」という処理なのか、ただ段差があったからなのか、坂道を見ていたのでよく分からなかった。
「何を言おうとしてた」
「A1が何歳か、思い出そうとしてました」
「……」
「答えを聞いた記憶がないので」
「聞いた」
「え」
「答えた。覚えてないだけだ」
それは、A1が答えを言ったということで——でも今また答えなかった。
坂を下る。渋谷の方向へ。木の葉が、まだ薄い。
フリースクールは渋谷区内のビルの三階にある。通称「ルーム3」という。
不登校の子どもとか、学籍上の問題を抱えた子どもとか——来ている理由はそれぞれで、ワタシには分からない。分からないのは正しい。ここの方針として、来ている理由を聞かない、ということになっている。
ワタシもA1も、来ている理由を聞かれたことがない。
最初に来た時に、担当の成瀬という人が「今日も来てるね」と言った。初めて来た日に「今日も来てるね」と言われたので、少し考えた——「今日も」というのはどういう意味かと。でも多分そういう挨拶なんだと思う。答えを期待していない挨拶。答えなくていい「来てるね」。
それ以来、成瀬が廊下で「今日も来てるね」と言うたびに、ワタシは「はい」か「おはようございます」か、どちらかを返している。答えとして成立しているかどうか、よく分からない。でも成瀬は気にしていないようなので、多分どちらでもいい。
ビルの入口に着いた。
A1が先にドアを開けた。開けて、ワタシが入る。それからA1が入る。
エレベーターに二人で乗った。三階のボタンを押す——A1が押した。ワタシの方が近かった気もするが、A1が先に押した。エレベーターが動き始める。
「A1」
「うん」
「学校に来るたびに、なんか変な感じがします」
「どういう変な感じ」
「元の自分は学校をやめたことになっているのに、また来てる。ここは元の学校ではないんですけど。でもなんか、似てる感触が——」
「どこが似てる」
言いかけて止まった。どこが、と言われると。
「……廊下の光の感じ、とか」
A1が少し考えた。考えたと思う——あの間の種類が「考えている間」なのか「答えがない間」なのかは、まだ完全には分からない。
「そうか」と言った。
エレベーターが三階に着いた。ドアが開いた。
廊下の光の感じは——確かに、ちょっと似ていた。どこか古いビルの蛍光灯の、白くて均一な光。元の学校の廊下と同じ種類の光。来るたびに少しだけ、それを思う。
思うだけで、それ以上は何もない。
教室は窓際の席が少なかった。
五つか六つ。ワタシとA1が入って、残りは三つか四つになった。それでも充分に余っている。来ている子どもたちの数が、そもそも少ない。十人に届かないくらい。それぞれがそれぞれのことをしていた——手を動かしている子、ただ座っている子、窓の外を見ている子。誰かが誰かに話しかけていない。その静かさが、「仲が悪い」という静かさじゃないのは入ってすぐ分かった。選んで静かにしている、という感じがある。
ワタシは窓際の席についた。
ノートを開く。何を書くか決めていない。ただ開いた。
成瀬が来たのは、席についてから少し後だった。
廊下から教室に入ってきて、ワタシの横を通り過ぎる時に「今日も来てるね」とだけ言った。立ち止まらずに言った。ワタシは「はい」と返した。成瀬はそれを聞いたかどうか分からないまま、教室の前の方に向かった。
何かを始めようとする気配がない。何かをしてほしい気配もない。ただいる——成瀬がそこにいることで、この教室が場所として機能している、という感じ。機能、というのが正しいかどうかも分からないが、うまく言えないのでそういう言葉を使う。
「今日も来てるね」というのは初めて来た日から言われる言葉で、初日に「今日も」と言われた時は少し引っかかった。でも今は引っかからない。成瀬の「今日も来てるね」は、来ているかどうかを確認しているだけで、来た理由も来た結果も何も聞いていない。答えなくてもいい言葉として言われている——それが分かってから、ワタシは「はい」か「おはようございます」か、どちらかだけ返すようにした。
どちらを返しても、成瀬の顔は変わらない。
隣でA1が座っていた。
ノートを開いていた。でもペンを持っていなかった。ノートの一ページ目を見ていた——「見ている」というのが正しいのか分からない。目がそこを向いていた、という方が正確かもしれない。
ワタシのノートは開いたままだった。何も書いていない。
「……何か書いてますか」
「書いていない」
「ですよね」
A1が少し間を置いた。「書く必要があるか」と言った。「ないですよね」とワタシが答えた。「そうだな」とA1が言った。それで終わった。
窓から光が入ってきた。
春の光はまだ薄い——薄い、と思うのは邸宅の台所の窓から見る欅の光と比べているからだと思う。このビルの窓から見えるのは別のビルの壁で、光は斜めから少し入ってくるだけだ。ただ、その斜めの光が蛍光灯の白い光と混ざって、教室の床に薄い四角を作っていた。
学校の光だ、と思った。
元の学校の、廊下の光と同じ種類の光。だから「廊下の光の感じが似ている」とエレベーターの中でA1に言ったのだと思う。A1に「そうか」と言われたことと、この光とが、なんとなく繋がった。
「……ここで勉強することはあるんですか」とA1に聞いた。
「何を勉強するか、という問題がある」とA1が言った。
「そうですよね」
「お前は何を勉強したい」
「……考えたことがないです。勉強というものを、今どういう文脈でしているのかが整理できていないので」
A1が少し考えた。「それで合っている」と言った。「合っているというのは、整理できていないのが正しいということですか」。「今のタチバナ・サクラが学校に通う理由と、学校で勉強する理由とが、別々のところにある」。「……そうですね」。
それ以上は何も言わなかった。
他の子どもたちは、ここに何をしに来ているんだろう。
直接聞いたことはない。聞いてはいけないというより、聞く必要がない——それぞれが来る理由を持っていて、それをここでは出さなくていい、というルールが空気として共有されているように見える。
窓際に一人で座っている子がいた。スマートフォンを伏せて、テーブルの木目を見ていた。何かを考えている顔をしているが、考えていないかもしれない。
その子が何の理由でここにいるのかは分からない。でも「ここにいる」という事実は同じだ。ワタシと同じ種類の事実として。理由は違う。でもここにいるということが——なんか、似ている。
似ている、というのが正確なのかどうかも分からないが、そう思った。
「ここ、わりと好きです」とA1に言った。言ってから、少し驚いた。言うつもりはなかった。
A1が少し止まった。「そうか」と言った。いくつかある種類の「そうか」の中の、どれだったか、ちょっと分からなかった。