アテンション・プリンセス~空っぽのワタシ、魔法少女になります~ 作:樫丹鏡花
四台のモニターは、今朝から並びが変わっていた。
左端にあったのは、これまで報道量のグラフだった。Qはその位置に、偽の赤の出現ログを動かした。代わりに報道量のグラフが二番目に下がり、匿流の怒り係数と見出し監視の二台は右の位置のまま残っている。並べ替えたのは今朝、始業前の数分だった。裏の配線を一度抜いて挿し直す手間のかかる作業で、支柱の向きも合わせ直す必要があった。理由を尋ねる相手は、この部屋にいない。尋ねられたら何と答えるかも、Qはまだ決めていなかった。
十月下旬の朝は、窓の外がまだ薄暗い時間に始まる。資料室の蛍光灯は始業の三十分前から点いていて、四台のモニターの光が重なる分だけ、机の上は他の場所より白かった。空調は最低の設定音を立てている。給湯室から運んできた紙コップの中身は、口をつける前に冷めていく速さの方が今朝は勝っていた。廊下の向こうで、朝の巡回が一往復した足音が遠ざかっていく。誰の足音かまでは、この部屋からは判別できない。壁の向こうは会議室、その奥は面会室で、どちらもまだ電灯が点いていなかった。壁際の書庫には、鍵のかかる引き出しが一段だけある。そこに収めるものが何かを、Qは開けなくても分かっていた。
夜間の受信箱には、モニターの並べ替えより前に処理すべき用件が二件あった。一件は総務からの、来月から暖房設定を切り替えるという庁舎全体への通知。もう一件は駐輪場の点検に伴う一時閉鎖の案内で、どちらも今日という日付とは何の関係もない。Qはこの二件を先に既読にして、通常の業務用フォルダへ振り分けた。今朝の重さとは別の場所に置いておくべき軽さだった。
十時五十分、官邸の会見室にカメラが入った。予定表にあった時刻より八分早い。演台の背後には、青みの強い紺地に金の紋章を配した幕が新しく張られている。ネクタイは濃紺の無地で、以前の会見よりも一段暗い色を選んでいた。会見場には記者およそ三十名、その半数以上がスマートフォンを手にしたまま構えている。壇上に立った新首相は原稿を見ずに話し始めた。「国民の信任を、いま一度、いただきたく存じます」。信任という語はその後の五分で四回、刷新という語は三回、原稿にはない箇所でも出てきた。テロップの下段は、その二語のどちらかをほとんど途切れずに映し続けている。同時通訳用の字幕が別回線で流れ、外国メディア向けのカメラが会見室の右手にもう一台入っているのを、Qは配信の隅で確認した。質疑の時間、記者の一人が解散の時期について踏み込んだ問いを出したが、返ってきたのは「適切な時期を、総合的に判断いたしました」という、質問の輪郭をなぞらない答えだった。同じ言い回しが、通算で三度目になる。
十時五十八分、解散の一語が出た。
Qは報道量のグラフへ視線を移した。画面には過去三十日の平均値を示す横線が引かれている。表明の直後、折れ線はまだこの横線の下にあった。十一時三分の時点で二千四百八十件。十一時十二分、五千七百三十件。この数字で、折れ線が平均線と交わった。今日が統計の上で特別な一日になった瞬間は、線がその横線を突き抜けた、この一点だった。十一時二十分、九千百五十件。テレビ由来の件数よりSNS経由の伸びの方が急で、二つの内訳線は十一時十五分を境に順位が入れ替わっている。過去の解散表明の記録をQは一件だけ参照した。前回、表明から同じ二十分で記録された件数は六千百件だった。今回はそれをすでに三千件上回っている。Qは三つの数字を順に声に出し、画面の桁と耳から返ってくる音を照合した。「二千四百八十」「五千七百三十」「九千百五十」。三度とも、ずれはなかった。
見出し監視の画面には、目を横に流すだけで済んだ。「東京駅」の三文字は、表記の揺れや略称、伏せ字まで含めて拾う設定にしてあるが、今日も検索の網に一件もかからない。最後に一件でも拾えたのは、ひと月近く前になる。それ以降はゼロが続いている。ゼロの日数を数えるのをQはやめている。数えても、増える一方の数字にしかならないからだった。沈んだものは、沈んだままだった。
露出の順番には、小さな癖が見つかった。系列の三局が事前に用意していた解散特集の画像素材について、自動照合の機能が「類似度の高い投稿」として先に旗を立てていた。議席バーの背景色、見出しの書体、国旗のあしらい方まで、三局でほとんど揃っている。Qが手でメタデータまで追うと、いずれも表明の三日前、同じ時間帯にサーバーへ上げられていた。三局のアップロード時刻の差は最大でも九分、画像のハッシュ値まで一致する組が二つあった。ファイル名の付け方に共通する連番の癖があることも、あわせて確認できた。三局のうち二局は、過去の解散報道でも同じ命名規則を使っていたことが、古い記録との突き合わせで分かった。表明そのものより三日も先に、表明を飾る道具の方が先に揃っていたことになる。誰の指示でその順番が組まれたのか、Qは記録に書かなかった。書ける根拠が、今の手元にはない。
匿流の怒り係数は、この数週間、低い水準で推移していた。Qは過去の折れ線を一度、遡って表示させる。目盛りは〇から十まで一刻みで引かれた赤い折れ線で、山は二つ立っている。最初の山は、カノンが指名手配された夜に記録された九・二、その後カノン報道の反転時に達した九・七で頂点を打つ、なだらかな二段の稜線をしていた。もう一つの山は、東京駅の事件の直後に一・九から六・一まで一気に立ち上がる、鋭く尖った形をしている。いずれも七十二時間ほどで急な下り坂に転じ、元の水準近くまで戻っている。今日の画面では、その二つの山の後に続く線が、ほとんど平らな帯になって右端まで伸びていた。今朝の値は一・九だった。Qはこの一・九を、もう一度声に出して確かめた。「一・九」。あの朝、事件の起きる前に記録されていた値と、小数点以下まで同じだった。上書きは、数字の上ではすでに完了している。解散の表明から二十分ほど遅れて、この係数がわずかに動いた。一・九から二・一。理由になりそうな語は、まだ拾えていない。
十一時三十五分、内部通信ログに新しい一件が着信した。差出人の欄には、K機関の内部コードとは違う記号列が並んでいる。件名、「選挙期間中における特別捜査制限措置について(通達)」。本文は短かった。「選挙期間中、変身者関連の背後関係捜査は凍結する」。先月の通達で使われていた制限という語が、今回は凍結という語に置き換わっている。停滞が、今回は制度として固定される言い方だった。宛先の欄には、Kのほかに、Qが名前を聞いたことのない「刷新準備室」という部署が並んでいた。この部署がいつ、どの決裁で新設されたのか、照会をかける手順は今のQの権限の中にない。
Qは先月の通達をアーカイブから呼び出し、画面を二つ並べた。発番の桁数は、先月の通達より二桁多い。あのときは通し番号だけの三桁だったが、今回は記号と数字を組み合わせた六桁になっている。様式名の欄も、先月は空白だったものが、今回は正式名称がそのまま印字されていた。決裁欄には三段の押印欄が新たに設けられていたが、いずれの欄にも名前は入っておらず、丸い符丁のような印影だけが押されている。先月の通達には、この決裁欄そのものが存在しなかった。ファイルの作成日時と受信日時にも十七分のずれがあり、どこかの段階でいったん誰かの手元に置かれていた時間があることを示していた。書式は分厚くなり、その分厚さの中で、誰の決裁かという情報だけが今回も抜け落ちていた。
応答は、システムの側から自動で返る。「了解しました」。Qは着信から応答までの時間を、壁の時計の秒針で計測した。九秒。先月の四十七秒よりはるかに速い。慣れた、というのとは違う響き方をしていた。確かめる工程そのものが、どこかで省かれたように見える速さだった。プリンターが低い音を立てて一枚を吐き出す。まだ温かい紙を、Qは先月の分の上に重ね、角を揃えてクリップで留めた。留めた二枚の厚みの差が、そのまま先月と今回の書式の差になっている。書庫の該当の段に戻すと、引き出しは音もなく閉じた。
偽の赤ログにも一行、目を留める箇所があった。ログを開くと、直近五件の出現日と時刻が並んでいる。十月三日、深夜零時過ぎ。十月七日、未明二時台。十月十一日、深夜十一時台。十月十三日、深夜零時台。十月十五日、深夜一時台。十月十一日までは四日おきの間隔がほぼ一定していたが、直近の二件では間隔が二日に縮まっている。時間帯はいずれも深夜から未明の間に収まっていて、曜日にも出現場所にも、目立った偏りは見つからない。理由の欄は空白のままにしておいた。今の材料では、これを何かの前兆として書き切るには早すぎる。
棚の方を、Qは一度だけ見た。壁際の書棚には、名前を持たないファイルの束が背表紙を伏せたまま並んでいる。数は先月から増えていない。名前欄を空欄のまま保存した一件が、いちばん奥に収まったままになっている。今日は、そこを開かなかった。ペンを置き、肩を一度だけ回す。長く同じ姿勢でいたことを、身体の側が先に確認していた。窓の外、庁舎の並木は公孫樹で、今朝はまだ葉の先だけが黄色く変わり始めていた。昼が近づき、通りを走る車の音が少しずつ厚みを増していく。四台のモニターは、並びを変えたままの位置で、それぞれの数字を更新し続けていた。
車を降りたのは、ホテルの正面ではなく通用口に近い側だった。案内の男は名乗らず、腕章もつけていない。フロントを通らず、業務用のエレベーターで上がる。このホテルに何度も通っている人間の動線だった。エレベーターの表示は一階から二十階近くまで途中の階を一つも示さずに上がり、扉が開くと廊下の絨毯だけが急に厚くなる。乗っていた時間は体感で十五秒ほど、実際にはもう少し短かったかもしれない。案内の男の靴音がその絨毯に沈んで消えるのを、わたくしは数えるともなく数えていた。三部屋分の扉を過ぎて、四つ目の前で足が止まる。ノックはなく、外から静かに開けられた。腕時計を見ると、待ち合わせの時刻をちょうど三分過ぎていた。遅れたのはわたくしの車ではなく、案内の男が現れるまでの時間だった。三分の遅れを詫びる言葉は、案内の男からも、扉の向こうの毛利からも、最後まで聞かれなかった。
永田町から歩いて数分のこの一室は、茶室と呼ぶには洋風に過ぎ、応接間と呼ぶには畳が敷かれすぎていた。八畳、床の間には掛軸ではなく抽象画が一幅、季節の花は活けられておらず、代わりに白磁の花器が空のまま置かれている。空調の音は聞こえず、代わりに壁の向こうから低いエンジン音のようなものが一定の間隔で響いていた。地下の駐車場か、あるいは厨房の冷蔵設備か、音の出所を特定できるほどの手がかりはない。低いテーブルを挟んで椅子が二脚、その配置だけが和室の作法から外れていて、片方の背後の壁一面に窓がある。逆光になる側に座らされるのが誰かを、部屋そのものがすでに決めていた。わたくしは主筆の名代としてその窓を背にする側へ通され、給仕は一人だけ。右手の襖から入り、テーブルの左に立って湯を注ぎ、一礼して同じ襖から出ていく、その往復に要した時間は目算で一分に満たなかった。茶器は染付、盆は黒漆、季節の菓子は出されなかった。この部屋に慣れた人間の動きだった。
毛利は先に座っていた。歩く時の足音のなさは、以前伝え聞いていた通りだった。役職のない人間ほど自分の重さを消す歩き方をする、と誰かが評していたのを思い出す。灰色の背広、時計は文字盤の小さいもの一つ、名刺入れらしきものは胸の内側にも見当たらない。立ち上がっての一礼はあったが、名刺の交換はなかった。名刺を持たない人間だという事は聞いていた。「本日は、お時間を頂戴し」わたくしはひとつ息を挟み、「主筆の名代として、選挙報道の整合性について、確認させていただきたく参りました」と続けた。声は社交の声、内側は別の作業をしている。
用件そのものは実務だった。今週の解散報道について、全国紙五紙の出稿量は通常号の一・八倍で足並みが揃っていること。一面から三面までを解散関連にあてる社が三紙、二面にとどめる社が二紙。この差を毛利は「各紙の判断」と言ったが、判断の幅そのものが事前に決められた枠の中にあることを、わたくしは知っている。「面の配分について、他意はございませんの」とわたくしが水を向けると、毛利は湯呑みを両手で持ち上げたまま「配分は各社の編集権の範囲内です」とだけ答えた。湯呑みを口に運ぶ角度も、置く位置も、毎回同じだった。所作に迷いがないというより、迷う場面をあらかじめ削ってある動きだった。続けて討論会の設定に話を移す。地上波各局の持ち回りで、初回は来週水曜、二回目は再来週の月曜。出演枠は各党首七名分、視聴率の想定は前回の解散時討論会を一割上回る数字が各局の編成会議で共有されているという。「候補者の出演順は、抽選ということでよろしいかしら」「抽選の体裁を取っています」。体裁、という語をわたくしは聞き逃さなかったが、顔には出さなかった。政党への広報予算の配分についても一言だけ触れられた。「今期の広報予算は、前回の解散時より二割ほど積み増しされています」。出所は言わない。二割という割合だけが提示され、総額は最後まで口にされなかった。毛利の左手の薬指には指輪がなく、右手の甲には古い火傷のような痕が一筋だけ見えたが、それについて尋ねる場面ではないと分かっていた。毛利はこれらを、許認可の説明でもするような声で述べていく。「出稿量の足並みは、整合性の範囲内で収まっています」。制度語だけで組み立てられた一文で、感情の入る余地がどこにもない。
同じ話題を、毛利はもう一度、別の言い回しで繰り返した。「補助金スキームで申し上げれば、報道の均衡もまた一種の配分の問題です。地方創生関連の広報予算と同じ考え方です」。地方創生の名を持ち出す必然は、この場のどこにもなかった。基準はここにあった。制度語で言い直すこの癖を、わたくしは以前の対面のあたりから見て知っている。だから次に来たものが、基準からどれだけ外れているかが分かった。
「私の背後には」と毛利は言った。「あなたの想像より大きなバックボーンがあります。私の判断だけで、物事が決まっているわけではない、ということです」——感情語を使わない男の口から、初めて「私の」が二度重なって出た。整合性、許認可、補助金スキーム、これまで並べてきた語彙のどこにも「私」は出てこなかった。誇示、と分類しかけて、わたくしは手を止めた。誇示というには、目の動きが違う。誰かに向かって胸を張っているのではなく、誰かに聞かせるために声を張っている、その違いだった。主筆の紙面を長く見てきたわたくしには、その声の張り方に見覚えがあった。記事の見出しを、読者にではなく競合他社に向けて打つときの声だ。目の前の男が張っている声の宛先が、競合他社でないことだけは確かだった。
テーブルの端で、番号のない着信が鳴った。画面の光は三秒ほど灯り、消えた。毛利は席を立たずに応答した。「はい」「分かりました」。通話の時間は五秒に満たない、二言で切る。切った後、椅子に座り直す姿勢が、着信の前より二センチほど深くなった。予定表にない予定が、出来事より先に決まっている気配がした。討論会の初回が来週水曜だという話は十分前に聞いたばかりなのに、その水曜より先の週の予定を、毛利はすでに知っているような間で頷いた。話を再開する時、毛利は「先ほどの続きですが」と言って、途切れる前の一文の助詞まで正確に拾い直した。切れ目のなさ自体が、通話の内容を悟らせない作法だった。この部屋の予約自体、こちらから連絡した日より前の日付で押さえられていたことを、案内の男の言葉の端からわたくしはすでに拾っていた。主筆の秘書がこの部屋を指定して先方に打診したのは今週火曜の午後だったはずなのに、フロントの予約台帳に記された押さえの日付は先々週の金曜になっていた。十日以上も前から、この面会の場所も時間も、こちら側の連絡より先に決まっていたことになる——誰が、いつ、何のために先に押さえたのかは、確かめる術がまだない。
あの人ならば、ここで黙る。沈黙という道具を、あの人は圧のかけ方として使う人だった。毛利は沈黙ではなく数字で押してくる。同じ圧のかけ方でも、持っている道具が違う人間だった。この方は、誰かに聞かせるように話していますわね。わたくしはその一文だけを分類の紙に置き、誰に、の欄は空けたままにした。委員会が本当にこの男に手を伸ばしているのか、この男が独りで大きく見せているだけなのか、今日の材料では決められない。決められないことを決められないまま持ち帰るのも、分類のうちだった。面白い、という評はまだ早い。面白いのは掌握できた対象に対してだけ、わたくしが使ってよい言葉だった。
面会は始まりから四十二分に及んでいた。用件そのものは十分もあれば済む内容だったことを思えば、残りの三十分余りが何のための時間だったのかを、わたくしはまだ言葉にできずにいる。茶器が下げられ、給仕が一礼して退室した。毛利が先に立ち、「本日は、お時間を頂戴し」とわたくしが使った言い回しをそのまま返してよこした。礼を返す形の礼だった。わたくしも立ち、深く一礼した。エレベーターまでの廊下は毛利が先を歩き、扉の前で振り返らずに「またご連絡いたします」とだけ言って自分の乗る階へ降りていった。作法の上では、これで対等な辞去になる。
通用口の外では、車がすでに寄せられていた。運転手が傘も差さずにドアを開ける。降り始めたばかりの小雨が、街灯の光の中でようやく粒として見える程度だった。車に戻り、後部座席で手帳を広げる。A5判、罫線入り、羽根川の紋のない私物の手帳だった。ページの中ほどには「ユカリ」「カノン」の名がすでに丸を伴って並んでいる。丸のついた名は今のところこの二つと「毛利」を合わせて三つ、丸のついていない名が一つだけ別の頁にある。それが誰の名かは、今夜は開かない。「毛利」の名にもすでに丸がついている。丸をつけ直すことはしない。その隣に、わたくしは一言だけ書き足した。「先回り」。字を見つめて、それ以上は書かなかった。
車窓の外を大手町の灯が流れていく。十月末の夜気はもう乾いていて、小雨まじりでも窓ガラスに息が曇ることはない。信号待ちのたび、フロントガラスの雨粒がワイパー一往復分だけ拭われては、また薄く広がっていく。東和のビルは、今夜もいちばん高いところに明かりが点いていた。あの階の応接室で、以前は紫の少女が同じ夜景を見せられた。今夜わたくしが戻るのは私室のほうだが、窓から見える灯りに違いはない。上層階では、通す客が誰であっても同じ夜景を見せることになる。わたくしはその明かりを見上げたまま、しばらく何も分類しなかった。